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測量

 イコシウムの占領は直ぐにマグリブ諸国に伝わりエウロパ各国は外交攻勢を行った。

 海賊行為を止めなければイコシウムの二の舞になるぞ、と。

 異教徒という事もあり、イコシウムでは上陸部隊による略奪行為も行われたとの情報も各地に流れている。

 海賊と変わらないが、エウロパ各国には海賊行為に対する正統な懲罰行為だと宣言した。

 要するに、お前達がやったことを、こちらはやり返しただけだ、と言ったのだ。


 次はお前達の番だ。


 残ったマグリブ諸国に伝えたが、残りの各国は曖昧な回答しかしなかった。

 海賊達の海賊行為によってもたらされる財貨で財政を立てていたので、止めようとはしなかった。


「イフリキアを占領する」


 航平のいた世界でチェニスにあたる場所で、マグリブの中心国家だ。

 当然、海賊の数も段違いであり、被害額も多かった。

 合同艦隊でも攻略対象の一つに上がっていたが、国力相応に、あるいは奪った財貨相応に防御が堅いため損害が大きくなると言うことで、外された。

 イコシウムを占領することで交渉材料あるいは脅迫材料にして海賊行為を止めさせよう、という合同艦隊の目論見は外れた。

 しかし、イコシウムを簡単に攻略出来たことで、イフリキアも占領できると合同艦隊司令部は考えた。

 そのため、再び大艦隊が編成され出撃して行く。




「おーい! クロフォード! タウンゼント!」


 イフリキア占領に出撃して行く戦列艦サンダラーの甲板からゴードンが、ボートに乗るカイルとレナに声を掛ける。


「これから俺はイフリキアに向かう。お前達はそうやってボートで遊んでいるのがお似合いだ。その間に俺は功績を立てて昇進してやるよ」


 見下した態度と声を残して、ゴードンの乗ったサンダラーは北に向かって走り続け外洋に出ると東に進路を変えて出撃した。


「一寸良いのカイル、あんな事言わせておいて」


 出撃していくサンダラーに敬礼を終えた後、レナはカイルに言う。


「良いよ、言わせておけ」


 あんな態度だから何度も任官試験に落ちるのだ。今度も落ちるだろう。


「あいつには戦時昇進しか道は残されていない」


 試験に受かる見込みが無いのであれば、戦場で武勲を得て特別昇進するしかない。なので戦闘が予想されるイフリキアへの攻撃にゴードンは張り切っているのだろう。


「参加したくないの?」


「まあ、あまりやり過ぎるのもね」


 一方、カイルとレナの乗るブレイクはこのイコシウムに残る事を命令された。

 攻略戦では、先遣隊として偵察と上陸援護をしたので休んでおけ、という司令部からの粋な計らいだ。

 もっとも、実態は上陸援護という功績を立てたブレイクに、これ以上功績を立てさせたくない、という司令部のやっかみから出た命令だった。

 そのため、ブレイクはイコシウム周辺の防衛と哨戒を命令された。

 その一環としてカイル達はボートを出してイコシウム周辺の測量を行っている。

 ボートに乗って出ているのも、水深を測り水路を見つけ出すためだ。


「こんな仕事よく真面目に出来るわね」


 水深を測るのは、簡単だ。

 錘の付いたロープを垂らし、海底にぶつかるまで下ろして行く。海底にぶつかったら、出て行ったロープの長さを測る。その後ロープをたぐって回収する。錘の底には油脂が付いていて、海底に沈んでいる物を付けてくる。

 それで海底が砂か、泥か、岩か確認する。

 海底の地質によって、錨綱の抵抗の大小が変わって、船が漂流するか否かが変わる。また船が座礁したとき安全か否かが解るので、必要な作業だ。

 この作業を、場所を変えてひたすら行うのだが、単純作業の繰り返しでつまらない。


「真面目にやんないとね」


 そんな作業をカイルは文句を言わず、寧ろ言われた以上に完璧にこなそうとしていた。

 測量前にイコシウムの特徴的な地形、ランドマークを見つけてその場所を測量し、目印にする。

 それも三箇所。

 そうした準備を終えてから作業に入った。

 水深を測る前に必ず、その三点までの方位を確認して位置を確定するという念の入れようだ。

 そのデータ処理も凄い。

 測定する数値は切りの良い数字、水深五メートルとか一〇メートルでは無く一二メートルとか一八.七メートルなどの数字だ。それらの数字を元に水深を五メートル単位で推測し、等高線のように海図へ記入している。

 数字だけを記入するこれまでの海図よりカイルの作る海図の方が見やすい。

 しかも、ランドマークに使った三点を機材の到着次第、天体観測、木星の月食と月距法の併用で位置を確定させる念の入れようだ。

 おまけに、イコシウムの港の一角に壁で囲った池を作り、何処からか見つけてきた銅管を海と繋いで、潮位計まで作って補正に使っている。

 海図は干潮を基本とするので、潮汐計の数値で補正することは大事だ。

 普通は陸までの大体の距離と方位を計るだけだが、カイルは本当に念を入れている。


「偏執的ね」


「船乗りにとって、海図は命綱だからね」


「こういう仕事こそゴードンにやらせるべきじゃないの?」


「僕はレナほど、ゴードンを信じていないから出来ないよ」


「どういう意味よ」


「レナは出来るの? ゴードンが測量して出した数値を元に出来た海図を使って、艦を操れる?」


「よし、がんばって作業を行おう。キチンとした海図を作らないと航行できないわ」


 レナは俄然やる気になって作業を続ける。

 地味だが本当に必要な作業だ。

 海図に不備がある、もしくは海図のない海域を航行して暗礁などに乗り上げて失われた船は数多い。時には、歴史さえ変えてしまう程だ。

 有名なところでは、明治の始まりに起きた箱館戦争の旧幕府軍旗艦開陽丸だろう。

 当時日本最大最強の軍艦であり、諸藩の連合でしかない明治新政府軍のどの軍艦よりも戦闘力のある艦だった。

 この艦が有る限り、明治政府は北海道に手が出せないハズだったが、江差へ陸上軍の援護を行っているとき、暴風雨によって漂流し座礁した。

 結局、海上戦力の大半を開陽丸に頼っていた旧幕府軍は、劣勢となってしまい、箱館戦争で敗北してしまう。

 もし、まともな海図さえ有れば、漂流せず座礁しなかったのではないか、という説もある。

 開陽丸さえ健在であれば明治政府は手出しできず、そのまま箱館にもう一つの政府が出来ていたかもしれない。

 軍艦は戦闘が任務だが、それ以前にまともに航行できなくては意味が無い。それを支えるのは海図であり、それがま正確かつ精密である程よい。

 なのでカイルは手を抜かずに海図の作成を行う。

 太陽が昇っている間、カイルはずっと洋上で測深と測量を続けた。

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