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ポスター貼り

 海賊討伐の為に出撃準備を始めるサクリング海佐率いる六等艦ブレイク。

 そこに配属されたカイル達だが乗員の募集から始めなくてはならない。幸いにもサクリング艦長の人徳で多くの乗員が集まり始めており定員近くまで増えてきた。

 だが、カイルの元に配属されたのは、エルフが災いの種だという迷信を信じるマイルズだった。

 最初の仕事として、港に上陸して各所に乗員募集の貼り紙を出す作業を命じられ、実行しているが、彼らにどうもやる気が感じられない。

 仕方なくマイルズに水兵が集まる酒場に貼るように命じたが、動きが目に見えて遅い。早くするように急かしたが、信用されておらず動きは相変わらず遅い。


「大丈夫なの?」


 同じく候補生のレナが尋ねてきた。彼女にも下士官兵が配属されていたが、レナの容姿や性別もあって比較的従順な連中が多かった。


「まあ、指揮しないとね」


 やりにくさを感じるカイルだが、上官としてやっていかないといけない。


「あんなごろつき共相手に大丈夫? 鞭打ちを命じる?」


 海軍に置いて規律は絶対であり、違反者へは厳しい刑罰を科す。配給の減少から足かせ、むち打ち、営倉、縛り首など、重いものが多い。

 命令の不服従には鞭打ちを行うことになる。


「いや、僕が信頼されていないことも原因だよ」


「舐められると事よ」


「大丈夫。手荒い連中には慣れているから」


 そう言って、転生前の航海士時代の事を思い出した。

 かつては船舶保有世界最大級を誇った日本。船員の殆どが日本人だったがプラザ合意後の円高で人件費が高騰した為、外国人の船員を多く乗せるようになった。

 特に外航船では顕著で少数の士官以外は全て外国人と言うことも少なくない。

 カイル、航平の乗っていた船もそうで、フィリピン人が多かった。

 彼らは気の良い連中だが、単純でちょっとした事で自分が侮辱されたと感じたり、逆上すると、直ぐに暴力行為や、殺人を行う。

 かつて、私用で衛星電話を使った事を問い詰めた航海士が逆上されて、刺されて海に捨てられた事件があった。事件を耳にして以来、航平はそういうことに気を付けていた。

 それはカイルになってからも変わらない。


「まあ、何とかするよ」




「なあ、マイルズ」


「何だステファン」


 ポスターを貼っている部下のステファンが呼び捨てで話しかけてきた。彼とは昔から同じ船に乗り同じ班で暮らした仲だ。統率力のあるマイルズが昇進してもそれは変わらず、私的な付き合いでは階級差は無かった。


「何でエルフなんかの言うことを聞いているんだよ。早く追い出してしまえよ」


「艦長にああ言われたらしょうが無い」


 エルフの事は怖いがサクリング艦長に心酔しているマイルズは、命令を受けては頭から否定する事は出来ず、恐る恐る従っている状態だ。


「なんなら、ここで殺そうか」


 ステファンがナイフを取り出して見せてみた。


「止めろ、船の上とは勝手が違う。それにエルフなんて得体の知れない奴相手だ。慎重にしろ」


「初対面でエルフを虚仮落とした下士官マイルズ様とは思えない言いぐさだな」


「相手の出方を見ることも必要だ」


 それに下士官がビビっているところを見せる訳にはいかない。足の震えを抑えて、空威張りしてでも大勢の前でああ言っとかないと、後々の統率に問題が起きる。


「良し、ここは貼り終わったな。次に行くぞ」


 そう言ってマイルズ達が立ち去ろうとしたとき、背後で音が響いた。




 暫くして、酒場の方から騒ぎの音がカイル達の耳に聞こえた。


「何が起きたの」


 不思議に思っているレナを置いて、カイルは駆け出した。

 そして、直ぐに酒場に入り込むと水兵達が乱闘を行っていた。


「何をしているんだ!」


 カイルが大声で叫ぶと水兵達は声の主を見て手を止めた。士官のネイビーブルーの制服を見て訓練によって刷り込まれた服従心によって本能的に従った。


「士官に対する敬礼はどうした!」


 更にカイルの一喝で、水兵達は慌てて立ち上がり姿勢を正して、敬礼した。

 そして、大勢の水兵が気が付いた。エルフが士官候補生の服を着ていると。

 だが、カイルは動揺が広がる前に命じた。


「何が起きたか、説明したまえ、マイルズ」


 服が乱れたマイルズは、それを直さず直立不動の姿勢で答えた。


「はい、ミスタ・クロフォード。我々が募集のポスターを貼り終えた後、サンダラーの水兵達がやって来て我々のポスターを剥がして、自分たちのを貼り付けたのであります」


「そうなのか、サンダラーの諸君?」


「我々は命令に従ったまでです」


「誰のどんな命令だ」


「騒がしいな」


 そう言って入って来たのは、サンダラーへ転属していったゴードン・フォードだった。

 前の乗艦フォーミダブルで最先任の候補生をしていたのだが、性格が悪く、力が強い名門一家の嫡男という事以外何の取り柄も無い嫌な奴だ。

 カイルも虐めの洗礼を受けて、毛嫌いしている。

 出来れば一生会いたくないくらいに。他の艦に転属していってホッとしていたが、再び会うとは運がない。


「何があった」


「はい、ミスタ・フォード! ブレイクの連中が我々の行動を邪魔したので排除しようとしたのですが、そこの士官服を着たエルフに邪魔されました」


 サンダラーの下士官がゴードンに報告した。その無礼きわまる文言にカイルは怒った。


「私は正規の士官名簿に記入された正式な士官候補生だ。君の名前を伺おうか。上官侮辱罪で軍法会議にかけられたいか」


「私の部下を勝手にいたぶるのは止めてくれないかクロフォード君」


「ミスタを付けて下さい。ミスタ・フォード」


 士官若しくは客人には、ミスタを付けて呼び合うのが習わしだ。それを意識的に排除したのは、よほど親密か悪意かのどちらかだ。


「失礼したミスタ・クロフォード。海軍の行動を邪魔するような士官が居るとは思えなくて」


「私は命令と慣習に従って行動しておりました。最初にポスターを貼ったのは我々です」


 乗員の募集を行うときのポスターは最初に貼った者が優先される。見栄えが良く人の目につく場所は少ないからだ。そのため、場所の取り合いがしょっちゅう起きるので、暗黙のルールが出来た。その一つが、最初に貼った者が優先。後から来た者が剥がすのはルール違反だ。


「我々のポスターを剥がさないで下さい」


「我々は三等艦で乗員が多い。乗員の少ない六等艦の雑魚が手広くポスターを広げるな」


「艦の大きさは関係ありません。確かに艦長の人徳宜しく乗員は志願でも集まっているのは確かです。粗暴で無能な上官のいる艦より集まるのは当然です」


「俺が粗暴で無能だというのか」


「ご自覚があるのでしたら、それが事実なのでしょう」


「貴様! 謝れ! エルフの分際で俺を愚弄するな! 謝れ!」


「拒否します。私は何の非もございません。貴方方が掟破りのポスター剥がしを行った事に抗議しているのです。寧ろ謝罪は貴方方が行うべきです」


「先任候補生への態度がなっていないぞ!」


「恥知らずに対する態度はこれが正しいのです」


 売り言葉に買い言葉だったが、カイルとしても引く気にはなれない。前世でいじめっ子に虐められて泣き寝入りしてきたから、転生しても同じ事を繰り返したくない。


「このエルフ野郎が」


 そう言ってゴードンがサーベルを抜こうとした。

 サンダラーの水兵達もカトラスを抜いて応戦しようとした。

 一方のブレイクの水兵も、カイルを守ろうとカトラスを抜こうとした。

 酒場は戦場と化そうとしている。

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