第3話「魔法の原理」
翌朝。日の出と共に目覚めた俺はクレアを起こさないようにそっと布団から出ると、日々の日課であるネットサーフィンを...あっ。
パソコンぶっ壊したんだった。ついでに、愛読書たるマンガもラノベも無い。するとあら不思議。ろくに趣味もない俺はもう暇。仕方なく布団に戻り、本日のスケジュールを頭の中で考える。朝食を取ったらまず洗濯物を干して、そしたら今度こそクレアの洋服を買いに行く。向こうで昼食を取り、帰りはクレアに言葉を教えながら帰ることにしよう。
しかし朝食までの時間は暇なのである。何かやる事は無いかな〜と部屋を見回すが、本当に何も無い。仕方ないので横で寝ているクレアの寝顔をのんびり拝見させてもらう。彼女の寝顔は安らかで、一遍の曇りもない。多分夢すら見ていない深い眠りなのだろう。じっと見ているうちに、なんだか悪戯したくなって来たので、軽く頬を横に引っ張ってみる。柔らかく、暖かい感触が指を伝わってくる。触っているとかなり心地よく、そのままずっと弄っていたくなる。時々彼女は「ん...」とか「んう...」とか少し嫌がるように反応するので、その時は流石に触るのを辞める。
そんな風にクレアの頬で遊び続ける事一時間。ふと自分がこの寝てる少女の頬で一時間も遊び続けた事に関心すると同時に、なぜ一時間飽きずに弄っていたのか自分に疑問を抱く。
「ん...」
ふと頬を弄っていないのにクレアが声を上げる。どうやらお目覚めの様だ。
「おはようございます...」
彼女の透き通った声が部屋に響く。俺も「おはよう」と挨拶した。向こうの世界もこちらの世界も、基本的な挨拶は同じなんだな。俺はクレアが布団からのそのそと降りると、布団を持ち上げ、ベランダに出る。ベランダの落下防止壁に布団をかけると、ベッドにかけてあるシーツも持ち上げて外に干す。クレアは大人しく見ててくれたが、クレアがそれを少し残念そうに見ていたのは何故であろうか...
俺は脳内スケジュール通り、洗濯機を回しながら朝食を作り始める。つい昨日まで弱っていた少女にカップラーメンだけ喰わせて再び栄養失調になられても困る。俺は不慣れな手付きで料理を作っていく。
「私も...何か手伝いましょうか...?」
寝惚け眼を擦りながら話しかけてくるクレア。しかし今は火を使っていて危ないので大人しくしててもらいたい。
「いや、クレアちゃんは勉強でもしててくれ。」
「そうですか...」
クレアは少し残念そうに昨日渡した「ひらがな表」に目をやると、再び文字を覚えようと練習を始める。一通り読み方は覚えたらしく、今は発音を覚えようと努力している。
「しかし凄いな...未知の世界の文字50音をたった一晩で覚えるとは...」
魔法を使うにはある種この手の才能がいるんじゃないかなと勝手に頭の中で結論づけた。俺は彼女に関心していたせいか、手元の野菜が焦げている事に完全に気付かなかった。
「や、やっちまった...」
俺はとりあえず焦げたソレと無事な野菜を食卓に並べる。心做しかクレアの顔が曇っている気がした。
...
「「ご馳走様でした」」
焦げたクソ不味い野菜は俺が全部喰い、残りの無事だった野菜をクレアが食べた。ちなみに俺は料理のセンスなど微塵も無い。むしろ今回の料理で無事な野菜がある事が奇跡に近かった。
「あ、あの...私、料理ぐらいならできますから...少しは頼って下さいね...」
クレアに同情をかけられる。どうやら無事だった野菜の方もクソ不味かったようだ。俺は今度クレアにコンロと台所の使い方を教えて、料理は彼女に任せる事にする事を決めた。
俺は大した量もない洗濯物を干し終えると、今日こそクレアの洋服を買う為に、彼女を連れて先日のデパートへ向かって歩き出した。
今日は昨日のような面倒事も起きず、無事にデパート店内へ辿り着いた。俺は早速と彼女の洋服を買う為にデパートの店内の地図を探す。まぁ大体は入口付近にあるのだが。俺はそこにある地図を見ると、洋服が売られている場所を探す。クレアは俺の事を手伝おうと必死になって読もうとしてくれているが、漢字が読めないせいかまるで読めていない。
「あったあった。3階か...」
俺は目当ての階を見つけると今度はエレベータを探して歩き出す。最も、これも入口付近に大体あるのだが。
俺がエレベータのボタンを押す。クレアちゃんは俺が何をしてるのかわからないのでいつもの様に訊ねてくる。
「このおっきなドアはなんですか?」
「これはエレベーターって言って、上の階まで自動で運んでくれるんだ。もちろん、下に降りる時にも使える。」
「上の階まで自動で...?」
「まぁ説明だけじゃわかりにくいだろうから実際に乗ってみるか。」
少しすると、エレベータが1階に到着する。俺は上行きなのを確認するとそれに乗り込み、怖がるクレアをちょいちょいと手招きした。
「だ、大丈夫ですか?...変な魔法とかかかってませんか...?」
思いの他怖がりなクレア。仕方ないので彼女の手を引いてエレベータに乗せる。エレベータ内で腰をぬかされても困るので、手を繋いだまま端に立つ。
「大丈夫だって。ほら、あっちを見てみろ。」
怖がるクレアにそっとガラス張りの外を見せる。彼女は動く床に「ひいっ」と小声で驚くが、外の段々遠ざかっていく地面を見て、彼女の恐怖は興味に早変わりする。
「ホ、ホントに動いてる...凄い...魔法みたい...」
彼女は怯えながらも窓際の手すりに掴まり、外の景色を眺めて楽しむ。でも決して俺の手は離さない。なかなか抜け目のない奴だ。あざといな、とも思ったが多分これも無意識の内にやってるんだろう。
3階に着くと、俺は足をガクガク震わせるクレアの手を引いてエレベータを出る。俺はエレベータから出ると、地図を見て洋服の場所を探す。ちなみに今のクレアの服装は、あの金と白で編まれた奇妙な服装。若干目立ったが、俺がオタクっぽい服装を装う事で『コスプレ兄妹』的な格好で街を上手いこと歩けた。
俺とクレアは洋服屋に来ると、とりあえず『今より目立たない』服装を見つける為に店内をうろつく。最も、今の白と金の服装より目立つ様な服装など無さそうなので、彼女が気に入りそうな服装を探す。
「とりあえず気に入った服があったら教えてくれ。」
ドーナツは一個までと言ったが、流石に服は値が張るので好きなの一個とはいかない。下手に彼女がクソ高い物を選んできて、俺がそれを許可したら俺は即刻破産だ。
「直樹さ〜ん、アレとかどうですか?」
そう言ってクレアが指差すのは白の長袖のワンピース。今のよりは目立たないだろうが、白一色だと汚れた時に目立つだろう...
「高くなければ買う...が...」
その生地はどう見てもシルク100%。他の服より明らかに浮いている。うん。やめとこう。俺はその服をそっと元の場所に戻した。
「アレはどうですか〜?」
彼女が次に選んだのは黒の就活生用スーツ。いや目立たないけどさ。でもそれで街中をウロウロしてたら逆に変だろう。
「...駄目だな...」
そもそも彼女に合うサイズの就活生用のスーツなんてあるのだろうか...そんな疑問を抱きながらそのスーツを元の場所に戻す。
「それじゃあ...これとこれはどうですか?」
次に彼女が持ち上げたのは薄い肌色のチュニックに白の長ズボン。見た目としては悪くないが俺が気になるのはお値段。俺は裏の値札を見て、思ったより安いな〜と思いながらちらと彼女の方を見る。彼女はこれは是非とも欲しいと言わんばかりの顔で俺の方を見つめてくる。
「これも駄目ですか?」
「いや、これなら買ってやれるが。」
たまたまだろうか、他の服に比べてかなり安いからな。俺としてもクレアには是非これを選んでもらいたい。彼女は幸いにもこの服を気に入ってくれたので、俺は彼女の気が変わる前にさっさとレジに向かってその服を購入した。
彼女は試着室でその服に着替えると、ファッションショーの如くカーテンを開いて俺にその華奢な体にぴったり合わせた服を見せる。
「ど、どうですか...似合いますか...?」
もじもじと恥ずかしそうに俺の前に立つクレア。彼女の人としての素材が良いから何着ても似合うだろうが、この服も間違いなく似合っているだろう。
「ああ。とても素敵だ。」
コミュ力の低い俺は「何処が可愛い」とか褒められるわけも無く、全体的な印象から「素敵だ」としか言えなかった。それでも彼女は嬉しそうに喜んでいたので、俺はホッと自身の胸をなで下ろす。
白と金のワンピースみたいな服は適当に袋に押し込んでしまった。
買い物を終えた俺とクレアは、他の階にあるフードコートに来ていた。もう既に昼近くであり、多くの席が家族やカップル、友人会の様な人々に取られてしまっている。日曜だからと言うのもあるだろうが、この時間からほぼ満席状態になるのは予想外だった。なんとか席を見つけて座ると、その席の机にはなんかガムがへばりついていた。俺はガムをブチッと取り、ゴミ箱へ放ると、話を始めた。
「さて...ここでは色々な食べ物が買える。周りを見ればわかるだろうけど。」
既に周りではラーメンやらたこ焼きやら、色々な物を食べる音、その食べ物の美味しい匂いや、見た目など、多くの食べ物が俺とクレアの五感をくすぐる。
「色々あって迷っちゃいます...どれにすればいいですかね?」
「...自分が一番食べたいと思った物を選びなさい。」
流石にそうとしか言いようがない。下手に「ココがいい!」とか言えば周りの店から反感を買いかねないからだ。そして何故丁寧語。彼女は席から立つと、俺から渡された現金を持ってフードコートを回る。
「この世界のお金は確か...『円』って言うんでしたね。この紙には1、0、0、0...って書いてあるから...1000円ですね!」
彼女は住吉に聞いた事を思い出しながらフードコートを回る。その様はまるではじめてのおつかいである。住吉は席から不安そうにその様子を見ていた。この前席を外したと同時にナンパ師に捕まってしまう様な感じだったので、また目を離した隙にいなくなってしまうのではないかと心配だった。
「アレはなんでしょうか...」
彼女はじっとある食べ物を見つめる。白い麺を汁などにつけて食べる、通称「うどん」である。彼女はなんというか、白い物に惹かれやすいのかも知れない。
彼女はそれを食べようとその店のカウンター前に立ってメニューを眺める。どれも彼女にとっては初めての品なので、是非とも一番最初は美味しいものを食べたい。そう思って彼女はじっくり考え込んだ。ふと目に止まったメニューが一番美味しそうだなと思い、それを注文する。
「すみません、『さぬきのたぬきうどん』を一つ下さい。」
レジ打ちのおじさんが彼女の注文を受け付けると、レシートを作りながら代金を請求する。彼女は値札通りに千円を手渡す。おじさんはどうも腑に落ちない顔をしてから、
「お嬢さん、これじゃ代金足りないよ。」
彼女は困惑した。上のメニューに載っているうどんは間違いなく1000円なのだ。それなのに足りないとは如何程なものか。
「あれ?でもそこのメニューには1000円って...」
「あ〜...あれは税抜き価格だ。消費税は抜いた値段。」
「...ショウヒゼイ?」
彼女はますます訳がわからなくなる。この前の様に混乱して貧血気味になる訳にもいかないため、ひとまず住吉を呼ぶ。
「どうした?」
「実は1000円の物を買ったんですが、ショウヒゼイなるものが足りないと言われて購入できないんです...」
あちゃ〜。彼女に税金の話をするのはもっと先だと思っていたが...とりあえず店の邪魔をする訳にはいかないので、先に消費税分を払ってうどんを購入する。フードコートお馴染みの、完成するとバイブレーションが起きるよく分からない機械を受け取ると、クレアちゃんと共に元の席に座る。
クレアは1000円の物に1000円払ったのに購入できなかったのが納得いかないのか、若干怒りながら俺に質問をする。
「それで、ショウヒゼイ?とは一体なんなのですか?」
消費税を説明しろと申すか。なかなか面倒な質問である。しかしここで答えねば多分彼女は怒る。間違いなく。
「消費税ってのは、この国で暮らす上で俺達が払う『税金』の一種だ。買い物をする時は必ずついてきて、『物の値段+税(%)』という形で支払わなくてはならない。さっき買ったその洋服にも、消費税がかかってるぞ。」
俺は簡潔に『消費税』と『税金』について説明する。ただこの説明、クレアの『税』についての知識がゼロなら完全にちんぷんかんぷんであろう。当然彼女の反応は...
「ゼイ...?...ゼイキン...?」
俺の予想通りだった。
俺とクレアは昼食を終えると、夕飯に必要な材料を買ってから家に帰る事にした。食品コーナーで安い肉や野菜をカゴに入れてから、彼女に適当に菓子を買ってあげることにした。最もあまり高い菓子は買えないので、適当にペロペロキャンディを買ってやった。...昭和か。
家に帰る途中。俺は彼女の物覚えの良さから特に教える事も無くなってきたため、今度は俺が彼女に色々と質問する事にした。もちろん俺が知りたいのは向こうの世界に存在する「魔法」。魔法とはいかなる原理を用いて使用するのか、是非一度知っておきたかった。
「それじゃあ早速聞くけど...魔法ってどうやって使うんだ?」
いきなり直球。まぁ無駄に遠回りさせる必要のある相手ではあるまい。
「...それでは説明しますね。魔法というのは、自身の体内にある『魔力回路』を使って『想像を具現化』させる能力の事を指します。」
なるほど。なんとなくわかる。その『魔力回路』の場所以外は。
「なので『高度な具現化』ほど沢山の『魔力源』を必要として、空間内に存在する『マナ』を必要とします。」
まだわかる。空間にそれっぽい『モノ』があって、その『モノ』をどうにかして『具現化』させて放つのが魔法なのだろう。
「『魔力回路』とは『通路と吸引口』を果たす役割を持ち、空間内にあるマナを自身に吸収し、体内に巡らせる働きを持ちます。これは自律神経を変化させたもので、日々の天候などに応じて適した魔力に変換させる機能を持ちます。この機能は『夜に強い魔法』や『昼に強い魔法』、『晴れの日に強い魔法』や『雨の日に強い魔法』などに大きく影響が出ます。」
ギリギリわかる。魔力回路は『魔力』を『全身に巡らせる』のと、『その場の環境に合わせて変化させる』機能を果たすと。そう言えば自律神経が云々とか言ってたが、ストレスが多かったり、寝不足だったりすると魔法が弱まったりするのだろうか。
「そして『魔力回路』に司令を出すのが脳です。『想像の具現化』を行う際に『具現化させる力のさじ加減』を脳が決めます。また、『想像』なので『思い込み』の力が必要になります。そもそも魔力回路とは自律神経をマナを通じて変化させたものです。その為どんな強力な魔法を放てても脳や自律神経を壊されてしまえば普通の人間と変わりません。」
なるほど。要するに纏めると、世界に存在する『マナ』を自身の体内に取り込み、『魔力回路』を通して『魔力』に変換する。その『魔力』を消費する事で、『想像を具現化』させて放つ。これが『魔法』。
「人によって『向いている魔法』があり、『向いてない魔法』もあります。例えば『属性の加護』によって使える魔法が限定されていたり、『天性の才能』によって一つの魔法に特出した者がいたりします。」
この辺はなんだかちゃんと覚えたか怪しいが俺にはほぼ無関係なので気にしない。俺は彼女の熱弁を聞き終えると、ふとある事が頭に引っかかった。
「なるほどな。...それで一つ思ったんだが、最後の『天性の才能』って、クレアちゃんの事じゃ無いのか?」
クレアはビックリした様な顔つきでこちらを見る。何故わかったんだと言わんばかりの顔で。
「いや、なんとなくだけど...俺が『魔法を見たい!』って言った時、クレアちゃんは火や氷を放つ安易な魔法を使わず、敢えて召喚魔法を俺に見せてくれただろ?もしかしたら『それに特化した』魔法使いなんじゃないかな〜と思ってな。」
「さ、流石ですね...私は貴方の言う通り召喚魔法しか使えないんですよ...いやホントに...虚しくて仕方ないのです...自分で呼び出した魔物とはいえ...結局他者に色々と頼ってる自分が...」
しまった。地雷踏んだな。俺は彼女の落ち込み具合を見てから即座に察した。俺はとりあえず落ち込む彼女の背中に手を置いて、
「大丈夫だ。俺は魔法の一つも使えない。」
キメ顔でなんのフォローにもならないメッセージ。
そんな二人の様子を上から観察する者が居た。
「見つけた。アイツも魔法士...かな。」
何をしているのか、空中に留まってじっと二人の跡を追う男。
「...属性は読めないか。まぁどんな属性であっても、ボクの敵じゃあ無いけどね。」
男は二人が人気の無い川沿いの道に入るのを見計らうと、すうっと二人の元へ近寄って行った。
...
「この感じ...私の他にも魔法士が...」
クレアが突然とんでもない事を言い出す。俺はその言葉を聞いた途端、ぞおっと背筋が凍った。この世界に来たのはクレアちゃんだけでは無かったのだ。即ち、彼女を匿うだけでは魔法の存在を隠しきれないのだ。そして仮にその魔法士が魔法の存在を世にバラしたら...そんな恐怖に駆られながら彼女に訊ねる。
「その魔法士は何処にいるんだ...?」
クレアは目を閉じ、すっとマナの流れを感じ取る。
「...この近くです。しかもこちらに近付いて来ている...?」
「...そうか。」
ソイツが友好的な奴ならいいんだがな。彼女の反応を見る限り多分交渉すら無理と言った感じの野郎なんだろう。彼女が言った通り、少しすると空から妙な姿をした男が現れる。
「...見つけたよ、魔法士。」
男は少年ほどの背丈で、緑の髪に緑の瞳、緑のベールの様な服装を着ている。「いかにもボクは風とか植物とか操れます」と言った感じか。
「何用ですか。私も急いでいるのです。要件によっては...荒い処置を取らせて頂きますが。」
クレアがキッ男を睨みつけながら言い放つ。男はニイッと笑うと口を開いた。
「なに。簡単な話さ。ある人から聞いてね。『自身と違う属性』の者の『魔力核』を喰らえば元の世界に帰れるらしいんだ。だから君の魔力核をボクに引き渡して欲しいんだ。」
...魔力核?なんだかわからんが、それを渡せば争わなくて済むって訳か。
「...魔力核ってのがなんだか知らないが、渡しちまえばいいんじゃないか?」
俺が適当に言うと、それを聞いたクレアは激怒する。
「何言ってるんですか!魔力核ってのは、魔力を操る者の核、つまり心臓の事ですよ!それを渡すって事は...」
...ああそう。なんとなくそんな気はしてたが...つまり最初から穏便に済ませるつもりは無いって訳だ。
「隣の友人も物分りが良くて助かるよ。...それじゃあ、始めようか。」
緑髪の男の近くに風が集まって行く。風は地面に生えている草を軽く揺らしながら、緑髪の男の元に流れていく。どうやら奴の戦闘態勢の様だ。
「直樹さん、離れて下さい。私が方を付けます。」
俺は自分にはどうにもできない事が分かっていたので、さっさと遠くに離れてクレアの事を見守る。彼女に何かあれば飛び出すつもりで。
人気の少ない川沿い。恐らくは誰も近寄らないであろう道だが、ど派手な戦いになるようなら流石に人目につくだろう。
二人はじっと互いを睨みつけ、ゆっくりと自身の手札を動かし始める。
先に動いたのは、緑髪の男の方だった。両手に風を宿し、それを刃の様にして飛ばした。十字に放たれたその刃は見た目より避け辛く、凄まじい速さでクレアに向かって飛んでいく。クレアは右掌を前に突き出し、呪文を詠唱し始める。
「『魔界より来たれ 我の魔力を喰らいて現世に仇なせ 我が呼び出す その名は 』スライム!」
厨二臭い詠唱から呼び出されるスライム。スライムは魔法陣からやる気満々で現れたが、即座に風の刃と相殺して消滅する。
「案外むごい事するんだね。」
男はフッと笑いながら言う。クレアは特に何も言わずに反撃用の魔物を呼び出そうと呪文の詠唱を始める。
「『写し身 我が問に応えよ 契約に乗っ取り 我が前に姿を現せ...』翼竜!」
呪文の詠唱が終わると、巨大な魔法陣が彼女の前に現れ、そこから巨大な火の玉が放たれる。緑髪の男は上に飛び上がる事でそれを避ける。緑髪の男が下を見ると、魔法陣から翼の生えた巨大な竜が姿を現した。
「...竜クラスすら召喚できるか...」
竜の造形は何処ぞの『空の王者』を彷彿とさせる姿をしており、巨大な翼と長い尻尾が特徴的だ。クレアは身軽に竜にぴょんと飛び乗ると、緑髪の男を補足し、竜で体当たりを仕掛ける。緑髪の男はいち早くそれを察知し、紙一重で竜の体当たりを回避する。互いに空中に留まり、再び睨み合う。
今度はクレアが先に仕掛けた。クレアが命ずると、竜はすうっと息を大きく吸い込む。そして再び先程の火の玉を小型化したモノを複数、マシンガンの様に発射する。凄まじい勢いの火球が緑髪の男目掛けて飛んでいく。並の人間なら一発もらったらお陀仏であろう威力。どうやら緑髪の男もそれを喰らったらまずいのだろうか、大幅に距離を取る。外れた火球は遠くで鉄橋に当たって消滅する。しかし、鉄橋の方もぶつかった火球の熱によって大きく溶けていた。
緑髪の男はどうにか火球を躱しきると再び手に風を宿し、それを刃として放つ。クレアはそれを確認すると、あろう事か刃に向かって一直線に突っ込んで行った。風の刃に切り裂かれて竜はバラバラ...かと思いきや竜の皮膚には傷一つ付いていない。その様子を見た男は苦悩の表情を浮かべる。ドラゴンは止まらずに真っ直ぐ突き進み、鋭い爪で男の両肩を小さく切り裂く。大きく宙返りをして男の前に留まると、クレアが話し始める。
「幾ら貴方が優秀な魔法士でも竜クラスに単身で敵うはずがありません。降伏しなさい。」
俺は物陰からそーっと顔を出す。なるほど。先程の一撃はわざと傷を浅くしたのか。力の差を見せつけて、相手に降伏を進める。優しい彼女らしい選択だ。しかし、それでは甘い。クレア、お前が元の世界に帰りたくないのと同じように、向こうも元の世界に帰ろうと必死なのだ。そう易々と勝てる相手だと思うな。...そう言おうと思ったが、遠すぎて特に何も聞こえなそうなので俺は再び物陰に隠れる。
「フフフッ...。確かに君の言う通りだ。単身では勝てないかも知れないな。...なら、ボクも二人がかりで行くとしよう。」
男は横に手を出すと、緑の巨大な魔法陣が現れ、そこからクレアが呼び出した竜と同じぐらいの大きさの緑の大砲...の様なモノが現れる。
「魔法兵器...!」
それがどんな武器なのかは住吉にもなんとなくわかる。魔法兵器の威力をよく知っているクレアは、それを破壊しようと竜に火球を吐かせる。先程流れ弾で鉄橋の一部が溶けていた辺り、1000℃を優に超えているであろう火球。しかしその火球でも、大砲の様なものにはまるで効いていない。
「ムダだよ。ソイツに魔力的な干渉はできない。壊したきゃ君のその細い腕で殴る事をオススメするよ。」
要するにクレアには壊せないという事だ。それを嘲笑う緑髪の男。緑髪の男は大砲に見えない魔力回路を接続すると、大砲が周りの空気を吸い始める。その吸引力は凄まじく、大砲の場所が遥か上空だと言うのに地上の落ち葉が少しずつ大砲に吸い込まれて行く程。やがて空気が吸い込まれて行くのが止まると、大砲から凄まじい威圧感が放たれる。
「さあ受けてみな、召喚士。『風刃砲』!」
大砲の銃口の様な所から超圧縮された空気の塊が放たれる。凄まじい速さで真っ直ぐクレアを狙う。クレアは竜に旋回させ、なんとかそれを躱す。弾の軌道上には先程一部を溶かされた鉄橋があったが、今度はその超圧縮された空気の塊によって跡形もなく消し飛ばされてしまった。
「なんて威力...」
クレアはじわと冷や汗をかく。その顔は先程より明らかに震えており、喰らったら竜諸共消し飛ばされる事を確信したのだろう。
「再装填には時間がかかるんでね。今の内にボクを倒さないと、次が発射されるよ。」
御丁寧に能力の説明までしてくれる緑髪の男。しかしこれは優しさと言うより、余裕を見せつける為の言動であろう。男は少し高度を下げ、大砲を盾にする様に後ろに隠れる。クレアの竜は大砲には触れられないため、大砲の周りを旋回しながら緑髪の男を追う。男もそれに合わせて大砲の周りをぐるぐると移動する。まるでイタチごっこの様に動く緑髪の男に、クレアは完全に翻弄されていた。
俺は再び物陰から顔を出す。俺は声が届く範囲になんとかクレアがいる事を確認すると、何か不審な動きがないか大砲の周りを見る。ふと緑髪の男が妙な動きを見せる。銃口の前に留まり、クレアが来たのを見計らって軌道上に逃走を始める。クレアがそれを跡追いしようと軌道上に上手いこと乗せられてしまう。男はニッと笑うと、魔力をクレアの背中側にある大砲に伝わらせる。男を追うのに必死なクレアはその事に気付かない。
「クレアちゃん!上に飛べ!」
俺は咄嗟に気付いて叫んだ。クレアはそれに気付いたのか、思い切り高度を上げる。その直後に先程の『風刃砲』が発射される。風の塊は地面に叩きつけられ、轟音を上げながら消滅する。
「...命拾いしたね。あの友人に感謝しなくちゃね。」
緑髪の男は避けられた事に少し苛立ちを覚えながらクレアに話しかける。クレアは緑髪の男には目もくれず、住吉の方を見る。
俺はグッと彼女に向けて親指を立てる。クレアも住吉の拳のポーズを見様見真似でグッと親指を立てる。多分互いに見えていないが。
男は再び大砲の近くに逃げると、再び風の再装填が始まる。
「同じ手は二度もくらいませんよ。」
クレアはそう言うと竜で再び男に向けて突進し始める。
俺はなんとなくわかった。このままだとクレアが負けてしまう事に。クレアは単純なのだ。相手の裏をかく緑髪の男とは極めて相性が悪い。というか多分、クレアは戦いには向いてないと思う。いかに竜が強いとはいえ、このまま続ければ確実に最後はあの『風刃砲』で仕留められてしまう。そうなる前に何か手をうたねば...
俺は彼女の魔法についての話を思い出し、ふとある作戦がピーンと閃く。俺は早速いつものバイト先のコンビニへ向かう事にした。幸い近くにあったので、すぐ戻って来れるだろう。急いで駆け出し、コンビニ内に突っ込む。
コンビニ内では店長が今日もレジ打ちをしていた。
「どうした住吉、そんなに焦って。」
店長は俺が大慌てで駆け込んで来るのを見て不思議そうに訪ねる。俺はくるっと店長の方を向くと、
「おお店長!丁度いい。緊急事態だ。店内にあるコーヒーを全部俺に明け渡せ。」
唐突な強盗宣言。しかも自分のバイト先に。更に相手の反応も待たずに買い物カゴに棚に並んでる全ての珈琲をぶち込んでさっさと店から出る。
「おいゴルァ!住吉!どういうつもりだ!」
当然だが、店長は怒りながら俺を追いかけてくる。
「悪いな店長!どうしてもこれだけは退けないし言えねぇ!そんな訳でまた明日な!」
「てめぇふざけんなコラー!」
俺は持ち前の逃げ足でなんとか店長を振り切ると、先程の河原に戻って来た。河原では先程と同じように緑髪の男とクレアが攻防を繰り広げていた。やはり俺の予想通り、クレアが若干押されていた。
「次が五発目...避けられるかなぁ?」
男はクレアを小馬鹿にしながら再び魔力回路を接続する。すると大砲が再び風を吸い込み始める。グッドタイミング。俺は珈琲を無理矢理詰めたレジ袋を両手に持つと、
「うおらぁぁぁぁ!!」
ハンマー投げの如く思い切り投げつけた。珈琲は放物線を描きながら大砲に向かって近づいていく。
「よし!入れ!」
しかしあと一歩の所で緑髪の男が放った風の刃に切り裂かれる。茶色い液体が空中に分散される。緑髪の男はニッと笑を浮かべると、俺の方を向いて話しかける。
「フッ。何を投げつけたのかは知らないが、恐らくは大砲を詰まらせる為の代物だろうね。残念。ボクがこの大砲の事を見ていないとでも思ったのかい?」
緑髪の男は俺のニヤけた表情が変わらない事を不審に思い、若干キレながら話しかける。
「何がおかしいんだい?君の放ったモノは壊された。もっと悔しがってもいいんだよ?それとも、モノを壊されて声も出ないのかい?」
俺は上空で苛立ちを見せながら何かを言う緑髪の男の言葉をなんとか聞き取ると、大声で言い返してやった。
「まだ解らないのか?俺がモノを投げたのは大砲を詰まらせる為じゃない。大砲に吸い込ませる為のモノだ!」
破壊された珈琲の液体が、どんどん大砲に吸い込まれていく。やがてその全てを吸い込みきると、直後に緑髪の男に異変が生じる。
「ぐあああああああああああ!!」
緑髪の男は大きな声を上げ、急に落下を始める。地面に叩きつけられると、自身に起きた異変を確認し始める。
「(なんだ...!?何をされた..!息が苦しい...手足が痺れる...それに視界も...チカチカと...どうなっているんだ...!?)」
「ふっふっふ。残念でした。」
俺は緑髪の男の前に立つと、地面に寝ぞべるソイツを見下ろす。少しするとクレアも降りてきて、不思議そうに俺を見つめる。
「...一体...何を...」
「コーヒーさ。この世界飲み物でな。バイトクビになること覚悟でそこの店から大量に強奪してきた。コーヒーに含まれているカフェインには自律神経の活動を活性化させる働きがあってな、俺はその中でもとびきりカフェインが強い奴を手前に大量に吸わせた。魔力回路は自律神経を改造したモノらしいから、強力なカフェインは手前の自律神経を巡ってどんどん活性化させ、そのままオーバーフローしちまったって訳さ。」
俺はカフェインと自律神経の関係を説明する。...が。多分コイツもクレアと同じでカフェインについては何も知らないだろう。
「こーひー...?かふぇいん...?...おーばーふろー...?」
隣で言葉の意味を考えるクレアを無視して緑髪の男の反応を待つ。
「なるほど...な...一服...君に...盛られた訳だ...それでボクは...死ぬ...のか?」
その瞳は死への恐怖に怯えていた。もう戦意など完全に喪失しているだろう。
「なぁに大丈夫だ。症状自体は30分ほどで治る。ただ当分は後遺症に悩まされると思うけどな。」
自律神経の乱れが原因で発症する病気は主に二種類。『自律神経失調症』と『パニック障害』だ。どちらの病もよく似た症状を持つが、基本的にこれが原因で死ぬ事は無い。
俺は緑髪の男が発症したのが『自律神経失調症』だった時の事を前提で話している。最も、コイツが発症したのが『パニック障害』でも別に大差ないのだが。唯一死因があるとすれば心臓が活性化して動き過ぎてショックで止まってしまう事だろう。
「そうか...少し眠いんだ...寝ても...大丈夫か?」
緑髪の男は弱々しい声で言う。俺が「大丈夫だ」と言う前にクレアが遮って話しかけた。
「寝てもいいですけど、少し待って下さい。もう二度と私達を狙わないと誓ってくれますか?」
その言葉を聞いた緑髪の男は軽く笑うと、なんとか言葉を紡いだ。
「ああ...誓うよ。...それに当分は...君の友人の言う通り...戦えそうに無い...からね。」
「それならよろしい。存分に寝て下さい。」
クレアが言いきると同時に、緑髪の男は気を失った。
俺はソイツを放っておくわけにも行かず、とりあえずソイツを救急車を呼んで病院まで運ぶ。ソイツが意識を失っていたのが幸いしたか、大した個人情報も聞かれずに病院に到着した。
「っ...」
緑髪の男は緊急搬送用の部屋で目を覚ました。俺とクレアに覗かれていたのを不思議に思った後にすっと上半身だけベッドから起こす。
「ここは...何処だ...?」
「病院だ。手前らの世界には無いと思うから説明するが、大怪我や大病を患った時に来る場所で、手当や手術を受ける事が出来る。」
俺は一々説明するのが面倒だなと思いながらも説明する。それは下手に言葉を間違えて街の人々に怪しまれると余計に面倒だからだ。
「そう...か...助けてくれたんだな...何故...助けた...?」
「こんな事あまり言いたくないが、この世界には魔法が普及していない。というか魔法は夢幻の様な扱いだ。そんな中で魔法をポンポン使う手前の様な奴が道に倒れていたら、間違いなく世界は混乱に陥る。仮に大混乱にならなくても、手前は実験動物として変な所に連れていかれ、そのままソイツらが魔法の原理を理解すれば最後、世界を巻き込む大犯罪に使われかねないからな。」
とりあえず考えている事全てを伝える。それを聞き終えると、緑髪の男はフッと笑う。
「...礼を言わせてもらうよ。ありがとう。後はボク一人で大丈夫だから、君達は帰っていいよ。」
「あ、いいのか?治療の請求代とか全部お前につけとくけど。」
「うん。お金なら多少は持っている。気にしないでいい。」
「そうか。じゃあクレアちゃん、行くぞ。」
俺は横でうつらうつらと眠たそうなクレアを起こすと、立ち上がった。
「じゃあなクソミドリ。二度と合わない事を願ってるぜ。」
何処ぞの二番手の様な呼び方をすると救急搬送室のカーテンを開けて外に出る。緑髪の男はカーテンを閉めながら言った。
「ボクもそう思ってるよ。」
俺とクレアは家に帰ると、今回の騒動について相談する事にした。いきなり襲ってきたクレア以外の魔法士の存在、そしてその魔法士に『他の属性の魔法士の心臓を喰らえば元の世界に戻れる』と言った者、何から何まで謎だらけだ。
「少なくとも今回の件で、クレアちゃん以外の魔法士もこの世界に来てるってのはわかった。だが、気になるのはその魔法士がこの世界で何をしているか...だな。クレアちゃんは他の魔法士がどうしてると思うよ?」
俺は夕飯用の食材を冷蔵庫から取り出しながら聞く。彼女は「何故か俺の部屋にあった青いエプロン」を身につけながら答える。
「そうですね...恐らくはこの世界に適応して密かに生活していると思います。この世界の文明を考えれば、仮に元の世界に戻る手段が『他の属性の魔法士の心臓を喰らう』だったとしても迂闊には動けない筈です。下手に目立てば直樹さんの言う様に、この世界の人々に手配されて常に命を狙われる羽目になりますから。」
やはりクレアもそう思うか。彼女の様にいきなり見知らぬ世界にやって来たとしても、行動力のある魔法士、またはクレアの様に他の者に拾われた魔法士ならば、まだこの世界で密かに暮らしているだろう。つまり『他の属性の魔法士の心臓を喰らえば元の世界に戻れる』が本当だったとしても、嘘だったとしても、当分はその手の魔法士に狙われるという事だ。
「あの...やっぱり私、貴方の家に厄介にはなれません...」
「ん?なんでだ?」
「私が貴方の傍に居ては、関係の無い貴方まで魔法士達に狙われる事になります...今日だって、貴方がいなかったら...あの魔法士には勝てなかったかもしれません...だから、これ以上貴方に御迷惑をかける前にお暇しようと思います...」
「なんだ、そんな事か。」
俺は呆れ口調で軽くため息をつく。「そんな事」と軽くあしらわれたクレアは、思わず困惑の表情を浮かべる。
「俺はお前を拾った身だ。だから、お前がどんなに大きな事を背負っていようと一緒に乗り越えなくちゃならない。たとえお前が神様や魔王だったとしても、俺はお前を家から追い出したりはしない。魔法士がなんだ。俺とクレアの二人でなら倒せたじゃないか。一人で勝てないなら俺を頼れ。きっとなんとかしてやるから。」
「...直樹さん...あの...本当に...いいんですか...?私なんか...いない方が...」
「いいんだよ。ここで『他の魔法士に命を狙われるなんて聞いてない!お前なんか出ていけ!』なんて言う様じゃ男が廃るってもんだ。それに、お前に物事を教えるのは案外楽しいしな。」
「あ...え...えっと...ありがとう...ございます...御迷惑かもしれませんけど...これからもよろしくお願いします...」
「ああ。よろしくな。」
ぎゅっと小さく握手する。クレアが一瞬包丁を握っている方の手を差し出そうとして慌てて逆の手に持ち替えたのは見なかった事にしよう...
それからクレアは夕食の調理に取り掛かった。慣れないこの世界の調理器具に四苦八苦しながらも、どれがどんな役割を果たすのかは理解してきた様だ。ある程度扱いに慣れると、彼女は気さくに鼻歌を歌い出すのだった。なかなか心地よいリズムで歌うもんだから、ついつい身体がそれに合わせて動いてしまう。ふと鼻歌がサビの途中で終わったので、何かと思ってクレアの方に顔を寄せる。
「やっぱり...第二次魔法大戦の始まりかもしれません...」
すると、何かを思い出したのか、クレアがそっと呟く。
「魔法大戦...?」
なんだそれは。まるで戦争が始まるみたいじゃないか。俺は冷蔵庫から必要な食材を取り出して彼女に手渡すと、聞いた。
「なんだ?その...魔法大戦ってのは...」
クレアは俺の言葉を聞くと、ビクっと瞳孔を細め、カタカタと小刻みに震え始める。彼女は魔法大戦について話したくないのか、受け取った食材を一度台所に置いてから静かに言った。
「知りたい...ですか?」
「ああ。...教えてくれ。」
たとえ嫌でもこれだけは聞いて置かねばならない。今後の為に必要かも知れないから。彼女はゆっくりと包丁を置くと、答えた。
「わかりました。夕食を作り終えたらお話します...」
彼女の瞳は何処か恐怖を感じていて、凄く切なく見えた。
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