回航命令
イコシウムが海賊によって再占領された翌日、駐留部隊司令官であるガリアのコンフラン少将の旗艦で作戦会議が行われた。
サクリング艦長も出席するために早朝からボートでコンフラン少将の旗艦に向かっていた。
「どうなると思うカイル?」
「まあ、奪回だろうね」
当直中に尋ねてきたレナにカイルは答えた。
イフリキア攻略の為に本隊が出ているとはいえ、残った駐留部隊も戦列艦をはじめとして数十隻の船舶が居る。
海賊船二十数隻相手なら何とかなる。
それに攻略に出ている本隊の後方を守るためにも奪回は必要だ。
「問題は指揮系統だね」
合同艦隊の総数は海賊を上回っているが数カ国が集まった上での話であり、それをまとめ上げるのは大変だ。
事実、襲撃された昨日一日はイコシウムから着の身着のままという感じで逃げ出してきた駐留部隊の船舶を集める事で終わってしまった。
ここから更に攻略に向けて部隊編成を行うとなると、その作業の複雑さ、物資の配給や人員の再配置などの困難な作業を思い浮かべ、カイルの意欲は萎えた。
「艦長が戻ってくるぞ」
その時副長のブレイクニー海尉が戻ってくる艦長艇を見つけ、出迎えるため乗組員全員に整列を命じた。
「気を付け!」
会議が終わってブレイクに帰還したサクリングは終始不機嫌だった。
出迎えた下士官兵達の敬礼に対しても儀礼以上の行動は取らず、慣習的に答礼を行うだけだった。
それでもサクリング艦長は士官に艦長室への集合を命令し状況を説明した。
「つまり、我々アルビオンのみが残り、他国はヴァールへ向かうと?」
「そうなる」
ヴァールはガリアの滄海側にある軍港で丁度イコシウムの北にある。
航平のいた世界ではツーロンにあたる港だ。
「集結地はザ・ロックが近いのでは」
「イフリキアに向かっている本隊と合流するには一番近い軍港だからだそうだ」
確かにイフリキアから戻ってくるとなると距離的にはヴァールの方が近い。
だが、ガリアの軍港に入るのはガリアの指揮下に入るように見えてしまう。
それを抑えて他国がガリアと共同歩調を取ることにカイルは驚いたが、何かしらの裏取引があったと考えられる。
だが一海軍士官では、どんなことが行われたか知ることは不可能だ。
「しかし奪回できるチャンスは今しか無いかと」
それでもカイルは冷静に状況を分析して尋ねた。
確かにアルビオンのみだと少数の艦と船団しかないが、海賊達が襲撃したばかりで防衛体制が整っていない今がチャンスだ。
海賊船の数も少ないので今ならアルビオンのみで奪回可能だ。
「だめだ。我がアルビオン艦隊司令官のレッドフォード代将――先任艦長は状況不利と判断しザ・ロックへの帰還を命じてきた」
「な……」
その言葉にカイルは再び絶句した。
絶好のチャンスをフイにするような命令を自分の国の司令官が下すとは。
ガリアの港に入りたくない、指揮下に入りたくない気持ちは分かるが、戦力を二分するような馬鹿な命令を下すなんて。
信じられない思いでサクリング艦長をカイルは見た。しかし艦長は申し訳なさそうに事情を話した。
「勿論私は反対し単独での奪回を進言した。だが、却下された」
アルビオン所属のフリゲート艦三、輸送船七、その他五では、海賊船二十数隻相手に何も出来ない。
「それで撤退ですか?」
「いや、本艦ブレイクはイコシウムに残り海賊達の監視を命令された」
「単艦でですか」
思わずカイルが叫んだ。
二十隻以上の海賊船が居るのにフリゲート一隻で監視など獲物を与えるようなものだ。
勿論距離を置いておくことで逃れる事は出来るが、監視は不充分になる。
そもそも単艦で、どうやって報告するというのだ。
この世界には通信機や携帯電話などない。魔法はあるがテレパシーなどという役に立つ魔法はない。
自ら本部に赴かなければ伝わらず連絡に向かう間は監視が出来ない。
つまり、まるっきり無意味な命令である。
「だが、命令は命令だ。本艦は残る」
馬鹿げていても正式な命令であり下されたブレイクには従う義務がある。
明日からブレイクは海賊船の襲撃を受けつつ逃げるという事になるだろう。
「それで先日捕獲した海賊船は回航することになったが、その指揮を士官候補生の諸君にまかせたい」
「え?」
昨日未明の戦闘で捕獲した海賊船二隻がブレイクの指揮下にあった。
いずれ回航する予定で修理を行っている最中だ。
その二隻を指揮してザ・ロックへ艦隊と共に逃げろというのだ。
「しかし」
「これは命令である」
カイルが異議を唱えようとした瞬間サクリングが機先を制して命じた。
「ですが」
「ミスタ・クロフォード。これ以上の反抗は反逆罪と見なす」
サクリングは優秀で、部下の意見を聞く良い指揮官で、権威を振りかざすような事は殆どしない。
だが指揮や命令は厳格であり、下した命令は遂行することを求める。
「一隻はミスタ・ホーキングが、もう一隻はミスタ・クロフォードが指揮を執りたまえ。人選は各々にまかせる。以上、解散だ」
そう言って反論の機会を許さず、サクリングは士官達を艦長室から追い出すように退出させた。
「このまま逃げるの?」
「命令では仕方ないだろう」
艦長室で命令を受けたカイル達は次の準備の為に各所に移ろうとしたが、カイルはレナに止められた。
「僕たちは海軍軍人で命令に従う義務があるんだ」
「結構好き勝手にしてきたじゃない?」
「必要に応じてやったんだよ」
確かに候補生なのに戦闘配置を命令したり航海計画を作成したりした。
だが、これは全て艦長からの命令や候補生に与えられた権限を元に使ったに過ぎない。
陸上の戦闘も上級指揮官がいない場合や命令実行、任務実行が不可能な場合、独自に判断し行動する事が許されている。
勿論、最終的に味方に合流すること、損害を少なくすることが前提だが、行動の自由は保証されている。
「今回は明確に向かうように命令されているんだ。反する訳にはいかないよ」
「いいの、ブレイクが不利になっているのに」
「それが命令ならやるしかないよ。それより、レナも移乗するように命令されているんだから準備して」
「わかったわよ」
そう言ってレナと別れると、カイルは移乗の準備、海図の用意、食料の移動、回航要員の選抜などの作業に入った。