強制徴募
「と言う訳で、貴方たちには強制徴募を行って貰います」
海軍の埠頭に引き返したクリフォード海尉からカイル達に命令が下った。
「栄えある私たちの初任務ね」
レナはやる気満々に言う。
ポスター貼りを命令されていたが、そこらの楽団の下っ端がやるような命令で腐って居たのだ。
それがようやく本来の海軍らしい命令を受けてやる気に満ちていた。
「で、何をすれば良いの?」
だが、強制徴募の意味が分からずカイルに尋ねた。
「人攫い」
淡々とカイルは呟いた。
「……もう少しマシな冗談を言いなさいよ」
「実際、似たようなものだからね」
カイルは淡々と説明を始めた。
「戦時において足りない乗員を補充するために、各艦に従軍していない船乗りを徴用、自分の艦の乗員にする権限が与えられているんだ。今回は、それを使って、この港にいる人達を艦、サンダラーとブレイクに載せるんだよ」
「……志願者のみじゃ?」
「平時なら志願者のみで足りるけど、今回の海賊討伐は大規模だからね。サンダラーやブレイク以外にも戦列艦やフリゲートを動員するみたいだから、志願者だけじゃ足りなくて、強制徴募することにしたみたい」
「説得するのよね」
「最初はね。断られたら、そのまま連れていくけどね」
一度、目を付ければ必ず乗艦させる。それが強制徴募だ。
見逃したら、他の強制徴募で載せられた乗員が不満を持ち、反抗する可能性が高い。何より優秀と目される人材は貴重で、他の艦との取り合いだ。
他の艦に取られていくことは何としても阻止しなければならない。なので、断られても無理矢理連れ去る、人さらい同然の行為が行われていた。
だからこそ、カイルは人さらい、と強制徴募を表現していた。
「犯罪じゃ?」
「法律で認められているから問題無いよ」
「議会が良く認めるわね」
過去、何人かの皇帝が独裁権力を持って圧政を強いたために、皇帝の権力を制限し監視する議会の力が強くなっている。
貴族や民衆の権利や財産を守ろうとする意志が強く、皇帝や政府も下手に政策を推し進められない。
「議会では何度も廃止が検討されてきているけど、アルビオンを守るには海軍が必要で、その海軍を維持するには人員を補充する強制徴募が必要と言うことで残り続けているよ」
海洋国家であり、貿易で国が成り立っているアルビオン帝国において通商路、シーレーンの確保は死活問題だ。そのための道具、手段として海軍が必要であり、その人員を確保するために強制徴募が必要だと考えられていた。
ちなみに、英国では一六六四年からナポレオン戦争までの約一五〇年ほど存在した制度だ。酷いときには酒場で酒を飲ませて酩酊させ、酔いつぶれた所を軍艦に乗せることもやっていた。酷いときには、外国船の乗員さえ徴募した。特にナポレオン戦争では独立したばかりで弱い上、英語の話せるアメリカ船から乗員を奪ったため、英米戦争(この時あのホワイトハウスが英国軍によって焼き討ちされた)に発展したほどだ。
また、アメリカで独立戦争時最初に編成された海兵隊は酒場で志願者を募集した、と伝えられているが、酒場に入った客を酔わせて志願書にサインさせた、という説がある。ちなみに、海兵隊の初代司令官はその酒場の経営者だそうだ。
酷い制度だが何処の国も似たような事をやっていたので、当時の常識と言って良い。そのため地震や雷の如く、人々は逃げ回るしか無かった。
「つまりこれからやる事は、国に認められた行為と言うことだよ」
「海賊とどう違うのよ」
「僕たちは国に正式に認められている。海賊は国から離脱した無法者達、という事だよ」
「ご教授は終わったかしら? ミスタ・クロフォード」
話しを中断されて、置いてけぼりにされたミス・クリフォードが、血管を浮き上がらせて尋ねてきた。
「はい、終わりました。命令の詳細をお願いします」
「宜しい。では、今回の強制徴募は、サンダラーとブレイクが同時に行います。ミスタ・クロフォードとミスタ・フォードはそれぞれ、自分の艦の水兵及び海兵隊を動員して強制徴募を行って下さい。その結果、集める事の出来た人数で勝負を付けたいと思います」
「それ、私に不利では?」
カイルが思わず尋ねた。
ブレイクは充足できつつあるが六等艦であるために人数が少ない。
サンダラーは欠員が多いが三等艦であるため、人数が多い。
人数的に倍ぐらいの差があるのでは無いだろうか。
また艦に残せる人員の数はどの艦もだいたい同じくらいなので、動員できる人員の差は更に広がる。
この勝負はカイルに不利だ。
「大丈夫、動員する人数は制限するから。このことは両艦の艦長共に承諾済みです」
手早く、手配を済ませるとは手の早いクリス姉さんだこと。
「では、準備を始めて下さい」
「ますます不利だな」
与えられた部隊配置を見てカイルはより不利である事を自覚した。
「どうしてなの」
一緒に地図を見ていたレナが尋ねた。
「町の一区画を封鎖して強制徴募するんだけど。その封鎖をする連中がサンダラーなんだよ」
「つまり?」
「……簡単に言うと、封鎖している連中に追い立てて捕まえさせる。そして捕まえた奴をゴードンが捕まえたと言うことにするんだ」
ルール上は、封鎖線で捕まえた連中はカウントしない事になっているが、封鎖線が長いと監視の目が届かない。ルール違反を承知で、ゴードンの手柄にする可能性が高い。
クリス姉さんは、何処か考えなしで行動する事が多かった。フォード本家にいたときもおてんばな娘さんというのが大人達の評価だったが、考えなしの行動が目立ったのも確かだ。
海尉になれたのだから、多少は矯正されたと思ったが、仕事上、カイルが教えた部分だけで突発的な事に関しては思いついたことを直ぐに言ってしまうようだ。
「抗議する?」
「今更、やってもしょうが無いね。もう決まったことだし」
そう言ってカイルは地図を見続けた。これを見るとあちらこちらに路地が多い。
「マイルズ、一寸良いか?」
カイルは自分に与えられた下士官を呼んだ。
「何でしょう?」
「封鎖される地区の建物について知っているか?」
「艦に乗る前はねぐらにしていたので分かりますが」
「よし、何処と何処の建物に裏口があるか。教えてくれ」
「はい」
不承不承という感じで、マイルズは教えた。
「ゴードンの奴はここに来るだろうから」
カイルは地区で一番大きい酒場の位置を確認した。
「何か思いついたの?」
地図を見つめるカイルにレナは尋ねた。
「うん、こんなのはどう?」
そう言って自分の作戦を二人に話した。
「……あんた。とんでもない事を」
レナがカイルを呆れたように見つめる。
「反対?」
「是非やりましょう!」
前のめりになってレナは、強く言った。それどころか反対したら強制的にやらせそうだ。
何とか味方が出来てカイルはホッとして準備に入った。
一方、それを見ていたマイルズは呆れ気味に見ていた。だが、楽しそうなので、徐々にカイルの作戦準備を自ら率先して手伝い始めた。