閑話 笑いの神様笑えないミスをする
「しまったわねぇ~。
笑いを取るためにスルーした世界を渡ってもらう理由を話すの忘れていたわ。」
ここは夜斗が旅立った後の時間軸だ。
「おや?
貴方とあろう方がそんな初歩的なミスをしたのですか?
働きすぎでは??」
何時の間にかお茶を啜っていたのは紳士服を着たロマンスグレーの髪をオールバックで固めた老人だった。
「あら?
いつ来たの?石の神。
あと、それはアタシのお茶とお茶菓子よ?」
「ふぉふぉふぉ。
お気になさるな。
しかし、彼は何も知らずに旅立ってしまったのですか。
あの世界に存在した数人の規格外達。
その中で唯一此方の世界に渡ってしまった魂をようやく見つけ、争いと負の絶えない彼方の世界を正して貰うことを伝えそびれたとなると少し大変かもしれないですね。
今更、あちらに干渉出来ませんし。」
「わかっているわ。
だけど、アタシの感覚が彼は大丈夫って言ってるのよ。
だから問題ないわよ。
それより、ここに美味しい羊羹があったはず…」
ゴソゴソと戸棚を漁る笑いの神。
「それは笑いの神としての感覚ですか?
それとも前の立場で培った感覚ですか??
元、死の神にして冥界を亡ぼした破壊の神よ。」
「ちょっと、やめてよね?
そんな昔の話を持ち出すとか老人のすることよ!
それに…あの時の判断は間違ってないと今も胸を張って言える。
死は安寧と区切りであって恐怖ではないもの。
あの時の冥界の上層部は死を道具のように使っていたからしょうがないし、たとえ神であっても輪廻の輪を避けることは禁忌とされていたのに彼らはあろうことか他人を対価にして輪廻を回避しようとするなんて許されないわよ!
だから、アタシは彼らを全て地獄を動かすエネルギーにしたのよ。
おかげでこうやって輪廻転生で最下層の神になっちゃったけど、これはこれで楽しいわよ?
負の感情に起因するエネルギーは確かに強力だし集めるのも簡単だけど、人を笑わせたり楽しませたりした時のエネルギーはなんていうかじわりと染み込むのよ。
ひび割れた地面が水を吸うようによく馴染むのね。
そうすると、また立ち上がらなきゃって、寝てる場合じゃないって感じがして立ち向かえるの。」
「ふむ、吾輩にはその感覚がわかりませんな。
石はそこで全てを見ているだけ…。
凄惨な殺し合いも命あふれる春の一日も吾輩は全て見ているだけ。
止めたくても一緒に混ざって騒ぎたくてもどうにもなりません。
吾輩は時々、石の神であることを恨めしく思うこともあるのですよ。
人や動物のそばにいるのに感情表現さえ許されないこの立場にね。
さてさて、お喋りが過ぎましたから吾輩はそろそろお暇させていただきますよ。
お茶と菓子をごちそうさまです。」
そういって石の神は姿を消した。
「まったく、お互い嫌なことが多いわよね~。
…彼は死が訪れるとき、死にたくないと思ってほしいわ。
間違っても、これでいいとカッコつけた諦めをしてほしくないわね。
意地汚く足掻き抜いてそれでもダメなら笑って死を受けてほしいわ。
頼んだわよ?
夜斗君」