クリスとゴードン
「何をしているの!」
一触即発の酒場に女性の声が響き、全員が彼女に注目した。
入って来たのはブレイクの二等海尉クリス・クリフォード海尉だった。
「く、クリス」
「ミスはどうした? ミスタ・フォード」
「……失礼しましたミス・クリフォード」
クリスに指摘されてゴードンは訂正した。
「これはどういう事だ」
尋ねられたゴードンは答えた。
「はい、ブレイクの乗組員が我々のポスターを剥がそうとしたので、これを阻止しようとしたら彼らが襲ってきて」
「違います。剥がそうとしていたのはサンダラーの連中で、我々が止めに入りました」
「おい、先任候補生の俺の言うことが嘘だというのか! 俺を舐めているのか」
あー、こいつもその手合いか、とカイルは呆れた。
中学時代に、自分から悪口を言ってきて格下の自分に言い返されて逆上して、謝罪を求めてきたが航平に拒否されて殴りかかりケンカになった。教師がやって来て止めたが、その時先に悪口を言って殴りかかってきたのは航平だと、簡単に嘘を言ってきた。格下の奴に本当の事を言う必要は無し、自分が不利になることは言わない。そういう身勝手な奴だ。
「ほほう、そうか。では、あなた達のポスターを見せて」
「は、はい」
そう言ってゴードンとカイルは自分たちのポスターを見せた。
「素晴らしく綺麗ねサンダラーのポスターは、私たちのように破れているのとは違うわ」
「はい、印刷には気を遣いました」
「新品で素晴らしいわね。でも、どうしてかしら剥がされたのなら、どうして剥がされた跡が無いの? 私たちブレイクのポスターのように、端が剥がされて破れたような跡が無いの?」
追求されてゴードンは黙った。
「自分の罪を人になすりつけて、保身を図るとは士官としても紳士としても最低ね」
「こ、これは」
「黙りなさい! 上官に対して虚偽の報告を行うなど軍法会議ものよ」
ぴしゃりと言ってゴードンは黙った。
「まあ、ミスタ・クロフォードの対応も良しとは言えないわ。双方共に悪い」
「そんな私は海軍士官としての義務を果たしただけです」
「私も海軍士官として行動したまでです」
「でも、それじゃあ二人とも納得しないでしょう。なので後日、海軍士官として相応しい任務において優劣を決めることとします」
「しかし……」
「良いわね」
「……はい」
ゴードンの抗議をクリスが押さえ込み認めさせた。
その後は、サンダラーの水兵達も追い払い、仕切り直しとした。
ちなみにポスターは、ブレイクがサンダラーの欠員の多さを考慮して、お情けで譲って上げるという形に落ち着いた。
「残念だったわねカイル」
後から合流したレナがカイルに言う。
「まあ、能力が低い奴にはハンデを渡したと思う事にするよ」
「相変わらず可愛げが無いわね」
「ゴードンにそのまま渡した方が良かった?」
「そんな事したら海にたたき込んでいたわ」
レナの事にカイルは縮み上がった。
「でもミス・クリフォードは凄いわ。あのゴードンを黙らせるんだから。海尉という階級を見せる前にあの迫力で黙らせるんだから」
「まあ、二人の事を考えるとね」
カイルは遠い目をしながら呟いた。
「なに? あの二人の間で何かあったの?」
レナが興味津々といった感じで尋ねてくる。カイルはどうしようかと一瞬考えたが、有名な話しであり、そのうち知るだろうと考えて真相を話すことにした。
「クリス姉さん、いやミス・クリフォードはゴードンの元許嫁だよ」
「え……」
思いがけない単語にレナは固まった。
「二人はいずれ夫婦になるの?」
「まさか、破断になったから、元許嫁って言ったんだよ」
「ゴードンが振ったの?」
「いや、三年くらい前かな。二人の結婚が正式に発表される時だったんだよね」
フォード一族と言うことでその場にいたカイルは良く覚えていた。
婚姻が発表されて、二人が一緒に来たとき、その事件は起きた。
「俺はいずれ提督になる男だ。提督夫人になれることを感謝しろ」
と当時、二度目の海尉心得だったゴードンがクリスに言い放った。
それに頭にきたクリスが言い返した。
「ならあなたより早く、あたしが提督になってやる」
といって、集まっていた来賓の中にいた戦列艦艦長の下に行き士官候補生に志願した。
「許されたの?」
「フォード一族では自分の進路を決めるのは本人という不文律があってね。その場で宣言されたら誰も止められないよ」
で、その後、士官候補生となりカイルのアドバイスを受けつつ候補生を過ごし、半年前に行われた最初の試験で見事合格した。
だが、その時一緒に受験したゴードンは落ちた。
「元許嫁に後から入られて、一発合格で追い抜かれたら立場が無いわね」
「そうだね」
そのため、酷く荒れたことをエドモントから聞いた。
そんな事だから、一生候補生止まりではないかとカイルには思える。
「まあ、そんな関係だから、ゴードンはクリス姉さんに頭が上がらないんだよ」
「ゴードンが大人しくしてくれると良いんだけど」
「それは無理じゃないかな」
だからこそクリス姉さんは、勝負という形で何かをゴードンとカイルを競わせようとしているのだろう。
巻き込まれるカイルにはたまったものではない。
しかし、ゴードンの鼻をあかせる機会が得られたのは、望外の喜びであり、全力を尽くそうとカイルは心に誓った。