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撤退の途上で

 サクリング艦長の命令で捕獲した二隻の内の一隻ネスルの回航艦長に指名されたカイルは、レナと十数名の水兵と共に移動した。

 他にもイコシウムから命からがら逃げてきた水兵や海兵が乗っている。

 奇襲から逃れた船も多かったが逃げる前に捕らえられた船も多かった。

 そうした船に所属していたが、休暇などで上陸して襲撃時に他の船に飛び乗って逃れ、行き場が無くなった水夫を受け入れたのだ。

 エルフと言うことで露骨に顔をしかめる者もいた。だがブレイクより移ってきたマイルズ達熟練の下士官兵、特にウィルマの粘着質なジト目にウンザリした彼らは大人しくカイルの指揮に従った。


「出帆。出航する船団に後続せよ」


 カイルの命令でネスルは帆を広げザ・ロックへ向かう船団の後ろに付いた。

 風向きに合わせて帆の角度を調整した後カイルはイコシウムに残るブレイクを見た。

 甲板に多数の乗組員が集まりカイル達に手を振っていた。


「どうします?」


「振り返すんだ」


 マイルズに尋ねられたカイルは素っ気なく言った。

 それでもブレイクから移ってきた水兵達を中心に手を振っている。

 他の艦から移ってきた水兵達も加わり結局ネルスに乗り込んでいる殆どの乗員が手を振って、ブレイクとの別れを惜しんだ。


「良いのそれで?」


 ネスルに乗組を命じられたレナが尋ねてきた。


「命令だからね」


「あんた、それで良いの」


 レナは怒気を抑えつつカイルに言う。ブレイクの中でも話したが、まだ納得していないようだ。


「たった一隻で残るブレイクを見捨てておくの。これまで艦長に散々お世話になったのに」


「その艦長の命令はザ・ロックへ行け、だよ」


「解っているけど、残したまんまで良いの」


「ミス・タウンゼント。これ以上口論は無しだ。他の乗員が見ている」


 周りを見れば乗員が二人のやりとりを聞いていた。

 先ほどまでブレイクに向かって手を振っていた乗組員も振るのを止めてこちらを見ていた。


「そうやって逃げるの」


「違うよ。乗組員に士官同士が険悪なところを見せたくないんだよ」


 指揮官同士の不和というのは艦内の雰囲気を悪くする。

 自分たちに命令を下す指揮官の機嫌が悪いと、その怒りが自分たちに向けられるからだ。

 それに、いざという時に士官同士の連携がとれず破滅をもたらすことがある。

 なので士官同士の関係に乗組員は敏感だ。


「そんなの取り繕っても無意味よ」


 だがレナはバッサリとそんな配慮を切り捨てた。


「残されたブレイクを助けるべきよ」


「命令にはないよ」


「命令って、そんなに大事なの。無意味な命令を聞くのが」


「はーい、あんた達、お茶が入ったよ」


 崩壊寸前の二人の間に入ったのは、ミス・サトクリフだった。彼女もブレイクからの移乗を艦長から命令されて従った。


「出帆でバタバタしていただろう。一寸ひと息つきなさい」


 ミス・サトクリフは、そう言ってお茶の入った二つのカップを差し出した。


「いや、あの」


「うん?」


「……頂きます」


 唐突なことでレナは受け取りを躊躇ったが、ミス・サトクリフの笑顔の圧力の前に受け取るしか無かった。

 カイルも無言のままカップを受け取って、お茶を飲む。飲み終えて空になったカップを渡すとき少し頭を下げて彼女に感謝した。

 お茶のお陰か、少し冷静になることが出来たカイルは状況を整理した。

 本来なら見て見ぬ振りをして乗艦させている主計長の奥さん、ミス・サトクリフを乗せたと言う事は、ブレイクが非常に危険だということだ。

 いくら自己責任とは言え、女性を乗せておく気にはなれないのだろう。

 カイル達を移動させたのも確実に捕虜になるか死傷すると考えてのことだろう。

 戦闘は勝利を前提にしており許容可能な損害なら受け入れられる。だが、はじめから敗北が解っている戦いなら損害を可能な限り少なくするべきだ。

 トランプのポーカーで自分の手が悪いのなら掛け金が小さい内に離脱するのと同じだ。

 劣勢下で掛け金をつり上げる必要など無い。

 そういう意味では、現状はカイル達にとって悪くない。

 安全と考えられるザ・ロックに向かうよう命令を受けているし、艦隊といれば安全だろう。


「だが、良いのか……」


 沈んで行く夕日を見つつカイルは呟くと共に苦笑した。

 出帆したのは昼過ぎ頃だったが、いつの間にか暗くなりつつあった。

 周りの闇が濃くなりつつあった。


「夜になる。追突しないよう前方の船と距離を置くんだ。帆の位置を調整しろ」




「撃ちまくれ!」


 ブレイクの甲板でサクリングは叫んだ。

 断続的に大砲の砲撃音が聞こえてくるので何門かはまだ生きている。

 だが、着弾の衝撃を受ける度に砲数が減っている気がする。


「ブレニムはどうだ!」


「本艦の後方より後続中!」


 それを聞いてサクリングは少し安堵した。

 昨日の夕方、海賊に鹵獲されたブレニムが灯台の近くに停泊しているのを見て夜明け前に奇襲して奪回することをサクリングは計画した。

 作戦は上手く行き夜陰に乗じてボートで乗り込みブレニムの奪回に成功。艦内に捕らえられていた乗員を救出できた。

 だが、その後が不味かった。

 出帆に手間取り周囲を警戒していた海賊船に取り囲まれて夜明けを迎えた。

 ブレニムと互いに死角を援護し合うことで脱出しようとしていたが、海賊船に囲まれては難しい。

 南風を受けつつ北西へ向かっているが、海賊船は風上側から接近して帆で風を遮りブレイクとブレニムの帆を攪乱している。

 帆に受ける風が乱され、その度に帆の張りを調整する必要があるので船足が鈍る。

 そのため速力が上がらず海賊船の追撃を振り切れずにいる。


「新たな一隻が接近してきます」


「畜生」


 現れたのはバルバリア海賊の旗を掲げている船。援軍であるのは疑いようが無かった。

 サクリングが悪態を吐いた時、新たに現れた船の大砲が火を噴いた。

 その砲撃はブレイクを襲っていた海賊船を捕らえマストを撃ち倒した。


「どういう事だ。仲間割れか」


「船尾の旗を見て下さい!」


 ブレイクニーが指さした先、先ほどまでバルバリアの旗が掲げられていた場所にはアルビオン海軍の旗が全ての船に見せつけるように風にたなびいていた。

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