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強制徴募 第二幕

「商船に強制徴募に行くことになったので宜しくね」


 埠頭周辺で強制徴募を行った翌日、乗員の振り分けが終わって候補生区画でカイル達がくつろいでいる時、ミス・クリフォードがやって来て笑顔で言った。


「昨夜の強制徴募で十分に手に入ったのでは?」


 各艦共同の、そしてカイルとゴードンの勝負となった強制徴募は予定の人員を確保し、カイルの勝利で終わったはずだった。


「素人が多くて役に立ちそうな徴募水兵が少ないのよ」


「なるほど」


 強制徴募では一応、従軍していない船乗りを徴募することになっているが、先のように町の一角を封鎖して手違いなどと言い訳し船乗りではない人々を捕まえて送り込んでいる。

 そのため、直ぐに使える水兵が少ない。素人を玄人にするノウハウを海軍は持っているが限度がある。

 いくらか失業中の船乗りもいたが、それでも足りないようだ。


「なので、商船から捕まえてくることにしました」


「そんな事して良いの?」


 命令を聞いて疑問に思ったレナがカイルに尋ねた。


「法律では一応、出来るけどね」


 いくつかルールがあるが、守られるかどうかは軍艦の艦長次第だ。一応、自国の船のみと言う事になっているが、外国の船を襲って乗員を無理矢理連れていくこともある。


「法律があるのに破るの?」


「アルビオンの法は慣習法だからね。大陸の成文法とは違って、状況に応じて行動するんだ」


 航平の世界でも英米の慣習法と、大陸の成文法で分かれていた。

 慣習法は判例や前例を元に規約を作る。元になる法律はあるが条文が非常に少なく、解釈や適用範囲が良く変わる。よく言えば臨機応変、悪く言えば無節操と言ったところか。

 一方成文法は、法律の条文を厳正に決めて忠実に実行する。法律から大きく離れる事はないが、融通が利かず未知の事象に対して弱い。

 アルビオンは慣習法で法律の適用は実行者のさじ加減一つだ。


「と言う事で、サンダラーとまた共同で一隻に乗り込むことになりました。準備を宜しく」


「賭けでもしたんですか?」


「まさか」


 朗らかに笑ってクリスは否定した。


「嘘も額に冷や汗が流れていると、無意味ですよ」


 カイルが指摘するとクリスは右手で自分の額を拭ったが、濡れていないことに気が付いて表情を歪め、カイルを睨み付けた。


「兎に角、今夜商船に向かうから各員、班から人員を選出して準備して」


 それだけ言うと、ミス・クリフォードは、その場から離れていった。


「どういう事?」


「昨日の強制徴募も海尉達の賭の対象になっていて、今回も賭けるみたいだね」


 賭け事はアルビオン帝国で普通に行われる。何かと勝負事が行われると、直ぐに胴元が現れて賭が始まる。クリスもそれに乗った口だろう。


「今度何か奢って貰おう」


「それより、商船から乗組員を強制徴募ってどうするの?」


 呟くカイルにレナが尋ねた。


「ボートにそれぞれの班の要員を乗せて、商船に乗り込む。あとは強制徴募と同じで甲板に乗組員を並ばせて、点検して最低限の船乗りを除いて連れていくんだ」


 あとは、徴募した水兵を艦に連れて行き配置に付けるだけだ。


「どっちが海賊か解らないわね」


 レナが呆れるが事実だからしょうが無い。

 本当にどっちが海賊か解らない。

 いや、元が海賊だから仕方が無い。

 そもそも帝国海軍のはじめは海賊に私掠、国家のお墨付きで海賊行為を認めた事から始まる。彼らが、ずっと帝国と契約を結び続け、帝国は彼らに金を与えたが、金欠になったので貴族の地位を与えて帝国に取り込んだのだ。

 それ以来、彼らは帝国の海賊貴族となったが、体裁が悪いので海の軍、海軍を作ったというのだ。

 情けないかもしれないが、事実だし、航平のいた世界も似たような物だ。

 歴史は繰り返すと言うが、異世界でも繰り返すようだ。


「でも、それが私たちの任務、受けた命令なのよね」


「うん。けど、今回もサンダラーのゴードンと競争する事になる」


 どちらがより多くの水兵を手にするかが、勝敗の鍵になる。


「より多く捕るにはどうするかね」


「それもあるけど、他にも……」


「兎に角、ゴードン達より早く目的の船に着くことが肝要ね。ボート漕ぎの得意な連中を集めて乗り込むわよ」


「あ、ああ」


 この前まで強制徴募の事を否定的に考えていたのに、これほど積極的になるとは。

 ゴードンが相手だからだろうか。


「さて、乗り込み方だけど」


「俺を置いていかないでくれ」


 熱心に作戦を練る二人に最先任候補生のエドモントが、小さく呟いた。




「全艇全速! かっ飛ばせ!」


「おおおお!」


 レナの号令で水兵達が全力でオールを漕ぎ出した。

 彼女の担当する班の水兵達は、指揮官が美少女だと知ると思いっきり張り切り、機敏に行動している。

 まあ、災厄の元と恐れられるエルフの小さな子供では頼りない、不安だと思ってもしょうが無い。カイル自身が同じ立場でも思うだろう。

 だが、だからといって手をこまねいている訳にも指揮しない訳にもいかない。


「こちらも全速で向かえ!」


「はい」


「おい、ジョージ。もっと力を入れて漕ぐんだ」


「は、はい」


 そう言って強制徴募された徴募水兵ジョージは、力を入れて漕ぐが、何処か力を抜いていた。いきなり捕まったあげく軍艦に乗せられて漕げと言われてもやる気なんか出ない。

 所々、手を抜いている。

 しかし、途端に背後から鋭い衝撃と激痛、蹴られた痛みがジョージを襲う。


「命令に従い、漕げ」


 だが、背後から不気味な声がボソッと響いた。

 あの不気味なエルフに付いてきたウィルマとか言う少女水兵だ。肌も髪も目も真っ白の薄気味悪い少女だ。


「海に落とされたいか?」


「は、はい! 申し訳ありません!」


 そんな不気味な少女に言われてジョージは力を入れて漕いだ。

 ハンモックも掛けられない小さな少女だが、彼女は志願水兵扱い。徴募された徴募水兵より階級と扱いが上だ。何より、支度金が支給されていて羨ましい。

 それよりも不気味なのは、あのエルフの言うことを何でも聞くことだ。歩けと言えば歩き、開けと言えば開き、死ねと言えば死にかねない。そんな少女だ。

 本来ならブレイクの艦上で待機のはずだったが、強くあのエルフに同行することを主張し、根負けされて連れていくこととなった。そして、自らオールを握っている。

 そんなウィルマがジョージには怖かった。


「ゴードンも向かっているな」


 カイルが傍らを見ると、ゴードン達のボートも向かっている。

 先に着いた方が有利だから向こうも必死だ。しかし進路がおかしいように見えた。


「! 面舵!」


 ゴードンの意図に気がついてカイルは舵を切る。目の前をゴードンのボートが通過する。


「レナ! 避けろ!」


「へ?」


 振り返ったとき、既にゴードンのボートが目の前に迫っていた。


「きゃっ」


 ゴードンはそのままボートをぶつけてレナのボートを揺らすとそのまま抜き去った。

 明らかに進路を妨害するためにワザとぶつかっていたが、問い詰めるのは後だ。

 カイルはレナのボートに近づけ転覆しないように安定させた。

 その間に、ゴードンのボートは目的の商船に横付けし、商船に乗り込んでいった。


「皇帝陛下の名において命じる! 整列し点検を受けよ!」


 ゴードンは甲板に立つと命じた。


「何事ですか。これは帝国インディア貿易社の貿易船ですぞ」


 帝国インディア貿易は海外、特にインディア方面の貿易を促進するために作られた、国策会社だ。株式会社で、株の大半を帝室が持っている。

 国策会社として幾つもの特権を保有しており、強制徴募の免除もその特権の一つなのだが。


「海軍の緊急事態だ。強制徴募を行う」


 戦時や緊急時には、その特権も無視される事が多かった。


「やめて下さい。これからインディアに向かうのですよ」


「しるか」


 貿易に行く船からは、強制徴募せず、帰りの船から徴募するという規定もあるのだが、それも無視されがちだ。


「ほら、船員は全員並べ」


 そう言って船員達を並べ始めた。

 そして全員が並んだときにカイル達がやって来て甲板に立った。


「遅かったな。ボートの操舵に手間取ったか?」


 ゴードンが皮肉を言うとレナが激昂した。


「あんたがぶつけてきたんでしょう」


「証拠はあるのかな。まあ、そんな事はどうでも良い。こいつらは俺が捕まえたからな」


「つまり、他は僕たちの勝手にしても良いと言う事ですか? ミスタ・フォード」


 レナの隣にいたカイルが尋ねた。


「あ、ああ、いればな」


「皆、聞いたな。ミスタ・フォードは、ここに居る以外の乗組員に関しては好きにして良いそうだ。続け!」


 そう言ってカイルは、自分の部下を率いて商船の中に入っていった。


「ま、待て」


「ミスタ・ホーキング。船長を頼みます」


「上官をこき使うのか?」


 と言いつつ、エドモントは素直に船長を足止めしてカイルが自由に動けるようにした。

 カイルは、そのまま船倉真上の甲板に立つと船尾方向へ歩いて行った。

 そこにも商品らしき積み荷が山ほど積まれていた。


「ここかな」


「どうしたのカイル?」


 積み荷の山を見てレナが問いかける。


「ここの積み荷をどけるんだ。甲板が見えるようにな。マイルズ。初めてくれ」


「アイ・アイ・サー」


「ジョージ、お前もやるんだ」


「アイ・アイ・サー」


 やる気の無い声でジョージは答えるが


「働け」


 背後からウィルマの声が掛かって、ジョージは機敏に動き始めた。言うことを聞く必要は無いのだが、ウィルマが自分より大きい積み荷を運ぶ姿を見て、ジョージも必死になった。

 自分でも持てないような大きな荷物を運ばれては、恐怖しか湧いてこない。なのでジョージは運び出した。あんな小さな身体の何処にそんな力があるのだろうか。

 そして、荷物をどかして甲板が見えると、扉があった。


「よし、ここだな」


 カイルが扉を開けると数人の水夫がいた。


「どういう事?」


「婦人の隠れ穴。船で一番安全な場所だよ」


 狙いにくい船尾部分の水線より下にあるため、砲撃を受けることはまずない。そのため、一番安全な場所と言えた。


「そして、大事なものを隠すのにも使える。こうして水夫を入れておくこともね。さあ、出てくるんだ」


 そういってカイルが言うと水夫達が出てきた。


「結構屈強そうね。上にいた水夫より動きが止さそう」


「商船にとっても熟練の水夫は必要だからね。必死に隠すんだ」


 そう言うと、カイルは今度は貯蔵庫に向かった。そして、並んだ樽を一つ一つ叩いた。


「こいつだ。この樽を開けるんだ」


「っていいの?」


 レナが東前にウィルマが前に出て、ハンマーで樽の蓋を叩いて開けた。その中には、水夫が隠れていた。


「こういう場所にも隠すんだ。さあ、マイルズ。こいつらを甲板に上げるんだ」


「アイ・アイ・サー」


 カイルはマイルズに監督させ、水夫達を甲板に上げて整列させた。

 そして後からやって来たクリス達海尉達の点検を受けて、カイルの水夫を連れて行くことになった。


「贔屓ではないですか」


「なら、あなたが、彼らを指揮し教育したらどう」


 ゴードンは抗議するが、クリスの言葉に黙ってしまう。

 見た限り、カイルの水夫の方が経験豊かで動きが良さそうだった。自分でもそちらを選ぶ。これ以上は部下を見る目が無いと思われかねず、ゴードンは黙った。


「さあ、連れていって!」


「勘弁して下さいよ」


 船長が泣きながら懇願したが、最低限の人数、それも経験の浅い水夫を残してクリス達は全員を連れ去っていった。

 無視される事の多い法律や慣習だが、必要最低限の水夫を残すことだけはキチンと守っている。

 熟練水夫を奪われる船長にとっては、何の慰めにもならないが。

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