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ウィルマ

「整列と点検を完了しました」


「宜しい」


 強制徴募が終わって、必要な人員を確保したマイルズが報告した。

 まだ強制徴募が始まっていないため頑健な連中を捕まえることが出来て良かった。

 少なくともブレイクは十分な乗員を確保出来ているはずだ。


「しかし、あなた悪辣ね」


 作戦に参加したレナが呆れるように言った。


「ゴードンに追い立てられた連中を誘導して捕まえるなんて」


「こうでもしないと捕まえられないよ」


 向こうは人数が多いけど、こちらは少ない。ならば連中の包囲を使って誘導しないと無理だ。

 なのでカイルは次の様な作戦を立てた。


1.カイル達が予め<花の園>を貸し切り、迷路にしておく

2.強制徴募直前、<シルバーアロー>へ変装してカイル達が行き、客を呑ませて気分を良くする。

3.周辺を封鎖したゴードン達が<シルバーアロー>へ行き徴募を行うが、カイル達が酔客を扇動してゴードン達を潰す。

4.我に返った酔客達に新たな強制徴募が来ると思わせて混乱させ、路地裏へ。

5.包囲された酔客を<花の園>へ入れて埠頭へ誘導。

6.埠頭にやって来た酔客を整列させて点検してカイル達が強制徴募を終了させる。


「確かに上手く行ったわね。でもどうして<花の園>に入れたの?」


「馬鹿正直に埠頭の方へ逃げ込む奴はいないよ。あの曲がりくねった建物の中でどちらに向かっているか解らなくして、埠頭に誘導したんだよ」


 何度も曲がると、どちらの方向へ向かっているか解らなくなる。それを利用して、埠頭の方へ誘導したのだ。

 封鎖に足りない部分は、笛を吹くことで大勢居るように思わせるなどの小細工をしている。


「しかし悪辣よね。ゴードン達を使って追い立てさせるなんて。悪人ね」


「喜々として作戦に参加した上、ゴードンの頭を打っ叩いた人物の言葉とは思えないね」


 あのパブにやって来る事は予想できた。ゴードンの事だから可能な限り多くの水兵を得ようと大きな場所を狙うはずだ。

 そこで待ち伏せして、乱闘を吹っ掛け、その隙に客を逃がす。ゴードン達は追いかけてくるから、カイル達は先頭に立って客を誘導して行き、埠頭に走り込ませるのが作戦だった。しかし、ゴードンを棒で叩いて激昂させる役目のレナが力を入れすぎて失神させた為に、自分たちで追い立てるように叫ぶこととなってしまった。


「まあ、作戦に齟齬はあるものよ」


「やり過ぎじゃないか?」


「誰も見ていないんだし良いでしょう。それとも治療に行く」


「断固拒否する」


 まあ、確かにゴードンが伸びているのは良い事、少なくともカイル達にマイナスではないし、心の中ではざまあ、といった感じだ。


「よくやったミスタ・クロフォード」


 なよっとした感じの若者が話しかけてきた。

 士官候補生の服を着ていなければ、エドモントとは解らない。


「俺の協力のお陰で上手く行ったんだぞ」


「はい、ありがとうございます」


 カイルは素直に礼を言った。

 何しろ、エドモントが花の園とパブの双方と交渉して使えるようにしてくれなかったら、この作戦は実行不可能だった。

 資金を出したのは、ケネスから貰った小切手を使って払ったカイルだが、エドモントの人柄が無ければ成功しなかっただろう。

 本当に助かった。


「この辺りのことに詳しいのですね」


「まあ、な。この辺りは良く来るし」


 乗艦前にこの周辺で楽しんでいたからだ、とカイルは推測した。フォーミダブルに乗る直前まで楽しんでいたみたいだから、つい最近までここいらで遊んでいたのだろう。

 だから場慣れしていたのか。

 しかし、お陰で交渉がスムーズに済んだのだから、本当に人生何が役に立つか分からないものだ。


「カイル!」


 その時聞き慣れた声が響いた。


「どうしました? ミスタ・フォード」


 頭を抑えつつゴードンは、惚けるカイルを問い詰めた。


「貴様、俺が捕まえた連中を横取りしただろう……」


「言いがかりはやめて下さい」


 カイルは毅然とした態度で惚けた。


「この埠頭にやって来た連中を整列させ点検したのです。我々はここに居ました」


「向こうのパブにいて、背後から俺を襲っただろう」


「していませんよ。何か証拠があって言っているのですか?」


「貴様がやっているに決まっている!」


 偏見と独善に満ちた妄想だったが、事実を突いていた。だが、カイルは受け流す。


「ならば、我々がいたことを証明して下さい。私たちは、彼らが入ってくるまで、そこの部屋にいました。私たちの証言が嘘である事、なおかつ私たちが、そのパブにいてミスタ・ゴードンを襲ったことを証明して下さい」


 ふてぶてしいほど、カイルは嘘を吐いた。

 中学時代、集団暴行された時、教師に訴えたが、暴行を加えてきた連中は全員平気で嘘を吐き、むしろ航平が暴行してきたので全員で抑え込んだと嘘を言った。

 大勢の証言と一人の証言では、誰も航平を信じなかった。証拠も無いため、航平が加害者と言うことになった。

 だから証拠が無ければ、どんなことも捏造できると理解出来た。


「これ以上、余計な言いがかりをつけるなら、司令部を通じて抗議します」


 なので、強い態度でゴードンに接して、否定し寧ろ相手を攻撃する。


「貴様!」


「見苦しいわよミスタ・フォード」


 そこに止めに入ったのはミス・クリフォードだった。


「お互いに相手が捕まえた要員を奪わないと約束したはずよ。それに他の事で、言いがかりを付けることは厳禁」


「し、しかし!」


「ならば明確な証拠を持ってきなさい。彼らが不正を行ったと言う証拠を。でなければ、みっともなく叫き散らす愚か者になりなさい」


「ぐっ」


 そのままゴードンは押し黙り、去って行った。


「さて、ブレイクで引き取る連中を選抜しましょう。あ、ボートに泳いで逃げた連中はカイル、あなたが厳重に見張りなさい」


「うへえ、大変だ」


 この時代、学校はないし泳ぎを習える場所などない。よほど運が良くなければ、教えて貰えない。なので、泳げない人間は多い。それは海軍内でも同じだ。

 何百人も乗る軍艦であっても泳げる人間が、一割いるだろうか。

 それで大丈夫か、と疑問に思うだろうが大丈夫だった。海軍で泳ぎが必要な仕事は殆ど無く、艦上での任務が大半だからだ。むしろ、泳げる水兵は嫌がられたほどだ。

 何故なら脱走の危険があるからだ。

 入港したとき、泳いで逃げる可能性があるため、見張を厳重にする必要が出てくるからだ。なので海軍では泳ぎなど教えないので、士官の中にも泳げない人間は多い。

 海洋冒険小説で泳げない士官が出てくるが事実なので不思議では無い。勿論、航平の世界では、一水兵でも高度な技術を持っているので、生存確率を上げるため、泳ぎを教えている。泳げなくても熱血指導で泳げるようにしてくれるので安心だ。

 閑話休題。

 そんな厄介な水兵の監視という命令を受けてしまい肩を落として、艦に戻ろうとした時、カイルの袖を引っ張る人間がいた。


「? なんだい? ウィルマ」


 カイルが<花の園>で買った少女だ。カイルがエルフである事を知ってしまい。口止めも含めて彼女を買い取り、手元で監視していた。

 ただ、。あの所は大人しく従うだけで、カイルがエルフである事を言わず、寧ろ今回の作戦で穴となりそうな路地や抜け道を塞ぐ手伝いをしてくれた。


「料金の事なら心配しないでくれ。割り増しを載せてキチンと払うよ」


 父から結構な額の現金や小切手を貰っており、十分に支払える。だが、彼女の求めていたのは違った。


「どうして……どうして私に優しくしてくれるの?」


「いや、他と平等に扱っているだけさ。最初の位置は同じで相手がどういう人間か見て対応している。悪意を持ってくる奴には悪意を、暴行をしてくる奴には暴行を、約束を守ってくれる人には約束を守る。ただそれだけだ」


 外から見ると、初対面の相手だけに優しく見えるが、初対面では相手がどのような人間か解らないからだ。で、迷惑な人間に丁寧に対応してもこちらが消耗するだけで意味が無い。だから、失礼の無いように丁寧に対応した。

 それだけだ。

 そう言って、艦に戻ろうとしたとき、彼女が強くカイルの袖を引いた。


「? どうしたんだい? 料金は支払ったよ。キャンセル料と思って」


 予想していたことと違って料金を貰えない、と心配しているとカイルは判断して言ったが、彼女の決意は違った。


「私も連れて行って」


 小さくも強い口調でいった。


「軍艦にかい?」


 決意が本物だという事を悟ってカイルは慎重に尋ねた。


「はい」


 ウィルマは、カイルの言葉に頷いた。


「娼館に居るのが嫌だから離れるのなら、やめておいた方が良いぞ。綺麗な服も、美味しい食事も出ないぞ」


 カイルは事実を言って、諦めさせようとするがウィルマの決意は変わらなかった。


「食べ物が美味しくても服が良くても自由が無ければ牢獄」


 ウィルマの言葉にカイルは黙らされた。

 転生前、金持ちでは無かったが、貧困層ではない中流階級に産まれた杉浦航平。

 不自由は無かったはずだが、航平は奴隷だった。義務教育の名の下、四六時中虐められる小学校、中学校に通わなければならず、放課後も塾や習い事、他の時間も予習復習と宿題で潰れる。自由に出来るのは睡眠時間のみ。それも削れと塾の講師に迫られる。

 囚人や少年院の収容者でももっとマシな生活だろうと後から思えた。

 自由がどれほど貴重で価値があるか、カイルは魂に刻んでいた。


「……マイルズ。彼女を志願水兵として登録しろ」


「え? こいつをですか?」


 小さい白い少女を見てマイルズは、躊躇った。


「パウダーモンキーぐらいは出来るだろう。それもお前達が運んでくれるのか?」


 戦闘時、火薬を運ぶのは一〇歳前後の少年少女達で彼らの事をパウダーモンキーと呼んでいる。危険な仕事だが、彼らで無いと低い天井に突き出た梁の下を何処にもぶつからずに火薬を運ぶ事は出来ない。

 居なければ、大人の水兵が梁に頭をぶつけながら運んで行くのだ。


「わかりました」


「ミス・クリフォードの穴では大きすぎますか?」


 熟練水兵の一人ステファンが卑下た口調でからかってくる。


「ステファン! 下劣なことを言うな。海軍の品位を落とすような言葉をもう一度言ってみろ! 営倉にぶち込むぞ! それとも上官侮辱で軍法会議と足枷がいいか!」


「へいへい」


 それだけ言うと、ステファンは徴募した連中をボートに積み込んでいった。

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