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冴えない俺と異世界の召喚術士  作者: sumiman
序章 やってきたのは金髪ロング
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第2話「現実世界と魔法少女」

今回は日常回です。

確かに俺は言った。言ったのだ。クレアを家に連れ込む事で彼女を餓死させたり、見捨てられた果てに変な力に覚醒したりする...そんな感じの闇堕ちルートへ持っていく事は回避した。ここまでは良い。自分の判断を誉めるべきだろう。仮にスライムしか召喚できない召喚士だとしても、何の力も持たない人間からすれば脅威でしかない。魔法が無いこの世界で彼女を野放しにさせては、世界が混乱しかねない。


ゲーム脳の俺らしく状況を適当にまとめあげ、自分の「とりあえずの判断」を褒めちぎる俺。しかし計算違いだったのは、俺のベッドに正座でちょこんと座る可愛らしいこの少女。


「...どうかしましたか?」


笑顔で俺に話しかけてくれる少女。俺のこの少女の呼び名はクレアちゃん。大人しい性格かと思えば案外好奇心旺盛な少女で、俺の家に連れて行く途中もアレは何、コレは何、と、どんどん聞いてくる。しかも、一度俺がそれを教えたら完全に把握している。凄まじい記憶力だ。彼女がこの世界に対して興味津々なのは嬉しいのだが...


「あ、いや...なんでもない...」


計算違いだったのは、彼女が純粋過ぎた事だ。俺が教えた言葉を「言葉通り」覚えるぐらいに純粋なのだ。わかりやすく言うなら、俺は車を「馬鹿でかい」と表現したとする。すると彼女も車「馬鹿でかい」と表現し、その「馬鹿でかい」の意味まで覚えようと俺に聞いてくる。その時俺は咄嗟に「デカいより更にデカい」と言ったのだが、そもそも彼女に「デカい」の意味が通じているのかさえ不安になるぐらい、俺には説明力が無いのだ。これでは、俺のバカがそのまんま彼女に移ってしまう。


そして彼女の純粋さは間違いなく俺の部屋に散乱している「毒」によって薄汚れてしまう事が難なく予想ついたので、俺は泣く泣く秘蔵のコレクションをまとめてダンボールにぶち込んで庭で燃やした。俺の思い出全てだ。その「毒」がなんなのかは安易に予想がつくだろう。「元」嫁が全て居なくなり、「唯一の楽しみだった」ラノベやマンガを全て葬りさり、俺がひねくれた諸悪の根源たるパソコンすらぶっ壊した。そこまでして何があるんだ俺。と思ったが、目の前の純粋無垢な少女が俺みたいに毒されて行くよりはマシかと思い全て割り切った。だが、お陰で俺の部屋はすっからかん。


「なんだか悲しそうですけど...大丈夫ですか?」


彼女は落ち込んだ様子の俺を心配してくれているのだろう。その優しい心使いが、逆に俺のニートとしての精神を鋭く抉りとっていく。嬉しいのに悲しいとはこれ如何に。


「な、なぁに...ただ禁断の邪悪本(エロほん)を燃やしただけさ...フフフ...」


「そ、そうなんですか…?」


俺は彼女の心遣いを思って、一応なんともない風を装って平気な事を伝える。クレアは俺が何を言ってるのかわからないので、そうなんだと頷くしか他にない。


ちなみに、俺の手元に残ったのはバイトで稼いだ現金数万円、愛用のスマホ、親が送ってくれた参考書とハローワーク。あとは元から家にある家財道具。なんと言うか、家を飛び出してすぐの頃を思い出す。


唯一違いを見出せるとすれば、やはり目の前の少女だろう。

彼女の名前はセントポーリア・クレア。名前と見た目からすれば「アメリカから来た外国人」と言えば基本的に妙な疑惑は避けられよう。しかし気になるのはその服装。金と白の中間でできた様な配色の服で、布の面積がこちらの世界の服とは異なる様だ。基本的な構造は上から下まで一つの布で繋がっているワンピースの様なものだが、明らかにこの世界の衣服とは掛け離れた構造で、特殊な魔力(?)のようなものも感じる。


「そういや...」


俺は一つ重要な事を聞きそびれていた。彼女を家に置くのはいいが、その後彼女がどう行動するのか完全に忘れていた。


「元の世界に帰りたい...とかある?」


直球勝負。何よりこれ以外俺が聞ける質問など無い。クレアちゃんは一瞬驚愕したような顔つきでこちらを見た後、すっと口を開いた。


「...帰りたく...ないです...」


あら?帰りたくないの?ソイツは心外だった。俺の予想球種はストレートだったが、彼女の返答はチェンジアップだった様だ。この手の異世界召喚ものは大方「自分の世界に帰る」のが目的で色々な事をやるのが基本だと相場と決まっているものだと思っていたが...俺は確認の為、そっと彼女の顔を覗き込む。その顔はかなり深刻な表情だった。どうやら、本気で元の世界に帰りたくない様だ。


「わかった。俺は深くは追求しない。これでこの話は終わり!」


少し声のトーンを上げて暗い表情のクレアを励ます。励ますと言うよりは暗黙の了解だろうが、落ち込んだ彼女を見るのは俺の方が辛い。クレアは急にひょうきんとした俺を見てふふっと笑うと、またいつものにこやかな彼女に戻った。


「その...ありがとうございます...」


「誰にでも話したくない事の一つや二つはあるだろ?それをわざわざ追求する必要は無ぇよ。それより今はお前の今後について考えよう。」


「は...はい...」


...さて。彼女が元の世界に帰りたくないとすれば、俺のハードルも大幅に下がったと言ってもいいだろう。元の世界に帰るとすれば必ず何かしら面倒事に巻き込まれるのである。旅をしなきゃならんとか、何処かに向かわねばならんとか。仮に俺がゲーム脳で無かったとしても「何処かに向かわねばならない」というイベント、これだけは間違いなく避けられないものと思われる。その手の面倒事が削られれば、半ニートの俺でも彼女を養って行く事はそんなに難しくなかろう。


...とすれば、あと一つ問題なのが...


「あの、直樹さん、これはなんて読むんですか?」


彼女は俺が小学生の時に親から貰った「ひらがな表」を指さして言う。なんでそんなものをいつまでも持っていたのか謎だ。


「...それは『あ』だ。」


「わかりました。『あ』ですね...あ...あ...」


クレアはひらがな表を見て発音を覚えようと声に上げて練習する。見ていてなんだか微笑ましい。


そう、教育。もとい彼女の「この世界への適応」だ。彼女は何故か日本語が通じるが、文字が何一つ読めない。当然一つも書けない。向こうとこちらでは文字が違うのはなんとなくわかるのだが、何故言葉が通じるのか謎だ。だが気にしてはいけない。ここで言葉が通じていなかったら最悪彼女を見殺しにしていたかもしれないのだから。


そして向こうとこちらではどれぐらい文明が違うのか一つ知っておきたかったので、早速と彼女に質問を投げかける。


「クレアちゃん、車とか電車とかビルとか、ここに来る前は見た事ある?」


あえて「元の世界」の単語を伏せておく。おそらく何かしら嫌な事があって戻りたく無いのだろうから。そして俺は文明の最先端(?)である車や電車やビルを上げる。これらのものに見覚えがないとすれば、少なくともこちらの世界より文明は遅れているだろう。彼女はこの前の様に「うーん」と唸りながら考え込む仕草を取る。あざといな、と思ったが、多分彼女は無意識の内にこんなポーズを取ってしまうのだろう。


「見た事ないです...ええと...馬車なら見た事ありますよ...」


考え込んだ末の答えは俺の予想並みにテンプレだった。ここまでテンプレだと逆に怪しい。彼女が嘘をついている可能性も...いや、それは無いだろうな。先程から何か言う度本音がちまちま漏れているのだ。嘘はつけないタイプの様だ。


馬車がどれ位普及してるのかはわからないが、電車やビルはともかく、車すら見た事ないとすれば明らかにこちらより文明は遅れているだろう。彼女が吸引ゼリーの食べ方がわからなかったのも納得できる。もっとも、一個人から全体を推し量ってはいけないのだろうが。


「わかった。それじゃあまず覚えるのは『この世界の文明』だな。」


彼女に最初に教えるのは『この世界の文明』即ち『この世界に広く普及している物』だ。彼女がこの世界で生きていくには最低限必要な事を教え込むことにした。


「ブンメイ...?」


クレアは呆けた声を出してその言葉の意味を考え込む。なんてこった。向こうの世界には「文明」という概念が無いのか。まぁ仕方ない。馬車がある世界だ。多分火とかも薪を放り込んで起こしているのだろう。文明の「ぶ」の字辺りで止まっているはず。


「あ〜...文明って言うのは『人が発達させた文化』って所かな?」


だいぶあやふやな記憶だが間違いは無いはずだ。彼女はわかっているようなわかっていないような顔をしながら頷く。とりあえず具体的な目標が決まったので俺はふっと一息つく。


一息ついてちらと時計を見る。昼食を取るには十分の時間だった。俺はクレアに待ってる様に伝えると立ち上がり、一人暮らしには丁度いい大きさの電気ケトルに水を入れて湯を沸かす。俺がカップラーメンを取り出している間も、クレアはじっとケトルを見つめていた。やがてコポコポと湯が音を立てると、クレアも不思議そうに目を輝かせた。俺は完成した熱湯をカップラーメンにぶち込むと、再びベッドの上に座って参考書を読み始める。


「なんですか今の!お湯を沸かす魔法ですか!?」


彼女は楽しそうに俺に質問する。そうか。彼女にとっては湯を沸かす機械すら初めての品。目の前のそれが火も使わずに湯を沸かしたらそれが何なのか気になるだろう。


「アレは電気ケトルって言ってな、電気で湯を沸かす機械だ。」


俺はそのまんま電気ケトルを説明をしたが...ここまで言ってハッとなって気付いた。よく考えたらクレアが...


「デンキ...?...キカイ...?」


電気や機械など、知り得る訳無かった。




昼食のカップラーメンを食い終わると、彼女に『この世界の文明』を教えながら街を廻るついでに、彼女の洋服を買いに行く事にした。流石にいつまでもコスプレの様な服装で現代を歩かれると目立ってしまうだろう。俺はジャージよりは比較的マシな服装に着替え、クレアに俺の汗臭いジャージを渡す。これは決して「俺の臭いに困惑するクレアちゃん萌え〜」とか、「男物を着たクレアちゃんもイイ!」とかいう訳ではなく、めちゃくちゃ目立つ金と白のワンピース(?)を着たまま街をぶらつき、警察に目を付けられたら最後だ。この世界に疎いクレアは警察の職務質問に何も答えられず、すぐに何処かへ連れていかれてしまうだろう。最悪の場合「魔法」の事が世に広まり、大混乱を起こしかねない。クレアと行動する時は常に慎重に。でないと一瞬で世界を揺らしかねない。


なんて無駄に壮大な話にさせた事はともかく、俺は目の前のジャージ姿の少女をじっと見つめる。ぶかぶかだがなんとか着こなしており、この姿も案外可愛い。


「なんだか動きやすそう服装ですね...」


クレアは特に嫌がる様子も無いが、気に入った様子も無い。普通は俺みたいな野郎が使い回したジャージなど着たくも無いだろうが、クレアは文句の一つも言わずにそれを着てくれた。


「まぁ運動用の服だからな。ジャージって言うんだ。」


「ジャージって言うんですね。」


ぶかぶかの袖を捲し上げ、だらんと垂れたズボンを無理矢理上へ持っていく。彼女は一回りサイズが違うジャージをなんとか自分の体に留め、玄関までとてとてと歩いて行った。


「お待たせしました。準備完了です!」


クレアはビシッと敬礼の様な動作を取る。しかし直後にジャージの袖がでろんとだらしなく垂れ下がる。本人と服のやる気の違いに思わず俺はプッと苦笑した。彼女はそれに気付いたのかむすっと頬を膨らませる。


「あ、わ、悪い...」


俺はクレアに頭を下げて軽く謝る。クレアは俺のジャージの袖に手を引っ込めて、ジャージの袖で俺の頭を軽くぺしぺし叩く。可愛い攻撃手段に再び笑いそうになるが、ここは笑いを堪える。


「ちゃんと謝ったから許してあげます。」


「そ、それはどうも...」


クレアは袖から手を出すと再びにこやかな彼女に戻った。俺は彼女のその様子を見て軽く安心する。


「それじゃあ、行くか。」


彼女の許しを得た俺はドアノブに手をかけ、外に出る。





昼過ぎの土曜日。高く登った日に照りつけられ、気温は少し暖かい。ジャージ姿のクレアは暑いんじゃ無いかと思ったが、よく考えたらクレアの服装はいわゆる「生ジャー」である。下着以外。そんなに暑くはないだろう。


「直樹さん、アレはなんですか?」


そう言いながらクレアが指さしたのは鉄橋。川向の都心とこちらを繋ぐ線路、大谷線が走っており、川向とこの街を繋ぐ便利な交通手段だ。


「アレは鉄橋だ。鉄で組み込まれた橋だな。」


俺は文字通り説明してしまっている事に気付けなかった。まぁクレアに説明する分にはこのくらい単調な方が伝わりやすい...はず。


「鉄で出来た橋...凄く硬そうですけど、あの上を何が通るんですか?」


まぁそう思うのは無理もない。凄まじい強度を誇りながら、その上を何も走っていないのだから。


「あの上を電車が走るんだ。」


「本当ですか?あんな大きなモノがあの上を...?」


クレアはむぅと頭を捻らせ、考える。彼女の脳内スケールとあの橋の大きさが上手く噛み合わないのだろう。彼女が何故電車を知っているのかは先程俺が見せた幼稚園児用の本、「でんしゃにのろう!」を読んだからであろう。最もクレアは殆ど字が読めないので結局俺が代わりに読んであげたのだが。


「ああ本当だ。なんなら電車が来るまで待ってやるぞ?」


俺がそう言うとクレアは目を輝かせながら俺の方を振り向いた。


「じゃあ是非!見せて下さい!」


俺とクレアは電車が最も近くに見える場所に移動し、のんびり電車を待つ。この辺は割と都心に近いから、長くても10分ぐらいで来るだろう。


「早く来ないかな〜」


電車が通り過ぎるのを心待ちにするクレア。如何に電車を見た事が無いとはいえ、ここまで電車を楽しみに待っている少女も早々いないだろう。


...しかし、俺もガキの頃は電車が大好きだったと親に聞いた事がある。人の事言えないな...そんな事を考えていると遠くからガタンゴトンと規則的な音が聞こえ始める。


「クレアちゃん。もうすぐ来るぞ。」


────ゴオオッ…


と、轟音をあげながら、電車が鉄橋の上を通り過ぎて行く。ガタンゴトンと規則的な揺れがリズムを刻み、鉄の巨体はあっという間に川の向こうまで走って行った。


「凄い...あれが本物の電車...」


クレアは今まで見た事無いぐらいに目を輝かせ、既に遥か彼方へ走り去って行く電車を見ていた。やはり素直なんだな。この娘は。

余韻を楽しむ様にずーっと電車が通り過ぎた方を見つめるクレア。あんまり足止め食らうと本来の目的が達成できないので、クレアの肩をチョンチョンとつつく。クレアはビクっと肩を竦めてからこちらを振り向く。


「あ...す、すみません...あんまり凄まじい迫力だったのでつい...」


「いいって。俺も電車を始めて見た時はクレアちゃんみたいにずっと眺めてたさ。それじゃあ行こうか。」


「はい!」


若干上機嫌なクレアの返事を聞いた俺は、自分もなぜだか彼女に合わせて気分が乗って来たような気がした。






クレアの洋服を買いに、最寄りのデパートに来た俺とクレア。彼女は初めて見る大きな建物に驚きを隠せない様子。


「大きいですね...この国のお城ですか?」


ここに来て異世界出身のクレアらしい質問が放たれる。この世界に残っている城なんて数える程しか無い。


「いいや。ここはデパートって言ってな、色々な物を売ってるんだ。」


「こ、これでお店なんですか!?...なんだかクラっと来ました...」


クレアはこの世界の建造物の大きさに驚きまくったせいか、もしくは自分のモノサシから外れた物事が多すぎたのか、若干貧血気味の様だ。俺はとりあえずクレアをベンチに座らせ、休憩を取る。


「大丈夫か?とりあえず飲み物ならすぐ買って来れるが。」


すーはーと呼吸を整えるクレア。俺もクレアの横に座り、軽く彼女の背中をさする。何故さすってるのかは知らないがさすっているのだ。何かしてやらないと不安で仕方ない。何故だかそんな気分にさせられる少女なんだと、今更気付いた。


「だ、だいじょうぶれす...」


呼吸を整えると、呂律が回らないながらも平気な事を伝えるクレア。


「ちょっと待ってろ、何か栄養のある物を買ってくる。誰かに声をかけられても着いていくなよ。」


俺はクレアに待っている様に言うと、店内で少し栄養のある飲み物を買う事にした。無論、クレアに飲ませるためだ。


「まぁ、無理もないか。1日であんなに一喜一憂してるんじゃ、クレアちゃんの脳もパンクするよな...」


俺は一階の食品コーナーで適当に栄養のありそうなジュースを探す。まぁクレアに悪影響のある飲み物じゃなけりゃなんでもいいんだが。


「魔法があるから飲むと面倒な成分とか無いよな...」


念のため彼女に魔法の原理とかを聞いておくべきだったな。最も、初めてあった時に色々と食べさせても悪影響が無かった辺り、多分何食べても問題はないだろうけど。




住吉が店の中で買い物をしている間、外で待っているクレアはだいぶ落ち着いたので、のんびり住吉を待っていた。


「直樹さん、結局飲み物買いに行っちゃいました...」


ベンチに座ったまま見慣れない街並みをキョロキョロと見回す。まだ平仮名もろくに読めない彼女にとってはクソつまらない上に訳の分からない光景だろう。


「おおっ!綺麗な娘ががいるじゃーん!」


そんなクレアに声をかける一人の男。もちろん住吉とは無関係のナンパ男。割と鍛え上げられた肉体に、染めた髪、ピアスと、まるで自分はヤンキーですと宣言しているような男。男はクレアに近寄り、上からベンチに座るクレアを見下ろす。


「は、はて...どちら様ですか?」


当然、クレアも住吉もこの男の事など知らない。


「俺の事よりさぁ...俺は君の事を知りたいなぁ〜」


男はそう言ってクレアにずいずいっと近寄る。クレアは男が何者なのかわからないので対応に困り何もできずにいた。


「そ、そう言われましても...私は直樹さんを待っているので...」


いくらクレアがこの世界について知らなくても常識が欠けている訳では無い。男に自身の個人情報を渡さず、かつ相手の諦めを誘うような言動を取ることで男のやる気を削ぐ作戦に出た。


「はぁ〜。そんな男なんか忘れてさぁ。俺と一緒に来ない?俺、こう見えて結構金持ちなんだぜ?君の望む物、なんでも買ってあげられるぜ?」


男は完全にナンパ師そのものだった。あくまでも「待っている」事には触れず、「直樹」より自身が優れている事を証明し、その点を強調する事で自身のプラスイメージを上げているのだ。


「私...特に欲しい物などありませんし...」


クレアも負けじと言い返す。プラスイメージを持たせる言動に、同じ部分で「興味が無い」と伝える事でプラスをゼロに引き戻させる。最も、クレアが目前の男にプラスイメージなど持っていないが。


「はぁーめんどくせ。謙虚な女は嫌いなんだよ...」


あえて「嫌い」を強調させることで、相手の「怒り」を引き出しそこから話を繋げようとする男。


「嫌いなら話しかけなければいいのではないですか?」


クレアは特に怒りもせず、静かに正論を突きつける。男は「ぐっ」と小さく呟くと、拳を握りフルフルと震え始める。


「クソッ!こうなったら力づくで連れて行く!」


「えっ!?ちょ...ちょっと...!?」


男はクレアの華奢な白い腕を乱暴にガッと掴むと、無理矢理連れて行こうと引っ張る。如何にクレアが召喚士と言えど、基本は人間なので、男の力には勝てない。


「や、やめて下さい...」


クレアは貧血から立ち直ってすぐなのもあるが上手く抵抗できずに半分座った状態でズリズリ引っ張られていく。嫌がるクレアを無視し、男はどんどん彼女を引っ張っていく。


「よし...後少しで俺の車だ...」


男はニイッと不気味な笑みを浮かべながらどんどん自身の車に近付いて行く。その瞳がこれからクレアをどうするのか語っていた。


「い、嫌です!た、助けて下さい...直樹さーん!!」





クレアが叫ぶと同時に俺は店を飛び出し、男の元へ向かう。まだ間に合う。この距離なら、クレアを車に乗せられる前に男からクレアを取り戻せる。


「ぶっ殺すぞ貴様ぁぁぁぁ!!」


俺は周囲に聞こえるほど凄まじい怒号を発しながら男の元に走る。怒り。俺はクレアが得体の知れない男に連れ去られるのが普通に気に入らなかった。クレアが連れてかれて魔法の事がバレるとか、そんな事はどうでも良かった。今はただ、目の前の男にクレアが取られるのが死んでも嫌だった。だから俺は怒った。


「な、なんだアイツ!?」


捉えた。射程圏内。俺はグッと腕を曲げ、日々のトレーニングで鍛えた無駄な筋肉と、時間の無駄だと思いながら読んでいたボクシング用の本の記憶を頼りに、男の顔面に向けて左ストレートを放つ。


男は咄嗟にそれを回避しようとしたが、今度は逆にクレアに引っ付かれて動けない。男はクレアを蹴飛ばして引き剥がすが、もう遅かった。


────ドゴォッ!


なんだか嫌な音が響き、男は後ろに吹っ飛んで車の側面に叩きつけられる。他人を殴るのは初めて...では無いのでしっかりとした手応えが俺の手から伝わる。俺はソイツが既に気絶している事にも気付かず、自身の手にじんじん痛みが回っている事にも気付かず、ソイツに馬乗りになって殴り続けた。俺はそれ程怒っていたのだ。助ける相手は出逢って半日しか経ってない少女だと言うのに。一定回数殴った所で気が付いた。これじゃクレアを助けた俺が捕まっちまう。ハッと我に変えるも既に遅く、周囲の冷たい視線が俺を見ていた。



...


「まったく。これからは喧嘩は控えてね。」


「はい...すみません...」


運が良いのか悪いのか、たまたま見回りに来た警官が全てを見ていたので今回は交番に連れ込まれて厳重注意で済んだが、交番から開放されたのは夜遅くだった。クレアについては特に何も追求されなかったのは幸いか。


「...ごめんな。俺があの時席を外さなきゃこんな事には...」


とぼとぼ歩きながら自宅への道を歩く俺とクレア。洋服は買えず、クレアに無駄に怪我を負わせてしまった。幸いクレアが男に蹴られた所には大した傷もないが、少しだけ青くアザになってしまっている。


「...私の方こそ、ごめんなさい...最初からきっぱり断っておけば...」


クレアも申し訳無さそうにしていた。互いに罪は無いのだが、互いに庇いあってしまい、完全に辛辣ムードだ。このまましゅんとしてても仕方ない。俺はムードを切り替えるための作戦に出た。


「今回は本当に申し訳と思ってる!詫びっちゃなんだが、何か一つ、クレアちゃんの好きそうなモノを買おうと思う!」


モノで釣る。のではなく詫びの印として何かを渡し、ついでにクレアに喜んで貰う。我ながら単純な作戦だと思うが、それ以外特に思いつきそうにも無かった。


「でも私...何が良いものなのか知りませんし...」


そうだった...彼女はこの世界に来てまだ6日。それに内5日は路地裏でぶっ倒れていたんだった。クレアが喜びそうなモノは俺が考えなくてはならない。


そうだな...女の子が喜びそうなモノと言えば...



...



「どーなつ?」


初めて聞く単語に首を傾げるクレア。


「そう!ドーナツ!こう、輪っかの様な形をしていてな。甘くて美味しいぞ。」


女の子と言えばスイーツ。エロゲばっかりしていた俺の脳がそう教えてくれている。そんな訳で最寄りのドーナツ屋にやって来た。


「なんだか甘い香り...」


店の奥から流れ込んでくる甘い香りは彼女の鼻にもすうっと入り込んでいく。食べた事が無くても「美味しい物」だとなんとなくわかっている様な感じがする。


「さあ、好きなの一つ選んでくれ。」


貧乏家庭あるあるのセリフ、『一つだけ』を放ってクレアに選ばせる。俺からすればどれも美味しそうに見えるのだが彼女の目にはどう映っているのだろうか。


「うーん...アレは美味しそうですし...アレも可愛いし...どれにしようかな〜...」


本音がダダ漏れである。と言うかクレアも俺と似たような思考か。あ、いや、俺みたいなのと一緒にされたらたまったもんじゃないか。頭の中で思考を思考で否定する俺。


「やっぱりアレが可愛いかな。うんうん。」


彼女にしては珍しく自分の判断に自分で感想を述べる。何してても可愛いなぁ...と再び見惚れかけた所で我に返る。


「よし。買ってくるからそこに座っといてくれ。」


俺は自分の分とクレアの分をとってレジで会計を済ます。クレアちゃんは言われた通りの席で大人しくちょこんと座っていた。


「あ、今ならカップル限定サービスとかさせて頂いてるんですけど如何ですか?」


レジから離れた俺に向けてレジの店員が後から付け加えるように言う。それも割と大声で。カップルだったら嬉しいんだけどな。まぁカップルでも無いのにサービスを受け取る訳には行くまい。ここでも俺の大損スキルの一つ、「馬鹿正直」が発動する。


「あ、いえ結構です...」


別に多少嘘をついても良かったんじゃ無いかと席に座ってから後悔する。クレアは席に座った俺に、あろう事か「カップルってなんですか?」と聞いてきた。俺は敢えてそのまんまの意味で『男女の 一対(いっつい)』だと答えた。これでいいんだろう。多分。


「「いただきます」」


テーブルに置いたドーナツを軽く頬張るクレア。


「美味しい〜♪」


ほっぺがとろけ落ちそう。そんな風に身振り手振りで美味しさを表現するクレア。そのにこやかな顔は見ているこっちが癒される。そんな彼女を見ながら俺もドーナツを齧る。なんだか甘い雰囲気に重なって余計に甘く感じる。


「その...直樹さん...」


「なに?」


いきなり話し掛けられ、つい腑抜けた返事をしてしまう。訂正するつもりは無いが、多分自分でも気付いてないだけだろう。


「その...こんな事聞くのも難ですけど...どうして直樹さんは、見ず知らずの私の為に...ここまでしてくれるのですか...?」


思いっきり直球で聞いてるやんけ。そうだな。それに対する答えはたった一つ。好きだから。性格や行動などもあるだろうが、俺の場合は一目惚れ。最も、そんな事をどストレートに言ったらいくら優しい彼女と言えど嫌われる事間違い無し。やはりここは...


「俺の家に置いている以上、お前は俺の家族だ。家族を護らないような奴がこの世の何処にいる?いないだろ。たとえ知り合ってから半日でも、お前は俺の大事な家族だ。だからこそ、お前を護ってやるのは俺の『家族』としての役目であり、責任だ。」


俺なりに練に練ったセリフ。彼女はその言葉を聞くと、不意にポロポロと涙を零し始めた。


「お...おい...大丈夫か?」


何か気に障る事でも言っちまったか。後悔しかけた所で彼女が口を開いた。


「大丈夫です...その...私...この世界に来てからずっと一人で...誰にも頼れなくて...寂しかったんです...もうダメかと思ったその時に...貴方が助けてくれて...家に連れて行ってくれるって聞いた時...凄く心強かったんです...でも、どうして私の為にここまでしてくれるんだろうって不安になってしまって...」


彼女はそこまで言うと気恥ずかしくなったのか話を止めてしまう。彼女はジャージの袖で涙を拭くと、話を再開した。


「家族だって言って貰えて...凄く嬉しくて...つい泣いてしまいました...心配させてしまって...ごめんなさい...」


彼女はそう言うとしゅんと下を向く。なるほどな。感情に素直な彼女らしい理由だ。俺はポケットからハンカチを取り出し、溢れ続ける彼女の涙を軽く拭いた。


「泣くなよ。可愛い顔が台無しだ。」


俺はつい本音を漏らした。でも事実だから訂正しない。


「...はい...」


彼女は申し訳無さそうに、しかし何処か嬉しそうに言った。





家に帰ると、俺は早速と風呂を沸かしに行く。もちろんボタン一つで湯を沸かすガス式の風呂だ。クレアは風呂に溜まっていく水に指を突っ込むと、その温かさにピクンと反応する。


「これは何をしてるんですか?」


驚いた。風呂も知らないと申すか。まぁ無理もない。向こうの文明を考えれば風呂よりはシャワーの方が普及してると考えるべきだろう。


「これは風呂って言ってな。この中に入って体を暖めたり、疲れを癒したりするんだ。」


「ふむふむ。この中に入るんですね...」


クレアは風呂に手を突っ込んでお湯の温かさを楽しむ。まるで水遊びをする子供だ。ジャージの袖がぐしょ濡れだが、まぁそこは目を瞑る事にする。


湯が張り終わり、例の『お風呂が沸きました』コールが流れる。彼女は風呂に先に入っていいかどうか俺に聞く。俺はいいよと返事をすると、驚いた事に彼女はジャージ姿のまま浴槽に入った。


「え?な、なにしてんだ..?」


「なにって...お湯に入るんじゃ無いんですか?」


しまった。少女相手だからだろうか、風呂には裸で入るという事を説明し忘れていた。俺は風呂に裸で入る事を説明した。


「え?は、裸ですか?でも、直樹さんが言うなら...」


とクレアちゃんはジャージのチャックを下ろし始める。


「わー!待て待て待て!」


俺はそう言いながら急いで風呂場から飛び出す。モザイク風のガラスドア越しから彼女に話しかける。


「ジャージは脱いで床に置いとけ。あと何かあったら俺を呼べ。」


「はーい。」


彼女の気さくな返事を聞くと、俺はベッドに座って参考書を開いて読み始める。本当はラノベが読みたいな〜などと考えていると...


「直樹さ〜ん、これってなんですか〜?」


すぐさま彼女の声が聞こえた。俺は仕方なくモザイク風のガラスドアを開けて中に入ると、彼女の方を見ないように彼女の指が示す方を見る。


「...あ〜それは、シャンプーとリンスだ。髪を洗う洗剤だから、使いたきゃ使っていいぞ。」


俺はそう言うと、さっさと風呂場から出てガラスドアを閉める。いつまでも裸の彼女の隣で風呂場にいては、自制心が吹っ飛ぶと思われたからだ。


「分かりました〜。使わせて貰いますね〜。」


クレアの返事を聞くと、俺は再びベッドに戻り参考書を開く。ペラペラとページを捲り、適当なページを読み進める。暫くすると、また彼女の声が聞こえてきた。


「きゃああああああ!助けて下さい直樹さ〜ん!」


今度はなんだか大変そうな声を上げている。


「ど、どうした!?」


俺は急いで風呂場に向かいガラスドアを開ける。すると目の前に広がった光景は、泡まみれの風呂場に、その真ん中で悶絶するクレアの泡まみれの姿だった。


「め、目!目に泡が〜!」


しまった。泡が目に染みる事を説明し忘れていた。...しかし、何故風呂場が泡まみれなのだろうか。...彼女の事だ。恐らく少量の洗剤から大量に生産できる泡に興味を持ち、そのまま遊んでたら目に泡が入った...と言った所だろう。


「目が...目が〜!」


何処ぞの王みたいなセリフを言いながらバタバタ暴れ回るクレア。目が見えないと言う事よりは、初めて知った痛みに悶えているのだろう。


「ちょっと待ってろ。すぐ流してやる。」


俺はシャワーを取り出し、適当な温度になるまで待ってから、彼女の顔に向けて水を当てる。


「○×△□...!」


いきなり水を当てられ驚いたのか、声にならない悲鳴をあげるクレア。


「落ち着け。ゆっくりで良いから目を動かせ。」


彼女はコクコク頷くと、言われた通りに目をぱちぱちさせる。泡が流れ落ちたのか、少ししてからようやく瞳が開く。お湯で流されているのでよく分からないが、多分泣いている。


「あ、ありがとうございます...」


「まったく。次からは気をつけろよ...」


「はい...」


しゅんとしながら風呂に戻るクレア。俺は風呂場から出ると、ドアを閉めて再びベッドに座る。


もう流石に何も起きないだろう。そう思いながら参考書を黙読する。そういえば先程泡を流す際にちらと見えてしまったが、彼女は結構豊満であったな...そんな事を考えていると、また彼女の声が聞こえてくる。


「直樹さ〜ん。」


「今度はなんだ〜?」


俺は再び風呂場の前のガラスドア越しに立つ。彼女は俺が来たことを確認すると、話し始めた。


「あの...一人で入ってると不安なので、一緒に入って貰えませんか?」


「ブフッ!?」


意外すぎる言葉に思わず飲み物を噴き出す様な反応を取る。当たり前だ。俺はその言葉を聞いた瞬間耳を疑った。世界の何処にカップルでも無いのに異性を風呂に誘う奴がいる。俺が何も言わずにいると、


「い、嫌ですか...?」


嫌ではないが。俺は思わず「当たり前だろ!」と叫びたくなったが、俺のエロゲ脳がそれを阻止する。これは千載一遇のチャンス。彼女の合意の上で、彼女の裸を見る事ができる。いや、見る事を許可された覚えは無いが。流石に裸のまま彼女と一緒に風呂に入ろうものなら俺は間違いなく自制心をぶっ飛ばして彼女を襲うであろう。どうにか対処せねばならん。俺はしばらく考えた後に、ある名案を思い付く。




「これはなんですか?」


彼女の大事な部分を隠すように巻かれた白い布。いわゆるタオル。


「タオルと言って...本来は体を拭くために使うんだが...」


「じゃあなんで身体に巻いてるんですか?」


痛い所突いてくるな...


「こ、これは風情を出すために着けるんだ...」


ちなみに俺も大事な部分を隠している。これならば安心して風呂に入る事ができる。人によっては逆効果だろうが、俺はこれなら安心だ。彼女は不思議そうにタオルを見つめたが、特に文句も言わずに風呂に入ってくれた。


二人で無理矢理浴槽に収まる。密着してしまうのは仕方ないので、俺はクレアの方を見ないように彼女と背中合わせで風呂に入る。背中越しに彼女の心臓の鼓動音が聞こえる。初めて触れた時より大きく、しっかりと脈打っていた。そうか。生きてるんだな。あの時、今にも消えてしまいそうな浅い呼吸をしていた彼女が。今俺の隣で元気に生きている。それが嬉しかった。助けられたんだと実感が湧いた。


「明日は...」


ふと呟く。


「はい?」


「明日はクレアちゃんに、何を教えられるだろうか...」


「私は、教えて頂ければなんでも嬉しいですよ。」


彼女は少し照れながらも「楽しみにしてます」の意味を込めて言った。


「...そうか。」




湯気が湯船から立ち上り、二人を優しく包み込んだ。






風呂から上がると、俺は今まで一度も使った事が無かったゴミ同然の家電製品、ドライヤーを取り出して彼女の髪を乾かしていた。


「あの...これは何をしてるんですか?気持ちいいですけど...」


「これはドライヤーって言って、髪を乾かしてるんだ。」


俺は女性の髪の手入れの仕方など知らないので、とりあえず髪を乾かし、とりあえず櫛で整えている。彼女のふんわりとした髪は胸の高さ辺りで軽くウェーブしており、毛先が自身の方に向けて曲がり、上を向いている。ロングとショートの中間位の髪の長さと呼ぶべきだろうか。


「髪を乾かすと何かいい事が?」


また俺の知らない所を突いてくる彼女。俺も詳しくは知らないが...


「乾かさないで寝ると髪が痛むんだそうだ。」


「か、髪が痛む...」


クレアは話を聞くとぞわーっと悪寒が走ったかのような顔で怯えてしまう。俺は不思議に思っていると、彼女は小声で...


「髪が喋る訳無い...髪が喋る訳無い...」


と繰り返していた。彼女の脳内では痛みで怒った髪の毛がギャーギャー騒ぐ光景が浮かんでいるのだろう。可愛いなぁと心の中で思いながら櫛で彼女の髪を整えていく。彼女の髪型が俺好みに変わってしまうと困るのでとりあえず自然体に似せていく。


「...よし。終わったぞ。」


こんな感じだったかな?と記憶を頼りに彼女の髪を整え終える。


「ありがとうございます...」


クレアは嬉しそうに下を向いて笑った。





今日はもう寝て明日に備えよう。そう思った矢先、またも問題に直面する。ベッドが一つしか無いのだ。最初から一人暮らしを想定していた為なのだが、まさかこんな事になるとは。とりあえずクレアをベッドに寝かせて、俺は床に寝転がる。床で寝るのは流石に慣れないが、彼女の為ならどうってことは無い。


しかし俺がそれで良くてもクレアはそうはいかないらしい。自身がベッドに寝て、家に入れている俺が床で寝ているとなれば彼女は流石に困惑するだろう。案の定彼女は起き上がって話しかけてきた。


「あの...これだと直樹さんがあまりにも不憫では...」


「いいんだよ別に。それより早く寝なさい。」


なぜ丁寧語にしたし。彼女はなんだか申し訳無さそうに布団に戻り、どうにか眠ろうと目を瞑る。しかし眠れないのか再び目を覚まし、俺の方へやって来ると、俺の布団に入り込む。


「な、何やってんだ?ベッドで寝てもいいんだぞ?」


「いえ。一人では怖くて眠れないので。」


クレアはそう言いきると俺の布団で眠り始めた。気の弱い娘だと思っていたが、案外根は強情だな。


「...わかった。それじゃあ...」


「ひゃっ...!?」


俺はクレアをいわゆるお姫様抱っこで抱えて持ち上げる。彼女の反応はどうしてなかなか、一々可愛らしい。俺はクレアをベッドに降ろすと、自分もベッドの空いたスペースに入り込む。


「これで文句無いだろ。ほら寝てくれ。」


「はい…おやすみなさい…」


「おやすみ。」


俺とクレアは布団を被ると、思ったより疲れていたのか、すぐに眠りに着いた。




月明かりがカーテンの隙間から差し、二人を照らした。

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