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火船

「点火完了!」


 カイルは船内に積み込まれた藁や木材などの可燃物に火を点け、艦内が火災となったのを確認して言う。

 それだけ言ってもう用は無いとばかりに松明を放り投げ、階段に向かって走る。


「総員退艦!」


 カイルは階段を上って甲板に着くと大声で命じた。

 既に乗組員はカイルを除いてボートに乗り込んでいた。

 あとはカイルを回収してボートのロープを切って脱出するだけだ。

 カイルは甲板の手すりに足を掛けてボートに飛び乗った。


「よっ」


「って、何するの!」


 飛び込んだ先のボートでレナがカイルを受け止めた。


「海に落ちたら事だからね」


「そんなヘマはしないよ」


 そう言ってお姫様だっこ状態からカイルは抜け出して、ボートに立った。


「よし、良いぞ。ボートを切り離せ」


 命令を受けてウィルマが不機嫌そうにロープを切断して、火が回り始めたネスルから離れて行く。

 他のボートも繋いでいたロープを切り離してネスルから離れて行く。

 ボートが離れたネスルは更に速度と火の手を上げて海賊船の泊地へ向かって行った。

 海賊船に近づくと炎の熱気で船体がくすぶり始め、ロープや帆などの可燃物が燃え始める。火はあっという間に海賊船全体を包み込み、更に勢いを増して火の粉を火山のように吹き上げた。

 それらの火の粉が近くに停泊する海賊船に降り注ぎ、更に被害を拡大して行く。

 今や火船となったネスルの進路上と付近の海賊船は、火災を起こし留まる所を知らなかった。

 ボートに乗りネスルが、自分が引きおこして得た戦果を確認してカイルは命じた。


「まずは、あの海賊船からだ」


 カイルの指示でボートに乗った水兵達は力の限りオールを漕いで全速力で海賊船に向かう。

 火船で出来る限り燃やすつもりだったが、どうしても密集している場所から離れている船が出てしまう。

 そうした船を乗っ取るのがカイル達の次の任務だった。


「乗り込め!」


 ボートを横付けするとカイルは先頭を切って乗り込んだ。

 出港準備をしていた海賊を背後から切り伏せると、直ぐに次の標的を見繕い斬り殺す。

 先日の斬り込みの記憶も鮮やかに、再現するかのように身を躍らせる。

 カイルの斬撃に海賊は誰も止める事が出来ず、一方的に斬り殺され甲板に血を流して行くだけだった。


「カイル!」


 だが数人を切り伏せた後、レナが大声で止めた。


「止めなさい! やりすぎないの!」


「今は戦闘中だ!」


「黙りなさい!」


 怒鳴るカイルをレナはそれ以上の大声と迫力で黙らせた。


「あなたがやっているのは、ただ単に自分の感情を相手にぶつけて自分を正当化しているだけなの。そんな戦い方をしてはならないの」


「うっ」


 図星を指されてカイルは言葉に詰まった。

 確かにカイルは感情にまかせて刀を振り回して殺しただけだ。

 自分の感情の赴くまま、溜め込んだ怒りを振りまくまま。唯々、刀に感情を込めて振り回すだけだった。今まで抑圧されていた自分を、抑圧していた連中の身代わりとして海賊達を殺していただけだった。

 そんな自分をレナに言われてカイルは恥じた。


「殺すなら効率的に殺しなさい。まだ戦闘は続くんだから、闇雲に暴れても後でスタミナが切れるだけよ」


「……へ?」


 思いも寄らぬ言葉にカイルは素っ頓狂な声を上げた。

 そう言うなりレナは自分に襲いかかってきた海賊の胸にサーベルを突き刺して見本を見せた。


「ほら、こんな風に急所に一撃を加えれば簡単でしょう。戦闘は何時まで続くか分からないから、激しく暴れると直ぐにバテるわ。それを防ぐ為に、やたらめったらに振り回さない。わかった?」


「……はい」


「宜しい」


 満足そうにレナは頷いたがカイルの方は、レナの勢いに毒気を抜かれて呆然とするしか無かった。

 確かレナの父は陸軍の将軍だったはず。しかも陸の武家だから代々の教えが刻み込まれているのだろうか。サッパリとした教訓の中に実効性と凄みを感じ、カイルは唯々圧倒されるだけだった。

 気が付いた時には、部下達も海賊船に乗り込み制圧を終えていた。


「隊長、制圧完了しました」


「あ、ああ」


 マイルズが報告するとカイルは気が付いたように命じた。今は戦闘中であり、呆気にとられている暇は無い。


「出港用意だ! 帆を張って他を援護する」


 他のボートもそれぞれ海賊船を襲撃している。

 乗り込み隊が劣勢な船には、ネスルに後続して来たブレイクの海兵隊の狙撃あるいは砲撃による甲板援護掃射を行い次々と制圧して行く。

 海賊達の方は火船攻撃による火災で援護どころではない。

 他の船も味方が簡単に制圧して出港準備を整えた。


「風上側に待機していろ」


 火船がまだ風下の方で盛んに燃えている。周りに停泊していた海賊船にも火の粉が移り、燃えだしている。

 泊地は大火災となり、夜なのに昼のように明るい。

 火の勢いも凄まじく、離れているのに熱気を感じるほどだった。


「火勢が衰えてから外洋へ向かうよ。ってレナ! 何処に行くんだ!」


 カイルが叫んだ瞬間、既にレナはボートに乗り込んで次の獲物に向かって漕ぎ出していた。




「クソッ、火船か!」


 アンは闇夜に接近してくる船の姿を確認して砲撃を行った。案の定、奇襲を仕掛けてきたアルビオン艦だったようだ。

 暗礁をものともせず襲いかかってきたのは驚いたが、尊敬に値する。

 だが、感心してもいられない。

 攻撃してきたのなら反撃するだけだ。

 それで砲撃を命じたが、連中は火船を仕掛けてきた。

 船は火に弱い。

 木造というのもそうだが、帆も燃えやすいしロープもある。特にロープの滑車は潤滑を良くするためにタールや油脂を塗っている事が多い。

 船は一旦火が点けば大火災を起こす危険物だ。

 そのため火船は有効な戦術だが、使われることは滅多に無い。

 捕獲すれば賞金が貰えるが、消し炭になったら貰えない。海賊も自分の獲物に火を点けて損なう事などしない。

 火船を使うのは、よほどの事、絶望的な程の戦力差が無ければ行わない。

 通常、海軍は海賊に対して圧倒的な戦力差があるから火船を行う事は殆ど無い。

 だが、今は海賊船が二十隻以上に対してアルビオン海軍は三隻のみ。

 これほどの戦力差だと、火船を使って逆転させようと考えるだろう。

 勿論、アン達も警戒はしていた。

 しかし、陸側から侵入してくるとは考えていなかった。

 数日で正確に測量することが出来ない、連中はこの海域に詳しくない、という思い込みもあって警戒していなかった。

 ほんの数日前イコシウムを奪回した時、合同艦隊の間抜けぶりを海賊達は笑った。だが、今の惨状を笑うことは出来ない。


「急いで出るんだ! 錨綱を切れ!」


 停泊するときは錨を降ろして船が流されないようにしている。錨綱は水深の三倍から四倍以上、時にはそれ以上伸ばして、綱の摩擦力で停泊する。

 そのため迅速に巻き上げることが出来ないので、緊急時には錨綱を切断して出航する。

 錨綱を失うと次の停泊に支障を来すが、船が失われるよりマシだ。


「帆を張って風下へ逃げるぞ! ジブを広げて風下へ向かうんだ!」


 船首の三角帆を広げて風下へ逃げることをアンは選んだ。

 火船は南東から接近し北西のイコシウムへ向かっている。ならば北東へ逃げれば、火船から逃げられる。

 アンの声に反応した海賊の配下達は錨を切断した後、ジブの展帆を行い、風を受ける。

 南からの風を受けて帆が広がると徐々に船が進み出す。

 帆の面積が小さく、行き足は遅いが徐々に走り出す。


「火船が接近します!」


 後ろから火船が迫ってきた。

 火船の熱気がアンの所まで伝わってくる。


「各マストのトプスルを広げろ!」


 アンは広げやすい帆を広げて行き、速力を上げようとした。

 ジリジリと近づく火船の熱気にアンは焦る。

 だが衝突寸前、帆が風受けて船を加速させ、火船から回避することに成功した。

 熱気で汗の浮き出た顔に安堵の色が見えた。

 しかし、火船は航行を続けて海賊船が密集する場所に突入して行く。

 分配会議が長引いたためか、彼らの動きは遅く数隻が火船に接触したり火の粉を受けて燃えだした。

 マストに縛られた帆や油の付いたロープなどに火が点きマストに燃え移って火柱が立ち、甲板に火の雨を降らせる。

 甲板の上では必死に消火しようとするが火の勢いは収まらず、船体にも引火し燃えだした。

 イコシウムの海賊船団は炎に包まれた。

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