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叱責

『ふん!』


 警備司令部の監獄に入れられたカイルとレナは互いに顔を背けて座っていた。

 彼らの周りには同じ監獄に入れられた二人の指揮下にいる班員達が睨み合っている。

 本来なら別の監獄に入れるべきだが、水兵達が夜な夜な乱闘騒ぎを起こすため、収容施設が足りず、大監獄に纏めて入れるしか方法が無くなっており、このような状況となった。

 レナとしては、カイルにエールをぶっ掛けることで、自分の内のモヤモヤを出すことが出来て満足していた。

 ただ、直後にウィルマに殴られ、更に転がっているところにカイルがマウントで押さえつけ自分の顔を乱打したのが気に食わなかった。

 互いに大げんかしてスッキリしようとしたが、カイルの方が殴りすぎており、腹立たしかった。

 今顔を合わせると殴りかかりかねない。

 一方のカイルも同じで、もとは自分が無事に果たした任務、確かに班員を死なせて仕舞ったが、全体で見れば成功していた。それを否定されて頭にきたし、言いがかかりをかけてケンカを仕掛けてきたことに頭にきていた。

 だから顔を合わせたくなかった。

 二人の班員も大乱闘が途中で終わってしまい消化不良で互いに睨み合っていた。

 一応、カイルとレナの命令で止めているが、何時始まるか解らない。




「出してくれ!」


 そんな彼らを見て同じ監獄に入れられた他の収容者が鉄格子を掴んで訴えた。

 何時勃発するか解らない大乱闘に巻き込まれたくないので、必死だ。

 大半が酒に酔って酔いつぶれて、扉を突き破ったり、樽の山を壊した軽犯罪で収容されただけで、命を賭けた乱闘など真っ平な連中ばかりだ。

 鉄格子の中でも酔いつぶれていたが、カイル達が入って来て険悪な雰囲気を受けて酔いなど冷めた。しかも、片割れは災厄の象徴、エルフ。原始的な本能が危険を訴えており、逃げだそうと必死だ。

 だが、それを聞く人間はいなかった。

 見張の番人も、二人に関わりたくないので逃げ出した。

 収容したときは、自分たちも興奮状態で押し入れる事が出来たが、冷静になると二人の闘志や怒気に気圧されてしまい、しかも互いにぶつけ合って高めている。

 別の獄に入れ替えようと考えたが、話しかけることも出来なくなり、最後には逃げ出した。




「あなたたち、何をしているの?」


 幸いにも囚人と番人の恐怖は夜明け頃に終わった。

 事態を知らされたサクリング艦長が、クリフォード海尉を身元引受人として送り込んできて、カイルとレナ、その他一同を受け取らせた。

 そして監獄前で整列させると、クリスは二人に尋ねた。

 カイルとレナは何か言おうとして、互いを見やるが、視線が合うとそのまま顔を背けた。


「何やっているのよ。一から話しなさい。カイル!」


 幼馴染みと手紙を遣り取りした気安さからか、カイルから尋ねた。


「はい、ミス・タウンゼントがエールを掛けてきて頭にきたので殴って、床にたたきつけて殴り続けました」


「ミス・タウンゼント。なぜエールを?」


「はい、ミスタ・クロフォードが先の戦闘で私の部下を見殺しにした件で含むところがあり、掛けました」


「まったく……」


 クリスは頭を掻いて答えた。


「いい、貴方たちは士官なのよ。互いに連携して部下を統率しないといけないの。それなのに意見の不一致で下士官兵と一緒に乱闘なんてもっての他よ。今後しないように」


「しかし」


「いいわね!」


「……はい……」


 反論しようとしたレナだったがクリスの気迫に押されて黙り込んだ。

 その後は、全員クリスの後に続いて二列縦隊で市内を歩き、ブレイクへ戻っていった。




「馬鹿者!」


 艦長室でサクリング艦長の怒声が響いた。

 二人はブレイクに戻ると艦長室への出頭を命じられ、揃って説教を受けていた。


「お前達。自分のしたことを解っているのか? 乗組員の範となるべき士官が私闘を行うなどもってのほかだ。それも下士官兵と共にパブで大乱闘だと。貴官らは士官という職に対して泥を塗ったのだぞ!」


『申し訳ございません……』


 再びの叱責に流石に二人は堪えたようで、大人しく受けていた。


「それでどうしてケンカになったのだ」


「ミス・タウンゼントが自分の治療行為、というより優先順位に含むところがあったようです」


「ほう、どういう事だね。ミス・タウンゼント」


「はい、ミスタ・クロフォードは軽傷者の治療を優先し、重傷の私の部下を見捨てました。にもかかわらず……」


 そこまで言ってレナはその後の言葉が不味いことに気が付いて黙った。


「どうした」


 サクリングはレナを促した。


「士官ならば、堂々と述べよ」


 サクリングの言葉にレナは意を決して言った。


「自分で決めた事にもかかわらず、他の軽傷者を放置して重傷を負った艦長の治療を優先しました。それが士官らしからぬ行動であるように見え問いただしました。そしたら自己弁護を行ったので頭にきてエールを掛けました」


「ミス・タウンゼント……」


 サクリングはさっきと変わって穏やかな声で諭すように話しかけた。


「部下を持つ者として彼らに対して愛惜を掛けるのは正しい。そして失ったことを悲しむのも解る。だが、それはこの任務に就く者として誰もが共有しなければならないことであるし、経験する事だ。特に乗組員の上に立ち命令し、範となる士官はだ。それが自らの感情にまかせて、同じ任に付いている者を攻撃するなどもっての他だ」


「しかし」


「君の言いたいことはわかる。その任で一度決めたことを翻すのは、士官らしからぬと。だが、ここは海の上だ。常に風が同じ方向から吹いているとは限らない。風向きが変われば帆の向きを変えねばならない。つい先ほど変えたばかりでもだ。一度変えても二度と変わらぬのであれば、風向きが変わったとき艦は漂流するしかない。それが望みか? ミス・タウンゼント」


「……いいえ」


「宜しい。前言を翻すのは誰もが避けたい。艦長である私もだ。だが艦を守り任務を達成するためには、前言を翻してでも今の状況に合う命令を下さねばならない。部下達を救うために節を曲げる必要も出てくる。士官はそのような事の連続だ。候補生といえど、その状況から逃げ出すことは許されない」


「私が逃げ出したと?」


「自分の感情を処理できず、相手に八つ当たりしたのではな。それに乗ったミスタ・クロフォードにも非はあるが」


 サクリングは二人に言い聞かせた。


「感情の処理は難しい。外へ吐き出すことも時に必要だ。だが、その時と方法を弁えたまえ」


「……はい」


 二人とも黙って、頷いたのを見たサクリングは命じた。


「今回の騒動を起こした罰として両名に二十四時間の両舷直を命じる」

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