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闇夜の遠泳

「着いたぞ」


 作戦部隊を載せたボートが目的の地点に到着し、指揮を執っていたエドモントが伝える。

 見張り台から離れているが、泳ぎ切れる距離。

 灯台の方角も確認して、計画した出撃地点と寸分の間違いも無いことをカイルも認めた。


「樽の準備は?」


「何時でも行けます」


 マイルズが樽を叩いてカイルに示した。

 彼らは全員黒い薄着を着ている。肌色で見つからないようにするため、あとナイフや火打ち石などの個人携行物を入れておくためだ。

 出来れば伸縮性があり、身体にピッタリフィットするウェットスーツのほうが水の抵抗が少なくて泳ぎやすいのだが、ゴム製品が無いので多少の布の垂れ下がりは許容する。

 一方レナの方は青ざめていた。

 泳げないのに闇夜の海に入るのだ。その恐怖は、想像を絶するだろう。


「レナ、樽にしっかりとしがみついて放すなよ」


「勿論よ!」


 恐怖で声を震わせながらレナが答える。


「ウィルマも離れるなよ」


「はい」


 そう言ってロープの準備をしてウィルマに結びつけた。


「さて、衣服は可能な限り薄い物にしたから動きやすいと思う。闇夜なのではぐれる可能性が高いが。見張り台に向かって泳ぎ続けろ。目標の浜辺が見つからなかったら右方向にある攻略部隊の上陸予定地点を目指せ。以上だ」


 失敗した場合、攻略部隊が上陸中に敵からの襲撃を受ける可能性が有る。

 いや絶対に受ける。

 しかし、上陸作戦は既に決定事項であり、カイル達の成否にかかわらず遂行される。例え、どんなに損害が出ようと上陸してくる。敵の攻撃を受けようと。

 だが、見張り台を占拠し敵に見つかるのを遅らせれば、被害を受けやすい上陸時を安全にする事が出来る。成功すれば被害は最小限で済むだろう。

 なので決して失敗できない。

 かといって、はぐれた時の事も考えないと不味い。だからその場合もカイルは考え、伝えておいた。

 ブレイクの上で何度も伝えていたが、改めて伝えて理解しているか確認する。

 全員の理解度が十分だとカイルは判断して命じた。


「作戦開始」


 カイルが命令を下すと次々と部下が海に入っていった。カイルもウィルマと自分を結ぶロープを確認して海に入る。

 多少冷たいが、凍えるほどではない。平泳ぎで軽く泳ぎ始め、水と自分の身体の状態を確認する。

 大丈夫だ。服が多少張り付くが、泳げないほどではない。

 一晩中使い、自分たちで縫って用意した甲斐があった。

 帆の修繕や破けた服の修理などで針を使用するので船乗りは基本的に針仕事が得意だ。服の縫製など簡単だ。

 カイルは後ろのウィルマがきちんと付いてきているか、ロープの抵抗を確認しつつ泳いで行く。

 だが、その抵抗が突然無くなった。

 慌てて、反転し浮かんでいるウィルマに手を伸ばす。


「大丈夫か!」


 カイルは不用意にウィルマに近づいてしまったが、声を掛けるとじっとしていた彼女は頷いた。

 おぼれかけた人間に不用意に近づくのは危険だ。パニック状態に陥って、空気を吸おうと海面へ、いや海面から離れようともがく。その時、何でもする。物に掴まって上に登ろうと浮き輪やボート、時には救助に来た人間さえも。

 映画『タイタニック』でヒロインが海に投げ出された後、見知らぬ乗客が上に乗っかり、ヒロインを沈める代わりに自分が呼吸をするシーンがあるが、悪意からでは無く、本能的にやるからだ。

 なので下手に溺れる人間に近づいてはいけない。カイルは失念して近づいたが、幸いウィルマはパニックに陥っておらず、カイルの言うことを聞いていた。


「いいかい、君の右腕を僕の右脇に入れて胸を通して左肩を掴むんだ。左腕は左脇から右肩を掴む良いね」


 ウィルマはこくりと頷くとカイルの身体に腕を通した。

 溺れた人間を運ぶ泳法はあるが、今は作戦中で速度を落とす訳にはいかない。そこでウィルマの身体を密着させカイルの背中から上に顔を出させることで、呼吸をさせつつカイルが平泳ぎで陸を目指す。

 ロープの結び直しも考えたが、外れた原因が分からない状況では、また外れるかもしれず出来ない。なので密着状態で行く。


「いくよ」


 背中でウィルマの頷く動きを感じ、カイルは泳ぎだした。

 頭を出したまま泳ぐので遅くなるが、浜には遅れずに済みそうだ。ウィルマも大人しいので無事に行けると思った瞬間だった。


「!」


 背中に何かが吸い付く感じがカイルの脳髄に届いた。

 何というか触手というか、柔らかい軟体の長いものが背中を触る。一瞬ウツボかと思ったが、次の瞬間、何かが吸い付いてきた。

 タコかイカかと思ったが吸盤の大きさが違う。

 悲鳴を上げたくなる衝動を抑えつつカイルはウィルマに尋ねた。


「ウィルマ、何かくっついている?」


 頭を横に振る気配を感じた。

 じゃあ何がいるのだ、と思っていると再び背中を舐めるような感覚がカイルを襲う。

 背中から首筋を通り、後頭部に這い上がってくる。


「!」


 カイルは無言で全速力で泳ぎはじめる。体力の温存と参加者の様子を見るため、遅めに泳いでいたが、そんな事は言っていられない。猛速力で泳ぎ浜に着くと上陸し、ウィルマを下ろした。


「ウィルマ……何か背中にいるか」


「いない」


 舌で上下の唇を舐めつつウィルマは答えた。結んでいたロープを確認すると断面が綺麗だ。ナイフのような刃物、彼女が持っているようなナイフで切られたみたいだ。

 何があったか、ウィルマに小一時間ほど問い詰めたい。

 だが、尋ねると余計に精神的に不味いという予感がカイルの頭を過ぎり、互いに見つめ合うだけだった。


「何やっているよ。エロガキ共」


 見つめ合っている二人を不機嫌な声で切り裂いたのはレナだった。


「あ、レナ、大丈夫……」


 カイルは、これ幸いにと気遣う声を掛けたが、直ぐに後悔した。

 顔を真っ青にして目の据わっているレナが怖かったからだ。


「大丈夫じゃ無いわよ」


 暗い海の中を樽にしがみついて、波に揺られながら、上陸するというのは、泳げないレナにとって拷問だった。その恐怖と不安は、言葉に出来ない。体験者だけが、知ることの出来る恐怖だ。

 そんな恐怖体験をしていたのに、二人でイチャイチャしているのがレナの怒りに触れた。


「何か楽しそうね」


 皮肉をレナが言う。

 カイルは戸惑っているだけだった。

 だが、ウィルマの方は満更でもないようだったので、言い訳も通じそうに無い。


「と、とにかく、作戦通り、樽の中身を出して着替えて」


 指揮官としてカイルが命じると、直ぐに参加者達は運んで来た樽を開け始めた。

 中から、乾いた衣類と乾いた布。小銃、拳銃、火薬、サーベル、ナイフ、ランタン、蝋燭など、作戦に必要な物を取り出す。そして、各自星明かりを頼りに出てきた物を装備して行く。

 準備が終わって、全員が装備を調えるのを確認してカイルは口を開いた。


「よし、僕が先頭に立つ。マイルズとレナは後方で締めてくれ。順番はマイルズが指示しろ」


「どうして後ろなのよ」


「夜目が利くかい?」


 カイルがレナに尋ねるとレナは黙った。

 エルフであるカイルは夜目も利くし、音にも敏感だ。前方に出て敵の有無を確認する必要がある。

 なのでカイルは先頭に居た方が全体の役に立つ。


「それに後方というのは信頼できる人材じゃないとダメなんだ」


「何で?」


「歩くときは前を向くからね。後ろを見る事が出来ないので、脱走される危険があるから」


 行軍において警戒するべきは敵の次に味方だ。

 脱走されないように常に士官や信頼できる熟練下士官が後ろで列全体を確認しないと不味い。

 特に敵地で脱走されると危険だ。敵に捕まって部隊の存在がバレると不味い。


「と言う訳で、後ろにいてね」


「そう言われたらそうするしか無いけど」


 そう言ってレナは渋々後ろに付いた。

 更にマイルズがステファン、ジョージ、ウィルマ、他多数の順番を指示し、一行は前進を開始した。

 幸い、夜間の岩場と言う事もあり人影は無く、順調に移動して見張り台の前に到着した。

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