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優先順位

「何?」


 カイルは振り返らずにレナに尋ねた。


「今すぐ、治しなさい。でないとあなたも彼も死ぬわ」


 レナが拳銃を向けてきていることは、気配で分かった。だが、振り返らずメスを持ったまま、答える。


「だろうね。でも、これが最善だと判断している。だからやる」


「神にでもなったつもり? エルフは人間様より偉いと?」


「まさか。自分の判断が正しいかどうかなんて解らないよ」


 実際、カイルは迷っていた。トリアージの基準を海自基準にしていた。通常なら重傷で助かる可能性のある負傷者を優先すべきだ。だが、海自は治療が簡単に終わる軽傷者が優先。どちらが良いか、迷った。

 倫理的には、通常の基準が良い。

 しかし、戦闘の上では海自基準の方が良い。だが、転生前の聞いた話しであり、それが正しいかどうか解らない。

 だが、転生してから何度も頭でシミュレートしたりして、この基準が一番だと判断した。勿論間違っているかもしれない。今でも迷いがある。


「けど、これで行うと決めたんだ。自分自身で考えて実行すると、そしてどのような結果になろうとも自分自身で受け止めると!」


 カイルは怒鳴った。

 それがカイルの、いや航平の決意だった。

 自分が正しいか間違っているか解らない。だが世間が何と言おうと自分の決断は必ず実行し、その結果を受け入れる。そうして、航平は航海士となり、転生して今に至る。

 殺されたことは悲しいが、もし自分の決断を放棄して世間に流されたら、逆に自分が殺していたかもしれない。

 だからこそ、カイルは、航平は、銃を向けられようとその手を止めるつもりはなかった。


「自分の判断が、行動が正しいと思うなら引き金を引いてくれ。けど、その後の結果についてはレナ自身でケジメを付けてね。何もかもね」


 そう言ってカイルは、一旦メスを置いてからマスクをして副長の治療を始めた。

 ウィスキーとカイルの気迫により、傷口にメスを入れられてもブレイクニー副長は身じろぎもせず、切り開かれるのを見ていた。

 思った通り、動脈も筋肉の腱も傷はなく、破片を抜いた後、消毒してから傷口を縫合して治療を終えた。


「よし、終わりました。次の患者を」


「死んだわよ……」


 拳銃を下ろしたレナが小さく呟いた。

 先ほどの水兵が亡くなったのだ。カイルの見立て通り、出血多量で長く持たないと判断した。もし手術して止血すれば助かる可能性は有るが、半々と言ったところだ。

 それなら戦闘復帰出来る軽傷者数人を治療した方が有益と判断して、傷口がこれ以上広がらないように破片を抑える包帯を巻くだけで切り上げた。

 だが、無意味だった。


「他にも患者はいるよ」


 そう言ってカイルは次の患者の治療に入った。


「副長、治療の終わった者を連れて甲板に上がって下さい、一人でも人員が必要なはずです」


「あ、ああ」


 それだけ言うと、ブレイクニー副長は治療の終わった水兵と、放心したレナを連れて出て行こうとした。


「!」


 その時、更に強い衝撃が船体全体を揺らす。


「なに?」


「接舷したか」


カイルは呻いた。

 上の甲板から銃撃音と剣戟の音が響く。


「全員行くぞ、動ける者は我に続け!」


 普段大人しいブレイクニー副長が怒鳴り声を上げて、治療の終わった水兵達とレナを率いて甲板に上がって行く。


「こちらも治療だ」


 天井を見ていた助手と看護兵を叱咤してカイルも治療に復帰する。

 軽傷者から治療して行き、次々と船上に送っていった。

 白兵戦になってから負傷者が増えた。

 ただ白兵戦の場合は、出血が派手でも傷口が小さかったりする事が多いので簡単だ。問題なのは銃撃を受けた負傷者だ。弾は身体の奥まで侵入しその間の組織を破壊する癖に、傷口が小さい。弾痕治療は後回しにしないと不味い。


「終わったか?」


 何人かの治療を終えたとき、上から戦闘騒音が消えたことにカイルは気が付いた。

 しかし、ドタバタとした足音が近づいて来る。


「艦長が負傷された!」


 運び込まれてきたのは、サクリング艦長だった。腹部にサーベルが突き刺さったまま運び込まれてきていた。


「相手の船長と一騎打ちをして腹部にサーベルを。相手は拳銃で撃ち殺したけど」


 よろけたところへ相手の船長がサーベルを突き刺したが、サクリング艦長はそのまま相手を掴み拳銃を耳元に押しつけて撃ち殺したそうだ。

 凄まじい話しに一瞬、カイルは呆然としたが、兎に角治療が必要だった。


「他にも治療者がいるけど」


 レナが恨めしそうに言う。

 戦闘は終わったが、接舷で激しい白兵戦となり、全員が大なり小なり負傷している。

 その中で、艦長の負傷は重傷クラスだ。カイルの基準なら後回しになる。


「艦長を優先する。誰か手伝ってくれ。手術台に載せて手足を押さえろ」


 が、カイルは艦長を優先させることにした。


「灯りを持ってこい。ウィスキーを飲ませ、傷口に垂らせ」


 消毒と麻酔を終えるとカイルは傷口にメスを入れた。案の定、出血多量で腹は血の海だ。

 普通の人は人の身体の中は血で一杯と思っているだろうが、血が流れているのは血管の中だけで、身体の中は空洞になっており、そこに筋肉や臓器がある。地下の共同溝のような構造で、水道管とか、ガス管とか電話線、電線があって、その間に空間がある。そんな構造に近い。

 よく、外傷が無くても内出血による出血多量で死亡という事があるが、これは血管が破れて身体の空間に流れ出てしまうからであり、水道管から水が漏れているのと同じだ。

 直ぐに止めないと危険だ。

 カイルはガーゼで血を吸い取り、破れている部分を探す。


「あった!」


 予想通り動脈をサーベルが傷つけていた。

 運の良いことに大動脈では無く肝臓へ通じる動脈の一部だ。一旦、血流を止めてから縫合して治せば良い。

 おまけにサーベルの切れ味が良く、血管の傷は綺麗で直ぐに縫合できる。酷い刃物は、グラインダーで荒く削っただけで、ノコギリのようにギザギザになっているので、傷口がボロボロになっている。

 相手の船長はサーベルの手入れを欠かすことはなかったようだ。それがサクリング艦長を助けたのは皮肉だ。

 兎に角、鉗子で血管を抑えている間に縫合し再び血を流す。血が出ていないのを確認して、傷口を縫って治療を終えた。


「ミスタ・クロフォード。艦長の顔色が悪いのですが」


 助手のドノヴァンが青ざめた表情で言った。

 大量の血を流したのだから、それは仕方ない。だがこのままだと危険だ。


「生理食塩水を注入しろ」


 そう言って注射器で生理食塩水を注射して失った血液の代わりにする。

 多少の代用にはなったようで、艦長の血行は少しずつ良くなって行き、暫くして意識を取り戻した。

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