合流
「マストが倒れました!」
「よし」
砲撃を仕掛けたカイルは満足そうに頷いた。先ほど砲撃を浴びせた海賊船のメインマストが破壊されて落ちるのは実に宜しい。
これで一隻は航行不能だ。
奇襲は完全に成功した。
一旦後ろを見ると、アルビオン海軍の旗、その後ろの海面には先ほど捨てた、バルバリア海賊の旗が海面を漂っている。
「旗を切り替えるのが大変なんだよね」
国際法では、戦闘開始時、最初の一発を撃つ瞬間に所属を示す旗を掲げなくてはならない。異教徒の海賊相手に国際法を遵守する必要など無いと思うが、他国に何を言われるかわからない。
なので守っている。馬鹿馬鹿しいかもしれないが、これが現実だ。
「さてと」
そう言ってカイルは大きく息を吸うと、大声で叫んだ。
「何を言ったの?」
知らない言葉を叫んだカイルにレナが首を傾げて尋ねる。
「異教徒の言葉で<裏切りだ>と叫んだのさ」
風の妖精シルフに頼んで声を拡散させたから、彼らの混乱は大きくなるはずだ。
「さて、直ぐにブレイクと合流して離脱するよ。回頭用意」
「アイ・アイ・サー!」
命令を受けたマイルズが叫んだ。
この後、カイルの乗るネスルはブレイクと合流。北に向かい、バルバリア海賊から逃れる事に成功した。
「どういうつもりだミスタ・クロフォード」
合流した後、カイルはサクリング艦長の命令によりブレイクへ出頭した。
「私は、ネスルに乗り、ザ・ロックへ帰投するように命令を下したハズだぞ!」
そこで受けたのは、サクリングからの叱責だった。
「どういう事か説明して貰いたいのだが?」
「はっ、我が艦ネスルは艦隊と共に出帆しました。夜になり距離を取りましたが、調整に失敗し前方の船を見失いました。はぐれた上、位置もわからないため、イコシウムへ戻ることを選択しました」
「バカげた報告などするな!」
サクリングは大声で一刀両断した。
「技能不足の候補生ならともかく、君のような優秀な者が帆の調整を誤り、前方の艦からはぐれるなど信じられん。仮に事実だとしても、君なら単独でザ・ロックへ行けるはずだ」
サクリングの指摘にカイルは反論しようとしたが、睨まれて黙り込んだ。更にサクリングの審問は続く。
「さあ、事実を言い給え。私が単艦で残る事に不安を抱いて、候補生の身でありながら助太刀しようと引き返してきたのだろう。私が敵にしてやられると思い、自分なら助けられるという慢心に満ちた考えで、戻って来たのだろう」
至近距離からサクリングに睨まれてカイルは、降参した。何を言っても嘘がバレてしまうと思ったからだ。
「……はい、そう思いました」
サクリング艦長が単艦で残って大人しくしているはずが無い。何かしら行動を起こすはずだと。無謀でも行動力に溢れるサクリング艦長ならやりかねない。
「艦長なら何か行うと思い、助けになろうとはせ参じました」
それも分かれて直ぐに行動を行うはずだ。なので、引き返してきて助太刀しようとカイルは考え実行した。
前を進む艦と距離を置いてはぐれた振りをして、戻って来たのだ。
「それだけで無く。私の力に成れると思い上がったのだろう」
「……はい」
「候補生のくせに、大それた妄想だな。ミスタ・クロフォード。いやカイル・クロフォード」
そう言うとサクリングは両手をカイルの両肩に手を掛けて言った。
「良く来てくれた。本当に助かった」
突然の言葉に、カイルの方が戸惑った。
「君が引き返して助けてくれて本当に助かった。感謝する。だが、さっきの言葉も本当だ。年若い候補生に上官である私が助けられたのだからな。聖人君子でない私は愚痴の一つも出したくなる」
「失礼しました」
「気にするな。むしろ、謝らなければならないのは、私だ。済まなかった、ミスタ・クロフォード」
サクリングはそう言うと、早速態度を切り替えて話しかけた。
「さて、今後の作戦をどうするか考えよう。ネスルが戻って来てくれて都合三隻だ。戦力が増えるのは非常に宜しい」
本当に裏表の無い性格にカイルは呆れるどころか寧ろ感心した。
「しかも、ネスルには水兵も海兵も乗り込んでいる。彼らを使ってしばらくの間、襲撃を続けるぞ」
「いえ、ここは攻勢に出るべきでは?」
サクリングの意見にカイルは、提案した。
「ほほう、どのような作戦だ?」
「あれしきの程度で奪われるとはね」
白百合海賊団のキャプテン、アンは未明の迎激戦を見て顔をしかめた。
夜に軍艦の奪回が行われた時、狼狽して中々出航しようとしなかった。アンが出撃した後、夜が明けて攻撃してきたのが少数だと分かると直ぐに何隻もの海賊船が出てきて攻撃を行った。
勝てる戦いしかしないのが戦いの鉄則とはいえ、あまりにも日和見が過ぎる。
下手に攻撃して反撃を喰らって損害を受けても、軍艦なら基地に戻れば修理が可能だが、海賊船に基地は無く損傷は自分で修理するしか無い。
材料が沿岸で取れるとも限らず、必要な大きさ、長さを持つ木があることも少ない。
海賊が戦いを避けるのは仕方ないが、それでも消極的すぎる。
それでも優勢ならば勢いよく攻撃するが、一寸状況が変化すると直ぐに混乱して逃げてしまう。
未明の戦いでも、思わぬ方向から新たな敵が来て混乱し、裏切りという言葉がそれに拍車を掛けて、更に混乱。
同士討ちまで始める始末で、結局奪った軍艦を奪回されてしまった。
更に戦いの後の集まりでも互いに責任の擦り付け合いを行い、互いに非難するばかりだ。
「そんな事より、連中が攻撃してきたときの事を考えろ」
「敵が攻撃してくるなら問題無いだろう」
「入り口は連中の大砲で固めてある」
バルバリア海賊達は口々に主張するが、アンには穴だらけだ。
「あたし達が使ってきた水路を使われたら、おしまいだろう」
「連中があの水路のことを知っている訳が無い」
「あそこは暗礁だらけで、熟練の水先案内人が居なければ進むことすらままならない」
「心配は無用だ」
「それより、町にあった物資の分配だが」
そう言って、獲物の分配会議が始まってしまった。
「もう、付き合い切れん」
分配会議は最後までいないと、分け前に与れないことになっている。だが、連中と一緒にいると攻撃を受けかねないと考えてアンは、離脱することにした。
アンは、自分の船ブランカリリオに乗り込み、出航を命じた。
「出て行くんですかい?」
海賊達は不満そうだった。分配が無いと言うことは自分たちの分け前も無しだ。
「ああ、これ以上ここに居るのは危険だ。連中と心中する気なんて無い」
「しかし」
「どうしたの?」
と船長室から出てきて話しかけてきたのは海賊船に不釣り合いなほど豪奢な白いドレスを着込んだ金髪碧眼の女性だった。
豊満な体つきを薄いベールのような布を使ったフリルが幾つも付いたドレスを着ているため青い目もあり幻想的な雰囲気の女性だった。
「メアリー」
出てきた女性の名前をアンが呼ぶと、メアリーはアンに近づき肩に撓垂れるように身を預けた。そして恋人に語りかけるように甘い言葉を紡いだ。
「アンは連中と居るのが嫌なんでしょう。それにここから出て行くべきだというのでしょう」
「う、うん」
「ならそうするべきでしょう」
「し、しかし」
先ほどとは一変して海賊達は、狼狽えるようにだが、それでも分け前を貰うべきだと主張した。
「アンの言うことが聞けないのかな?」
メアリーの言葉が響くと海賊達は黙り込んだ。
「文句があるんだったら自分たちだけで残ったら? それとも」
「す、直ぐに出航準備いたします!」
そう言って海賊達は船の出港準備を進めた。
「良かったわねアン。皆言うことを聞いてくれたわ」
「う、うん」
狼狽え気味にアンは頷くとメアリーを船長室に戻した。
そしてアンは甲板に戻り出港準備を進める。
「皆聞いての通りだ。出港準備を」
「へ、へい」
そういって海賊達は黙々と準備を始めた。
「何であんな小娘のことを聞くんですか。あんな、ちんちくりんなお嬢様に」
白百合海賊団に入ったばかりの若い海賊が、ぼやくと古参の海賊が叱った。
「バカ! アンのお嬢よりメアリーのお嬢の方が怖いわ!」
「何でですか?」
疑う若い海賊に古参の海賊は周りを見回して小さな声で答えた。
「いいか、お嬢達が海賊になる切っ掛けになった襲撃の時だ。お嬢達が乗った船を黒鯨海賊団が襲ったんだ。その時、敢然と立ち向かったのがアンのお嬢で何人か返り討ちにした。だが、多勢に無勢で囲まれた。だが、その時声を上げて卑怯者とメアリーお嬢が罵り、海賊船の船長とアンお嬢の一騎打ちに持ち込んだ」
「それって押し付けていませんか?」
「まあな。だが大勢の海賊相手にタイマンに持ち込んだのは凄いだろう」
「ええ。で、勝ったんですよね」
若い海賊が尋ねると古参の海賊は遠い目をして答えた。
「勝ったんだがな。アンお嬢と船長は互角だった。それで一進一退の互角の戦いに全員が見入っているとき、メアリーお嬢が手に入れた拳銃で船長に近づいて頭を一発吹き飛ばした」
「え」
驚いた若い海賊は尋ねた。
「タイマンに持ち込んでおいて自分が乱入して殺したんですか」
「ああ、その手口に皆唖然としたな。で、メアリーお嬢は全員に自分たち二人に従うように命じたんだからな」
「海賊達は怒らなかったんですか?」
「怒ったが従うしか無かった」
「何故です」
「メアリーお嬢が海賊の上級船員を全員殺していたんだよ。航海術の心得のある奴が殆ど殺されたからな」
航海術では天体観測とそれを元にした位置計算が必要となるので、高度な数学知識が必要となる。
「航海術の心得があるのはアンお嬢だけだから、皆従うしか無かった」
アンは武家それも海軍士官の家に生まれて幼い頃から航海術に親しんでいたので、理解していた。
「で、今の白百合海賊団が出来た」
「反対者とかは居ないんですか?」
「居たんだが、皆メアリーお嬢に暗殺されたよ。だから、少しでもアンのお嬢に逆らうようなことをするな。でないとメアリーのお嬢に」
「どうしたの?」
「ぎゃああああっ」
いきなり後ろからメアリーに尋ねられた二人の海賊は叫び声を上げた。
「アンの言うことが聞けないの?」
可愛い笑顔でメアリーが尋ねてきて、二人の海賊は顔を青くしながら答えた。
「いいえ! とんでもありません! 準備いたします!」
いつの間にか後ろに来ていたメアリーに恐怖を抱いた二人は、黙々と出港準備を始めた。
「あまり脅さないで欲しいんだが」
三人の様子を見たアンは溜息を吐いたが、メアリーのお陰でこうして海賊としてやって行けている。他にも道はあったかもしれないが、今は配下の為にも全力を尽くすだけだ。
当面の問題は、ここからどうやって出て行くかだ。
出来れば今すぐ行きたいが今は上げ潮、干潮から満潮に向かう時期だ。引き潮が起きる夜中に出航しようと考えていた。
だが、この遅れが致命的になるのではないか、という考えがアンの頭を過ぎった。




