結末
とりあえず、ここで海賊討伐編は終わりにしたいと思います。
御愛読ありがとうございます。
海賊船数隻に火の手が上がると、火災は生き物のように広がり夜空を焼いた。
火の粉が高々と舞、風下の船に降り注いで、新たな火柱を上げて行く。
僅か十数分で海賊船の大半が炎に包まれ、生き残ったのはアンの白百合海賊団と風上にいた船のみだった。
「攻撃は止んだか」
「まだまだよ!」
呟くアンに叫んで飛びかかったのはレナだった。ボートに乗り込むと水兵に全速力で焦がせて接舷し、飛び乗ってきた。
レナはサーベルを引き抜くと大きく振りかぶって振り下ろした。咄嗟にアンはサーベルを引き抜きそれを受け止める。
「しつこい奴だな」
「斬り込みは海戦の花でしょう」
海賊の大半が帆を広げる作業でマストに上がっているため、甲板にいる海賊は少ない。
自分で相手にするしかない。
だが、この船を制圧するために次々と海兵や水兵が登ってくる。
「きゃあっ」
万事休すかと思った時、白いドレスを着てと長手袋をした金髪碧眼の女性が船尾からやって来た。
一瞬、全員が彼女に意識を向けた。レナ達は捕らえられた女性と思って数人の水兵が駆け寄る。
そして話しかけようとした瞬間、彼女は右手を振った。そして、手に持っていたナイフの軌跡にあった水兵の喉が切り裂かれ、絶命した。
「クソッ! 海賊の仲間だ!」
水兵達が驚いてカトラスを彼女、メアリーに向ける。
だが、彼女は自分のナイフでスカートを切り裂いて自分の足を露わにした。
スカートの布地が落ちた後、残ったのはガーターベルトを改造して作り上げた無数の拳銃ホルダーとその中に入った拳銃だった。
全員が彼女の足に見とれ拳銃に青ざめる中、メアリーは拳銃に両手を伸ばして掴むと銃口を水兵に向けた。
カトラスを振りかぶっていたこともあり、銃口を水兵に密着させた状態で発砲する。
一発撃つと放り投げ足にぶら下げた銃を新たに取り出して発砲する。
メアリーの周辺は完全に掃討されて一種の空白地帯が出来てしまった。
「って、何しているのこちらも銃で」
レナは叫んだが途中で遮られた。メアリーが自分の拳銃をレナに投げつけてきたからだ。
寸前で避けて命中を避けたが、嫌な予感がして後ろに振り向くとレナは大きく目を見開く。先ほど投げられた拳銃を持ったアンが、銃口をレナに向けていた。
「くっ」
咄嗟に前に飛び出して銃弾を回避した。
「畜生! 卑怯者!」
レナが悪態を吐くが形勢は逆転しており、乗り込んだ水兵達は海賊に制圧されつつあった。
その時、海賊の後ろの甲板で爆発が起こった。
「なに」
アンやレナが戸惑う中、海賊船に新たに乗り込んできた影があった。
「サッサと逃げるよ」
「って、カイル! ちょっ」
やって来たのはカイルだった。
目の前の海賊をカイルが刀と拳銃で抑えている間にウィルマが、見かけによらぬ怪力でレナを抱きかかえて乗ってきたボートに降りた。
ステファンやマイルズなど他数名の水兵が乗り込み、まだ息のある味方を回収してボートに引き返した。
全員の回収と撤退が完了したのを見てカイルも後ろに飛んでボートに戻った。
「引き返せ!」
カイルが大声で命じるとマイルズが鍵縄を切断してボートを海賊船から離した。
「ちょっと! なんで逃がすのよ!」
海賊船から離れたボートは、どんどん引き離されている。風に乗った海賊船に相手には手こぎのボートでは追いつくことは出来ない。
「少人数で制圧するのは無理だよ」
「他は制圧できたでしょう」
「白百合海賊団はほぼ全員が乗っているよ。他の海賊船は仲間を陸に上げていたから船上の人数が少なくて問題無かったんだよ」
「け、けど、この人数なら」
「ダメだよ。少なすぎる」
「さっき、使った花火みたいな奴を使ったら?」
「海賊共が持っていた手投げ弾だよ。見つけた分だけとりあえず持ってきただけだから数が足りない」
「あんた、闘争心足りないんじゃない?」
「レナの戦い方見ていたらドン引きだよ」
カイルがジト目で言うと、レナはカイルの頭を左腕に抱えて右の拳で脳天をごりごりと挽いた。
「痛い痛い! 禿げる!」
「あんたのやり方が悪いだけでしょ! 人のせいにしない」
暫く折檻しようかとレナは考えたが、ウィルマが手にしたナイフが動き出したので止めた。
水兵に脅される士官もどうかと思うが、自分にも非があるので何も言わずにいた。
「まあ作戦は上手く行ったようね」
カイルを左腕から解放するとイコシウムの町の方角、海賊船のいる方角を見た。
殆どの海賊船が火の柱を上げて燃えている。
風上にいて炎から逃れた海賊船もあったが、大半がブレイクに捕まっている。
風下でも炎から逃れた船は白百合海賊団を除いてブレニムの追撃を受けて拿捕された。
外洋へ向かう南風のお陰で火の粉は町の方角へは流れていない。
「大成功ね。おめでとう」
「ああ、ありが」
カイルがお礼を言おうとしたとき、レナが屈んでカイルの頬に口づけをした。
「え?」
「あたしからのご褒美とお祝い」
レナはそれだけ言うと黙って顔を背けた。
顔が赤かったのは炎によるものか、東の空から出てきた太陽か、別の理由によるものかは不明だ。
ただ、この事は二つの事件を引きおこした。
一つはレナに心酔する水兵がご褒美を羨ましいとカイルに嫉妬してある種の虐めを始めたことだ。
カイルの命令に対する消極的なサボタージュなどがあったが、ウィルマが一睨みすると直ぐに収まった。
二つ目はそのウィルマが引きおこしたことで、その夜カイルが寝ていたベットに作戦成功のご褒美とお祝いと称して裸で入って来た。
夕食と言って候補生区画に降りてきたレナによって未然に防がれたが、その際の騒動によってカイルのハンモックが破壊されるという被害が発生した。
「やれやれ、もう少し大人かと思ったがまだ子供のようだ」
ウィルマの事件の処理で三人に砲弾磨きを命じた後、サクリングはマイルズを艦長室に呼びウィスキーを渡してから尋ねた。
「で、ミスタ・クロフォードはどうだ?」
「はい、まあ血に酔って暴れただけのようですが殺人への抵抗はなくなったようです」
遠い目をしながらマイルズは答えた。
海賊に斬り込まれたとき、カイルは海賊にあと一歩で殺される所で反撃し返り討ちにした。それで糸が切れたのか猛烈に反撃し、他の海賊さえ手に掛けた。
その暴れる様は悪鬼の如くだ。
しかも本人は顔に喜色を浮かべ、楽しむようにやっていた。
あの時の恐ろしい光景を思い出しただけでマイルズは背筋が凍り付く。海軍生活を何十年もやっているが、あんな恐ろしい経験は初めてだ。
「おい、マイルズ飲み過ぎだぞ」
「はっ」
気が付いた時にはマイルズは空になったグラスへ自分で新たな酒を注いでいるところだった。
「済みません。勝手に呑んでしまって」
「気にするな」
手酌で二杯飲まれてしまって悲しかったが、サクリングはそれを表情に出さずマイルズに話しを促した。
「それも何とかなりそうなようだが?」
「ええ、ミス・タウンゼントが抑えていました。どうもミス・タウンゼントの言うことはミスタ・クロフォードも聞くようです」
「まあ抑え役は必要だろう。この場合は尻に敷かれる亭主と言えば良いだろうがな」
サクリングの冗談にマイルズはようやく笑って答えることが出来た。
「で、今回の作戦はどうなりましたか?」
「うん、海賊船五隻を拿捕。他の海賊船は燃えたからな大勝利だよ」
最初に拿捕した事を言って捕獲賞金が膨大になると言外にサクリングは伝えた。
捕獲賞金は乗組員の数少ない楽しみだ。除隊後の資金にもなるから捕獲賞金の多寡は重要な話しだ。
更に鼓舞するようにサクリングは大げさな手振りを行って自分たちの手柄を話す。
「イコシウムの町に海賊は残っていたが、大砲で脅したら直ぐに降伏して来やがった。俺たちの大勝利だ」
「でも全体的な成果としては失敗でしょうか?」
マイルズの質問にサクリングは黙って認めた。そして渋々自分たちの状況、国際情勢が悪くなっている事を話した。
「多分今回の遠征はこれで終了になるだろう。ガリアの提督が勝手に撤退したからな。で、アルビオンが劣勢にも関わらず奪回したからな。我が国とガリアの間で揉めるだろう。合同艦隊も解散する可能性が高い。優勢であってもだ」
「そうですか」
サクリングの説明をマイルズは酒と一緒に飲み込んだ。あり得る話しだからだ。
アルビオンとガリアは一〇〇年以上戦争をした仲だ。
ここ十年直接戦闘は無いが、水面下では暗闘が続いている。それが何時表に出てもおかしくないことは海軍の下士官であるマイルズもよく知っている。
一寸した切っ掛けであっという間に熱戦になるだろう。
マイルズはそれ以上の事は聞かずにグラスを置いた。だが、そこへサクリングが酒を新たに注いだ。
「そう悲観するな。若い連中が育ってきている。今後の事は明るいよ。君も彼らの指揮下に入りたいだろう」
「ええ、まあ」
そう言ってマイルズは再びグラスを手に取り、サクリングと乾杯した。
「若い候補生達に」
「彼らの未来に」
今まで御愛読ありがとうございました。
海賊討伐編はこれを持って終了とさせていただきます。
いずれまた再開したいと思いますが、暫くのお別れです。
木曜日までコラムを書いて登場人物や作中の設定の説明などを書きたいと思います。
それ以降は、鉄道英雄伝説第三部を投稿したいと思っております。
御愛読ありがとうございました。
また蒼海の風でお会いしましょう。




