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未明の斬り込み

 カンカーン、カンカーン、カンカーン、カンカーン


 独特な連弾を四回行って鐘を打つ。


 八点鐘。


 乗員の殆どが望む、当直交代の時刻だ。

 航行中の軍艦では、夜は半数の乗員が眠り、残り半分が起きている。

 イコシウム沖で哨戒中のブレイクでも例外ではなく、寝ている水兵と当直をこなした水兵が入れ替わる。

 それは士官も同じであり、交代で指揮をとる。


「当直を交代します」


 甲板に上がってきたカイルが、先に当直を行っていたエドモントから役割を引き継ぐ。


「宜しく頼む」


 眠そうに言ってエドモントは候補生区画に戻って行く。

 水兵を見ると彼らも眠そうだ。

 一部の船では三直制、四時間当直をこなし、八時間休むという制度が採用されていたが、士官のみだ。乗員の三分の二が眠れる場所が無いため、水夫まで適用できない。

 このブレイクも過去の慣習から士官も水兵も二直制だ。

 何とか三直制を導入したいと考えているカイルだが、容積の問題もあり、導入できずにいた。


「さて、周辺は異常ないかな」


 カイルは白くなり始めた東の海を見た。間もなく夜明けだ。

 徐々に太陽が昇って明るくなるだろう。


「うん?」


 その時、南東方向。白み始めた東の空の端、まだ夜の闇が残る方角に異変を感じた。


「船だ」


 陸を背にしてイコシウムに向かう船が多数いる。

 その位置と進路を確認してカイルは叫んだ。


「警報! 敵船多数発見! 総員! 戦闘配置! 全面警報! 信号弾上げろ!」


 カイルが叫び、艦内が騒がしくなる。

 ロケット花火のお化けのような筒に棒が付いた信号弾が用意され上空へ打ち上がり、赤い火の玉となって降りてくる。

 これで湾内の味方にも知らせることが出来ただろう。


「どうしたミスタ・クロフォード」


 起きてきたサクリング艦長が甲板に上がってきて、カイルに説明を求めた。


「敵艦です。南東方向をイコシウムの泊地に向かって航行中」


 イコシウムの東側はカイルが測量していた湾だ。測量を終えたが完成した海図をまだ提出していない。水路はあるが暗礁も多く、海図が無ければ座礁する。

 イフリキアへ向かったサンダラーも一旦北に針路を取り、暗礁の心配の無い海域に出てから東に針路を変えた。

 暗礁が無い場所を知っていて航行できるのは、ほんの数日前までイコシウムを拠点にしていた海賊だけだ。

 連中の狙いはイコシウムに残っている軍艦や輸送船、そして港町の奪回だろう。


「良くやったミスタ・クロフォード。進路を南に変更! 敵艦を撃退する! 僚艦にも伝えろ!」


 哨戒には他にもフリゲート艦ブレニムが出ている。彼らに状況を伝える必要がある。

 その時ブレイクの西側、ブレニムの居る方向から砲声が聞こえた。


「どうした!」


「隣にいるブレニムが攻撃を受けています!」


 ブレイクと同じフリゲート艦のブレニムがブレイクより西の海域を哨戒中だ。

 そのブレニムが攻撃を受けている。闇夜の中に大砲の発砲炎が断続的に発生しており、戦闘が行われているのは明らかだ。


「! 艦長! 西から敵艦接近中!」


 ブレニムの周辺を見ていたカイルが、気が付いて叫んだ。

 明るくなった空を背景に浮かぶ、ブレニムとブレイクを狙って敵が迫っていた。

 東から上がる太陽の光のせいで、ブレイクから見ると西にいる海賊船は暗くてよく見えない。

 だがカイルはエルフなので夜目が利く。しかし当直に入ったばかりで、気が付くのが遅れた。


「下手回し用意!」


 大陸からの風、南風が強く今でも南の風が吹いている。下手回しになるので簡単に回頭できるが、なかなか出来ない。

 丁度当直を交代したばかりで、入れ替わりで人の流れが混乱し動きが鈍っているからだ。

 混乱しつつも、乗員を配置に付かせ回頭しようとした。

 だが、その時には既に敵、海賊船が迫っていた。


「クソッ! 間に合わない!」


 回頭する準備は整いつつあるが、その前に敵が左舷へ接舷しそうだ。


「下手回し中止! 白兵戦用意!」


 幸い敵はこちらを制圧する気だ。砲撃がない分、乗員の死傷も無く有利に戦えそうだ。


「衝突するぞ! 掴まれ!」


 サクリング艦長が叫んだ直後、海賊船がブレイクの左舷に衝突した。

 ぶつかると同時に海賊達が渡し板をブレイクに掛けて乗り込んでくる。


「乗り込ませるな! 押し返せ! いや、乗っ取ってしまえ!」


 サクリング艦長の命令で、すぐさま渡し板の前に水兵と海兵達が壁を作り海賊達を押し返そうとする。


「あたし達の艦を守れ!」


 レナなどは先頭に立って海賊達を押し返そうとしている。

 実際彼女の迫力と彼女に率いられた水兵達の士気は凄まじく、海賊船に乗り込みそうな程だった。

 カイルも先頭に加わろうとするが、人が集まりすぎて揉みくちゃにされそうで一旦離れた。


「うわっ海賊です!」


 それを聞いてカイルはぞっとした。

 自分は人混みを避け状況を確認する為に、海賊船と反対側の方向へ後退した。なのに更に後ろから叫び声が聞こえた。

 振り返ると、水兵の一人が海賊に押し倒され背中にカトラスを突き刺されていた。


「馬鹿な」


 と、カイルが呟いた瞬間、上空から海賊が降ってきた。

 ヤードにロープを結びつけて、振り子かターザンのように空中を通ってブレイクの甲板に降り立って来たのだ。

 中には目測を誤って反対側の海に落ちてしまう奴もいたが、大半が人で溢れるブレイクの左舷を飛び越えて右舷に飛び降りた。

 その中の一人がカイルに飛びかかってきた。


「げへへへへ、身なりの良いガキじゃ無いか」


 卑下た声を上げながら髭面の海賊がカイルにカトラスを振り下ろす。

 カイルは刀を抜こうとしたが、躊躇った。

 転生前の規範が、刷り込まれたルールが、カイルの動きを止めた。

 刀の柄に手を掛けても抜くことが出来ず、カイルは逃げ回るばかり。

 カイルは間一髪の所で避けるが、直ぐにマストに追い詰められてしまう。

 レナは白兵戦のど真ん中で乗員の先頭に立って戦っているし、ウィルマは何処にいるかさえ分からない。


「へへへ、どうした。もう終わりか」


 剣を抜くことの出来ない子供と見て、海賊は薄ら笑みを浮かべて、いたぶるようにカトラスを振り下ろそうとしてくる。

 その時カイル、いや航平の精神に一つの記憶が浮き上がった。

 中学時代、同級生の顔。

 虐めてきたクラスメートが自分をいたぶるときの顔が。

 いたぶるときの薄ら笑みが

 カイルの脳裏に蘇った。

 次の瞬間、カイルは刀を引き抜いた。海賊が振り下ろすタイミングに合わせて身体を前に動かし、刀を鞘から抜きつつ振り上げる。

 海賊が振りきった後すり抜けたカイルが海賊の後ろに立つと、海賊のカトラスを持つ右腕が甲板に落ちた。


「……あ、あああ、ぎゃあああああっっ」


 自分の腕が落ちたのを見て、あるいは痛覚が届いたのか海賊が叫び泣く。

 それまでの薄ら笑みを浮かべる余裕も雰囲気もなく、ただただ豚のような悲鳴を上げる。


「い、痛い、痛い!」


 無くなった手を庇うように海賊は泣き叫ぶ。

 振り返って、その姿を見たカイルは無言だった。


「こ、殺さないでくれ」


 この一言でカイルの怒りが更に高まる。撃ち抜くような視線を海賊に向けると、彼は更に泣きつく。


「た、助けてくれ、止めてくれ」


「……で、お前は止めたか?」


 カイルが尋ねると海賊は眼を点にして動きを止めた。

 それが答えだった。

 カイルは何も言わず、刀を一度鞘に収めてから再び振り抜き、海賊の首を切り落とした。


「……そっか、こんなに簡単だったんだ……」


 ただ、抵抗するだけ。

 こちらから攻撃していれば簡単に済んだことだった。

 転生前、中学時代の事が思い出された。

 航平が止めてくれと叫んでも、止めない。

 助けを求めても誰も、助けてくれない。

 親も、担任も。

 それどころか弱いのが行動しないのが悪いと言われた。

 そのくせ、ケンカを始めると叱る。

 雁字搦めにされていた。

 それを自分で前に出ること、行動する事で解決した。中学時代は高専に行くことを自分で決め実行することで解決した。

 自分で動けば、変わる。

 そのことをカイルは知っていた。


「あああああああ!」


 同時に怒りも湧いてきた。

 これまで行動しなかった自分自身に、何もしなかった自分自身に、踏み出さなかった自分自身に。


「らあああああああああっ!」


 飛び込んできた海賊に向かって日本刀を抜き放った。

 腕を払い、足を切り、胴を薙ぐ。

 飛び込んでくる海賊を次々と切り伏せる。倒れた海賊に刀を何度も振り落とす。

 これまで自分を抑圧してきた奴らを、虐めてきた奴らを、危害を加えてきた奴らを。

 脳裏に浮かんでくるそんな奴らを思い出し、海賊に重ね合わせ、振り下ろす。

 何より、そんな下らないものに怯え縮こまっていた自分が許せず、追い出すように、自分から切り離すように刀を振り下ろし続ける。


「ミスタ・クロフォード!」


「何だ!」


 呼ばれてカイルは怒鳴り返した。


 自分の復讐を、行動を妨害され、止められた怒りをそいつにぶつけるように。

 だが、そんな怒りをぶつけられ怯えたマイルズを見てカイルは冷静さを取り戻した。


「どうした」


 刀に付いた血脂を拭き取りながらカイルは尋ねた。


「そいつはもう死んでいます」


「そうだな」


 自分が何度も振り下ろしてグチャグチャにした海賊、いや死体がそこに落ちていた。


「艦長は?」


「は、はい。海賊船へ逆に斬り込んでいます」


 艦内の混乱が収まりつつあり、甲板に上がった海兵、水兵の数も増え海賊を圧倒しつつあった。


「何とか勝てるか」


 と思って艦尾を見た時だった。

 新たな海賊船が現れて、ブレイクに接舷しようとしている。


「不味い」


 今ブレイクは接舷してきた海賊船にかかり切りになっている。

 ここに新たな海賊船が斬り込んできたら、人数的に不利となり乗っ取られる可能性も有る。


「艦長!」


 カイルは海賊船への突撃を指示している艦長を見つけて叫んだ。


「どうした」


 至近距離にもかかわらず艦長は新たな海賊船に気が付いていない。目の前の白兵戦を指揮することに夢中で目に入っていない。


「新たな海賊船が接近しています!」


 なのでカイルが刀の切っ先で新たな海賊船を指し示し、サクリングはようやく新たな海賊船に気が付いて呟いた。


「……神よ」   

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