ジョージ
その晩、ジョージ・バークリーは、日頃の憂さ晴らしに飲みにやって来た。
子だくさんの農家に生まれて、受け継ぐ土地がないので、町に出てきて工場の労働者として働いた。
インディアの綿糸を使って織物を作り、エウロパ大陸に輸出していたのだが、最大の輸出先であったガリアが貿易制限、輸入に関する税金を引き上げたために、売り上げが激減した。
アルビオンに金貨が渡らないようにするためだという話しだったが、お陰で工場の売り上げが下がったために、ジョージは解雇されてしまった。
他に職を見つけようとしたが、何処も不景気で職を得ることが出来ない。
やむを得ず海軍の町なら職はあるだろうとポート・ロイヤルにやって来たが、ここも不景気で食がない。仕方なく、酒場――パブで僅かに残った金を酒に換えて不満を紛らわしている。
「畜生、仕事がねえ」
周りには、ジョージと同じような立場にある連中が、同じように酒を飲んでいた。高価な酒では無く、薄めきったエールを煽って呑んでいた。
それほど酔えず、それどころか自分の劣等感を一層掻き立てていて、気分が悪かった。
そんな時、おかしな連中がやって来た。
フードを深く被った連中でいかにも怪しい。その後、労働者風の連中も入って来たがどう見ても水兵に見える。
お忍びでやって来たのか、と不審な目で見る。
パブは、新参者に対して冷ややかなものだ。
受け入れられないだろうな、とジョージが思った時、一人背の高い奴が叫んだ。
「今ここに居る人達にスピリッツを一杯ずつお願いします」
途端に、喜びの声が広がった。
こいつはパブでの心得を知っている。新参者でも全員に一杯を奢ることで受け入れられるのだ。
それもキツくて美味いスピリッツときた。酒精が凝縮されて喉を熱くするスピリッツは好まれる。
しけていた雰囲気は一掃されてそこら中で喜びの声が響いた。
ジョージも奢って貰ったスピリッツを呑んで上機嫌になる。久方ぶりの嬉しい出来事に心が弾む。
だが、そんな雰囲気をぶち壊す連中が入って来た。
「皇帝陛下の名において命じる! 整列し点検を受けよ!」
やけに老けた候補生が先頭に立って叫んだ。
直ぐにパブの雰囲気は、険悪になった。気持ちよく呑んでいたのに、それを台無しにしたバカ共に対して怒りがわき上がった。
「何だとこの野郎!」
一部が叫んでそいつらに襲いかかる。
何か叫ぶが、一度勢いが付くと周りの客も同調して、襲いかかった。
直ぐに乱闘に発展して入って来た連中をのしてやった。
「おい! こいつらプレスギャングだぞ!」
その言葉で、全員の動きが止まった。
プレスギャング、強制徴募隊は陸者にとって恐怖の象徴だ。捕まったら最後、海の上の艦に送られてしまい、生きて帰ることは出来ないと。
しかもそいつらに暴行を働いたら、どんな刑罰が待っているか解らない。
ここ暫く戦争が無かったので、強制徴募が行われて居らず、彼らがどのような連中か理解していない者が多かった。
しかし、プレスギャングの知識は恐怖と共に全員が知っており、冷静になって酔いが醒めると恐怖がわき上がってきた。
その時、号笛が響くとともに叫び声が聞こえた。
「暴行を働いた連中がいる。小隊突入して全員を捕まえろ!」
捕まるという話しに全員が恐れおののく。
「逃げろ!」
その一言でパブにいた全員が駆けだした。
だが、外に出ると既に一団がこちらに迫ってきている。
「こっちだ! こっちに逃げろ!」
反対側から声がして無我夢中でそちらに逃げ出す。
走っていると前の方に封鎖線が見えてきた。一角を封鎖してジョージたちを一網打尽にするのはわかりきっている。
「この建物の中に入れ!」
その声がして逃げ切れると思って中に入った。
入ってから、そこが娼館<花の園>の中だと解った。金がある時に入って楽しんだが、やけに建物が入り組んでいて迷宮のようだったことをジョージは覚えていた。
真っ直ぐ走れず、右に左に動いている間にどちらへ向かっているのか解らなくなる。
しかも、海軍の連中が追いかけてきているのか、そこらで号笛や駆け足の音が聞こえる。
兎に角逃げないとダメだ、と思い駆け抜ける。
そして、ようやく出口から出ていくと
「なっ」
そこは埠頭で海軍の連中が整列して待ち構えていた。
逃げようにも、周辺の路地もバリケードが築かれており、逃げられない。
その時、候補生が前に出てきて、全員が恐怖した。
エルフ
古の帝国に置いて類い希な戦闘力を誇った連中。得体の知れない魔法を使って、人類と激闘の末、消えていった恐怖の種族。
時折、人間の間から産まれてくることがあるが、災いをもたらすため殺すことが多いと言う。
子供の頃から聞かされた話しを思い出し、ジョージは恐怖した。
そのエルフがどうして海軍の候補生の服を着ているのだ。
だがエルフは何も答えず、叫んだ。
「皇帝陛下の名において命じる! 整列し点検を受けよ!」
こいつらもプレスギャング、逃げてきた連中全員が恐怖した。
しかもさっきと違って、完全に逃げ道がない。
いや、海の方には誰もいない、しかも岸の近くにボートが浮いている。そのことに気が付いたジョージは海に向かって駆け出し飛び込んだ。
子供の頃、近くの川で泳いでいたので泳ぎは得意だ。多少酔っているが、泳げる。
ボートまで泳いで助けて貰い逃げよう。
何人かが海に飛び込んで泳いできている。だが、大半は逃げずに捕まっている。
泳げる人間は少ない。陸にいて泳ぐ機会など無い。捕まる恐怖から泳げないにもかかわらず海に飛び込むが、例外なく溺れており、海軍の連中に捕まっている。
気の毒だが、彼らには海軍でしぶとく生き残って貰おう。
そう思ってジョージはボートに向かって泳いでいった。
そしてボートの縁を掴んで叫んだ。
「助けてくれ!」
「勿論だ」
そう言って答えた奴の服を見てジョージは愕然とした。ネイビーブルーのジャケットを着た奴と赤服を着た奴。水兵と海兵隊員だ。
海の上にもボートを置いて待ち構えていた。
あえなくジョージはプレスギャングに捕まり、海軍生活の第一歩を強制的に踏まされた。