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逆転

「神よ……」


 カイルの指摘で新たな海賊船がブレイクに接舷しようと接近しているのを見たサクリングは、小さく呟くと今度は大声で叫んだ。


「私のために一隻だけでなく、もう一隻獲物を与えてくれるのですね!」


「えー……」


 これにはカイルも呆れて声を上げるしか無かった。

 ブレイク乗員の大半が切り込み要員として海賊船に突入している。

 そこへ今戦っている海賊船と同規模の海賊船がやって来て接舷されるのは、どう見てもピンチでしかない。


「今の船を片づけてくるから、ミスタ・クロフォード、一寸ブレイクを指揮して接舷を遅らせろ」


「え?」


 思わずイエス・サーと言うのを忘れてカイルは戸惑いの声を出してしまった。

 いや、この状況で艦の指揮を任される方が戸惑う。

 しかし、サクリングはカイルが理解したと見ると斬り込み隊に向かって叫んだ。


「おし! このまま連中の船を奪うぞ! 次の連中が来るまでに片付ける! 続け!」


 カイルを咎めることなく、サクリングは言うだけ言って自ら先頭に立って海賊船へ斬り込んでいってしまった。


「マジかよ……」


 思わず転生前の素の口調が出てしまうほどカイルは驚いていた。

 だが、命令されたからには実行しなければならない。


「操舵手! 取舵一杯!」


 とりあえず、カイルは右から来る新たな海賊船から逃げるように左に舵を切った。

 接舷を遅らせて時間稼ぎをする。

 本当なら帆を広げて加速したいのだが操帆のための人員が斬り込みに向かっているし、左舷に接舷した海賊船が枷になっていて、碌に動けない。

 精々、逃げることに専念するしかない。


「マイルズ!」


「はい!」


 ブレイクに残っているマイルズにカイルは命令を下した。


「右砲戦用意! 装填後、砲身を水平にして待機! それと一門おきに後輪と楔をを外しておけ」


「は、はい。しかし斬り込みに出ていまして要員が少ないですが」


「撃つのは今居る要員で撃てるだけで良い。全門装填して砲撃用意!」


「は、はい」


 カイルが命じるとマイルズはすぐさま砲撃準備の為に下の甲板に降りていった。

 ブレイクは動きが鈍いが徐々に左に動いて行き、右から来る新たな海賊船から離れていく。

 当然海賊船も舵を切って後ろにやって来た。


「しつこいな」


 だが海賊船は右舷に乗り込むことを止めようとはしない。

 斬り込みで手薄になっている右舷に斬り込めば簡単にブレイクを乗っ取ることができるからだ。


「まあ、あいつらの思惑に付き合う理由は何も無いんだが」


「ミスタ・クロフォード! 右砲戦準備完了しました。一門おきに後輪を外してあります」


「良くやった。砲門はまだ開けるな」


 そう言ってカイルは準備を命じた。

 一方で斬り込んでいる左舷側の海賊船を見ていると、サクリング艦長が先頭に立って斬り込み甲板を制圧しつつある。こちらは佳境のようだ。


「さて、次の斬り込みに行きますか」


 カイルは自嘲しつつ、操舵手に舵を右に切るように命じた。

 いつもより、ゆっくり、亀のように徐々に舳先が右に曲がって行く。

 右舷から新たな海賊船が接近してきた。

 既に夜が明け、あたりは明るくなっている。


「右砲戦用意」


「右舷の半分ほどしか人員が居りません」


 砲撃準備を終えたマイルズが報告した。右舷側の半分の砲しか撃てないことに不安を抱いているようだ。


「構わない。合図したら水平に待機している大砲のみ撃て。終わったら隣で準備の出来た後輪を外した大砲へ移れ。あと砲扉はまだ開けるな」


「アイ・アイ・サー」


 マイルズに命じて下甲板に大砲を準備させる。

 海賊共の船がゆっくりと接近してくる。斬り込もうと甲板に海賊達が溢れている。

 彼らの船が接舷しかけた瞬間、カイルは命じた。


「右舷撃て!」


 カイルの号令と共に砲扉が開き大砲が押し出される。

 突然登場した大砲に海賊は驚くだけだった。

 大砲の轟音が響き、海賊船に次々と砲弾が着弾する。

 砲弾は船体の側面にたたき込まれ船体内に装備されていた大砲を破壊する。


「次に移れ!」


 カイルの命令が下り、水兵達は隣の大砲へ移動する。

 そして、同じように砲扉を開けて前に押し出す。後輪が外されて、動かしにくいが、船上生活で培った体力で強引に押し出す。

 後輪を外しているお陰で大砲が上を向きやすくなっている。仰角調整用の楔も外してより高くしてある。

 これにより、至近距離でも一つ上の甲板、海賊達が溢れている上甲板を下甲板の大砲が撃てる。

 いつもそう出来れば良いのだが、後輪を外すと碌に後退できず次弾装填は不可能になる。

 なので一発勝負。

 この方法が実行できるのは、一か八かの時だけか、確実に命中させる事が出来るときだけだ。


「撃て!」


 再びの砲撃。

 上に向けられた砲身から放たれた砲弾は、狙い通り海賊で溢れる上甲板を撃ち抜いた。

 斬り込み準備で集まっていた海賊の大半が砲弾と破壊された船体の木片を浴びて負傷する。

 忽ち甲板上は血だらけの地獄絵図となった。

 これで相手の斬り込み要員の大半が死傷したので、白兵戦はブレイクが優勢に戦えるはずだ。


「良くやったミスタ・クロフォード!」


 その時背後で叫んだのはサクリング艦長だった。

 最初に接舷してきた海賊船を制圧して戻ってきたのだ。


「もう一隻が居るぞ。捕獲賞金を上積みするぞ!」


『おお!』


 最初の斬り込みで疲れているはずなのに、彼らの指揮は衰えていない。

 敵船を奪い回航することで賞金を手に入れる。海軍生活にとって必要な報償いや飴か。


「続け!」


 二隻目が接近してきたことを良い事に、そのまま水兵と海兵を引き連れて攻めて行く。

 先ほどの砲撃のせいで下甲板への大穴が空いている場所が幾つかあり、そこからも水兵が突入して行く。

 ブレイクの斬り込み隊は最初の斬り込みで死傷者が出ている。流石に二度目の斬り込み要員は少なかった。しかし、カイルの砲撃によって海賊船の乗組員が撃ち減らされていたため、簡単に二隻目を制圧した。




 未明に行われたブレイクの戦いは終わった。

 二隻の海賊船に襲われつつも、逆に撃退して捕獲するという離れ業をやってのけたブレイクだったが、そこまでだった。

 襲撃により艦に損傷が出ていたし、捕獲した二隻を確保する乗員を必要としている。また突然の戦闘で乗員は疲れていた。同じく襲撃された僚艦のブレニムを救援することも出来ずブレニムは海賊の手に落ちた。

 またイコシウムの港はブレイクの信号もあって直ぐに海賊船に気が付いたが、海賊船の数が多すぎた。

 イフリキア攻略の為に多数の軍艦を割いたために、防衛の艦艇が少なかったこと。浅瀬が多く、侵入困難と見なし砲台の修理を後回しにした陸側から侵入されたこと。

 以上の事から戦いは海賊達の優勢で進み、町を奪い返された。

 ブレイクの信号により襲撃に気が付いて、多数の輸送船が脱出に成功した事だけが救いだった。   

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