第1話「始まりは1本のゼリー」
第一話です。
俺の名は住吉直樹。21歳。フリーターだ。
大学にも行かず、貴重な日々を無駄にゲームや漫画に費やす暇人。
コミュ力はほぼゼロ。さらには運動も苦手。言ってしまえば、何も出来ないやつ。
自立する。そう決めて家を飛び出してからもうすぐ三年。未だにまともな職に着いておらず、親からも心配されている始末。
俺には二人弟がいて、そいつらも既に自立の準備を始めており、長兄として少し不安だ。
特に次男は俺より賢い。間違いなく俺より出世するだろう…と言うか、定職に着いた時点で俺より上だ。
そんなしょうもない不安を他所に、俺の前にある面倒事が舞い降りて来る。
────とある少女に振り回され、戦乱の渦に巻き込まれるとは
この時の俺は、予想すらつかなかった────
────汝が必要なのだ
は?突然何言ってやがる。てか誰だお前。
────必ず世界の...を...
...これはあれだな。これは神様のお告げって奴か。ゲームばっかしてれば何となく予想がつくぜ。
────汝に────の加護───
しっかし聞き取りにくいなぁ。何言ってるかサッパリわかんないな...あ。わかった。これ夢だろ。中途半端な俺の事だ。どうせそれっぽい事を夢見て頭の中でそれらしい文章を構成して勝手に垂れ流してんだな。
ならば目覚めるのみ。俺は必死に意識を探って目覚めようとする。しかし体は鉛のように重く、まるで言う事を聞かない。
オイオイ嘘だろ...こんなクソつまらんお告げを全部聞くまで起きれませんってか?強制ムービーは嫌いなんだよ...
────今こそ来たれ
はぁ...しっかし夢の中でまで説教くさいことやられるとなぁ...いっそ夢の中で寝るか。できるかどうか知らんけど。
────ちょ、ちょっと聞いてるんですか!?
つか、俺の妄想にしては可愛らしい声だな。もっとも、これまでプレイしたエロゲの少女の声を脳内で奏でてるだけだろうが。
『召喚術返し』
俺はようやくつまらんお告げから開放された。もう後半は聞く気すら起きず、夢の中で眠くなるという始末。
...そして俺の予想通り、夢だったのだ。
目覚めたのは、俺にとってはいつもの場所。ゲームが多数置かれ、マンガやラノベが部屋中に錯乱している、俺の部屋。自分でも汚いと思うが、片付けるつもりは無い。なんたってまた散らかるから。何処かの誰かも同じ事を言っていたが、ごもっともだと思う。
俺はバッと飛び起きると、真っ先にパソコンを起動させ、小一時間程日課であるネットサーフィンを楽しむ。
インターネットに覗きに飽きた俺は気分転換がてらジャージに着替え、散歩に出掛ける。最も、それ以外にやる事がマンガ、ラノベ、エロゲとろくなもんじゃないからだ。
ジャージ姿で朝の街を歩く。街の人々の視線が若干痛い奴を見る様に感じるが、半ニート生活を二年間続けてきた俺は完全に慣れきっていた。半ニート生活と言うのは、週に5日バイトをして、あとはひたすら休むというフリーターと呼べるかどうかのラインを維持して生活している…そんな状態の事だ。就職しないのか、と他人に何度も聞かれたが俺の答えはいつも一つだった。「死んでも社畜にはならん」コイツは俺のモットーだ。
ガキの頃からネットにどっぷり浸かってしまった俺は、世の中の腐った部分ばっかり見てきてしまい、完全に捻くれてしまった。言わば世間すれた男だ。その結果、人生に対してやる気を完全に無くしてしまい、自堕落した生活を送り、今の様なウドの大木に成り果ててしまった。
「散歩も飽きたし、コンビニでも寄るか...」
俺は普段の散歩ルートである川沿いを外れ、最寄りのコンビニに入る。
適当に飲み物、朝食、菓子等を選んでレジに置く。ふとレジの人の顔を伺うと、俺にとっては見慣れた顔が目に映る。
「よー店長!アンタもレジ打ちやるんだな。」
バイト先の店の店長だ。店長は俺に気付くとやや不機嫌そうに眉を寄せる。
「住吉...お前よく自分のバイト先の店に平然と来れるな...」
俺がバイト先のコンビニに来た事にいちゃもんを付ける店長。それっておかしい事なのか?確かに俺はよく皆とズレていると言われるが。バイト先のコンビニに客として行くぐらいいいだろ?しかし俺は何がおかしいのか考えた事はない。店長は慣れた手つきでレジ打ちを終えると、俺が財布から取り出した金をすっと奪い取り会計を終える。
「そんじゃ店長、また明後日な。」
釣りを受け取ると、俺はスタスタとコンビニを出ていく。去り際に店長が「遅刻するなよ」的な事を言っていたような気がするが、うまく聞き取れなかった。俺はビニール袋を片手に自宅に向かう。自宅とは言ったものの、当然一軒家など買えるわけも無く、マンションの一室を借りて生活している。家に着くと、中断していたエロゲを再開する。
「俺にも運命的な出会いがあったりしねぇかな〜」
コンビニで買ったカップ麺を啜りながら目前のエロゲの主人公を見てポツリと呟く。こんな馬鹿らしい発言、中学生の時の俺ですら聞いた瞬間バカジャネーノと貶してくるだろう。
「ま、ある訳ないか。こんなクソニートの元に。」
俺は決して、決して期待した訳じゃ無いが、朝食を終えると軽く体力作りの為に再びジャージ姿で今度はランニングに出掛ける。外に出ると二月の寒風が安物のジャージの隙間を容赦なく吹き抜けていく。学生だった頃はこれぐらいの寒さ、屁でも無かった筈だが、案外寒い。とはいえ、走っていれば身体も暖まるので、運動する分にはこのぐらいの寒さが丁度いいのかもしれない。
町内をぐるっと走り終えると、自販機で買った炭酸を飲みながらダラダラ歩いて帰る。バイトの無い日は暇なのであちこち寄り道して帰る。ふとある道に差し掛かった時、妙な光景が目に留まった。
「(ん...?なんだありゃ...)」
近くの路地裏に人が倒れているのだ。関わったら面倒だろうな。と思いスルーしたが、生まれついて持っている俺の大損スキル「お人好し」が発動した。ピタッと立ち止まり、くるりと向きを変えると先程人が倒れていた所へ向かう。「俺がその人の元に向かった所で何をしてやれるんだ。」そんな思考とは無関係に、身体は倒れている人の元へ向かう。
俺はうつ伏せに倒れているその人の背中に手を当て、心臓の鼓動音を確認する。助けに来た所で、死んでいたら身も蓋もないからだ。その人の心臓はドクン。ドクン。と規則的に脈打っている。俺が触れても何一つ反応がない辺り、気を失っているのだろう。俺が不可解に思ったのは、倒れている人の格好だ。茶色を基本としたその上着はその下に着込んでいるコスプレイヤーみたいな服装を見事に隠し、雨でも無いのに上着のフードを被っている。まるで身分を隠す異世界の王族の様だ。もっとも、これはゲーム脳である俺の勝手な想像なのだが。
「ん...」
都合よく、あるいはたまたまか。その人が目を覚ます。衰弱しているのか、開けた瞳は何処か虚ろで、身体も起き上がらなかった。
「ここは...」
ソプラノの美しい声が俺の耳に響く。その声は俺の耳を撫でる様で、何処か心地よい。フードで顔はよく見えないが、女性だということはわかった。身長は結構短く、歳は高校生ぐらいの少女であろう。少女はごろんと半回転して上を見ると、美しい金色の双眸をぱちくりと動かして、辺りの光景を見回す。
少女は俺の存在に気付くと、俺の方をじっと見つめて話した。
「あの...私は一体...」
俺に聞くな。俺に聞かれても解らんわ。コミュ力ゼロの俺だが、この手の厄介事はガキの頃から結構遭遇しているため、どういう状況か理解する為の脳は割と回る。が、なんであろうか。今回は少し異例な気がする。
「俺が散歩してたら、ここに君が倒れてたから、気になって寄ってみただけなんだが...」
英語のリスニングテストとかでよく聞いた文法みたいな話し方をする俺。女の子と話したのなんて何年ぶりだろうか。それにこんなに可愛い子が相手だ。つい緊張してしまう。
「そう...でしたか...突然で申し訳ありませんが...一つお願いが...」
少女は力なく瞳に「懇願」の意味を載せて俺を見つめ続ける。俺はその力の無い美しい瞳に惹き付けられ、思わず承諾してしまう。
「...俺にできる事ならなんでもやるぞ。」
...まぁ、どうせ暇だしな。なんならこの少女の記憶に残るヒーローになってやろうと軽い気持ちで引き受けた。...ただ...この時の決断は間違いだったのかもしれない。
「ありがとうございます...実は私...五日前から何も食べてなくて...何か食べられる物を...恵んで頂けないでしょうか...」
五日前から?俺はその言葉を聞いて驚愕した。この御時世、ゴミ箱を漁ればそれなりに残飯も出てくるであろうここ日本。俺はともかく、彼女の歳で身寄りがないのなら保護施設に入る事もできるだろう。それなのに飢え死にしかけているとは一体...?そんな様々な不思議な思惑を振り払うと、目の前の現実に戻った。五日も食べてないとすれば相当衰弱している筈だ。あんまりぼけっとしていると目の前の少女は衰弱死してしまう可能性がある。
「よし。任せろ!10分で戻ってくる!」
勝手に戻ってくる時間を約束すると、近くに偶然あったスーパーに走り込む。俺を見つめる少女の瞳に、希望の光が宿った様な感じがした。
...
午前中と言う事もあり、スーパーは多くの主婦や老人が買い物を楽しんでいた。その中で一人、俺は比較的飲み込みやすい物、栄養がある物のコーナーを探して走り回る。こんな時間から大の男がスーパーをドタバタ走り回っているので、当然目立ったが、人目を気にしている余裕は無い。このまま彼女を死なせてしまっては、いわゆる「単純遺棄罪」に問われかねない。罪に問われる事なんざどうでもいいが、一度助けると決めた人に死なれると後味が悪い。ガサツに食品を買い物カゴにぶち込むと、大急ぎでレジに走り込む。
「こ、これお願いします!」
ドン!と凄まじい音を立てながら買い物カゴをレジに置く。店員はビクッと驚きながらも会計を始める。俺は財布の小銭を取り出そうと財布のチャックに手をかける。しかし、財布のチャックはガチっと引っ掛かり、まるで俺を邪魔をするかのように開かない。
「クソッ!こんな時に...」
ガチガチと財布を弄っているうちに、会計が終わる。俺は余計なタイムロスを避けるため、財布ごとレジに置いて走り出す。置いたというか、半ば機械に叩き付けた。
「釣りは要らん!取っとけ!」
一度言ってみたかった台詞。こんなダっサいシチュエーションで言うのもアレだが。買い物カゴからビニール袋に入れ替えもせず、そのまま先程の路地裏に向かって走り出す。
もっとも、目と鼻の先の距離なのだが。路地裏に入ると、先程と同じ体勢で少女が倒れていた。
「大丈夫か?食べれそうな物を持ってきたが...」
少女はこちらに気付くとコクリと頷いた。しかし、先程より明らかに呼吸は弱まり、心臓の鼓動音も小さくなっている。これは間違いなく衰弱しているだろう。俺はカゴからとりあえず「吸引ゼリー」を取り出して蓋を開け、彼女に差し出す。何日も胃に何も入れないと固形物を入れた時に吐き出してしまう...という事は親から聞いていたので、これをチョイスしたのだが...
「...どうやって食べるんですか?」
彼女はその袋を見つめてじっと手元でくるくる回して食べられそうな部分を探す。...知らないのか。俺は身振り手振りを付け加えながら彼女にわかるように説明を始める。
「そこに口をつけて...」
彼女は言われるがまま、そっとぷるっとした唇をゼリーの吸引口につける。
「思い切り吸うんだよ。」
彼女は軽く頷くと、思い切り吸い込んだ。栄養ゼリーが一気に流れ込んだのか、頬が軽く膨らむ。人形みたいで、見ていて何だか面白い。彼女は初めての味に顔を歪めることもなく、ゆっくりとそれを飲み込んだ。
「美味しい...」
どうやら味に不満は無いようだ。俺はホッと安堵すると、彼女が栄養ゼリーをチューチュー食べるさまをのんびり見守っていた。傍から見たら完全にただの変人である。
彼女は少し元気を取り戻すとゆっくり起き上がる。その時、不意にフードが外れ、彼女の艶やかな金髪がふわりと現れる。しかも染めたような金色ではなく、生来産まれ持ったかのように透き通った金色。長い髪は腰あたりまで届き、彼女の動作に合わせて美しく髪も揺れ動く。高貴な家の生まれなのか、彼女の髪からはいい匂いが溢れ出し、軽く俺の鼻をくすぐる。俺がぼーっとそれに見とれていると、彼女は再び俺の方を向いた。ハッとなって咄嗟に取り繕ったが、何がしたかったのかよく分からない。
「あの...他の食べ物も...貰って...いいですか...?」
彼女は俺が手に持っているおにぎりやら飲み物やらにも興味を持ち始めた。久しぶりに食べた物が余程美味しかったのだろう。
「ああ。全部食っちゃっていいぞ。」
俺が袋や蓋を開けて彼女に差し出すと、彼女は凄まじい勢いでそれを食べ始める。色々買ってきたつもりだが、何を差し出しても彼女は美味しそうに全部食べ尽くした。全てを食べ終えて満足そうしている彼女の笑顔は、なんだか俺の心にぐっとくるものがあった。
「ご馳走様でした。 」
彼女はそう言うと満足気に立ち上がる。もう彼女に弱々しさを感じさせる様子は無く、完全復活した様だ。俺はその様子を見ると、用は済んだなと思いその場を去ろうとした。
「あっ...あの!見ず知らずの私を助けて頂いて、本当にありがとうございました!な、何か御礼を...」
何か礼をしようとオドオドし始める彼女。俺そういうの受け取れない性質なんだけど...と言うか俺は、この少女が何者なのか、それすら知らない。
そこで俺はとある名案を思い付いた。御礼として彼女の素性を聞くのだ。これなら、彼女の事を知りつつ上手いこと彼女の御礼を受け取った事にできる。
「御礼か...それじゃ、幾つか質問させて貰っていいか?」
「あ...はい!答えられる事なら...」
とりあえず彼女はOKだそうだ。これで御礼は受け取った事になる。後は彼女のプライベートに入らないように適当に質問するだけだ。
「えーと...それじゃ...何処の国出身の人?」
「私はティーラス王国出身です。」
ティーラス王国?何処の国じゃ。中東辺りにそんな国があったような気もするが、俺の記憶ではそんな国は実在しない。俺が顔を歪めたのが視界に入ったのか、彼女は不安そうにこちらを見つめる。
「ど、どうかしました?」
「あ、ああ。悪い。それで...なんでこんな路地裏に倒れてたんだ?」
俺は一応平常を装い、一番知りたい事を聞く。彼女は「うーん」と唸りながら考え込む仕草をとる。恐らく記憶を辿っているのだろう。彼女は「あっ」と思い出したかのような声を上げると話し始めた。
「召喚術を使おうとしたら何者かに襲われて...逃げてきた先がこの街で...でも、この街の文字は何一つ読めなくて...そのまま何も出来ないまま...ここに倒れてしまいました...」
召喚術?逃げてきた?文字が読めない?なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ...そうか...これはアレだな。逆異世界転移とかいうやつだろう。ゲーム脳故に割とあっさり結論に辿り着いた。
逆異世界転移とは、俺がよく妄想する『異世界に行く』を『向こうの世界の人間』が体験し、『こちらの世界に来てしまう』事だ。...しかしまだ確証は持てない。あと一つ決め手を入れるとすれば...やはりこの質問しかない。
「...もしかして、君って魔法が使えたりする?」
「ええ。使えますけど...」
当たり前の様に答える彼女。...やはりそうだ。彼女は異世界から来たのだ。この世界に魔法は実在しない。これも当たり前だが。もうほぼ確定したようなもんだが、念の為確認として質問する。
「やっぱりそうか...じゃあ、一つ見せて貰っていいかな?」
「いいですけど...魔法って結構危ないですよ?」
彼女は忠告と了諾の両方を込めて言った。俺は好奇心が自制心を完全に上回っていたので「多少危なくてもいいから見せてくれ」と言った。彼女は「後悔しませんね?」と念押しに忠告した。俺は「後悔なんかしないよ」と言って彼女を急かした。
「では...『来たれ 魔界の底から 我が魔力を血肉とし その身を現世に宿せ 我が呼びたるは』ええと...ス、スライム!」
最後が滅茶苦茶怪しい詠唱だったが...大丈夫なのか?...しかしこの詠唱だと、恐らくは先程彼女が言っていた召喚術...魔物でも現れるのか?そう思っていると、俺と彼女の間にマンホールぐらいの大きさの魔法陣が現れ、そこから青いゲル状の何かが出現する。
「な...なんだこりゃ...」
俺は信じられない光景を目の当たりにする。目の前で金髪の少女が、青いゲル状の何かを召喚している。これが魔法。俺は底知れぬ恐怖に襲われながらも、何か感慨深いものを感じた。
「スライムです。ふふっ。とってもカワイイですよ?」
彼女は手をパンパンと二回叩くとゲル状の何かが彼女の元に擦り寄っていく。彼女はそれを軽く撫でると、指をパチンと弾いた。するとスライムはすぅっと光の素粒子の様なものに変わりながら消えていった。
「...なるほど。色々と教えてくれてありがとう。」
「いえ。私の方こそ助けて頂いて...ありがとうございます。」
彼女が普通の人間なら、それじゃあサヨナラ...で終わりなのだか、そうはいかない。俺がここで離れたら、彼女は再び飢餓状態に陥ってしまうだろう。何せ文字が読めないのだ。何故か会話はできるが、向こうとこちらでは文字が違うらしい。そして文字が読めないとなれば、この世界で一人で生きていくのはほぼ不可能だ。
「このまま帰ろうと思ったんだが...君って行く宛無いだろ?」
とりあえず聞く。間違ってたら面倒だから。
「はい...お恥ずかしながら...でも...どうしてわかったのですか...?」
彼女は気恥しそうに下を向く。俺は何を血迷ったのか、彼女を家に連れて行き、色々な事を教えてやろう。なんて考えてしまっている。そんな余裕は正直言って俺には無い。しかし、このまま彼女を放っておいて翌週野垂れ死にされても困るのだ。
「なんとなくさ。...そうだ。俺の家に来ないか?ここにいても何も進まないだろ?」
言っちまった。魔法が使える様な妙な奴を家に連れ込むのか。...しかしこの娘は悪い奴では無いだろう。彼女さえ良ければ俺はいつでもウェルカム状態だった。部屋にエロゲさえ散乱していなければ。彼女は「うーん」とか「でも」とか、時おり考えている事を口にする。少し色っぽく見えてしまったのは、俺が男だからだろうか。彼女はやがて考えが纏まったのか、じっとこちらを見つめた。あんまり真剣に見つめてくるものだから、つい気圧されてしまった。
「それじゃあ...お邪魔させてもらっていいですか?」
よっしゃあ!とガッツポーズ。こんな可愛い子が家に来てくれるなら大歓迎だ。と大喜びすると同時に、彼女にうまくこの世界を知って貰えるだろうかという不安感が俺の脳裏をよぎる。...でも今は、彼女への挨拶が最初だろう。
「よし来た。そんじゃ今日からよろしくな。...えーと...」
そういや...まだ名前を聞いて無かったな...なんて名前だろうか...
「ゴ、ゴメン、名前教えて...」
焦りまくった挙句、結局本人に聞いてる俺を見て少女はふふっと笑う。俺は少し恥ずかしがりながらも彼女のその笑顔に魅入っていた。完全に惚れたな。こりゃ。
「セントポーリア・クレア。それが私の名前です。」
「オッケー。それじゃあ宜しくな、クレアちゃん。」
馴れ馴れしくちゃん付けで呼んでいるがまだ出会って一時間ぐらいしか経っていないのである。俺は彼女の不快感を誘ってないか心配だったが、クレアは特に気にしている様子は無かった。
「はい。それで、貴方の事はなんと呼べば...?」
しまった。いつも何かある度裏をかいてしまって肝心な所が抜けちまう俺の悪い癖だ。それがここで見事に発揮される。何か印象的な、記憶に残る挨拶にせねば…何故か俺は気が動転してそんな事を考え…俺は咄嗟に考えついた妙なポーズを取り...
「俺の名は住吉直樹。どうとでも呼んでくれ。」
見事に決めた。イケメンでも許されないと思われるポーズ。それがどんなにひどいポーズかわかりやすく喩えるなら、牛乳特戦隊とでも言うべきだろうか。
クレアは俺の決めポーズ付きの謎の自己紹介を見ると、軽く苦笑いを作っていた。彼女もいきなり出会ってすぐの奴にこんな自己紹介をされたら反応に困るだろう。俺は彼女の苦笑いを見てようやく今の自己紹介がおかしい事に気付いた。
「わかりました。宜しくお願いしますね。直樹さん。」
クレアは俺のポーズについて深く追求せずに黙っていてくれた。しかし俺はそんな彼女の優しさには気付かず、名前で呼ばれた事に浮かれていた。
直樹さん。クレアの口から紡がれるその響きに俺のハートは完全に貫かれた。女の子から名前で呼ばれた事などただの一度もない。実は自分って結構チョロいんじゃ無いかな〜と考えてしまう。デレデレとした思考を誤魔化すため、家に帰る事にした。
「じゃ、じゃあ早速行こうか...」
「はい。」
ロボットみたいにガチガチな足取りの俺にテクテクと着いてくるクレア。親子、と言うよりはカップルに近い感じであろうか。俺の脳内は彼女の事で埋まっていた。今持っている希望や不安。全てに彼女が関わっているのだ。上手く彼女にこの世界に慣れてもらえるだろうか。彼女が不安にならない様に支えてあげられるだろうか。俺は今更ながらとんでもない決断をしてしまったのではないかとちびっと後悔する。が、彼女との同居生活を考えればどうってこと無かった。
しかしこの少女を拾った事で、とんでもない事に巻き込まれるとは思いもよらなかった。
いや、なんとなく予想はついたけど認めたく無かったんだろう。
これから何かしら面倒な事が起こるって。
閲覧ありがとうございます。質問、意見、感想等がございましたら、送っていただけると幸いです。