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潜入上陸

 意外な事かもしれないが、アルビオン帝国海軍に所属する人員の大半が泳げない。

 海軍では水泳が出来ることを入隊条件にしていない。かといって水泳を教えることもない。

 寧ろ泳げない人間を歓迎している。

 何故泳げない人間を歓迎するかというと、泳いで脱走することがないからだ。

 志願兵はともかく、強制徴募で集められた人員の殆どは、機会があれば逃げたがっている。環境が劣悪なら尚更だ。

 もし泳げたら寄港したとき泳いで脱走されてしまう。

 だが、泳げなければ脱走する手段はボートのみ。

 下手に海に飛び込んだら溺れるだけだ。

 だから泳げない方が良い。

 これは航平のいた世界の英国海軍でも同じで、海洋冒険小説を読んでいると泳げない海軍士官キャラが必ずと言って良いほど出てくる。これはキャラ付けでは無く、実際に居たため雰囲気を出すためのキャラだ。

 さて、そんなブレイク乗員の殆どが泳げない。

 レナも泳げず、泳いで上陸すると言ったカイルの言葉に固まった。

 だが、何にでも例外というのはある。


「と言う訳で、上陸部隊のメンバーに選出されたぞ諸君」


 見張り台を制圧する特別部隊のメンバーをカイルは指名招集した。


「どうして私たちが?」


 ジョージが恐る恐る尋ねてくる。命令が下ったら、黙って実行するしかない。質問も反抗と見なされ刑罰の対象に出来るからだ。

 なので質問した時点でジョージを罰することが出来たが、カイルは許した。


「君達は泳げるだろう」


「いや、それほどでも」


「スピリッツを飲んでも溺れないだけの技量があるじゃ無いか」


 カイルの指摘にジョージは、黙り込んだ。

 強制徴募されたとき埠頭に追い詰められ、一か八か海に浮かんでいるボートに向かって飛び込んで泳いだ。だが、それはカイルの用意した待ち伏せ部隊で、哀れジョージ達は捕まってしまった。

 カイルがわざわざ埠頭に追い詰めたのは、逃げ道を無くすことと、泳げる連中をあぶり出すためだ。

 ワザと海への逃げ道を作っておいて、逃がし泳げる奴を捜し当てておく。そうした厄介者を特に厳重監視することが出来る。

 お陰で脱走者の多い最初の一月を、脱走成功者ゼロで乗り切ることが出来た。

 あと今回のような潜入作戦の時、泳げる連中を選抜しておく為でもある。


「諸君らは、あそこにある見張り台直下の砂浜に上陸。その後、崖を登りあの見張り台を占領する。成功すればグロッグの特配、それも三杯分が待っているぞ」


「本当ですか」


 カイルの言葉に全員が沸き立った。

 艦上での数少ない楽しみであるグロッグ。ラム酒を三倍の水で薄めたものだが、楽しみの少ない艦上生活において、一日に一杯配給される数少ない潤いだ。

 それが、三杯。

 しかもグロッグの割り当ては通貨の代用にもなる。厳しい仕事を肩代わりして貰うときの対価になるので、皆が目の色を変えた。


「私も参加します」


 そう言って前に出てきたのは予想通りというか、ウィルマだった。


「泳げるのかい?」


「……気合いで何とか」


「出来ない」


 カイルは、転生前にスイミングスクールに通ったり、高校でみっちり教わったので遠泳もお手の物だ。

 なので水泳に関しては結構、知っている。

 水泳はやり方を知らなければ溺れるだけだが、一度覚えれば非力な人間でも泳げる。それこそ、陸上では非力で体育がブービーだった航平でも水泳のみはクラス内でトップスリーに入るほど速く泳げた。

 ウィルマにもしっかり教えれば泳げるようになるが、時間が無い。


「今度、教えてやるから、今回は待っていろ」


 そういったとき、ウィルマがカイルの上着を掴んできた。

 通常なら上官への暴行で逮捕されるが、まるで小さい妹が兄の服の裾を掴む感じで、掴まれたカイル自身も暴行とは思わなかった。


「だから」


 なおも掴んで放さないウィルマに言い聞かせようと視線を合わせた瞬間、彼女の子犬のような瞳を向けられて、カイルは黙り込んだ。

 彼女の視線は、カイルを黙らせるだけで無く見えない圧力、魔法とも違う圧力が、そのつぶらな瞳から放たれており、カイルの意志を徐々に崩していった。


「……」


「……」


 ウィルマに色々と言い聞かせる説得の台詞が頭の中に浮かんでいたが、彼女の瞳の前に次々と消えて行く。それどころか彼女の強い意志がカイルの中に流れ込んでくる。


「……」


「……わかった……連れて行くよ」


 カイルが許可した瞬間、彼女の周囲に花が咲いたり、星が輝いているようにカイルは見えたが、水兵達も後になって同じものが見えたと、口を揃えて証言した。


「でも、どうやって連れていくのよ」


 隣にいたレナが尋ねた。


「まあ、ウィルマぐらいだったら、僕が背中に背負って泳げるよ」


 多少、工夫が必要だが、小さな少女一人ぐらいなら連れて泳いでいける自信がカイルにはある。

 転生前も泳いでいたし、転生後も機会を見つけて泳いでいる。

 ただ泳ぐだけでなく、着衣水泳や装備や人を担ぐことを想定して泳いだりした。

 なのでウィルマ程度なら連れて泳いで行ける自信はある。


「他は自分で泳いで」


「私も行く」


 訓示するカイルに割り込むようにレナが覚悟を決めた顔で断言した。足が生まれたての小鹿のように震えているが、カイルはあえて突っ込まず尋ねた。


「けどレナは泳げないでしょう」


「気合いで」


「無理でしょう」


 泳ぎ方を知らないのに、夜間の水泳、それも遠泳は無謀だ。レナが入ると作戦が失敗する可能性が高くなるし、最悪溺れ死ぬだけだ。


「じゃあ、カイルが背負って」


「二人は流石に無理だよ」


 いくらカイルでも二人を引いて泳いで行くなど体力的に不可能だ。


「じゃあ、私を連れてって」


「あー」


 カイルはレナの全身を見て答えた。


「無理」


 次の瞬間レナの拳骨がカイルに炸裂した。


「何するんだよ」


「あたしのこと重いと思ったでしょう」


「まあ……」


 目を逸らしながら、カイルは肯定した。

 カイルより四歳も年上でそれだけ成長しているのだから重いに決まっている。

 高い身長に、武術で鍛え上げた贅肉のないスラリとした身体をしているが、出るところは出ているボリュームのある体つき。

 確実に重いだろう。

 そう思っていると再びレナの拳がカイルに炸裂した。


「男なら頑張ってやりなさい!」


「無理、確実に三人纏めて沈む……」


 流石に二人の余計な重量に耐えられる自信はない。

 いくら知識と精神が成長していても、体つきは人間の十歳と変わりない。むしろ劣る。

 エルフが種族的に人間より非力と言うこともあり、二人を同時に引っ張って泳ぐなど無理だ。


「だから、参加は無理……」


「俺たちが運びます!」


 カイルがレナに宣告しようとした時、作戦参加者のほぼ全員が一斉に手を挙げて立候補した。


「え……」


 だが今度はレナが顔を引きつらせる番だった。

 どうせ、連れて行く時、しがみつけと言って身体で身体を堪能したり、おぼれかけていると言い張ってあらぬ所に腕や手を伸ばしていくのが目に見えている。

 レナも流石に、欲情しかけている連中に身を預ける気はしなかった。


「おお、そんなにいるのか」


 だが、カイルは渡りに船とばかりに彼らに指示を下した。


「なら、レナは物資を詰め込む樽に乗っかって行くと良い。お前達は、その樽を引っ張るんだ」


 武器や火薬、替えの着替えを濡らさずに運ぶために樽を用意している。その樽を引っ張って上陸する予定であり、レナにはその一つに掴まっていれば、溺れることはないし呼吸も出来るだろう。

 士官一人で指揮というのは結構キツいので、一人増えるのはカイルにとっても有り難く、レナに来て貰う事にした。


「むー、わかった……」


 レナは不満顔だったが、納得してくれた。ただ、後ろの志願者達は、落胆していた。

 カイルは彼らを無視して、作戦を伝達した。


「出撃は明日夜。ボートで見張り台に接近し、満潮前に出発。見張り台直下の浜辺まで潮の流れに沿って泳ぎ上陸する。何か質問は? 無ければ今夜中に各自装備を準備し確認して樽詰め。明日は夕食後休養をとり、日付が変わると共に行動開始。満潮前に泳ぎだし目標に向かう。幸い、明日の天候は晴れるだろうし、延期する訳にはいかない」


 既に攻略部隊を載せた船団が到着し展開を始めている。

 艦隊の一部はイコシウムへ侵入する構えを見せて牽制と陽動を行っている。最早、作戦中止には出来ない。何時天候が崩れるか解らないし、船団に乗った攻略部隊の食料が消費されて行くので何時までも洋上に待機させる訳には行かない。

 決行するしかないのだ。

 こうして作戦が始まった。

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