白兵戦
「やろう! まだ生きていたか!」
銃撃を受けたことにフジールは怒る。
「このまま一気に潰せ!」
だが石垣が崩れたと言っても土手が残っており、それが邪魔をした。
進入口へ入るが、またもバリケードが築かれており、それが行く手を阻む。乗り越えようとしてもバリケードに取り付いたところへ銃撃を受けるため乗り越えることも出来ない。
「ええい! 下がれ!」
部下達が倒れるのを見てフジールは怒鳴った。
「連中が下がって行きます」
「見張りを残して全員休んでくれ」
マイルズが報告するとカイルは命じた。
「結構持つのね。石垣が無くなっても」
「まあ、こちらには銃があるから」
石垣は銃が無い時代、簡単に村に接近してきた敵を阻む為の施設だった。だが、大砲の発明により簡単に石垣を破壊できるようになった。おまけに石垣が破壊されたときの破片が守備兵を襲撃して怪我を負わせる。
そのため石垣は廃れていったが、石垣を支える土台部分、盛り土の部分は分厚く強固だ。
砲撃を受け止めるくらいに。
だから、石垣を破壊すると余計に防御力が上がる。
海賊が砲撃してくる間は、石垣の奥に隠れて砲撃を耐える。
海賊が上陸して接近してきたら石垣の後、予め作っておいた銃撃用の台に登って銃撃する。海賊船は大砲を持っているが味方を巻き込むような砲撃は出来ない。
なので砲撃を気にせず、接近してくる敵を排除すれば良いだけだ。
「根性の無い連中ね」
出番の無かったレナがサーベルを片手に愚痴っていた。万が一廃村跡に侵入してきた時に抜刀隊を率いて排除するのが彼女の役割だったが、海賊が入ってこないので活躍の機会は無かったあ。
「引き返してくれるのなら大歓迎なんだけどね」
カイルがそう言っていると、海岸の方で動きがあった。
海賊達がボートを使って大砲を砂浜に持ち込むと、こちらを砲撃してきた。
「伏せろ!」
海の上の船からとは違って数は少ないが、至近距離と言うこともあり正確な砲撃を加えてくる。
おまけに襲撃部隊と連携して砲撃してくるので下手に顔を上げられない。
大砲の援護もあり、海賊達はすぐさま進入口に取り付いてバリケードの排除に入った。
「撃ち殺せ!」
バリケードに取り付いた連中に向かって銃撃する。
カイルもマスケット銃を持ち、射撃に参加する。
撃った後、腰の弾薬箱から薬包を取りだし鉛玉の入った部分を噛みちぎる。出てきた薬を火受け皿へ入れて蓋をする。残りは銃口に入れ、口の中の鉛玉を続けて落とす。
残った薬包を銃口に入れて鉄製の槊丈で突き固める。
平野なら、銃全体を地面で叩いて固める事が出来るが、打ち下ろすため、押さえの薬包を入れる必要がある。
これが無ければ、一分間に四発撃つことが出来るのだが、この作業のために二発が限界だ。
そんな面倒な作業をこなしつつカイルは思った。
……なんでホーンブロワーの世界なのにシャープやっているんだろう。
転生前に見ていたドラマを思い出して、頭の中で愚痴る。
同じ時代を扱った作品だが海軍と陸軍では大違いだ。海軍は陸上戦闘の機会もあるので、こういう銃撃戦があっても不思議でも無いが、臨時に軍医をやらされていたので船上作業以外の事をやると、このまま続いてしまうのでは、という恐怖が込み上がってきている。
だが、今は戦闘中。そうした雑念は、込めた弾と一緒に吐き出してしまおう。
と、カイルは海賊の一人に狙いを定めて撃とうとした。
「させるか!」
だが、その瞬間を見計らったかのように土壁を海賊は登ってきた。頭上高くカトラスを振り上げて銃撃しようとするカイルを斬り殺そうとする。
「やらせない!」
それを止めたのは、レナだった。サーベルを抜いて海賊の斬撃を受け止めた。
そしてレナは気が付いた。
「女?」
「あんたもでしょう」
カトラスを横薙ぎに振り、海賊はレナと距離を取った。
レナは不用意に攻めることはしなかった。崩れて侵入しやすくなっていると言っても土手は足場が悪く、素早く登れない。それを登ってこれたのはは身体捌きが優れている証拠。剣術も腕が良いと判断して、下手に攻めなかった。
「白百合海賊団キャプテンのアンよ。あなたは」
「アルビオン帝国海軍士官候補生レナ・タウンゼント」
「レナ、良い名前ね。墓碑に刻んで上げるわ」
アンがカトラスを担ぎ突き刺すようにレナに浴びせる。レナは紙一重の所で避け、一気に近づいてアンの胴をなぎ払う。
だが、アンは身体を一気に落とし、レナの刀身の真下をくぐり抜けつつ、体勢を崩しながらレナに斬りかかる。
だがレナもその場でジャンプしてカトラスを避ける。
その後も互いに剣を打ち込み、跳ね返す。
「やるわね」
「あなたも」
「とっとと勝負を付けて!」
二人が剣を交えているとカイルが叫んだ。
「そう簡単に倒せる相手ではないわ」
レナは舌なめずりをしながら答えるが、カイルは叱った。
「そうやって射撃ポイントで暴れることで俺たちが攻撃できないようにしているんだよ」
「え?」
その言葉でレナが周りを見ると、確かに海兵隊員と水兵が自分たちを囲んでいるが銃を撃てずにいた。下手に撃てばレナに当たってしまうし、外への射撃に邪魔な場所にいる。
銃撃が無くなったので海賊達がバリケードに殺到して排除しようとしている。
レナと勝負する事でアンは、海賊達をバリケードに取り付かせることに成功していた。
「しょうが無い。ウィルマ! やるんだ!」
そう言ってウィルマに命じてバリケードの上から油を撒かせた。一樽分の油が無くなったところで、松明に火を付けてバリケードに投げ込むと盛大に燃えた。
海賊隊達は燃え上がる炎を見て恐れをなして、後退していった。
「ちっ、失敗か」
仲間が侵入できずにいることに気が付くとアンは身を翻して土手を降りていった。
「あ、待ちなさい!」
「逃げる敵は放って置いて」
追いかけようとするレナをカイルが押しとどめる。
「逃げ帰りました」
見張っていたマイルズが報告した。他の海賊も火と煙に紛れて逃げている。
「状況が不利だと判断したら直ぐに撤退とは。流石、白百合海賊団のキャプテン、アン」
「知り合いなの?」
「まあ、白百合海賊団のアンとメアリーは有名だから」
「もう一人居るの」
「そう。あとで話すよ。被害状況は?」
「燃やす予定のバリケードが燃えて、負傷者が数人出ました。いずれも軽傷です」
「まあ上々だな」
死者が出ないだけ良かった。外には海賊の遺体が放置されている。かたづけたいが、海賊との交渉は難しそうだ。放置しか無い。
「この後どうしますか?」
「もうすぐ夕方だ。今日はこれ以上攻めてくることは無いだろう。念の為、バリケードが鎮火したら元に戻して同じように燃やせる準備を。見張は最小限に抑えて皆を休ませろ」
夜間での襲撃は厳しい。完全な奇襲だった昨夜はともかく、今夜はこちらも警戒しているし無理に攻めてくることは無いだろう。
「けど、毎回バリケードを燃やす事は無いんじゃ無い?」
レナがサーベルを片手にカイルに尋ねる。
「心配ないよ、ちゃんと後ろにもう一つのバリケードがあるから」
周辺の木々を使って敵が来る方向へ、柵を斜めにして枝を向けた簡単な物だった。
逃げてきた村人を総動員で動かして短時間作り上げた。安普請だが、それでも十分な防御力を持っている。
それを各進入口にそれぞれ二つ設置して海賊を撃退できるようにしている。
「でも、律儀に毎回燃やす必要は無いんじゃ無いの? 放火魔なの」
「まさか。寧ろ船乗りだから火は苦手だよ」
船乗りは基本的に火に気を付ける。船は巨大な可燃物だからだ。
船を作るのは木で燃えやすいし、風を受ける帆は布製でこれも燃えやすい。何よりロープと滑車は滑らかに動かすために油脂を付けていて良く燃える。
これは軍艦であっても変わらず、船というのは巨大な可燃物で、舵を起こそうものなら簡単に燃える。なので火の取り扱いに関して厳しく規則で決められているし、船乗りも注意しているし、火に関して恐怖を抱いている。
その心理を利用して彼らを退けるのに使っていた。
「他にも理由があってね」
カイルは、軽く言って指示を出した。
「さて、食事にしよう。今日は歩いたし、戦ったし腹が減っている。材料をけちらずにたっぷり食べよう」
「大丈夫なの? 食料足りないでしょう?」
「そんなに長い時間、籠城するつもりは無いよ。それより、動けなくなる方が危険だ。食事は通常の配給と同じ量を。ただし残さないように」
食料は豊富にある訳では無いが、食べないと力が出ない。
かといって残すような量を配給する必要も無い。
それでも食料の管理、分配量と保管状況は自ら見た。
転生前、航海士時代に外国人のコックがやたらと豪華な食事を連日提供していたが、分量を間違えて航海半ばで使い切り、残り半分をカップ麵と非常食で凌ぐという悲しい経験があったからだ。
部下を監視するようで心苦しいが、本能的な義務感があり、行わなければ気が済まなかった。




