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酒場にて

 艦長が負傷し、艦の損傷も激しいので、フリゲート艦ブレイクはザ・ロックへ帰投することになった。

 ザ・ロックは、アルビオンがイスパニアから取った領土で滄海への入り口に当たる。

 巨大な一枚岩をくりぬいて作られた要塞に守られており、どんな大艦隊や大部隊から攻撃を受けようと、難攻不落であると言われていた。

 アルビオンは、この戦略的価値の高いザ・ロックを守るため拡張工事を続けており、今なお拡大中だ。

 建設されているのは要塞のみならず、軍港として必要な機能の充実にも努めており、海軍工廠、食料庫、海軍病院が設置されていた。

 ブレイクは海軍工廠の埠頭に横付けすると、直ぐに修理が始まった。

 サクリング艦長も海軍病院に収容されて治療が行われたが、カイルの手術は完璧に近い状態だった為、直ぐに退院し、現在は療養中だ。

 ただ、体力が有り余るサクリング艦長の快復力は凄まじく、二、三日で立ち上がれるようになり、修理完了と同時に再出撃すると宣言していた。




「君は私の命の恩人だ!」


 フリゲート艦に戻ってくるなりサクリング艦長はカイルを甲板に呼び出して、大声で感謝の言葉を浴びせた。

 他の乗員もカイルの献身的な治療と神業的な技術により助かった者も多く、口々に賞賛していた。

 一方のカイルは、それらの賞賛を素直に受け入れていたが、臨時の文字が取れて正規の軍医にされるのではないかと、怯えていた。

 幸い、海軍病院の方から新しい軍医が派遣されることになり、カイルは晴れて臨時軍医から解放され、元の士官候補生に戻った。

 ただ、一部の乗員達は、技術があるか無いか解らない新たな軍医では無く、まともな医療技術、それも成功率が高く、手足をあまり切断しない技術を持つカイルが引き続き軍医をして欲しいと望んでいた。


「軍医に戻って下さいよ」


 休暇が与えられ、自分の班員と共に艦を降りてパブに入ったカイルだが、ひっきりなしに水兵がこう言って詰め寄ってくる。

 手足を失えば軍艦を下ろされるし、降りても、まともな職に就けない。手足を失わず治療するカイルは、まさしく神の手を持つ医師に見える。

 転生前の医療技術を知っているカイルからすれば、自分の腕は研修医にも劣るのだが、劣悪な医療環境では、最上に見えているのだ。


「大した人気だね」


「止してくれよ」


 先日友人となったロイテルを誘い、友情をより温めようと呑んでいたのだが、こうひっきりなしでは、話しも出来ない。


「死なせておいて何が軍医よ」


 そんな彼らに冷水を浴びせたのは、同じく休暇を与えられたレナだった。

 同じパブに入り呑んでいたのだ。

 しかし、ひっきりなしにカイルに軍医として乗艦して欲しいと頼み込む水兵を見て、自分の班員を死なせた事を思い出して気が立っていた。


「仕方ないよ優先順位があるんだから」


「へー、優先順位ね」


「そうだよ。軽傷者から順に戦闘復帰しないと戦闘に負けるからね。前の海賊船は最初の砲撃で乗員に死傷者が多数出て戦闘力を失ったんだ。軽傷者が戦闘復帰して頭数が揃ったから劣勢を挽回できたんだ」


「艦長は優先して治すのに?」


 だが、自分の班員を優先順位を盾に見殺しにしておきながら、艦長の場合は、優先順位を破って治療を行った。

 それがレナには気に食わなかった。


「もし、艦長があそこで亡くなっていたら、ブレイクの指揮系統はがたがたになるよ。他の艦長が転任してくるかもしれないし、そうなったら今まで通りに行かなくなる」


 アルビオン帝国海軍は、未だに古い体質を持っており、海軍本部の指揮下にあるとは言え、各艦は艦長の個人経営に近い。そのため乗員は艦長を慕って集まっている事が多い。人望篤いサクリング艦長指揮するブレイクは特にその傾向が強く、サクリングでないとダメだという下士官兵は多い。

 他から艦長を転任させても指揮に従うかどうかは未知数であり、最悪の場合は脱走される可能性も有る。脱走は罪だが、他のアルビオン艦に逃げ込みその艦の水兵になってしまったら向こうの艦は水兵を返さないだろう。水兵不足は深刻だからだ。

 なので、サクリング艦長を助けないとブレイクは崩壊する。だから艦長を優先して治療した。

 そのことはレナも理解していた。

 だが、感情的に納得出来ない。いや理論的に正しい上に実際戦闘は後半の劣勢を挽回できた。それだけに、レナは憤りを発散できず内に溜め込んでおり、八つ当たりでカイルに言葉をぶつける。


「人間様に媚びを売らないと生きていけなくて大変ねエルフ様は」


「……媚びを売った事はない。任務を真っ当に遂行しただけだ。今の地位にあるのも実力で示したからだ。今の言葉を取り消せ」


「なら実力で改めさせれば」


 そう言ってレナは立ち上がった。

 だがカイルはまだ冷静で立ち上がらずに、テーブルに座ったまま答えた。


「それなら君が自分で証明するべきだろう。僕が実力では無く媚びて今の地位にいると」


 そこまで言ってカイルは黙らされた。レナが呑んでいたエールのジョッキを掴んで、カイルに中身を浴びせた。

 エールまみれになってもカイルは冷静で手出しをしなかった。


「ふん! ここまでしても出て来ないなんて、ぐへっ」


 エールを浴びせて多少満足したレナの言葉を遮ったのは、横合いから殴りつけたウィルマだった。突然横から殴られて防御できずレナは、パブの床を転がった。


「しょうが無い」


 事ここに及んでカイルは覚悟を決めて吹き飛んだレナに追い打ちを掛けた。


「な、何を。ぐはっ」


 レナが転がっているところへ、胸の上に馬乗りになって顔を乱打する。


「何をするんだ!」


 それに怒ったのはレナの部下達だった。レナは結構人気があって慕っている水兵も多い。

 カイルに殴りかかったが、ウィルマに迎撃される。


「おい、よさんか! ミスタ・クロフォード! その辺で!」


 マイルズが止めようとするが、その脇でステファンがレナの班員を殴っており止められず、最後には巻き込まれて自らも乱闘に加わった。

 パブの中は乱闘場となり、市内警備の海兵隊が入って来て全員を逮捕するまで続いた。

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