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山中の村

「ど、どうするのよ」


 海賊船が現れてカイル達を海岸に置いて出航したブレイク。

 その姿を、海岸で見ていたレナが尋ねてきてカイルは答えた。


「こうなったら、ブレイクが勝つように祈るしかない」


「祈るだけなの」


「それも不味いか。勝つと信じて、自分たちに出来ることをしよう」


 そう言って、自分を見ている部下達、自分の班とレナの班、そして海兵隊員を見渡して伝えた。

 自分の年齢の倍、海軍にいるマイルズがいるが、今は入隊して数ヶ月のカイルが最先任だ。例え、十歳のカイルでも士官候補生という階級と、レナより上という先任序列が、彼を指揮官にしてしまう。

 そして、誰にも命令されず、この場の最高指揮官として状況を把握し、部下を指揮しなければならない。

 誰にも教えられる事無く、正解すら存在しない、いや状況に応じて正解が変わる問題を解くという困難な事だ。

 だが、カイルは冷静だった。こんな事は日常茶飯事だ。

 海の上では絶対などない。晴れていてもいきなり嵐になる可能性が有る。天気予報で晴れでも雨の可能性もあるし、足の遅い台風がいきなりダッシュして追いついてくることもある。

 その時、予想を外した者を責めることなど、無意味でしか無い。

 その場で最善と考えられる行動を行い船を救わなければならない。

 それが航海士、船乗りというものだ。

 カイルに転生して士官候補生になった現状も同じ。

 彼らと共に生きて脱出するのが、カイルが行うべきと判断した任務であり、その指揮を執らなければならない。


「ブレイクが勝って引き返すまでなんとしても無事に生き残るぞ。とりあえず水樽は廃村の一角に隠しておけば、水の確保は大丈夫だ。必要なのは食料と寝床の確保だ」


 カイルはサバイバルで必要な事項を思い出しながら言う。

 万が一の遭難に備え、ある程度の知識を有している。何より、海の冒険小説や、歴史の探検航海の記録を読んで、サバイバルに必要な知識は覚えている。


「とりあえず、この辺りの海図によると、そこの尾根を越えたところに村があるらしい。そこまで歩いて移動する。何とか日暮れまでにたどり着けるだろう」


「海岸から離れるの?」


 不安そうにレナが尋ねた。


「ブレイクが引き返してくるのに二、三日はかかるだろう。それまでずっとここに何の装備も無く留まる方が危険だ」


 半日で帰投することを目的としていた為、テントも無い。食料は精々食いつないで一日分だろう。精々ボートに積んである帆走用の小型マストと帆を使って、小さなテント、それも全員を収容できない奴を作る程度だ。


「風雨を避けるために、尾根を上がって、奥地の村に向かう。ブレイクが来ないかどうかは尾根から海が見えるので大丈夫だ。食事を摂ったら出発するぞ」


「よくこんな時に食べられるわね」


「食べないと、力を発揮できないからね」


 そう言ってカイルは、ミス・サトクリフからもらった箱を開けると


「……」


 無言のまま 閉じた。


「さあ、出発だ。時間が無い。食べずに行くぞ」


「待ちなさい」


 あまりの変わり身の早さに、レナが突っ込む。


「何仕舞っているのよ」


「いや、これは」


「私の分も入っているんだから、寄越しなさい」


 そう言ってレナはカイルから箱を奪い取ると蓋を開けて


「……」


 絶句した。

 マイルズ達が覗き込むとバターやチーズでラブとか、サラミがハート型に切られていた。つまり愛妻弁当に近い状態になっていたのだ。

 レナは全員に見られてレナは顔を真っ赤に染めた。


「あ、あんた達! 見ていないで早く食べなさい! 飲まず食わずで歩かせるわよ!」


 そう言って、自分のぶんを取り出して口の中に入れて証拠隠滅。

 更にカイルの口の中に入れて、水で流し込む。


「ふう、食事終了」


「ひひょい」


 口の中に残った食材を咀嚼しつつ、カイルは涙目でレナを非難した。危うく喉に食べ物を詰まらせる所だったが、ウィルマが水を持ってきてくれたお陰で死なずに済んだ。




「尾根の向こうにある村に向かって、前進開始!」


 カイルはそう言うと部下達を率いて尾根を上り始めた。

 幸い、廃道に近いが道らしい物が尾根に向かって伸びている。尾根の植生などを見ても尾根を登れるようなので、歩いて行く。


「ねえ、大丈夫なの?」


「心配しないで、山登りは慣れている」


 意外かもしれないが、カイル、航平は山登りが得意だ。

 現役航海士時代、海から見える山をランドマークとして、航路の基準に使っていたが、海図の上からだとハッキリと認識できなかった。

 そこで実際に山に上り、山頂見える風景を覚え、周りの山や半島の位置を実際に確認した。

 すると、今まで海図上で平面だった山が立体的に見え、具体的に脳内で把握できるようになった。

 以降、航平は海に近い山を中心に、休日を山登りに費やした。

 基本的にソロ、登山道を単独登山するのが航平のスタイルだ。道に迷ったり、見つけられなかった事はあるが、他に迷惑をかけたことはない。精々大阪の天保山で迷った時に地元の山岳会に助けを求めただけだ。

 転生してからも領地の山や小高い丘を登り、地形の把握と山登りの技術向上に努めている。

 なので山登りは得意だった。

 地形を把握してカイルは先頭に立って登って行く。

 そして、一時間も掛からずに尾根に登ることが出来た。


「ブレイクと海賊船が戦っているな」


 尾根から見るとブレイクと海賊船三隻、合計四隻が東、沖合に向かって走っている。


「風下側で少し不利だな」


 帆船同士の戦いでは風上を取った者の方が自由に位置取りが出来る。三隻に風上を取られたら、ブレイクを標的にして、互いが援護し合い、逃げ道を塞ぎながら攻撃をかけ続ける。

 この場合は風下の利点、自由に逃げ出せると言う利点を最大限に生かして逃げるしかない。

 なのでブレイクを外洋に逃がしたサクリング艦長の判断は正しい。

 だがそれは、ブレイクは沖合に出て行くことになり、カイル達を収容することは両一日中には出来ない。


「どうなるの?」


「日が沈む前に戦いを仕掛けるか、日が暮れてから夜陰に乗じて位置を変えるかだね」


 不安そうに尋ねるレナにカイルは答える。

 海賊船の方が大型で門数も多いし、自分たちに人員を割いている。

 サクリング艦長は闘争心が強いが、あえて不利な状況で戦うほど愚かでは無い。

 夜陰に紛れて隠れて、翌朝優位な位置に付いて襲撃する事を選ぶだろう。


「全ては明日に決まる」


 夜が明けたとき、何処にいるかが勝負になる。


「とりあえず、夜明け前に見張を出すことにしよう」


「妖精魔法とか使えないの?」


「使えるけど精度がね」


 カイルはエルフなので妖精の声を聞こえる。

 だが、それだけだ。

 妖精の知能が低いので当てにならない。

 風や雲の様子は答えてくれるが、船の様子や大きさも答えられず、漠然と材質を言うだけだ。

 前に試しに丘を隔てた先に船が居るか尋ねたら、木の塊があると聞いて見てみたら大きな流木だった、という事例が多く、カイルは妖精の言うことを天気の状態のみに限定してた。そのうち、精度を上げようと考えているが、妖精魔法について知っている人間がいないので先行き不安だ。


「使えないのね」


「何にも言えない」


 レナの言葉に何も反論できずカイルは命じた。


「その前にあの村に行こう」


 そう言って尾根から見える村を指してカイルは言った。

 山間の一角に村があった。丁度、尾根が突き出て、海からは見えない位置だ。


「さあ、もう少しだ歩くよ」




 カイルはそう言って、部下達を村に向かって歩かせ、到着した。


「ようやく着いた」


 レナは村に着くとホッとして本音を漏らした。


「待って、もう少ししゃきんとして」


「どうして?」


「交渉しないとね」


 そう言ってカイルはイスパニア語で村長に会わせるように村人に言った。

 最初はエルフと言うことで怯えていた村人達だったが、カイルが必死に説明し、アルビオン海軍の士官服を見せて正規士官であることを伝える。

 その説得が通じ、村長を名乗る初老の男性が出てきて、交渉を始める。


「あー、やっぱり」


「どうしたの?」


「軍票だとダメだって」


 軍票とは軍用手票のことで各軍が発行する小切手であり戦地での支払いに使う。現金を使わないのは自国通貨の流出防止と、戦争後にその通貨が戻ってきて自国経済を混乱させないためだ。

 だが、換金できるかどうかは、その国の状況によるため、自国の勢力圏下でなければ受け取りを拒否される事が多い。


「どうして? イスパニアも艦隊を出しているでしょう」


「積極的じゃ無いけどね」


 イスパニアとアルビオンは微妙な関係だ。

 イスパニア政府は海賊退治にアルビオンが艦隊を出している事は喜んでいるが、ザ・ロックの領有権を巡って争っており、下手をすると戦争になりかねない。

 村長もそれを知っており、不渡りになりかねないアルビオンの軍票を受け取り拒否していた。


「折角、海賊を退治しに来たのに」


「しょうが無いよ」


 そう言うとカイルはいつの間にか金貨を出して村長に見せた。

 その金貨を受け取った村長は、指を五本出してカイルと話し合うが、カイルは指を二本出す。

 村長は四本の指にしたがカイルは三本の指を出して、ようやく交渉は妥結した。


「はあ、金貨三枚で納得してくれたよ」


「何処から出したの? その金貨? それもシュビーツの金貨を」


 エウロパ大陸内陸にある山国、シュビーツ。

 大国に囲まれた永世中立国として存在を許されている。

 交通の要衝であり、そのため各国が貿易を行う為に金融業が発達しており、その通貨は高い信用を得ている。


「父さんが持たせてくれたんだよ。ベルトと一緒にね」


 そう言ってカイルは自分のベルトを見せた。


「そういえば、あなたの身体に比べてベルトが結構大きいわね、皮も厚みがあるし」


「この間に金貨が二枚入れられる様になっているんだよ。万が一、金貨が必要になったとき、ベルトを身につけておけば出せる。財布を狙われて盗られてもベルトは盗られにくいからね」


「なるほど、頭良いわね」


「海軍士官は海外に出るからね。で、いつも支援を受けられるとは限らないから」


 単独で行動する事は無いが、何かの拍子ではぐれて単独行動を行う必要が出てくる。また小部隊では何かと補給が必要になるので、中立国の金貨を隠し持っておくのが良いとされる。

 金貨の輝きでカイルは村長との交渉を成立させ、宿兼酒場、その裏にある納屋を借り切った。

 酒場の台所で周辺農家から買った野菜や肉、果物で食事を作り、夕食にする。食べ終わると歩哨を決め納屋に水兵達を寝かせ、自分たちは宿の部屋で休むことにした。


「ベットに入り込んでくるなよ、エロガキ。それとウィルマを連れ込むな」


「そんな事しないよ」


「ふん! どうだか」


 そう言って二人は別々の部屋に別れて眠り込んだ。

 だが、夜半に銃声が鳴り響き、二人はたたき起こされた。

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