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冴えない俺と異世界の召喚術士  作者: sumiman
序章 やってきたのは金髪ロング
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第6話「レッツ東京」

今回から、というか次回から本格的にスタートです

「はい。すみません店長...」


俺は電話をガチャッと切る。これから当分バイトを休む為の電話をかけたのだ。店長は少し困った様子だったが、しっかりと理由を話したら一応許可してくれた。「その代わり絶対戻って来い」そう言われたのを忘れられない。


「...なんとか行けそうだ。クレアちゃん、準備してくれ。」


クレアはグッとその場にしゃがみこみ、バッと飛び跳ねてその嬉しさを全身で表現する。


「やったー!」


子供の様に跳び跳ねるクレア。いや実際彼女は子供だけど。俺はとりあえず必要な物をまとめるため、メモ帳を取り出す。









事は数時間前に遡る。


ある日の日曜日。俺は親戚の叔父からある手紙が届いていた。叔父さんは都心の一角に工場を構える職人で、今時珍しい刀鍛冶やモデルガンの制作を行う武器職人だ。いやお前、なんでこの世界にいるんだよ。お前が異世界行けよ。そんなゲーム脳丸出しなツッコミはともかくとして、向こうの工場では人手が足りないらしい。力仕事が多数残っているらしく、叔父さんの歳ではそろそろ何かしらガタが来て大怪我をしてしまうかもしれない。そんな訳で男手を探していた叔父さんから、俺に向けて白羽の矢が立つ。「お前はフリーターだから暇も多いだろう。行ってやりなさい。」と両親にも電話で言われた。いや今俺はね!非常に面倒な荷物...いや、面倒な少女を背負ってるの!わかる!?...なんて両親に言うワケにもいかず、俺は泣く泣くバイトをクビになる事覚悟で長期的に叔父さんの家に住み込みながら働く事を決めた。まぁでもバイトをクビにならなかっただけいいか...





「ぐ...叔父さんにクレアちゃんの事なんて説明しよう...」


叔父さんならまぁ『彼女です』って言えばなんとかなるだろうが。問題は叔父さんを通じて両親にその事が伝わった時の事だ。まさか身内に『実はこの娘は異世界から来た魔法使いなんです』なんて言ったら俺は頭がおかしい奴認定されるだろうし、かと言って彼女の過去を勝手に捏造しようものなら両親に調べられて何もかもおじゃんだろう。


「そう言えば、何で行くんですか?いつも通り歩いて?」


ああそうか。俺一人で行くならともかく、彼女も行くとなればいつもの様に自転車や徒歩で行く訳にはいくまい。もっとも自転車で行けるような距離でも無いのだが。


「そうだな...電車で行くしか無さそうだ。」


俺は車の運転ができなきゃバイクの操縦もできない。見事なぐらいに何もしなかった「高校生からの六年」が綺麗なぐらい反り返って俺に突き刺さってくる。


「えっ!ホントですか!?」


俺の言葉を聞いて再び嬉しそうに跳び跳ねるクレア。あまりうるさくすると下の階の人に怒られるので勘弁してほしい。


「ああ。俺はこれから行き方を確認するから、クレアちゃんはここに書いてある物を探して来てくれ。」


俺はクレアに先程書いたメモを手渡すと、俺は自分のスマホでできるだけ安い乗り換え地点を探す。


「わかりました!」


クレアは初めて修学旅行に行く前の学生の様にはしゃいでいる。そういえば彼女がこの世界で遠くに出かけるのは初めてか。彼女もこの世界の物品に慣れてくれたのか、一々物を見ては『これはなんですか』と聞かなくなっていた。もちろん家の中の物だけなので、外に出ればいつもの好奇心旺盛な彼女に戻るのであろうが。


「...よし。乗り換えはこれで大丈夫だろう。すると次は...」


ちらとクレアの方を見る。彼女はメモを確認しながら着々と必要な物を鞄に入れている。しかし俺が気になるのはクレアの洋服。何日も泊まり込みになる事は予想済なので服を沢山持っていかねばならないが、彼女の服は例のコスプレみたいな服と、薄汚い茶色の上着と、この前購入したチュニックとズボンだけ。これでは流石に少なすぎる。


「クレアちゃん。荷物確認は後でいいから、服を買いに行こう。」


「またお洋服ですか?」


彼女はピタと手を止め、目を輝かせながらこちらに歩み寄ってくる。クレアも年ごろの女の子だ。洋服などで可愛く着飾ったりしてお洒落したいのだろう。


「そう。しばらく向こうに泊まるから、そこで着るクレアちゃんの服装を集めないといけないからな。」


「わかりました!すぐ準備しますね!」


彼女は即座に鞄をベッドに放ると、俺を急かすように玄関で靴を履いて待っている。まるで散歩に行く直前の犬みたいだな...。俺はスマホを充電器から抜いてポケットにしまうと、財布を持った事を確認してから家を出る。



ここに来るのは三回目であろうか。例のショッピングモールに辿り着いた。


「直樹さーん!はやくはやく〜!」


クレアは遠くで俺をぴょんぴょん跳び跳ねながら手招きしている。こうして見れば普通の素直で元気な少女なんだがな...。


「はいはい。お待たせしましたよっと。」


「さあ、はやく行きましょう!」


彼女は洋服を見るのが待ちきれないのか、俺の手を引いてどんどん進んでいく。まったく。いつの間にこの少女はこんなに楽しそうに笑う様になったのだろうか。初めて見た時は今にも死にそうで、何もかもが信じられずに絶望の色を浮かべた様な瞳をしていた彼女が。...いや。もう思い出すのはやめよう。今こうして目の前で元気に彼女が過ごしているならそれでいいじゃないか。


「...直樹さん?」


考え事をしている俺を不審に思ったのだろうか、クレアが心配そうに話しかけてくる。


「あ...ああ。悪い。早速洋服売り場に行くとしよう。」


「はい!」


そうだ。目の前で今を楽しそうに生きている。俺は彼女のこんな顔が見たくて、彼女を拾ったのかもしれない。こうして元気になった彼女が見たくて、彼女の為に多くの物をなげうってきたのかもしれない。とはいえ、彼女が元気になった以上、俺の目的はとりあえず達成したのでは...と思われる。


もっとも、元気になったからと言って彼女を野放しにする訳にも行かない。彼女に世界の物事を教え、彼女に襲いかかる者達を追っ払い、彼女が完全にこの世界で自立できるようになるまで俺は彼女の傍にいてやらなくてはならない。拾った者の責任として。俺はこの時初めて『命を預かる事の重大さ』を感じた。俺の両親もこんな気持ちだったのかな?なんて事を考えていると洋服売り場に辿り着いていた。


そしてクレアのファッションショーが始まった。アレコレ似合いそうな物を選んで、値段が安ければどんどん買い物カゴに突っ込んでいく。俺は買い物カゴが一杯になるまで彼女に似合いそうな服を詰め込み、最後に彼女に下着を選ばせる。俺が彼女の下着を選んでたら変態みたいだろ?いや俺が選んでたらマジの方で変態か。


会計を済ますと、俺とクレアはこの前も来たフードコートで昼食を取ることにした。昼食にはまだ早いのかあまり人はいなかったので、俺達は普通にテーブル席を確保できた。俺はクレアにこの前の様に現金を渡して好きな物を買ってくるように言う。


「あ、そうだ。消費税については覚えてるか?」


「はい。要するに表示している金額より少し高くなるんですね?」


「...まぁそれで合ってるんだが...」


...わかってるんだけどわかってない。彼女は楽しそうに店を回ってどれを食べようかと考えている。なんだろう。買い物ってそんなに楽しいのだろうか...俺には理解できそうにない。


「〜♪」


今回は消費税について考えながら物を購入できた彼女は何処か上機嫌だ。一見普通なのだが、よーく見ると妙にうきうきしている。そんな彼女を見ているとなんだか俺も心が和む。


「あっ...そ...その...」


彼女は俺の視線に気付いたのか、途端に恥ずかしそうに落ち着く。俺は軽く笑うと、自分も料理を頼もうと席を立った。






その日の夜。俺とクレアはベッドに乗っかって眠ろうとしていた。彼女は楽しみなのか興奮して眠れなさそうだった。俺はそんな彼女を心配してつい夜更かししてしまう。このまま寝れない訳にはいかないので、俺は彼女を寝かす為に適当に記憶から昔話を思い出しながら語ってやる事にした。


「昔々。ある所に...」


しばらく語っていると、クレアはすーすー寝息を立てて眠っていた。なかなか単純な奴だ。俺も「ふぅ」と一息付くと、彼女を軽く包むようにして眠り始めた。





翌日。俺はクレア程では無いが、新しい地に期待を弾ませながら目覚めた。横では彼女が昨日と同じ体勢ですーすー眠っていた。俺はちらと時計を見る。予定の時刻には余裕で間に合う時間だった。俺はそっと起き上がり、着替えを済ますといつもの様に彼女の頬をぺちぺちと優しくはたき始めた。何故かこれで起きるのだ。何故か。


「んぅ...おはようございます...」


「おはよう。」


いつもの様に挨拶を交わす。明日からは俺にも仕事があるから、毎日こうはいくまい。まぁ叔父さんが毎日俺を奴隷の様に扱うとは思えないが。


朝食を済ませ、荷物の確認を始める。クレアは都心に行くのが余程楽しみなのだろう。るんるんと鼻唄を歌いながら念入りに荷物を確認していた。荷物の確認を済ますと、俺とクレアは家を出て鍵をかける。


「さらば我が家...しばしの別れだ...」


なんだかそれっぽい事を言うと、くるっと向きを変えて駅に向かって歩き出した。






駅に着くと、券売機にルートを打ち込んで切符を購入する。彼女の為に電子切符を発行してあげようと思ったが、個人情報がガタガタに抜け落ちる為諦めて切符を購入する事にした。


「これは何をしているんですか...?」


「これは電車に乗る為の『切符』を発行しているんだ。これを無くすと電車から降りられないから無くすなよ。」


俺はそう言ってクレアに切符を渡す。彼女はその紙切れを受け取ると、不思議そうにくるくる回して見つめていた。



「待たせたな。それじゃ、そこに切符を入れてみろ。」


「こうですか?」


彼女は切符を改札に入れる。奥のドアが開き、先に進める様になる。しかし、何故か彼女は進まないでガクガクと震えている。


「あ...あああ...直樹さんに無くすなって言われたのに...この四角い何かに食べられてしまいました...」


そう言って絶望するクレア。...いやよく見てみろ。奥にさっきの切符があるだろうが。しかしそんな事を言っている間に改札はガチャンと閉まってしまう。


「うぅ...ごめんなさい...」


彼女はずーんと落ち込みながら俺の方にとぼとぼ近寄って来る。


「気にするな。俺が改札について教えなかったのが悪い。」


俺はクレアの手を引いて、自身の切符を改札に通す。ガコンと改札が開いた。俺は彼女の手を引いたまま改札を進んでいく。取り出し口には俺と彼女の切符が二枚置いてあった。まぁ当たり前だが。俺はその二枚を流れるようにかっさらうと、ホーム前広場で立ち止まる。


「ほらクレアちゃん。次は無くすなよ。」


そう言って切符を一枚彼女に渡す。彼女は嬉しそうにその切符を両手に握りしめると、大事そうに自分の鞄にしまいこんだ。


「ありがとうございます〜!」


そしてそのまま流れ作業の様に俺に抱きついてきた。彼女が嬉しくなると抱きついてしまうのは...多分異世界出身だからだろう。俺は勝手にそう決めると、周りの男達から感じる冷たい視線を避けるためさっさとホームに向かった。


「いいかクレアちゃん。電車に轢かれればほぼ即死だから下手に近寄るな。それと、ホームで電車を待つ時は、あの黄色い線よりこっち側にいる事。わかったか?」


「はい。『ほーむ』がなんだか分かりませんでしたが...他はわかりました。」


いつものクレアの様な、彼女らしい返事だ。俺は電車を興奮気味に待つ彼女を時々宥めては、電車を気長に待った。ちなみにこの辺は都心程では無いが、電車の通過量も多く割とすぐに電車が来る。


「...」


この時間なら席も空いているだろう。俺はクレアに何か面倒な事が起きたりしないか不安だったので、できれば彼女には席に座って大人しくしていてもらいたい。そんな俺の思考を他所に、電車が目の前に停車する。クレアは目を輝かせながら電車に乗り込んだ。普段の彼女から考えられない事に、車内を走り回る。幸い人は乗っていなかったものの、誰かが乗っていたら大迷惑だっただろう...


「おいクレア!」


俺はとりあえず彼女を怒鳴りつけて呼び止める。地味に呼び捨てにしたの初めてじゃないだろうか。とはいえ、親身としてここは怒るべきであろう。


「ひゃい!」


クレアはビクッと反応すると、怒られるんじゃ無いかと怖がるようにこちらに近寄ってくる。俺はクレアを軽く捕んで席に座らせると、説教を始めた。


「いいかクレア。電車は俺達だけが乗っている訳じゃ無いんだ。他の人が電車に乗って急に車内を走り回ったらお前はどう思う?」


俺は説教の定番、『お前がされたらどう思う』を使う。歳下相手ならかなり有効な手段だろう。彼女は俺が怒っているのが怖いのか、泣きそうになりながらもなんとか言葉を紡いで答える。


「う...迷惑...です...」


「そうだろう。俺と二人でいる時ならある程度のワガママは許してやる。でもここは違う。俺以外の人がいるんだ。そんな中で好き勝手暴れたりしたら、最悪お前が警察に捕まっちまう。だから外では『自分を抑える』んだ。できるか?クレア。」


俺がそう言うと彼女はコクコクと頭を縦にふる。今にも泣き出しそうなのを俺に悟られたくないのだろう。まぁ泣きたくなるのも仕方ない。俺が彼女に怒ったのは今回が初めてだからな。俺はクレアの頭にそっと手の乗せて、優しく撫でる。その時、ゴトンと電車が揺れて、ゆっくりと進み始める。


「よーしいい娘だ。ほら、外を見てみろ。」


クレアが初めて電車の話を聞いてから、ずっと見たがっていた『車窓から見える景色』。建物も人も車も、一瞬の内に視界に入りすぐに視界から消えて見えなくなる。俺にとってはもう何度も眺めた景色だが、はてさて。彼女の瞳にはどう映っているのやら。彼女は涙をハンカチで拭うと、車窓に食い入る様に窓の外をじっと眺めた。


「わぁ...凄く速い...」


彼女は自身の感情に率直な感嘆の声を漏らす。呼び捨てにした事を謝ろうと思ったが、なんだか車窓を楽しんでいるのを邪魔するのも悪いので、そのままそっとしておく事にした。




一つ目の乗り換え地点。ここで乗り換えないとまず都心に行けない。俺は電車内に忘れ物がない事を確認するとパッパと電車を降りて次に行く。あんまりのんびりしていると予定の時刻に間に合わないからだ。


「あ...あの...直樹さん...」


「ん?どうした?」


ふとクレアの顔が赤くなっていることに気付いた。俺はクレアが急に風邪でも引いたんじゃ無いかと思って焦り始める。


「辛いか?辛いならここで引き返すが...」


「い、いえ...そうじゃなくて...その...」


なんだ?風邪じゃないのならもっと重大な病か?俺の不安は益々募っていく。彼女はもじもじとしながらプルプル震える口をなんとか開く。


「そ...その...漏れちゃいそうで...」


「ブフッ!?」


それを聞いた途端、俺はいつぞやの時と同じ様な反応をする。漏れそうなら何故今まで言わなかった。...とはいえ、内気な彼女の事だ。また俺が怒るんじゃないかと思って言い出せなかったんだろう。替えの服はあるが、ホームで漏らされても困るので急いでトイレに向かう。


「鍵の開け閉めはわかるな?どうしても困った事があったら俺を呼べ。」


彼女はコクっと小さく頷くと急いで女子トイレの中に入って行く。俺はトイレの鍵が開けられない彼女が中に閉じ込められて泣き出さないか不安だった。しかしこの時俺は思った。俺は彼女を何歳(いくつ)だと思っているんだ...まさか小学生と同年齢とか思ってないよな...?...よな?


そんな心配は何処吹く風。彼女は普通にトイレから出てきた。無駄に心配して損した...まぁ、何も無かったんならそれで良し。


「お待たせしました...さあ、行きましょう!」


先程までの恥ずかしがりようから一転して、元気そうに先程登ってきた階段を指差すクレア。誰もいなかった筈の階段がいつの間にか何処かの買い物セールにでも向かうのだろうか、多くの人でごった返している。俺とクレアは人混みをなんとか避けながら先程のホームに向かった。





二つ目の乗り換え地点。この辺からは都心に近付いている為、昼間だろうと結構人が多い。俺は小腹が空いた為、駅内のコンビニに寄って適当に摘む物を探していた。クレアには逸れられると困るので、がっしり手を掴んで逸れないようにした。


「直樹さ〜ん、アレが食べたいです。」


彼女が指さしたのは「チョコレート」だった。甘くて美味しいのだが、困った事にカフェイン満点だ。どのくらいの量だと自律神経に影響するのかわからないが、下手に食べさせるのはナンセンスだろう。


「アレは駄目だ。他のにしなさい。」


「ぶ〜」


彼女にしては珍しくぶーたれた。俺としても食べさせてやりたいが、食べさせたせいで魔法が使えなくなり、そこを他の魔法士に狙われてサヨナラ...なんて訳にはいかない。どうしてもチョコを食べたいと駄々をこね始めるクレア。コイツ本当に高校生ぐらいの年齢なのだろうか...終いには「買ってくれなきゃ着いていかない」とか言い出した。そういやコイツ、根は強情だったな。俺は仕方ないので『カフェインと自律神経』の関係を説明すると、しょぼーんと落ち込みながらも納得してくれた。とはいえ『魔法使いだからチョコは駄目』だと流石に彼女が可哀想なので、俺は比較的カフェインが少ない奴を選んでそれを買ってやった。





ようやく到着。時間にして一時間ちょっと。彼女が駅のホームで頬張ってたチョコの方は食べても特に問題無さそうだったので一安心。俺はクレアは駅を出ると、ビルが建ち並ぶ大都会を見回す。地図は事前に持ってきていたが、それを見ても迷いそうなぐらい多くの道があった。


「大きいですね〜」


クレアもあちこちに立っているビル群を眺めて驚いている。俺はスマホの地図を確認すると、再び逸れないようにクレアの手を掴んで進み始めた。こうして見るとカップルの様で俺は嬉しいが、クレアはどう思っているのやら。


叔父さんの工場は都心から少し離れていて、若干田舎寄りだ。もっとも俺が住んでいる川沿いの街に比べれば遥かに都会なのだが。地図を頼りにゴチャゴチャとうるさい都会を進んでいく。


「ん...?」


ふとクレアが呟く。彼女は何かを感じ取ったのか、しんと耳を済ます。


「どうした?...まさか...また魔法士か?」


俺が少しビビりながら聞く。


「...いえ。魔法士にしては魔力が弱すぎる様な...でも確かに、魔力(マナ)がこの街のどこかで流れていました。」


「そ...そうか...」


『魔法士にしては弱い』俺はとりあえずその言葉に安心したが、『魔力が何処かで流れている』と言うことはつまり、何者かが魔法を使ったという事だろう。魔法士より弱いとしても念のため気を付けておくか。





しばらく歩くと、少し古めかしい建物が建ち並ぶ場所に辿り着いた。叔父さんの工場もこの街の一角に佇んでいる。ここまで来れば特に迷う事も無いのでまっすぐ叔父さんの工場に向かう。歩いて10分程で工場に着いた。


「叔父さーん、居ますかー?」


俺はしーんとした工場に一声投げかける。工場と言うより工房に近く、上の階の生活感漂う感じを見るに巨大な家の一階部分を工場として改造しているのだろう。綺麗な和風建築が下のガサツな工房と見事にミスマッチしており、違和感丸出しだ。少しするとドタドタと階段を下るような音が聞こえ、大きな男が奥から姿を現した。


「よう直樹!随分でっかくなったじゃねぇか!」


男は中年で、頭は丸いスキンヘッド。服は作業服の様だが、あちこちツギハギがされていて年季を感じる。そして元気な声で俺に話かけるこの人こそ、俺の叔父。叔父さんは俺にとっては近寄って俺の肩をバシバシ叩く。俺はてっきり忘れていた。叔父さんがものすごく暑苦しい人だと言う事を。


「はい。訳あってこの娘を連れてきてしまったのですが...この娘も一緒に泊まらせて頂いてよろしいでしょうか?」


そう言ってクレアを軽く前に出す。叔父さんは彼女を見るとニイッと大きな笑みを浮かべた。


「ハーッハッハッハ!お前いつの間に彼女なんか作ってやがったか!別にいいぜ。仕事の邪魔さえしなきゃな。」


「ありがとうございます。」


それを聞いた俺はホッと安堵する。いや、彼女云々じゃなくてね、家に泊めてくれる事に。断られたらクレアを長期的に家に留守番させる羽目になってしまう。そうしたら漢字が読めない彼女は買い物すらできず、家で飢え死にしてしまうだろう。


「カノジョ...?」


クレアは言葉の意味を考えて頭を捻る。できればわかってほしくないのでここは黙っておく。


「さて、立ち話もなんだろう。とりあえず部屋に上がれ。」


叔父さんはそう言うと俺達二人をずいずいと家に押し込む。俺がどんどん押されて驚いている中、クレアは「お邪魔します」の挨拶をしっかり言ってから中に入っていった。彼女の真摯な態度に驚いていると、すぐにある部屋に案内された。


「ここがお前達の部屋だ。彼女を連れてくるのは想定外だったから一つしか貸してやれないが、我慢してくれ。」


「いえ。貸して頂けるだけ有難いです。」


「おし。それじゃあ直樹、今日の午後から働いてもらうから荷物を整理しとけよ。」


叔父さんはそう言うと、部屋から出ていった。俺は軽く部屋を見渡す。和風の装飾が見事に施されており、鍵付きの木製のドア、襖で仕切られた居間に、外が良く見えそうなベランダ。古めかしい街並みの景色が木製の家の懐かしい感じをより一層引き立てている。物置には綺麗にたたまれた布団が置いてあり、とても暖かそうだ。上に吊り下げられた電灯はいまだに白熱電球であり、まるで昭和にタイムスリップしたようだ。


俺は荷物を部屋の片隅に降ろすと、疲れを飛ばす様に軽く伸びをする。クレアは部屋にある物品を初めて見たからだろうか、興味津々に部屋を見て回っている。彼女が歩く度に軽く軋む床が、またいい味を出している。


「直樹さーん、アレは何ですかー?」


彼女の視線の先にあるのは和風の『掛け軸』。これまた説明が大変な所を突いてくるな...


「アレは『掛け軸』って言ってな。古い絵とかをアレに飾って鑑賞するためモノだ。」


とりあえず知っているだけの事を話す。彼女も俺の態度からなんとなく察してくれたようで、それ以上は特に聞いてこなかった。


少しすると部屋のドアが開き、ある女性が両手にカレーライスを持って入って来た。


「おやおや、直樹くんったら、こーんな可愛い子を連れてるなんてねぇ。」


「叔母さん。」


この人は俺の叔母さん。叔父さんによく似てなかなかこちらも暑苦しい。叔父さんより少し控えめな性格だが、それでもかなり男勝りで元気な女性(ひと)だ。叔父さんに似ていて中年の体つきをしており、この人を初めて見た人の第一印象は 近所の優しそうなおばさん であろう。


「はじめまして。アメリカから来ました、セントポーリア・クレアと申します。訳あって彼の家にお邪魔させて頂いています。」


クレアは丁寧に挨拶する。もちろんアメリカから来た云々は俺が教えた偽りの設定だが。


「あら〜留学生なのね〜。偉いわ〜。それにしても日本語がお上手なのね。」


俺はその言葉を聞いた瞬間ギクッとする。そう。この設定だとクレアは大体の場合留学生扱いされるのだが、これだと留学生の筈の彼女が異常に日本語をペラペラ喋っている事になってしまうのだ。


「直樹さんが丁寧に教えて下さったので。とっても感謝しています。」


俺の不安そうな態度でわかったのか、クレアが上手いこと誤魔化しに入る。叔母さんは俺の方を若干不思議そうに見つめた後、話し始めた。


「へぇ〜直樹くんがねぇ〜。流石は住吉家の長男って所かしら。それより、二人にお昼ご飯を用意したのよ。良かったら食べてね。」


叔母さんはそう言うとカレーライスを部屋にあるちゃぶ台に置いた。


「ありがとう叔母さん。」


「いいのよ。その代わり、しっかり働いてもらうからね。」


叔母さんは軽くウィンクすると、部屋から立ち去って行った。俺とクレアはバッとちゃぶ台の前に飛びつくと、「いただきます」の挨拶を済ませてそれにかぶりつく。


「ありがとなクレアちゃん。」


俺はとりあえず礼を言う。彼女は「はい?」とカレーを頬張りながら不思議そうに返事をする。


「ほら、叔母さんが『日本語が上手』って話題を挙げた時、咄嗟に嘘をついて誤魔化してくれただろ?俺はそこまで考えてなかったから正直ヒヤヒヤしたよ...」


「ふふ。私なりに考えたんです。」


カレーを口に放りながらドヤ顔で話す彼女。なかなか見ない構図だが、彼女の言いたい事は何となくわかる。褒めてほしいんだろう。俺はスプーンを一旦置くと、彼女の頭に手を乗せて軽く撫でる。


「よしよし。偉い偉い。」


「そんな...大した事ありませんよ〜」


クレアは最初は若干戸惑っていたが、少し撫でる時間を長くすると心地よくなってきたのか、ポーっと俺の手を眺める。前もこんな事言ったが、なんだか人形みたいで面白い。



昼食を終えると、俺は仕事に出る為に準備を始める。


「クレアちゃん。俺はこれから仕事に行ってくるから、部屋で大人しく待っててくれ。叔母さんとかに呼ばれたら手伝ってやってくれ。」


「わかりました。お任せ下さい!」


クレアの自信たっぷりの返事を聞いて安心すると、俺は仕事用の荷物をまとめて部屋を出る。叔父さんの仕事場である一階に降りると、叔父さんが俺を待っていた。


「来たな。それじゃあ...頑張って貰うとするか。」


「はい。お願いします。」










俺は叔父さんに言われた力仕事をどんどんこなして行った。この日は自分でも驚くぐらいキレッキレに動いた為か、夜遅くに終わる予定の仕事を夕方近くに終わらせる事が出来た。俺は最後に叔父さんに頼まれた工房の後片付けを終えると、自身の部屋に戻った。


「クレアちゃ〜ん。仕事終わったぞ〜。」


クタクタになりながら部屋に入る。俺は自分の体力が思いの外ない事に今更気が付いた。クレアは俺を出迎えると、いそいそとあれこれ用意してくれた。彼女に「ありがとう」と言うと、居間に座り込んで「ふー」と一息つく。


まさか『働く』事がこんなに大変だとは。俺がやっていたのはほんの下っ端の一部だけだってのにこの疲れ具合。これじゃ仮に就職する気になったとしても何処の企業でもやっていけまい。これは基礎体力をつける必要があるな...何かしらできないか叔父さんに頼んでみるとしよう。





俺達は叔父さん達と夕食を終え、風呂に入る事にした。もちろんクレアと一緒に入る事はできないので、叔父さんと御一緒する事になった。


「おーあちあち...直樹、お前は平気なのか?」


「ええ。自分は多少熱くても大丈夫ですね。」


「そうか。お前も大した(タマ)になったな。俺はお前がガキの頃からずっと親戚としてお前ら兄弟を見てたが...精神的に成長したのはお前が一番だろうなぁ。」


「俺が...ですか?」


「ああ。お前はガキん頃は手もつけられない程の悪ガキで、いっつも俺の母ちゃんが将来は大丈夫なんだろうかって心配する程だった。世の中の腐った連中の本性を見てきたお前の精神がひん曲がっちまった時は、お前の両親もお前が将来暴走するんじゃないか...って不安そうに俺にも相談してきたぜ。」


「ぐぅ...」


「そん時は笑っちまったぜ。だから俺は言ってやった。なるようになる。放っておけば自分のやってる事のつまらなさに気付くさ。ってな。そんで、現にお前はガキん頃からアレだけモットーとか言ってた『死んでも社畜にはならない』を破って俺の家に働きにやって来た。これを成長と呼ばずしてなんと呼ぼうか。」


「そう...ですか。」


「ああ。お前はここに来たことを誇るべきだ。大人になったつってもまだまだ若造。しっかりと『苦労する覚悟』を決めてここに来た自分を褒めてやれ。」


「...わかりました。」


それからはしばらく二人共黙りだった。湯船の暑さゆえか先程から立ち込めている湯気がいい感じに風情を出している。他人とうまくコミュニケーションが取れないのは俺の爺さん辺りから続いているらしく、叔父さんもその血をしっかり受け継いでいるのだ。まぁ、俺から見れば普通にうるさいのだが。俺はふと叔父さんに頼みたい事を思い出した。


「叔父さん、一つ、いや二つ、頼みがあるのですが。」


「なんだ?言ってみろ。できる事なら応えてやるぞ。」


「実は...」






俺は基礎体力を上げたいという旨を話した。このままでは、魔法士相手に戦うどころか、一般人にすら勝てそうに無いと思ったからだ。もちろん叔父さんには魔法士云々の事は伏せているが。叔父さんはそれを軽く承諾してくれたが、実際何をどう鍛えてもらえるのやら...そんな不安を胸に、俺は自身の部屋に戻って眠る事にした。


部屋ではクレアが大きな布団を敷いてそこに寝ぞべって俺を待っていた。誘っているようにしか見えないのは俺がエロゲ脳だからだろう。彼女は俺に気付くと、手招きして俺を布団に呼んだ。


「お布団が一個しか無いらしいので、これからも一緒に寝れますね。」


嬉しそうに言う彼女。


「...ああ。そうだな...」


俺は案外疲れたのか、布団に入り込むと、すぐに深い眠りについた。


「...おやすみなさい。直樹さん。」


「...おやすみ...」





「...お疲れ様です。」


月明かりに照らされた華奢な白い手が俺の頭を優しく撫でる。


その感触はとても心地よく、まるで夢の様だった。


閲覧ありがとうございます。

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