第7話「縁は異なもの味なもの」
翌日の朝。何やら、頭の上で念仏でも唱えてるんじゃないかって声が聞こえたもんだから、気味が悪くなり、ガバッと体を起こした。
────ゴチンッ!
「痛っ!」
「痛ったあ...」
俺の頭に何か硬いものがぶつかる。それと同時に、よく聞き慣れたソプラノの声が俺の耳に響いた。俺が布団に再び倒れ込んでから薄らと目を開けると、金髪の少女が痛そうに頭を抑えていた。
「な、なんだクレアちゃんか...どうした?こんな朝早くから...」
「お、おはようございます...実はですね...」
彼女が俺に何をしようとしていたか話す。
「呼び寄せ魔法...か。」
「はい。私としては、これから直樹さんと私は別々に行動する機会が多くなると思います。そこで、何かあったらいつでも私を呼び寄せられる『特殊召喚魔法』の印を直樹さんに施そうとしたのですが...」
彼女は俺がクレアをいつでも呼び出せる魔法の印の様な物を俺に入れようとしていたらしい。しかしそこで俺が起きて失敗した...って訳か。無断で印を入れられる俺の身にもなってみろ...と、一言言いたかったが、彼女の言っている事が最もなので、ここは彼女に従うべきであろう。
「...わかった。もう一度やってくれ。」
俺はそんな便利な魔法があるなら是非とも利用しておきたい。『俺が彼女の元に向かう』事や『彼女を俺の元に呼び寄せる』事なら、割と色々な場面に対応できるからだ。
「...わかりました。それでは、少しそこでじっとしてて下さい...」
俺は再び布団に潜り込み、じっと彼女の方を向く。なんかこれだと葬式みたいな感じがして嫌なのだが、ここは黙っておく。
『世界の理 万物の象徴 大いなる空間を司る者よ 我が問に応え 彼の者と我との間に 道標を残せよ 我が望むは千里をも超越する力 彼の者と我を結ぶ赤い絆 今ここに来たれ 我等を祝福せよ 』その呪法の名は...
『血絲の印』
クレアが呪文を唱えきると同時に、俺の右手の小指に妙な赤い糸が現れ、ゆっくりとチョウチョ結びで結えられていく。それと同時に彼女の右手の小指にも、赤い糸がゆっくりと結ばれていく。糸は非常に薄く、凝視しないとまるで何も無いかのように透き通っている。
「これが印って奴か?」
「はい。これがあればお互いに今どんな状況なのか、感情とかを通じて感じ取る事ができます。私が解けば直樹さんを、直樹さんが解けば私を、互いに呼び寄せる事ができるんです。但し呼び寄せは一回きりで、どちらかが使ってしまったら両方とも消滅してしまいます。ですから、使う場面は慎重に決めて下さいね。...と言っても、一日経てばまた結べる様になりますけどね。」
なるほどな。一日一回限定でクレアを呼び寄せたり、俺がクレアの元に行ったりできる訳か。なかなか便利な呪文だが、どれぐらいのMPを消費するのやら...
「なあクレアちゃん。一日に一回しか使えないのか?もしかして使うと魔力が無くなるとか?」
「いえ、そうではなくて...前にもお話したように、魔法とは『魔力源を魔力回路で変換して放つ』のです。その『変換』の過程に置いて『属性の種類』を変えることで属性の変わった魔法が撃てるようになるんです。大体の人は一種類しか撃てませんが...私が今練った魔法は一度使うと二回目を練る為には脳に凄まじい負荷がかかり、使用を続けていると、そのうち気絶してしまいます。これは傷を癒す回復魔法とかと一緒ですね。」
回復魔法ってなんだよ。と思ったが、向こうの世界ならそれぐらいあっても不思議じゃない。脳に負荷がかかるということは魔法というものは案外、自律神経だけでなく全身を利用して放つものなのだろう。
「へぇ...そう言えば、クレアちゃんが使う召喚魔法はどういう原理で魔物を従わせてるんだ?」
「私の召喚術はですね...」
クレアが説明しようとした所で廊下からドタドタと足音が聞こえてくる。俺はそれが誰なのか何となく察しがついたので、ゆっくりと立ち上がる。それと同時に叔父さんが部屋のドアを開けた。
「よう!二人共起きてるか!朝飯にするから着いてこい!」
朝から元気な人だ...
俺とクレアと叔父さんと叔母さん。四人で食卓を囲む。朝のメニューは御飯に味噌汁に焼き鮭に野菜の漬物。見事なぐらい和風の食卓だ。叔父さんは人見知りのハズだったが、叔母さんやクレアと楽しそうに会話している。俺も時々会話に混ざるが、正直疎外感が否めない。
朝食を終えると今度は仕事に駆り出される...のではなく、叔父さんに連れられたのは、家の二階にドーンと構えている武道場。今日は配達の様な仕事をするため、仕事の依頼が来るまで暇だそうだ。クレアも暇だからと後ろから着いてきていた。
「...ここで何をするんです?」
「ハッハッハ。なに、昨日お前が体力をつけたいって言ってたからな。お前を鍛え上げるために今からこの場を利用して筋トレを行う!」
筋トレか...まぁいきなり『100km走ってこい』とか言われるよりはマシか。俺は武道場の中に入ると、叔父さんの方を向いた。
「キントレ...?」
クレアが不思議そうに武道場の入り口で突っ立っていると、叔父さんがそれに気付いた。叔父さんはクレアをちょいちょいと呼んで、身振り手振りを加えながら説明する。
「お嬢さんはそこで見学でもしているといい。今からコイツをビシバシ鍛えてやるからな。」
「よく分かりませんが、特訓するのでしたら邪魔にならない程度に応援させて頂きます!」
そう言うとクレアは入り口付近の階段に座り込んでじっとこちらを見つめ始める。いや俺としては結構プレッシャーなんだが...彼女に情けない所は見せられないよな...
「ハッハッハッハッハ。これで後に引けなくなったな直樹。」
「ぐ...」
まるで心の中を見透かしたかの様に叔父さんは軽く俺を笑う。男としてここは引き下がる訳には行くまい。ふうっと軽く深呼吸し、なんとなく覚悟を決めたような顔で叔父さんの方を見る。
「よし。その顔だ。最後までその情熱を持った顔を崩すなよ。」
「...はい!」
こうして俺は叔父さんとの楽しい特訓が始まった。叔父さんは指導のプロなのか、俺が限界に達しそうなギリギリのラインで休みを挟み、ある程度体力が戻ったらまたすぐに運動をさせる、ハードながらも無理のない良い運動であった。
「...よし。今日はここまでだな。」
「な...俺はまだまだ行けますよ...?」
なんとも言えない所で体力作りは終了した。クレアはその間ずーっと俺の事を応援してくれていたが、正直つまらなかったのでは無いだろうか...
「 まだまだ行ける 所でいいんだ。お前にはまだ仕事が残っているからな。その為の体力は残しといてやらないと。」
「あ...そうでしたか...」
「後片付けは俺がやるから、お前は彼女の元に行ってやりな。」
俺は軽く頷くと、先程まで色々と応援してくれたクレアの元に向かう。ほとんど声援だったが、俺としては非常に嬉しかった。というか、多分彼女から応援されて嬉しくない男なんて少数だと思う。彼女に礼を言うと、冬場だってのに俺は汗をダラダラと流しながら武道場を出る。
「お疲れ様でした!冷やしたタオル要ります?」
「ああ。ありがとう...」
クレアが完全に『部活のマネージャー』役になってしまっている。まあでも彼女の事だ、何もするなと言っても何かしら手伝いに来るだろう。俺は彼女から受け取ったタオルで軽く汗を拭いた。ちらと時計を見ると、既に13時近くだった。
「おっし。二人共、昼メシ食いに行くぞ!」
後片付けを終えた叔父さんが楽しそうに言う。俺とクレアは既に腹ペコだったので叔父さんに連れられるまま、昼食を取りに向かう。
連れられた先は街の一角に聳えるラーメン屋。なんでも叔父さんの行きつけの店だそうだ。俺と叔父さんとクレアはテーブル席につき、メニューを開いて確認する。
「オシナガキ...?」
クレアが不思議そうにメニューの文字を見つめる。どうやら『御品書き』の意味がわからないらしい。この言葉がわからないのは外国人らしさが出ていていいなと思ったが、多分彼女は素でわからないのだろう。
「御品書きってのはな...アメリカで言うメニューの事だぜお嬢ちゃん。」
説明しようとした矢先に、叔父さんにその役を取られた。メニューの意味はこの前フードコートに行った際に教えたのでなんとか伝わった様だ。
「わかりました。ありがとうございます。」
クレアは礼を言うなりすぐに御品書きに目を移した。もう待ちきれないのだろう。彼女はこれがいいと指さすと、御品書きをパッと俺に手渡して、「早く頼め」と言わんばかりの顔で睨んでくる。正直初めて彼女に対して恐怖を覚えた。俺も食べる物を決めると、叔父さんに御品書きを回した。叔父さんは二人が決まったのを見計らって注文を頼んだ。
ラーメンができるまで暇なので、適当に何かして時間を潰す事にした。ガキの頃から無類のゲーム好きだった俺はテーブルゲームも得意だ。そんな訳で家から叔父の家まで持ち込んだトランプをテーブルに拡げる。叔父さんは何をするのか楽しそうに待っているが、クレアはぽかーんとしていて、これから何をするのかわからないようだ。
「あの...この紙はなんですか...?」
「なんでぇお嬢ちゃん、アメリカから来たってのにトランプを知らないのかい?」
げ。やはりアメリカじゃなくてイタリアやらフランス辺りにするべきだったろうか...とりあえずここは上手く誤魔化すしかない。...そう思って何か言おうと思ったがまるで何も出てこない。俺が若干慌てふためいていると、クレアが思いついたかのように言った。
「...はい。私、勉強ばっかりしていたもので...勉強以外の事はさっぱりわからないのです...」
少し言い訳くさいがナイス。誤魔化しテストなら100点中90点は取れるだろう。なんで10点足りないのか...それは彼女がトランプが『アメリカでも代表的な遊び』だったからだ。勉強ばかりしていたとしても1度ぐらいは耳にした事がある筈だからな。もっとも、そのマイナス10点を作る原因になったのは俺なのだが。
「ほーう。トランプを知らないアメリカ人なんて始めてだ。まぁ別に知らないからって恥じる必要は無いだろうがな。」
そこに興味を持たないでくれて助かった...もっともそこに興味を持つ様な人間がいるとは思えないが...と安堵していると、叔父さんが小声でクレアに聞こえないように俺に向けて呟いた。
「おい、ここはお前の見せ場じゃないのか?」
「え?どういう意味です?」
俺も小声で返す。
「どういう意味ってそりゃあ...トランプを知らない彼女にお前がカッコよくトランプを教えてやって『キャー直樹さんカッコイー』『いやいや、君の美しさには敵わないよ』ってする事に決まってんだろうが。」
アホか。そんな少女漫画みたいな展開があってたまるか。第一俺とクレアはそんな恋仲になど発展していない。と言うか、彼女が俺に好意を抱いているのかどうかすら怪しい。俺は叔父さんを無視して彼女にトランプを教える事にした。
「よーし教えてやる。しっかりと聞くように。」
「はーい。」
しっかり聞かなくても彼女の記憶力なら覚えられるだろうが、何故かトランプのゲームには無駄に細かいルールがあるので念のためしっかりと聞いてもらう。一通り説明を終えると、彼女もルールを把握したのかやる気満々と言った感じでトランプを見つめる。
「...じゃあやってみるか。」
「はい!」
三人でやるとすれば勿論『大富豪』である。『大富豪』のルールは各自で調べて下さい。...誰に言ってんだ俺。二人でやれば革命合戦になって即終わってしまうため非常につまらないが、三人でやれば出せる手も崩れやすくなり、いつどの一手で勝敗が決まるかのスリリングさが非常に面白い。
...が。ここでまさかの想定外。クレアが強い。強すぎる。どんな手札を持とうと、どんな順番にしようと、絶対に彼女が真っ先に上がる。ある程度は運などもあるだろうが、恐らく彼女は『場に出されたカード』すら完璧に把握し、その時その時の情勢に合わせて最適の手を打っているのだろう。
「強えなお嬢ちゃん...だが俺も男だ。負けたまんま終わる訳にはいかねぇ!」
「いいですよ!どんどんかかってきて下さい!」
叔父さんの執拗なアンコールによってラーメンが運ばれて来るまでひたすら大富豪をやらされた。結果は0勝22敗。もちろん、全部クレアが富豪で一人勝ちである。1度も勝負を投げた回が無かったにも関わらず...だ。俺と叔父さんはあまりにも情けないので悔しさを流すようにラーメンを啜った。
叔父さんの家に戻る頃には、15時近くになっていた。それとほぼ同時に搬入の仕事が入ってきた為、俺はその仕事を任されることとなった。荷物をまとめて必要な物を揃えると、叔父さんに渡された会社宛の手紙と地図と搬入するための積み荷の箱を持って都心の中央へ向かう。当然俺は車の運転はできないので、徒歩で向かう。自転車という選択肢もあったが、叔父さんの家にあった自転車は全部ボロボロで今にも壊れそうだったのでやめておいた。
「今日は君が運んでくれたんだね?」
「ええ。叔父さんから手紙も預かっています。」
搬入先の工場で確認を取る。いくら俺が冴えないと言ってもクレアがいなきゃ真っ直ぐに工場に行く事ぐらいはできる。まるでクレアがお荷物みたいな言い草だが、実際仕事を行うのには正直邪魔だろう。先程も俺の仕事に着いていくと言って我を張っていたが、そこで魔法士に狙われても困るので、叔母さんに頼んで夕飯の支度を手伝って貰うことにした。搬入先の工場の人は慣れた手つきで箱を開いて中身を確認する。
「...オッケー。ちゃんと中身も合ってるよ。」
「そうですか。」
「うん。もう帰って大丈夫だよ。」
「わかりました。それでは、失礼します。」
当たり障りのない、職場でよくある会話を終えると、俺は搬入先の工場から叔父さんの家に向かって歩き出した。距離としては大した事無いものも、俺が過ごしてきた半ニート生活のせいで体力が一般人のそれよりも遥かに低い為、結構時間をくってしまった。帰り道にコンビニを見つけたので、軽食を取るために寄って行った。店内で購入を済ませ、店から出た所で、厄介事に遭遇した。
「そこの微妙な顔立ちのお兄さん。」
「...俺か?」
路地から少し外れた道に出た所で、制服を着た女子高生に声をかけられる。と言うか、もう少し的確な表現は無かったのか。女子高生の服はそのまんま学生服で、髪の色は染めた様な茶色。その髪をストレートに伸ばし、腰の高さ辺りで綺麗に揃えてある。整った顔立ちだが、耳のピアスや爪のネイルが『清楚な少女』のイメージをぶち壊している。俗に言うヤンキーとかいう奴であろう。
「そうそう。」
「何か用か?」
「賢そうなお兄さんなら、なんとなくわかってるんじゃない?」
こんな路地裏でヤンキーに絡まれたという事は...まぁアレだろう。面倒くせぇなと思いながら目の前の女子高生を見る。女子高生は俺がこれから何をされるのか察した表情を見ると、ニッと笑って話を続ける。
「お察しの通り。私はいわゆる『カツアゲ』だ。お兄さん、命が惜しくなかったら有り金全部私に渡しな。」
私に渡しな...韻を踏んでて面白いな...そんな事を考えていると、女子高生は無視されたと思ったのか、若干怒りながら話し続ける。
「無視すんなコラ!有り金全部渡すんだよ!」
「そんな事言われてもな...俺ほぼ無一文だし。」
先程の買い物で持っていった金は全部使ってしまった。予備費程度にしか考えて無かったので、大した額を入れていなかったのだ。
「チッ外れか...じゃあ仕方ない。持ってる物全部置いてって貰おうか。」
「金がなかったら物って...お前山賊か何かかよ。」
「う、うるさい!渡すか、渡さないか!どっちだ!」
本来なら物を渡してサヨナラ...でいいんだろうが、この女子高生、ヤンキーお馴染みの『周りにいる怖いお兄さん』が一人もいない。そのせいで ヤンキーに絡まれている と言うより 歳下の妹に怒られている 様にしか見えない。
「...渡さないって言ったらどうする?」
俺は何故ここで煽った。さっさと渡せば逃げられたのに。女子高生はフッと笑う。
「そんなら...力尽くで奪うまでね!」
それと同時に見事なハイキック。俺はそれをしゃがんで避ける。割とギリギリのタイミングで。
「ナイスキック。パンツの色教えてやろうか?」
「何見てんのよ!」
俺が立ち上がるとほぼ同時に、女子高生も体制を立て直し、俺に向けて回し蹴りを繰り出す。スウェーバックの要領でそれを躱すと、バックステップで大きく距離を取る。
「全く。最近の若者は手が速くて嫌だねぇ。」
多分逆だ。目の前の女子高生の手が速すぎるのだろう。このご時世、なにか暴力を振るおうものならいじめや傷害として訴えられかねない。そんな中で暴力を振るうのは、余程のバカか、隠蔽が得意な喧嘩慣れした奴だけだろう。
そんな事に考えていると、女子高生の連続ジャブが俺めがけて飛んでくる。結構速いので避けるのを諦め、腕でガードして防ぐ。でも結構痛い。なんとか防ぎきると、手を止めた女子高生が口を開いた。
「へぇ。アンタもなかなかやるじゃん。だったら、私の真の力を見せてやるよ。」
...少年漫画くさいセリフを吐く女子高生。俺は思わずプッと笑いそうになったが、女子高生の目は真面目だったので笑うのはやめといた。
「『五行の相剋 地獄より来たれ 我の望むは熱き覚悟 全てを焼き尽くす力 我が手に現れよ』」
俺はそれを聞いた瞬間ハッとなった。間違いない。これはクレアが唱えていた呪文と同じような詠唱。何をされるかわかったもんじゃないので急いで女子高生から離れる。
「『火炎弾』!」
女子高生が呪文を唱えきると同時に魔法陣が女子高生の前に現れ、そこから直径1mはありそうな火球が俺めがけて放たれる。大きく距離を取っていた俺はなんとかそれを躱すが、着ていたジャンパーに火が燃え移っていた。
「ぎゃあああ!熱い熱い熱い!」
俺は急いでジャンパーを脱ぎ捨てる。ジャンパーはやがて真っ黒な炭になってその場で燃え尽きた。
「驚いた?これが私の『魔法』よ。」
「驚くも何も、死ぬ所だったわ!」
思わず叫んだ。しかし内心驚いていた。まさかただの女子高生がいきなり魔法を使うとは...もしかして、コイツが魔法士だったりするのか?とはいえ魔法士云々の話をすればコイツが魔法士の関係者だった時に面倒な事になる。ここは大人しく驚いて降伏するべきだろう。
「さあ、私の炎を見てもまだ立ち向かってくるか?」
「いえまいりましたすいません」
超早口で言う。ついでに土下座もする。例え何者であれ、魔法が使える者相手に丸腰で挑むほど馬鹿ではない。さっさと従って、頃合いを見てクレアの『呼び寄せ魔法』で逃げる事にしよう。
という訳で俺はこのカツアゲ女子高生の一時的な小間使いになった。早く帰らないとまずいんだがな...だがこのカツアゲ女子高生が魔法が使える以上ある程度情報を集めておかねばなるまい。とりあえずその辺の公園のベンチに連れていかれた。
「じゃあアンタ、早速だけどジュース買ってきてくんない?」
「...俺金持ってないけどどうやって買うんだよ。」
「ああもうわかったわよ!お金は渡してあげるからさっさと行ってきて!」
そう言って財布から1000円札を取り出して俺に突き出す。コイツ本当はいい奴なんじゃないか?
「あいあい。」
適当に自動販売機を探してジュースを選ぶ。とりあえず適当にコーラを選んで購入すると、カツアゲ女子高生の元に持って行く。
「ほれ。お待たせしましたよっと。」
そう言ってコーラの缶を優しく投げつける。女子高生は難なくそれをキャッチすると、ラベルを眺める。
「ありがとう。アンタも何か買ってこなかったの?」
「お前の金だろ。俺が自分の分買う訳にはいかねぇよ。」
そう言ってお釣りを女子高生に手渡す。
「なるほど。あくまでも立場を弁えてるって訳ね。」
カツアゲ女子高生は立ち上がると、スマホで地図を確認し始めた。
「どこ行くんだ?」
「ちょっと買い物。アンタはその荷物持ちをしてもらうわ。」
そうですかい。女子の買い物なんか見た事無いが、漫画やラノベで荷物持ちしてる奴は箱を山積みに置かれている奴しか見た事がない。俺もそんな目に合わされるんじゃないかと思うと少しゾッとした。
で、連れられた先は都心に聳える巨大なショッピングモール。都心という事もあり、俺が昨日まで住んでいた『川沿いの街』のショッピングモールより遥かに大きい。俺が驚いていると、カツアゲ女子高生はさも当然の様にその中に入って行く。
「なにぼーっとしてんの?置いてくわよ。」
「できれば置いてってくれ...」
そんな事に言いながらカツアゲ女子高生に着いていく。だいぶ日も沈んで来ていたので、夕飯を買い求める人で賑わっていた。恐らくカツアゲ女子高生の目当ては食べ物ではなく、化粧品や香水などのお洒落用品であろう。俺の予想通り、カツアゲ女子高生はショッピングモール内を転々として色々な化粧水やシャンプーなどを持たされた。買い物を終えると用が済んだのか、さっさとモールから出ていった。
「頑張ったわね。後は私が持つから大丈夫よ。」
「いいのか?俺は別にお前の家まで運んでもいいが。」
「流石にカツアゲしようとした奴に住所を教える訳にはいかないでしょ。」
なるほど。いきなり暴力を振るってくるあたり馬鹿な奴だと思っていたが、案外抜け目ないな。俺は荷物をカツアゲ女子高生に渡した。
「それじゃあ、帰っていいわよ。私も久しぶりに楽しかったからね。」
「そうですかい。それじゃあさいなら〜」
と逃げようとしたら「ちょっと待って」と呼び止められた。
「なんだ?」
「私が今日見せた魔法、誰にも言うんじゃないよ。」
「わかった。誰にも言わないよ、魔法士さん。」
女子高生はその言葉を聞いた瞬間顔を顰める。しまった。なぜ俺は 魔法使い ではなく、魔法士 と言ってしまったのか。これでは『ボクは魔法士の関係者です』と言っているようなモノではないか。女子高生は何かを察したかの様に鋭い声で呟く。
「...じゃあね。お兄さん。次に会う時は...」
「次に会う時は...カツアゲじゃないと嬉しいぜ。」
「そうね...少なくとも、カツアゲでは無いでしょうね。」
この時、互いに魔法士の関係者である事がわかった。しかし、人目に付くこの場では争う訳にはいかない。茶色の艶やかな髪がくるりと向こうを向き、白く細い足がゆっくりと遠ざかっていく。奴が何者なのかはわからないが、『魔法士』の単語に反応した以上、少なくとも魔法士の関係者であるのは明白だ。俺はその姿を見送ると、いずれあの女子高生と再び敵対する事を覚悟した。
...さて。ここはどこであろうか。いきなり都心のど真ん中に放置されても帰り道がわからないのである。まぁでも大丈夫だ。クレアから貰ったこの『呼び寄せ魔法』のリボンを解けばすぐに彼女の元に飛んでいけるのだから。そんな訳で俺は人目に着かない路地裏を探す。都心はビルが多い分、路地裏にも怪しい人々が多数潜んでいたりするのだ。10分程すると人のいなさそうな路地裏を見つけたので、そこでリボンを解こうとした。その時...
ーードンッ...
「おっと...すまない。」
「いえ、こちらこそ余所見してて...」
と言いながら俺はぶつかってしまった人の方を見る。そこには大きな男が立っていた。男はツンと跳ねた銀髪に鋭い茶色の瞳と、日本人からはかけ離れた面をしているが、見事なファッションが上手い具合にそれを誤魔化している。更によく見るとかなりのイケメンである。
「人探しをしていてね。すまないが、この辺で『浅野』という女を見なかったか?」
その様な名前の人は聞いた事が無い。あのカツアゲ女子高生の可能性も捨て切れないが、第一彼女は名前を名乗っていない。
「いえ、知りません。何も教えられず、申し訳ありません。」
「そうか。いや、気にしないでくれ。」
男はそう言うと、ぶつかった事を謝りながら路地を抜けていった。...なんというか、怪しいな。あの男。なんとも言えない奥深さがある。いや、あの男がイケメンだから嫉妬してるとかじゃなくて。単純に怪しいと思っているだけだ。もっとも、怪しいと決めつけるだけの証拠は何一つないが。
「...さて。誰も来ないうちに帰るか。」
俺がリボンを解くと、頭上に妙な魔法陣が現れ、それに吸い込まれて行く。誰もいなくなった路地裏には、冷たいビル風が通り過ぎていくだけだった。
都心の一角。茶髪の少女が街を歩いていた。
「...おかえり。アゼット。」
「『おかえり』ではない。何をしていた。またカツアゲか?」
「ご名答。カツアゲよ。でも、今日はいい獲物が引っかかったわ。」
「...金持ちでも引っかかったのか?」
「そうじゃないわ。貴方の望んでいた者よ。」
「...魔法士か。」
「魔法士って訳じゃ無いけど...私の魔法を見て、私の事を『魔法士』って呼んでた。」
「...それだけで関係者だと決めつけるのか...。」
「でも、魔法の事をなんにも知らない一般人よりは、まだ期待が持てそうじゃない?」
「...」
「異議はないようね。それじゃ、次彼に会ったら貴方を呼ぶ。それで向こうの出方を探る事にするわ。」
「...わかった。では、その『次』に期待する事にしよう。」
二つの影は、都心の空に映る月に照らされて消えていった。
────ドボーン...
おお、ホントにワープしてきた。魔法ってスゲー。
水に突っ込む様な音が聞こえる。とはいえ大した深さでもないので俺はプカーッと浮かび上がると、考え事を再開した。隣で誰かしらが口をパクパクさせていた様な気がしたがそれ所では無かった。あの茶髪の少女...一体何者だ...?魔法を操り、魔法士という単語に反応した辺り、クレアやその他の魔法士の事を狙う魔法士の関係者である事は確定したと言っていいだろう。しかし気になるのは彼女の格好。学生となれば当然学校に行かねばならないのだろうが、異世界から来た奴等がそんなすぐに異世界の学校に馴染める訳が無い。それどころか今までの来歴がバレてあっという間に警察に突き出されてしまうはずだ。つまり彼女は魔法士そのものでは無いのだ。何者かに魔法を教えられて、それを使っているのだろう。
そこまで仮定した所で、今自分がどんな状況にいるのか気になって辺りを見回した。岩で囲まれた白い水、木製の高い柵、そして立ち込める湯気。間違いない。俺は叔父さんの家の温泉にいるのだ。そして俺は同時に気付いた。今どれほどヤバい所にいるのかを。
ゆっくりと体を起こし、視界を周りに移す。案の定と言うべきか、わかっていたと言うべきか...そこには一糸纏わぬ姿のクレアが恥ずかしそうに岩陰に隠れていた。「なんでこのタイミングで帰って来るの」と言わんばかりの顔でこちらをじーっと見つめてくる。
「...ま、待ってくれ...悪気があった訳では...」
今更言い訳など無駄であろう。あのリボンには互いの感情を読み取ってどんな状況なのかある程度わかる能力がある。彼女には 俺がその機能を利用して風呂に入ると同時に意図的に戻ってきた と思われているのだろう。現に俺は搬入先から歩いて帰って来るはずが、緊急時でも無いのにリボンを解いて帰ってきたのだから。そう思われるのも仕方ない。
「わ...わわわ...」
前に一緒に入っていた事を思い出したのか、顔が再び赤くなるクレア。恥ずかしさを誤魔化すかのように手元にあった掌ほどの小石を拾い上げ、俺に向かって投げつける。
「なっ...」
俺の頭に小石が直撃する。ガァン!と凄まじい音が響き、小石は粉々に砕け散る。俺はあまりの衝撃に一瞬気を失い、湯船にドボンと倒れ込んだ。
「ああっ!ご、ごめんなさい!」
ゆらゆら揺れる水面上の景色を見ながら、段々意識が薄れていく感覚を確かに感じ取った。なんだかクレアが何か言っているような気がしたが、水を通している為何も聞こえない。しかしアレだな...風呂に入ってる女性を覗いてその女性に石を投げつけられてそれが原因で死ぬなんて俺はどんだけ情けないんだ...エロゲやラノベの主人公ならノーダメージで済ませる場面だろうが...現実は甘くないな...
「...ごぼあっ!」
今度は腹を押される様な感覚で叩き起される。気絶してから起こされるまでの間は、時間にして5分にも満たなかったが、意識のない俺にとっては永遠にも感じる時間だった。
「よかった...直樹さん...」
目の前で申し訳無さそうに俺の腹を押すクレア。相変わらず全裸だが、そこに恥じらいの様子は無かった。多分俺が死にかけて焦っているのだろう...
「グレアぢゃんが...ぐぶっ!」
何か言おうとしたが、肺から白いお湯が口に向かって噴き出してくる。お湯が口から溢れて噴水の様に空に撒き散らされる。当分は喋れそうにないな...頭痛がしたので軽く頭に手を当てると、石を当てられた所から血が流れ出ていた。頭から赤い液体が、口からは白い液体が噴き出る俺は、さしずめイチゴミルク製造機と言った所だろう。そんな情けない様など気にせず、クレアは懸命に俺の腹を押してくれていた。
「うげっ...ぐぶっ...おえっ...」
彼女に腹を押される度になんだか奇妙なうめき声を上げながら白い液体を吐き出す俺。なかなか吐き出すのが止まらない辺り、どれほどの量を飲み込んだのかすら想像がつかない。
「ごめんなさい...私が石を投げつけなければ...」
腹を押しながら謝るクレア。できればどちらか一つに集中してほしいが、彼女の事だ。『助けたい』という感情と『謝りたい』という感情の両立を抑えきれなかったのだろう。
「気にずるな...俺がわるがっだ...おうぇっ...」
どうにか言葉を紡ぎ、クレアに謝る。ようやく白い液体が止まると、俺はゆっくりと呼吸を整え始めた。
「ひゅー...すー...ひゅー...すー...」
「だ、大丈夫ですか?辛いなら人工呼吸を...」
心配そうに話しかけてくるクレア。異世界式人工呼吸がどんなものなのか気になったが、この世界と同じだったら困るので断る事にする。
「大丈夫だ...とりあえず何か服を着てくれ...」
彼女は何も着ていない事をようやく思い出し、恥ずかしそうに服を取りに風呂の前の部屋に戻る。その様子を見て軽く安心すると、再び呼吸を整えるのに集中する。
ようやく復活した俺はズキズキ痛む頭を抑え、不安そうに俺を見つめるクレアにふらつく足取りを支えられながら部屋に戻る。部屋には叔父さんと叔母さんが用意してくれた俺の分の夕食があったので、それを頂く事にした。
「あ、あの...頭のキズ...大丈夫ですか?」
「大丈夫。この通りどうって事ない...」
と言おうと思ったが鋭い頭痛が頭を過ぎり、つい頭を抑えてしまう。
「大丈夫じゃないですね...ちょっと待ってて下さい!」
クレアはそう言うとカバンの中から包帯を取り出す。バタバタと俺の元にやって来ると、傷口に包帯をあてがってグルグルと巻く。触られると多少痛むが、健気に包帯を巻いてくれる彼女の為にも痛みを感じる様な素振りは見せなかった。包帯を巻き終えると、彼女は満足気に俺の頭を見つめる。
「はい!これで大丈夫です!」
「ああ。ありがとう。」
俺はいつもの癖で彼女の頭を撫でる。最近彼女の頭を撫でる事が俺の楽しみと化しているのでは無いだろうか...と不安になる。それぐらい彼女の頭の感触は心地よいのだ。
「直樹さん、早く食べないとご飯冷めちゃいますよ?」
「それもそうか。それじゃ、いただきます。」
彼女から手を離して、目の前のご飯に手を伸ばす。なんだか時おり妙な味付けがされている所があるが、気になる程ではない。
「...美味しいですか?」
クレアがちょっと不安気に聞いてくる。どうしてそんな事を聞くのかよく分からなかったが、普通に美味しいので、そのまんま答えた。
「本当ですか!」
嬉しそうに喜ぶクレア。ああそうか、わかったぞ。クレアも叔母さんと一緒に夕飯を作ったんだな。それで俺に美味しいかどうか聞いてきた訳だ。時おり味付けが違う事にも納得がいった。事あるごとに一喜一憂する彼女はなんだか見ていて面白い。
「もっと!もっと食べて下さい!」
初めて作った味付けの物が美味しいと言われたが余程嬉しかったのか、どんどん食べる様に俺に勧めてくる。
「よーしわかった!どんどん食ってやる!」
俺も彼女に勧められる様に、目の前にある食事を口の中に流し込む。流す様に食べるのではなく、その一つ一つをしっかりと味わって食べる。
俺はようやく、彼女と初めて意気投合できたんじゃないかと思う。
これからもこんな平和な日々が続けばいいんだがな...
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