第5話「不幸の血筋」
翌日。凄まじい痛みで目が覚める。全身をバキバキに砕かれた様な感覚があるが、四肢を自由に動かせるし、頭も普通に回る。これといって身体に異常はないようだ。ゆっくりと身体を起こすと、クレアがぴったり俺にしがみついて起き上がってきた。でも寝てる。
なるほど。俺は寝ている間に彼女の寝相によって寝技をかけられたのだろう。痛みの箇所から考えて、多分十種類ほど。俺はギシギシ痛む身体を動かしながら、クレアを起こすため彼女の頬を優しくはたく。リズミカルにペチペチと叩いていると、彼女にしては珍しくすぐに目覚めた。
「おはようございます...」
「おはよう。」
俺は新たに朝の日課として始めたラジオ体操を行う。朝の寝ぼけた身体を起こすには丁度いいと思ったからだ。俺がラジオの音声に合わせながら動いていると、クレアも横で俺の動きを真似ながら動いていた。こちらをチラチラと見ながら動く不自然さが、なんだか可愛らしかった。俺は動く為、あちこちがバキバキ鳴って痛かった。
日課のラジオ体操を終えると、クレアは朝食を作り始める。俺は食卓を掃除しながら、時おり彼女の所へ向かう。まだ台所の器具の使い方を教えてから一日しか経っていないので、彼女が完璧に器具を扱えているのか確認する為だ。とはいえ彼女の手際は良く、特に大きな失敗も無いまま料理は完成した。
俺はいただきますの挨拶を済ますと彼女の手料理を流し込むようにガツガツと食べる。どれをとっても文句の付け所が無く、彼女の出身が別の世界で無かったら料理人コンテストにでも出てもらおうかと考えてしまった。ふと、前からクレアの視線を感じた。
「...どうかしたか?」
俺が話しかけると、彼女はビクっと身をすくませ、手に持っていたスプーンを落としてしまう。
「あ...わ、悪い...」
「い、いえ!私の方こそぼーっとしてて...」
俺が謝ると彼女は慌てながらスプーンを拾い上げ、水で洗い流す。俺は念のため食べ物をカーペットに零していないか確認する。まぁ零れていたら俺が有難く頂戴致し上げますがね。そんなつまらん冗談を考えながらカーペットを一通り見回す。どうやら何も零していないようだ。
「ん...?」
ふとクレアの方を見ると、驚いた事に彼女は箸を取り出していた。まだ彼女は箸など使えないと思うが...まぁでも彼女が使うってんなら...
「お、箸使うのか。よし、見せてみろ。」
使い方を教えてやるのが俺の使命。彼女の細い華奢な指をじっと見つめ、不自然な点を見つけると手を添えて指の位置を修正する。ある程度修正させた所で、物を掴んでみるように彼女に言う。
「こ、こう...ですか...?」
彼女は不安げに箸を扱い、手元の煮物を持ち上げる。あんまり綺麗では無いが、何も掴めなかった昨日に比べれば格段に進歩している。
「そうそう。そんな感じ。やっぱりクレアちゃんは物覚えがいいな。」
「そ、そんな事ありませんよ...」
恥ずかしそうに言いながら煮物を口に運ぶクレア。俺はフフッと笑うと、自分も再び手を進め、食卓上の食べ物を全部平らげた。
朝食を終えると、俺は皿洗いをしながらクレアに話しかける。
「いいかクレアちゃん。俺は今日『バイト』に行ってくるから、その間留守番をよろしく頼む。」
彼女はこくりと頷くと、少し寂しそうに言った。
「わかりました。家で待っていればいいんですね?」
「ああ。」
俺は何かしら彼女に伝えなくてはならない点をなんとか絞り出し、時間が無いながらも簡潔にまとめて彼女に伝えようとする。
「クレアちゃん。よく聞いてくれ。基本的に誰も来ないとは思うが、誰が来ても鍵は開けるな。何か用事がありそうな人がインターホンを鳴らしてきたら、チェーンをかけてそっと顔を出せ。『俺の名前』を挙げる人なら相手してもいいが、それ以外は絶対会話するな。そして何か言われても絶対に鍵だけは開けるな。いいな?」
めちゃくちゃ早口で説明する俺。彼女はなんとか頷くが、言葉の一部の意味が解らないのかうーんと唸り始める。
「いんたーほん...?ちぇーん...?」
そうか。外来語は彼女にとってはちんぷんかんぷんか。俺は彼女をドアの前に来させると、説明を始める。
「これがドア。これがドアノブ。これが鍵。あれがチェーン。インターホンってのは外にあって...要するに『呼び鈴』だ。押したら『ピンポーン』って音がなる。」
丁寧からは程遠い説明をする。それでも彼女はなんとか理解したらしく、まじまじと玄関を見つめながら言葉を復唱していた。
「さて...そろそろ行かないとまずいか...そうそう。あと一つ。」
俺は伝えるべき事を思い出して靴を履いた所で立ち止まる。
「なんですか?」
「誰かが来て、『判子』って言ったらその時点でドアを閉めろ。何を言われてもだ。」
俺は悪徳業者にクレアがあっさり騙されるんじゃないかと考え、念のためそれを伝える。多分こんな金が一文も無さそうな奴の所に来る様な詐欺師などいないだろうが...彼女は少しうーんと考えた後にバッとこちらを向いて言い放った。
「わかりました!任せて下さい!」
彼女の見た目の年齢より幾つか若く感じる様な元気な返事。俺はその言葉を信用してバイト先へ向かう事にした。
バイト先と言っても自転車で行けば5分もかからない。俺は店先に自転車を止めると、クビになる事を覚悟しながら店内へ入って行く。
俺は店内に入ると、真っ先に店長が待ち構えているであろう店長室へ向かう。周りのバイト仲間から軽蔑する様な、鋭く冷たい視線を感じた。俺は店長室のドアを開けると、椅子に座っている店長の元へ向かう。
「...よ、よお店長...もしかしなくても...怒ってる...?」
俺はそんな笑えない冗談を言いながらゆっくりと彼女の元へ歩み寄る。店長の身体は小刻みに震えていた。下を向いているため表情は上手く読み取れないが、間違いなく火山が煮えたぎるかの如く怒りをその表情に込めている事は間違い無いだろう。
「住吉...来たか...」
店長はすっと立ち上がると、ツカツカと俺の方に歩み寄って来る。その一歩一歩がとてつもなく重く、俺はこのままぶっ殺されるんじゃないかと子供の様な発想になっていた。
「住吉...」
「...」
緊迫した空気が広がる。そのピリピリとした感じは店長室の横でレジ打ちをしている俺のバイト仲間にもひしひしと伝わっていた。
「...良かった!住吉!来てくれて!」
「...は?」
俺は思わず腑抜けた声を出す。俺は彼女が何を言っているのか全く理解できない。自分のバイト先に強盗しにやって来て、その上盗んだのがコーヒーだけで、挙句の果てに翌日堂々と謝りに来る俺に、『来てくれて良かった』とは何事か。アレか。素直に謝りにくれば許してくれるってか。いやいや、お前はそんな甘い女じゃ無いだろ。せめて怒れよ。そこは。
「...何かあったんスカ...?」
仮に俺が珈琲ばっかり持ってった事を咎めないのは目を瞑るとしても、俺の行動に一切怒りを表さないのは流石に不自然だ。何かしら裏で手を引いている者がいるのだろう。店長はピクッと反応すると、急に態度を変え、語り始めた。
「…ああ。あったんだよ...実は昨日な...」
コンビニの掃除を終えた店長は、深夜帯のバイト達に仕事を任せ、自身は家に帰ろうと夜道を歩いていたという。夜風は冷たく吹き付け、店長の肌をひゅうっと冷やしていった。寒がりな店長はあんまり寒いのでガタガタ震えながら夜道を進んで行く。ふとある時、妙な風が彼女の横を吹き抜けた。その風に謎の気配を感じた店長は振り返るが、誰もいない。
「...気のせいか。」
そう思った店長はくるりと元の方を向くと、そこには怪しい人影が...。
「はじめまして店長さん。一つ、お話宜しいですか?」
その人影はビビって動けない店長に近寄ると、耳元でこう囁いた。
「なぁに簡単な話です。ちょっとボクの要求を飲んで頂ければいいのです。拒否すれば...貴女の首が飛びますよ...」
「な、な、何言ってやがる!そんな話に乗る訳ッ!」
店長がそう叫ぼうとすると、近くの木が一瞬で横に切れ、ズズンと重い音を立てながらその場に倒れる。その切断面は明らかに人工的なモノで、そこの人影がやったのだろう。
「言いましたよね?拒否すれば貴女の首が飛ぶって...」
力ずくでは勝てないとわかった店長は要求を飲む事にした。
「っ...くそっ!わかった!要求はなんだ?」
人影はニイッと笑うと、店長に二つの要求を突きつけた。
「まず一つ。貴女の店で働いている『住吉』と言う男を、明日この場所へ連れて来い。そしてもう一つ。その男を解雇するのを取り下げ、彼が望む限り働けるようにしろ。」
俺はここでふとある事に引っかかるが、気にせず話を聞き続けた。
「そんな事か...だが、何が狙いだ...?住吉は何の変哲もないただのバイトだぞ...」
「要らぬ詮索は無用だ。余計な事をすれば即刻お前の首を刎ねる。」
人影はそれだけ言うと再び宵闇に溶け込み、スッと姿を消した。
「...という訳だ。」
なるほど。俺が珈琲を盗んでそのまま何処かへ逃げ去ったら店長はその人影に今日殺されてたって訳か。店長は俺が来た事で心底安心しているのだろう。とはいえ俺が店に来ただけじゃ人影の要求は飲めていない。
「そういう事でしたか。それじゃあ、俺も店長に死なれちゃ困るんで、早速その人影が言ってた場所に案内してくれますかね?」
俺がそんな事を言うと店長は泣きながら俺に抱きついてくる。
「お前...そこまでアタシの事を...ありがどう〜...」
店長も美人っちゃ美人だが...普段のキツイ性格を考えると正直気持ち悪い。俺は店長を無理矢理振り払うと、人影の言っていた場所に連れて行く様に店長に頼む。店長はすぐさま泣き止むと店長室を出て、妙な顔つきで俺と店長を見るバイト仲間を払いのけてどんどん歩き出した。
店長に連れられた場所は小さな公園だった。それも幼稚園児が遊ぶ様な遊具が一つだけ置いてある、本当に小さな公園。
「...ここだ。」
人影に殺されるのが怖いのか、店長はそれだけ言うとコンビニに向かってぴゅーっと逃げ出した。俺は店長がいなくなったのを見計らうと、先程店長から聞いた話に出てきた『切り株』を探す。
小さな公園なのですぐに切り株を見つけた。俺はその切り株の断面を確認すると、ある事に気が付いた。
「この斬り方...そうか。人影ってのはアイツの事か。」
俺はすっと立ち上がると、上を向いて叫んだ。
「出てこいよクソミドリ。これやったのお前だろ。」
叫び声がビルの隙間を縫って響き渡る。やがて叫び声が消え、しんとなると同時に上から緑髪の男が現れた。緑髪の男はすっとベンチに腰掛けると、話し始めた。
「よくわかったね。大した洞察力だ。」
緑髪の男はそう言うと隣に座る様に促してくる。俺はとりあえずそれを断る。
「エロゲで鍛えたからな...ってそんな事はどうでもいい。なんで俺をここに呼び出した。まさか俺を人質にしてクレアちゃんの心臓を食べようってんじゃ無いだろうな?」
「まさか。そんな事はしないよ。それに今ボクは君に投げ込まれたカフェインのせいでろくに戦えやしない。君を人質に取ったとしても彼女には勝てないさ。」
そうか。一日も経たずに外出してるからあまり効いてないのかと思ったが、思いの外カフェイン攻撃は有効かもしれないな。今後なんかしら現実世界の武器に仕込めば優秀な魔法士キラーを作れるかもしれない。
「それじゃあなんで俺を此処に呼び出したんだ?」
「一つ君と話をしたくてね。ボクの用件は二つ。忠告と質問さ。」
忠告と質問。それが何を意味するのか俺にはわからないが、少なくともどちらも無視できるような内容では無いだろう。緑髪の男は俺が何も言わずにいると話を始めた。
「まず忠告だ。ボクに『他の属性の魔法士の魔力核を喰らえば元の世界に戻れる』と言った者の話だ。」
「お前にそれを吹き込んだ奴の事か。」
「うん。『その人』は『嘘を吐いていない』んだ。」
嘘をついていない。それは即ち『他属性の魔法士の魔力核を喰らえば元の世界に戻れる』事が本当だったという事になる。
「本当だったのか。...で、その情報は本当なのか?」
ゲームなどで散々酷い目に合わされてきた俺はかなり疑い深い。あくまでも第一に疑う。でないとろくな目にあわない。...エロゲの様に。
「本当だとも。ボクもこの目で見てきたからね。そして『その人』は嘘をついていない証拠としてこの世界に流れてきた者達全てにその現場を見せた。ただ一人の例外を除いて。」
その例外が誰なのか。俺は軽く予想がついた。
「君の思惑通り。例外者の名は、セントポーリア・クレア。彼女は他の者とは違うルートでこの世界に来ていた。だから『その人』も彼女の存在に気付かなかった。しかしボクが彼女に攻撃を仕掛けた事で、『その人』も彼女の存在に気がついてしまった。」
「それで、『その人』がクレアの命を狙うから気をつけろ...ってか?」
「いいや。『その人』からすれば彼女もボクらと同じでただの魔法士扱い。恐らくは『その人』が直接干渉してくる事は無い。」
俺はよく分からなくなった。異変の真意を知り得る『その人』が直接干渉してこないってならコイツは何を忠告しに来たんだ?
「でも、直接干渉してこないってだけ。『その人』は彼女も魔法核を持つ者だから存分に狙うといいと言っていた。つまり、彼女を狙う者がこれから次々と君達の前に現れるって訳。」
「なるほどな。今まで以上に気をつけろって事か。」
つまりコイツが言いたいのはこう。クレアは他の魔法士とは違うルートでこの世界に来ている。しかし『その人』にとってはクレアも他と同じで『一人の魔法士』である為、クレアとは違うルートで来た『その人を知っている魔法士』と『その話を聞いた魔法士』はクレアを敵とみなし、常に彼女の魔法核を狙われるという訳だ。仮に他の魔法士同士で潰し合う可能性があるとしても、彼女も魔法核を持つ以上狙われるのは必須だろう。
「そういう事。」
俺はふとある事を思い出し、緑髪の男に質問しようとする。
「そういやクソミドリ。」
緑髪の男はその呼び名を聞くと、少し顔を歪めた後に自身を指さして言った。
「...ボクには、ザットルティ・ウィルド・ミルという名前があるんだけど。」
「そ、そうか...悪かったな。ミル。」
ミルは少し間を開けてから答えた。
「いやいい。それより、ボクに何か聞こうとしてただろ?何を聞くつもりだったんだい?」
「クレアが違うルートから来たって言ってたが、お前ら普通のルートでこの世界に来た魔法士はどんな方法でこの世界に来たんだ?」
俺は地味に、最大にして最高に気になる質問を投げかける。魔法について詳しくは無いが、どうやって来たのかの原理がわかればこちらの世界の文明である程度は対処できるかもしれないからな。
「ボク達は...ある日突然この世界に飛ばされたんだ。ボク達はそれぞれ、自身の生活のために平和な日々を全うしていた。村を襲う魔物を退治したり、村で農耕を行う者、村の発展の為に土木工事や力仕事を行う者...実に様々な人が平和に暮らしていた。しかしある日の事。世界各地に奇妙な魔法陣が発生し、魔法を扱える者の中でも特に大きな魔力を持つ者がその魔法陣に吸い込まれて行ったんだ。ボクもその一人。そしてボク達は何もわからないままこの世界を彷徨い、気付けばある建物の中に入っていた。まるで幻惑魔法を浴びていたかの様にね。その建物の中に居たのが『その人』なんだ。ボク達は『その人』に言われた『他の属性の魔力核を喰らえば元の世界に戻れる』と言う言葉に恐怖を感じた。しかし帰れる手段がそれしか無いとすれば話は別。ある魔法士がその場で一人の魔法士を殺害し、心臓を喰らった。するとどうか。殺した方の魔法士の身体は光と共に消えてしまった。『その人』はその光景を見ると、水晶玉の様なもので『向こうの世界』、つまりボク達が生活していた世界で驚いているその魔法士の様子を見せた。」
よく分からんが『いきなり魔法陣に吸い込まれた』では流石にこちらの文明でも対処は不可能だろう。俺なりにその後の展開を考えてミルに聞いてみる。
「それで他の魔法士もそれを信用してその場で殺りあった...ってか?」
俺の十八番、「話を遮る」が発動する。これも生まれついて持った大損スキルの一種ではなかろうか...そんな事を考えていると、ドミルが話を続けた。
「いや。他の魔法士は慎重だった。即刻その場で殺りあえば確かにその場で元の世界に帰れる可能性もある。しかし勝つだけではなく『魔法核を喰らう』のが本来の目的。大人数で取り合いとなれば間違いなく他の者から隙を突かれて殺されてしまう。だからこそ魔法士達は一旦その場を離れ、それぞれがこの世界に溶け込んで生活している。」
なるほど。まぁ賢い選択だろう。しかしクレアの様子から考えて見るとどの魔法士も何処かでボロを出しそうな気がするが...
「...さて。それじゃあ次は『質問』だね。」
「いいぜ。答えられる事なら...だが。」
「...君は彼女、セントポーリア・クレアについての過去を彼女から聞いたことはあるかい?」
「...無いな。何度か聞こうと思ったが、彼女はまるで聞いてほしくない様な顔をしてくるもんだから...」
ミルはやはりそうかと呟くと、深刻そうな顔をして話し始める。
「それじゃあ教えてあげるよ。彼女が向こうの世界でどんな扱いを受けた家系だったのか。」
セントポーリア家は、向こうの世界では知らない者がいない程優秀な魔法士の一家で、新生ティーラス王国の王の側近をも務めた事もあり、それなりに裕福な家庭だった。そこに一人の少女が生まれた。少女は魔法の才能こそ無かったがしっかり者で、街の人々からも大変人気があった。ミルも小さい頃、彼女に出会った事があるという。
しかしある日の事。彼女にも魔法の才能が宿った。だが皮肉にも彼女が受け持った才能は王国では代々禁忌とされていた『召喚魔法』だったのだ。彼女の才能に驚いた一家は彼女の魔法を隠そうと様々な隠蔽を行ってきた。上手い事隠蔽を続けて来たセントポーリア家に取って、最大の悪夢が始まった。たった一人の流浪人にして最凶の殺し屋、マーラーが街にやって来たのだ。マーラーは高い実力を持ちながら狙う相手は子供や女性、老人など非力な者を狙って殺害する極悪外道の男だった。
不幸な事に少女はマーラーに狙われてしまった。少女が路地裏に入った所で後ろからマーラーが少女の首をはねようとした。その時、彼女のうなじに強力な力を持った魔法陣が現れ、マーラーの手に持つナイフを弾き返した。直後に魔法陣から巨大な竜が現れ、周りの建物を吹き飛ばし、そのままマーラーを消し飛ばした。
彼女は一躍ヒーローになると同時に、一家は凄まじい迫害を受けた。禁忌と言われる召喚魔法。それを使える者が一家にいる事が他人に知られてしまった以上、この国に留まる事はできない。そしてセントポーリア一家は王国から離れ、ひっそりとした森の中で暮らすようになった。
その哀れな境遇故に、一家はこう呼ばれた『不幸の血筋』と。
「...それから一家がどうなったかは、彼女に聞くしかないね。」
俺は震えていた。許せなかった。魔法が多種多様存在する中で、禁忌と呼ばれているだけの魔法を扱ったら迫害されるだと?彼女は召喚魔法しか魔法は扱えないのに、身を守る為にそれを使ったら国を追い出されるだと?ふざけるな。俺は会った事もないティーラス王にガツンと一言言ってやりたかった。
「...そうだったのか。」
「まあボクも親に聞いた話なんだけどね。さて、ボクはそろそろ御暇するよ。もう用は済んだからね。」
ミルはベンチから立ち上がると、再び飛び上がろうと風を集め始める。
「あ、そうだミル。」
「なんだい?」
「バイト先の件、ありがとな。お前がいなきゃ解雇になってたぜ。」
ミルはフッと笑うと、右手を上にあげて応えた。
「なに。ボクは自分のせいで他人に迷惑をかけるのは嫌いだからね。」
そう言うと風を集めきったのか、ブワッと突風を巻き上げながら上空へ飛んで行った。
「...さて、帰るか...」
俺はバイト先のコンビニに戻ると、店長室に入った。店長は俺が戻ってくるのをまだかまだかと待ち望んでいた。俺が店長室に入ると、店長は急いで俺の元に駆け寄ってきた。
「そ、それで住吉...どうだった...?あの人影に...何かされたか?」
店長は不安そうに俺を見つめて来る。なかなか美人だが、やっぱりクレアには敵わないな。そんな事を考えながら俺は答える。
「大丈夫だったっスよ。それに店長の命も保証するってさ。」
「よ、よ、よ...良かったぁ〜」
店長は俺の言葉を聞くとヘナヘナと床に崩れ落ちる。俺は店長を立たせると、やる気を見せるかの様に振る舞う。
「店長。珈琲を勝手に持って行った事は謝ります。本当に申し訳ございませんでした。」
と言いながら俺は土下座をする。大の大人が情けない。そんな俺の様子を見た店長は俺の肩に手をあてて言った。
「その件に関しては不問にする。お前の事だ。何か理由があってやったんだろう。」
一瞬「やべ!?」と思ったが店長の事だ。理由を聞いてくることはあるまい...
「それより、本当に申し訳無いと思っているなら、言葉じゃなくて態度で示せ。」
そう言うと店長は俺のバイト用の服を渡してくる。その声は普段からビシビシと指導をしている店長の声ではなく、あくまでも上司として俺を指導する店長の優しい声だった。
「...はい。」
俺はバイトの服に着替えると、やる気満々と言わんばかりの顔でレジ打ちに取り掛かった。
その日の夕方。バイトを終えた俺は家がクレアによって滅茶苦茶になっていないか不安だったので急いで家に向かって走り出した。家の前に着き、万が一の時の事を考えてすうっと深呼吸をすると、鍵を開けて部屋に突入する。
「クレアちゃん!ちゃんと留守番できたか!?」
部屋を見た感じこれといって異常は無い。とりあえず一安心すると、今度はクレアが部屋の中にいない事に気付いた。俺は彼女が連れ去られたんじゃないかと不安になりながら家の中を探す。
「な...ななな...直樹さん...!た...助けて下さい...」
ふとクレアの声が耳に入る。何故かトイレから。
「どうした!?無事なのか!?」
俺はクレアが無事かどうか気になるので叫んだ。彼女は震える様な声で俺に言った。
「私は無事です...でも、黒いのが...黒いのが私を襲って来て...あんまり怖かったのでここに立てこもったのですが...そしたら今度はここから出られなくなってしまって...」
黒いの?なんだかよく分からんがソイツにビビってトイレに閉じ込もったら鍵の開け方がわからなかったってオチか。
「わかった。すぐ開けてやる。ちょっと待ってろ。」
俺は財布からお気に入りのギザ十を取り出すと、トイレの鍵に無理矢理あてがい開錠した。彼女は閉じ込められたのが余程怖かったのか、開けた途端に俺に抱きついてきた。
「良かった...直樹さんがいるなら安心です...」
彼女はぎゅっと俺をしめつけて離さない。なんだか今朝彼女に喰らった寝技の痛みがぶり返してくる様な感覚があった気がしたが...
「まったく...まぁでも、よく留守番できたな。お疲れ様。」
俺はクレアのホールド技から腕を抜いて彼女の頭を撫でる。彼女は「えへへ〜」と嬉しそうにしていたが、何かを見つけたのか、途端に態度が急変する。
「な...直樹さん...あ...あれ...」
そう言って怯える彼女が指さした所には、『黒いの』がカサカサと蠢いていた。しかもかなりのビッグサイズ。大きさをわかりやすく例えるなら、通常のサイズの2倍近くはあるであろう個体。俺はそれを見た瞬間背筋に悪寒が走り、自身の中で警戒態勢を展開する。
俺はクレアをトイレに再び逃がす。俺はそーっと物置から殺虫剤を取り出し、『黒いの』に向けて噴射しようとする。...が。奴の方が一手速く、俺の顔面に飛び付いて来た。
「...ぎゃああああああああああああああ!!!」
俺とクレアは暫く『黒いの』と戦い続けた。
ようやく撃沈した『黒いの』をゴミ箱に放る頃には、外の日も完全に沈みきっていた。俺達の気分の様に...
「...クレアちゃん。俺、一つ決めたんだ。」
「...なんですか?」
「魔法士同士が殺し合わなくても元の世界に帰れる手段を見つけてみせる。そして、お前を安心させてやる。絶対に...だ。」
「...それなら、私もお手伝いさせて頂きます!...いいですよね。」
「ああ。絶対見つけような。...クレアちゃん。」
「はい。絶対見つけましょう!...直樹さん!」
がっしとしっかりと手を取り合う。その手は凄く強く握られていて、正直少し痛かった。でも、彼女がそれぐらいやる気になっていると思えば、全然平気だった。
これから、どんな日々が待っているのか。
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