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給水上陸

 修理と補給を終えたブレイクは、ザ・ロックを出港し再び哨戒活動に入った。

 場所はイスパニアの南東部、東西に延びていた海岸線が北に向かう場所だ。風は今は南西から吹いており、航海は順調と言えた。

 だが、その艦上の雰囲気は以前とは違った。

 何しろ指揮の一端を担う候補生の二人が、険悪だからだ。

 エルフながら熟練士官のように指揮を取るカイル・クロフォード。

 赤髪紅目の女性士官レナ・タウンゼント。

 良くも悪くも目立つこの二人の仲が悪くなったからだ。

 前の航海の終盤から悪くなり、ザ・ロックでは乱闘騒ぎまで起こした。

 それがずっと尾を引いており、艦上の雰囲気は悪かった。

 二人とも、当直の時の引き継ぎなどで最低限の会話をするだけで、視線を合わせる事も無い。

 それを見て周りの乗組員も居たたまれず、悪い空気が流れていた。

 艦長であるサクリングも悩んでいたが、命令して直せるようなものでは無い。

 そのため、ある命令を出した。




「クロフォード候補生、タウンゼント候補生、出頭しました」


 カイルとレナはサクリング艦長に呼ばれて艦長室に出頭した。


「ご苦労」


 申告したカイルと、視線を合わせようとしないレナを見て、小さく溜息をしたサクリングだったが、顔を上げて命令を下した。


「船倉の水樽が鼠にかじられて流出した」


「え」


 それを聞いたカイルは焦った。

 周りは海で大量の水があるように見えるが、全て塩を含む海水だ。海水を飲むと塩分の過剰摂取により、細胞の浸透圧などが変化して身体の機能に悪影響をもたらし、最悪死に至る。

 かといって水を摂取しないと脱水症状で死ぬ。

 だから船倉に積み込んだ水樽は船の命綱だ。


「ザ・ロックで補給したのでは?」


 疑問に思ったレナが尋ねた。

 ザ・ロックから出港して間もないのに、危機的な水不足になるのだろうか。鼠にかじられたという突発的な事件が起きたとはいえ、補給を行っているのに不足するのだろうか。


「大艦隊が寄港中で、ザ・ロックでは水が不足しており、十分な補給が出来なかった」


 そう言われてカイルは納得した。

 半島にあるザ・ロックは水を得にくい。半島は大河などが流れてこないため、水が不足しやすい。何とか地下水を使ったり、雨水を溜めたりしているが、大艦隊が来ると不足しやすい。

 そのため、ブレイクへの配給が制限されたのだろう、とカイルは推測した。

 また、水樽は船倉近くに収容され、バラストの補助も務めている。あまりに水が少なくなると艦のバランスが崩れて転覆する可能性も有るので、できる限り補充しておきたい。

 イスパニアの港に寄港してもアルビオンの関係を考えると補給してくれるか疑問なので頼りに出来ない。


「そこで、水の補給の為に上陸隊を編成し、水を汲んできて貰う。その指揮を二人に執って貰いたい」


「私たちが」


 思わず命令にレナが尋ね返した。


「復唱はどうした?」


 反論を許さないと言った態度でサクリングは命じた。


「はい、クロフォード候補生、タウンゼント候補生は、上陸隊を指揮し飲み水の補給を行います」


 カイルが復唱して答えて、二人の指揮が決定した。




 翌日、イスパニアの本土に近づいたブレイクは、北へ延びる海岸部にある河口の近くに停泊する。上陸にはカイルとレナの指揮する班員と海兵隊を加えた編成だった。


「上陸隊の編成終わりました」


「よし」


 レナがカイルに報告した。一応、カイルが先任なので指揮し上陸を行う。


「水汲みとは言え何が起きるか解らない。油断しないように」


「ああ、貴方たち」


 カイルが上陸隊に訓示をしているとミス・サトクリフがやって来た。


「上陸するなら持っておゆき」


 そう言って蓋の付いた箱を渡す。


「向こうで昼になるだろうから食べなさい。ホラ水兵と海兵さん達の分もあるよ」


「こっちは?」


 そう言って渡された小振りの箱の中身を尋ねた。


「あんた達は士官だからね。士官様用の特別食」


「いえ、そういうわけには」


 確かに食料は少数だが持ち込む。だが、直ぐ帰る予定だし余計な荷物を持ちたくないので水兵と同じ物を食べる予定だ。レナもそのつもりで特別な物を食べるような事は考えていない。


「そんな事を言わないの。あんた達は士官なんだから、それに合った待遇を受けなさい」


「でも……解りました」」


 カイルは、それでも拒否しようと思ったが、ミスタ・サトクリフが見ていたので受け取ることにした。物品管理の主計長を敵に回すのは得策では無い。翌日から食事抜きになりかねない。


「宜しい」


 満足そうに笑うミス・サトクリフから箱を受け取り、カイル達はボートに乗り込んで出発した。

 カイルはボートの後ろで舵を取って岸に近づく。河口には直接向かわず、近くの浜に進路を取り、接岸させた。

 河口近くは川の水と海水の層が上下に出来て、そこにボートを入れるとオールの力が上手く伝わらず、動けなくなる事がある。

 現代でも河口近くに停泊させると大型船でも動けなくなる事があるので、航海士時代は進路に河口周辺を通らないように設定していた。

 接岸させ岸の適当な倒木にロープを繋いで流れないようにしておく。

 その間に、船大工が再び組み上げた水樽――空になった樽は場所を取るので解体して保管しておく――を担いで河口に向かう。


「ねえ、あれは?」


 進んで行こうとすると、鬱蒼とした森の中に石垣が見えてきた。


「放棄された村みたいだね」


 廃村になった村跡のようだった。所々木や草が生えており、海からは見えなかった。


「防御を固めているのにどうして放棄された……」


 とカイルに尋ねたところでレナは思い出した。カイルとケンカをしていることを。

 なので途中で聞くのを止めて、サッサと川に向かった。


「急流まで上がって、滝のあるところが良い」


「何処でも真水は一緒でしょう? 奥だと水を運ぶのに苦労するわ」


「淀んでいるところには寄生虫とかが生息している事がある。流れの急な所なら、そういうのが生息しにくい」


「ああ、エルフの士官候補生様は、何でも知っているご様子で、それを生かして欲しかったなあ」


「当てつけか」


「ミスタ・クロフォード! 直ちに向かいます」


 険悪になった雰囲気をぶち壊すようにマイルズが割り込んで、話しかけた。


「ああ、頼むよ、マイルズ」


 一触即発の危機を回避させてくれたマイルズに感謝しつつ、送り出した。

 幸い廃村の近くに滝が見つかり、しかも所々に草が生えているが道も通じており、樽に水を入れても簡単に海岸へ運ぶ事が出来た。

 順調に水の補給をしているとき、海岸の方から砲声が聞こえた。


「何?」


「全員、海岸へ向かえ!」


 レナが戸惑っているとカイルは怒鳴って命じて、海岸へ走って行く。

 見ると、ブレイクが帆を広げて沖合へ向かおうとしていた。


「どうしたのよ」


「あれだ!」


 突然のブレイクの出航にレナが驚いていると、カイルは沖合を指差した。

 そこには水平線上に浮かんでいる船があった。


「あれは?」


「海賊船だろうね」


 投錨中の艦は非常に弱い。

 錨によって固定され動けず、沖合から砲撃を撃ち込まれて一方的にやられるだけだ。

 なので迅速に出帆する必要がある。


「私たちを置いて?」


「帰るのを待っていたら、やられるからね」


 カイルの呟きを証明するように、ブレイクは帆を広げ、上陸隊を置いて出航していった。

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