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夜襲

「明日、もう一度攻撃するぞ」


 その日の夕方、浜辺でフジールが宣言した。

 攻撃で部下が死んだし、財貨を十分に手に入れていない。連中を攻撃しようと息ましている。


「待て、これ以上攻撃するのは危険だ。丁度引き潮だし、このまま船に乗って撤退するべきだ」


 だが、アンは反対を述べた。


「今夜九時頃には引き潮になる。それと共に出航するべきだ。幸い、太陽はまだ沈む時間じゃ無い」


 秋口だが、高緯度帯の為に日没は遅い。九時くらいならまだ明るい。岬などにランタンを持ち込んで目印にする必要があるが、出航は可能だ。


「目の前の獲物を置いて行くのかよ」


「ここは敵地だ……。あまり長居をするのは危険だ」


 敵地という言葉を苦しそうに言うアンは必死だった。このまま残っていたら、脱出の機会を逃すのでは無いか。最近は数カ国が合同で哨戒に出ている。幾ら広い海でも、連中と出会う可能性がある。

 先日もフリゲートに接触している。

 幸いこちらの数が多く追撃したが夜陰に紛れて逃した。しかも、味方の一隻とはぐれている。彼らの動向も気になっており捜索に行った方が良いと考えた。


「だめだ。目の前の獲物を置いて逃げることが出来るか」


 だがフジールは頑なだった。その態度にアンの機嫌は悪くなる。


「その獲物を捕らえるチャンスを逃したのはお前達だろう。火ぐらいで逃げやがって」


「仕方ないだろう。連中俺たちに油を掛けてきて火を付けたんだから」


 アンの一言で場の雰囲気が一挙に悪くなる。


「あたしが作ったチャンスをフイにしておいて」


「お前がいなくても、あそこは落としてみせる」


「ならお手並み拝見だ。あたしの船は出させて貰う」


「勝手にしろ。けど、連中の財貨は俺たちが貰う」


「良いぜ、これまでの分で十分だ」


 捨て台詞を残してアンは、席を立って自分の船に戻っていった。




「二隻いる内の一隻が出て行いきまさあ」


 河口に居る海賊達を見張っていたマイルズが報告した。


「丁度引き潮の時間だからな、脱出するには、良い機会だ」


 帆船に自ら動く動力はない。風と潮を利用して出航するしか無い。

 満潮から干潮へ変化する引き潮の時に船を出せば、潮の流れを使って簡単に外洋に出られる。舵の効きは悪いが、流れを上手く使えば問題無い。

 しかし、上手く船を出している。

 高緯度地域で、日が長いとはいえ、日が落ちようとしているが、大丈夫だ。

 危険な岩場にはボートを出してランタンを付けて目印にしている。


「丁寧な仕事はアンの白百合海賊団だな。慎重で状況をよく見ている」


「知り合いなの?」


 隣にきたレナがカイルに尋ねる。


「白百合海賊団のアンとメアリーは有名だからね。女海賊のコンビなんてそんなにいないし」


「もう一人居るの?」


「そうだよ」


「どんな奴らなの? 特にアンは?」


「元イスパニアの士官だよ。トラブルを起こしたので脱走」


「脱走?」


「決闘で相手を倒したんだけど、相手の友人が敵討ちだと言って闇討ちした。だがアンが返り討ちにして殺したんだ」


「別におかしく無いでしょう?」


「倒した相手が実の兄だったんだよ」


「へ?」


 思わぬ単語にレナは驚いた。


「どうして解らないの? 実の妹の名前を忘れるなんて」


「イスパニアは女性士官を登用していないからね。名前を偽り男として入隊したんだよ。だから解らなかったんだ」


「それは……悲劇ね」


「全くだ。けど、兄を殺してしまったんだ。親族殺しは重罪だからね。アンは直ぐに脱走してバタビアの植民地へ逃走して、そこでも軍隊に入ったんだ」


「やっぱり軍隊に入るんだ」


「潰しが効かないからね軍人なんて。それに植民地は原住民の反乱とかで人手不足だし、傭兵の募集なんて各所でやっているから。今度も偽名で簡単に入れた。で、とんとん拍子に昇進していくんだけど、昇進しすぎた上に有能すぎて上官に認められてしまってね」


「良い事じゃない?」


「良い事でも状況によっては最悪の事態だよ。アンが将来有望と見た上官が見初めちゃって、自分の一人娘のメアリーと結婚させることにしたんだよ」


「……アンは女でしょう」


「バタビアでも女性は軍隊に受け入れていないからね。ここでも男と偽ったんだ」


「アルビオンかガリアに行けば良いでしょう?」


 アルビオンとガリアにも傭兵部隊の部門があり、そこは女性を受け入れていた。


「アンの家は海軍の家柄なんだけど、アルビオンとガリアの小競り合いで親族が亡くなっていてね。女性良しでも、仇敵の軍隊に入る気はないみたい。で、結婚前夜に再び脱走」


「悲惨ね」


「まあ、そうなんだけど。脱走途中にメアリーに見つかってね」


「連れ戻されたの?」


「いや、連れていってと言われて仕方なくアンは彼女と一緒に逃亡。逃げ乗った船が海賊に襲撃されたけどアンがキャプテンを返り討ちにして海賊団を乗っ取った。以降、白百合海賊団として活動する」


「……波瀾万丈というか。けど襲って来た海賊を乗っ取るなんて」


「全くだ。無茶と言えるね」


「ところで、一隻残っているけど」


 浜の近くに残っている一隻を見てレナが尋ねる。錨も上げていないし、帆も畳んだままだ。


「ここを落とすのを諦めていないようだ」


 財宝でもあると思っているのだろうか。まあ、無くても人がいるから奴隷として売ることが出来る。

 

「よほど欲が強いみたいだね」


「夜襲される?」


「いや、敵地で夜襲は危険だ。攻撃してくることは無いと思うよ」


 奴隷を無傷で捕らえたいと考えているなら夜襲はあり得るが、先の攻撃を見る限り抵抗する連中を皆殺しにするつもりだろう。

 防御が硬いのも警戒しているのも見せているから慎重に来るはずだ。


「多分翌朝、明るくなってから攻撃するはず」


 圧倒的優位な立場にいると考えているなら、じっくりと攻撃するはず。大砲も持っているのなら、陸上に置いて砲撃してくるはず。

 推論に推論を重ねている上、願望も多少混ざっているが、大きく違ってはいないはずだ。


「どうするの?」


「こちらから夜襲をかける」




 人間は、生理現象を無視して行動する事が出来るが、影響を大きく受ける。

 睡眠もその一つで、眠らずに活動することは出来るが、それでも寝ないという行為は、行動面で悪影響を与える。

 普段寝ている夜中、具体的に言うと午前三時頃は結構眠く、人間のパフォーマンスを低下させる。

 転生前の航海士時代、午前三時頃の当直は眠くて何度も居眠りしかけて船長に怒られたので、航平は身を以て知っている。

 海賊も大砲の周りに少数の見張を残して後は船に引き返している。

 ここに移動して、それから陸上戦闘。今日は疲れているのだろう。

 そこを狙って夜襲を仕掛ける。


「ねえ向こうも狙っているんじゃないの?」


 一緒にやって来たレナが尋ねる。


「向こうは疲れて眠っている。上陸しているけど見張りは多くない」


 妖精に尋ねてみたが、周りに人間は少ないようだし、自分で周りを見ても動きは無かった。カイルはエルフであり暗視、暗がりの中でもよく見ることが出来る。

 見張りの雑談を聞いたが、特に怪しい動きをしている様子は無い。

 見ず知らずの土地で動くことに警戒しているようだ。


「さて、作戦は伝えたとおりだ。マイルズ、復唱しろ」


「海兵隊の援護の下、水兵は大砲に接近し火薬樽と砲弾二発を強奪。その後、残った火薬樽を爆破する」


「そうだ」


「でも良いんですかい? 大砲を使用不能にしなくて。釘はありますぜ」


 大砲の火門、通火孔に釘をハンマーでたたき込めば、キリで再び穴を開けない限り、大砲を撃つことは出来ない。


「良いんだ。今回は大砲の破壊じゃ無くて、火薬を吹き飛ばす事に意味がある」


「どういう事ですか?」


「説明は作戦後にする。兎に角、火薬を爆破させる。火薬樽と砲弾を奪えないときは火薬を吹き飛ばすから、撤退の合図である号笛の音がした後、十秒で海兵隊が撃ち狙う手はずになっている。鳴ったら直ぐに逃げ出せ。暗闇ではぐれたら、陽が上がるまで待機。夜が明けたら廃村に戻ってこい。以上だ。何か質問は? 無ければ、総員掛かれ」




 カイルの立てた夜襲作戦は成功した。

 暗闇の中、突然の奇襲を受けて海賊達は混乱し、中には同士討ちを始める者も居た。

 その中でカイル達は目的の大砲の元にやって来て、火薬樽と砲弾を確保する事に成功した。そして、予定量を強奪するとカイルは号笛を吹き鳴らし、総員撤退を開始。

 そしてきっかり十秒後、海兵隊がマスケットで火薬樽めがけて撃ちまくり引火、大爆発を起こした。

 付近にあった大砲が爆風で吹き飛んだり、テントや装備が飛ばされたが人的被害は少なかった。


「野郎……許さん!」 損害報告を受けたフジールは怒り、明朝の攻撃を決意したが、日の出と共に海から新たな来客があった。

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