再びの奇襲
「あそこにいるのは、アルビオンのフリゲート艦か」
アンが出港準備を進めている時、イコシウムの沖合を航行している二隻の船、正確には衝突防止用に点けている航行灯が見えた。
「ええ、相変わらず動き回っています」
見張っていた部下の報告にアンは頷いた。
攻撃に向かっても良いのだが、下手に攻撃すると、新たに現れた一隻に攻撃されそうで止しておいた。
航行灯が二つしか見えないのは、もう一隻が消して待ち構えているのだろう。
下手に攻撃に出て要らぬ損害を受ける必要も無い。
他の海賊も先日の失敗と獲物の分配会議に力を入れており、たかが三隻相手に攻撃しようとは考えていない。
「鬱陶しいな」
このまま出航したら、追撃を受けるかもしれない。
向こうは偵察と監視を命令されている可能性が高く、イコシウムから離れないと思うが、攻撃される可能性はある。
悩ましいところだが、このまま留まるよりマシだとアンは考えていた。
「? なあ、何かあのフリゲートの航行灯、おかしいと思わないか?」
「へ? いや、特におかしいとは思いませんが」
「そうか」
そう言いつつもアンは、航行灯を見続けていた。
後ろの船の航行灯が小さいような気がする。
フリゲートと奪った船で航行していることも考えられる。残る一隻のフリゲートを強力な伏兵にすれば、奇襲時に大火力を浴びせることが出来る。
「いや、違う」
そもそも、そんな事をする必要があるのか。
たった三隻で航行しているので攻撃を受けないように牽制するなら話しは通る。航行灯を点けることで自分たちを見せつけ、味方同士の衝突を防止するのにも役に立つ。
「それも違う」
そこまで考えてアンは否定した。
たった一隻で攻撃を仕掛けた艦長が乗る艦だ。そんな消極的な作戦を行うとは考えられない。
このまま留まっている可能性は低い。
ならどうして航行灯を付けている。
「陽動」
あからさまに自分の存在を誇示して注目を浴びせ、その隙に奇襲部隊を侵入させる。
だとしたら何処から来るか。
囮の居る場所から送り出す可能性は低い。
ならば、違う方向。イコシウムの東側から。
「まさかな」
アンは、そう思いつつ自ら可能性を否定した。
東側は、暗礁が多くまともに航行できる船は少ない。下手に航行すれば座礁する。
合同艦隊の連中も攻略ルートにしないほどだ。アン達海賊も地元の水先案内人がいなければ、東側からの攻撃を考え実行しなかっただろう。
僅か数日停泊しただけの合同艦隊が、使えるはずが無い。
そう思ったアンだが、闇に染まる東の海をずっと凝視していた。
「回頭用意。面舵。右三点」
「回頭用意。面舵。右三点」
アンが凝視していた東側の海を航行するネスルの甲板ではカイルが航行指揮を執っていた。
暗礁の間を航行し、イコシウムにいる海賊を襲撃するためだ。
そのためにはカイルが作成した海図を元に航行する必要がある。作った本人が一番詳しいだろう、という事でカイルが航行指揮を行っている。
分刻みの変針指示を行っているが、マイルズは星明かりのみの環境で正確に舵を動かしていた。
「後続のブレイクにも伝達しろ」
「アイ・アイ・サー」
そう言ってウィルマが後方の船長室に入り、後続するブレイクに信号を送る。
船長室として使われていた部屋にランタンを幾つか持ち込んでいた。常に点灯しているランタンと、通常は布で隠し、必要な時に布を払って信号を送るランタンに分けている。
ウィルマは、右側の隠れているランタンの布を三回開いて送り後続するブレイクに右三点と伝えた。
航行灯を付けないのは、イコシウムに見つからないためだ。
だが、航行灯が無いと衝突の危険がある。そこで光が漏れないように船長室に持ち込んで、真後ろにいるブレイクしか見えないようにしていた。
万が一、信号を見落とした場合を考えて、白く塗った樽をフロート代わりにロープで引いて距離と方位を伝えている。
「ブレニムも上手くやっているな」
北西方向を見ると、二つの灯りが見える。
アレは前方は奪回したブレニムだが、後ろは樽で作った筏に乗せたランタンで、ブレニムから伸ばしたロープで曳いているだけだ。
見事、囮役を務めてくれている。
「海賊連中にも感謝だな」
仲間の為だろうが灯台の光を灯してくれているし、イコシウムの町の灯りもあり、暗い洋上でも位置の確認が簡単にできる。
灯台と町の方位を確認し三角法を使って位置を割り出す。あるいは、海図の上に灯台と町から方位角と同じ角度の直線を引くだけで良い。
それだけで正確に位置を把握できる。
数日にわたり測量して作り上げた海図もあるので、襲撃は簡単にできる。
「次の変針で最後だ。回頭用意。右一点」
「アイ・アイ・サー」
マイルズもウィルマも自分の役割を果たしてくれている。
最後の変針を終えるとカイルは大声で伝えた。
「襲撃進路に乗った! このまま突撃する!」
その時、前方から砲撃音が響いた。
こちらを発見した海賊船が撃ち込んできているようだ。
「見つかったか」
接近すれば、見つかると思ったが予想より早かった。
「あれは、白百合海賊団のようだな」
先日陸上から見ているので船の形と旗の模様をカイルは覚えていた。
「どうするの?」
一緒に乗り込んでいたレナが尋ねた。
「予定に変更はない。作戦通り」
「わかったわ。作戦続行! 総員退艦用意!」
「了解しました!」
ステファンが大声で言うと水兵達に指示を出す。
「ボートの準備は出来ているか」
「はい、ロープに付けて流しています」
「予定通り移乗させろ。武器の確認をしておけ」
「準備は出来ています」
ネスルの両舷から吊されて曳航されるボートに乗り込んだ水兵が報告する。
「準備出来ました」
「よし総員移乗!」
ステファンの報告を受けてカイルが大声で叫ぶと、ネスルに乗り込んでいた水兵全員がボートに乗り込んだ。
「艦長、準備出来ました」
「よし、良くやったステファン。マイルズ、舵固定」
「舵固定了解! 固定良し」
「よし、点火用意」
そう言うとカイルは自分の拳銃を取り出し、足下にある油で浸した布を撒いた棒を手に取る。そして、その棒を火皿に近づけて引き金を引く。
火皿の火薬が爆発し火の粉が飛び散り、油を含んだ布に火が点いた。
そのまま、甲板を降りて船内に行くと、木材や藁が積まれている箇所に火を付けて行く。それも一箇所では無く複数箇所。船内に火の手が上がり、最早自然消火不能となるのを確認するとカイルは言った。
「点火完了」




