撤退戦
「シケた村だな。ろくな物がねえや」
バルバリア海賊のリーダーの一人フジールが、村の広場に集められた財貨を見て悪態をつく。
「こういう村にはそんなに物が無いのは解っていただろう」
呆れ気味に言ったのは短髪黒髪の女海賊アンだった。
元はイスパニアの士官だったが、訳があって逃走。海賊となり、白百合海賊団を結成。新大陸で暴れ回った。
今はバルバリア海賊の元に来て活動している。
「あんまし文句を言うな」
「言っていないよ。分け前として食料とか貰うよ。残りの財貨は好きにしてくれ」
そう言うとフジールが喜んだ。
アンは、新大陸方面で行動していた海賊だった。しかし、各国の取り締まりが厳しくなったので、海賊仲間の伝手でバルバリアにやって来て客分として迎えられた。
客分とは言え、のんびりするのではなく積極的に海賊行為を行っていたが、最近の取り締まりの強化で碌に出られなくなった。
そんな中、フジールが陸上への襲撃を提案して来たので、成り行きで手伝うことになった。あまり非協力な態度をとっていると、向こうに襲撃される可能性もあり、参加することになった。
何より、異教徒の国のため、食材の補給が限られるので、補充したいところだった。
だからアン達には食料だけでも十分な収穫なのだ。
「お頭。村の連中、山の方へ逃げていきましたぜ」
「どこだ」
部下の報告を聞いて、逃げ出した連中の方向を見た。
「ふむ、何かお宝を隠しているのか」
「そんな余裕があるとは思えないが」
「いや、人間大切な物を持って逃げようとする。連中はかなり価値のある奴を持っているはずだ。何より奴隷として売れる」
フジールの言葉にアンは呆れた。かなり、自己中心的に言っている。更に元は同じエウロパの住人が奴隷となるのは、心苦しい。
だが彼らの元にいるのだから、止める事は出来ない。
「お前ら、連中を追いかけるぞ! 続け!」
「海賊共がやって来ました」
「欲の皮が突っ張った奴らだな」
増援が来るのを恐れて、引き返すと思ったのだが、思いの外、財貨への執着が強い。
「バリケードの準備は?」
「整っています」
尾根へ通じる道は斜面を横切るような形で作られている。その尾根へたどり着く手前に周りの木を切り倒して作ったバリケードを作っていた。
こちらは尾根の影に隠れつつ装填できるが、連中は何も無い場所へ突っ込むことになるので一方的に攻撃できる。
「村人は?」
「まだ降りている最中です」
村人があの廃村まで逃げ込むまでの時間稼ぎを行う必要がある。
海賊の方が体力もあり足も速いので、老人や子供の居る村人だと遅い。このままだと海賊に追いつかれる。
「戦闘は不可避か」
カイルは、覚悟を決めて命じた。
「射撃用意!」
カイルの合図で海兵隊員が銃を構える。
海賊達は道なりに進んでバリケードまでやって来た。
「撃て!」
カイルの命令で射撃。海賊達十数人に銃撃が降りかかる。
「ぎゃっ」
数人が負傷して叫ぶ。
「やっぱり命中率が悪いか」
ライフリングの無い前装銃では命中率が低い。おまけに単発なので連続して攻撃が出来ない。しかも打ち下ろしなので、弾が動かないように薬包を銃に詰める必要があり、射撃速度が遅くなる。
案の定、数にまかせて山道を突進、バリケードに取り付き、破壊活動を行う。
「ステファン!」
「あいよ」
カイルの指示でステファンは準備していた松明を持つと、バリケードに向かって投げた。
松明はバリケードに命中すると燃えだした。予め油を掛けてで燃えやすくなっており、生木をそのまま使ったこともあって煙を出して燃えだした。
これには海賊も怯み後退する。
「撤退!」
その隙にカイルは撤退を命令。村人を追いかけて後退して行った。
「なんて様だよ」
フジールは撤退してきた部下の報告を聞いて呆れた。
「それが赤服どもがいやがったんですよ」
「アルビオンの連中が?」
アルビオン帝国の海兵隊は有名だ。艦上戦闘のみならず、上陸戦などで活躍しておりアルビオン陸軍共々、恐れられている。
「それだけ重要な物を持っているんだろうな」
「そうとは限らないぞ」
フジールの横にいたアンが注意をする。
「たまたま補給で上陸しただけかもしれない。下手に決断を下すのは危険だ」
「黙れ!」
フジールはアンにくってかかった。
「こちとら獲物が少なくて気が立っているんだ。少しでも奴隷や財貨を手に入れないと干上がってしまう」
あんたらの金遣いが荒いだけだろう。
アンは内心ツッコンだ。一神教のジブリール教では、酒を飲むことを禁止しているが、結構な人数が呑んでいる。他にも奴隷を侍らす、貴金属を身につけるなどの事を行うから、すっかんぴんだ。
更にここ最近、各国の哨戒活動が厳しくなり、大蒼洋へ出ていく事が出来ず、商船を捕らえることが出来ない。
少しでも収入を得ようと、陸上への襲撃を行いつつある。
「ここは、もう止めるべきだ。引き上げた方が良い」
「目の前の獲物を諦めきれるか! 連中は何処へ行った?」
「尾根の向こうです。襲おうとしましたが廃村らしき石垣に入ったので攻めています」
その時、尾根の向こうから煙が上がった。
「攻め込んでいるようだな。よし、船を出して攻撃するぞ。今なら夕方の上げ潮に間に合う」
「待て、下手に入り江に入ると行動できなくなるぞ」
「なに、夜の引き潮で出て行けば大丈夫だ。それまでに片が付く」
そう言い切るなりフジールは、自分の船に戻っていった。
「やれやれ」
本当ならフジールの事など放っておいて自分だけ離れたいが、客分の身では仁義を立てる必要があり、付いて行くしか無い。
もっともある程度果たせば、出て行く事にしている。あとはそのタイミングを計るだけだとアンは考えた。
「何攻めあぐねているんだ」
尾根から伸びた岬を回り込み、廃村のある入り江に入ったフジールは、攻めあぐねている部下を叱った。
「朽ちかけた廃村にどれだけ手こずっているんだ」
「ですが、入り口を固められており、バリケードもあって突破出来ません。しかもバリケードを越えようとすると火を放ってきて被害が」
「ふむ、それぐらいなら問題無いだろう」
そう言うとフジールは、部下達を廃村から下がらせると自分の海賊船に戻り砲撃を命じた。
密林で見えにくいが、廃村が有ると思われる方向に向けて砲撃を行う。
アン率いる白百合海賊団の船にも廃村への攻撃を命じる。
「朽ち果てた廃村など、砲撃で破壊してくれる」
十数分後、砲撃を終えたフジールは、再び上陸し廃村に向かって前進を開始した。
先ほどまで密林に覆われていた廃村の一部が見えてくる。石垣の多くが損傷し地肌が見える。大砲が効果を発揮して石垣をあちらこちらで破壊している。
「ふん、やはり簡単に破壊できたな」
崩れた石垣を確認したフジールは再び部下を上陸させ廃村に向かわせた
だが、接近すると廃村から銃撃を受けた。