ドクター・クロフォード
「制圧完了しました」
「うむ」
レナの報告にサクリング艦長は頷いた。
海賊船一隻を捕獲。海軍軍人として、嬉しい。これまでの商船の奪回も大事だが、敵を自らの手で葬るというのは気分が良い。
何より捕獲賞金が手に入る。
奪った敵艦は海軍本部が買い上げ、規定に従って乗員に配られる。
奪回した商船からも報奨金や礼金が出てくるが捕獲賞金に比べたら些細なものだ。
莫大な賞金を手に入れる事が出来てサクリング艦長も乗組員もほくほく顔だった。
だが、やる事はやらなければならない。
「ミス・タウンゼント。被害状況を集計してくれ」
「は、はい」
双方の死傷者の数を数えるのだが、これが少し厄介だ。
死人の一部は砲弾を受けて手足を吹き飛ばされる。更に負傷者も手足が切り落とされている奴もいて、数えられない。無数の手足が落ちていて一人分なのか二人分なのか判断が出来ないのだ。
カウントの仕方が解らず、オロオロするレナにカイルは助け船を出した。
「各班や部署に生存者の報告をさせるんだ。負傷者は医務室に行って数える。名簿の人数と生存者の数の差が死者の数だよ。海賊船の方は、連中の申告か名簿があればそれを使って照合するんだ」
「そ、そうか。直ぐやってくる」
そう言ってレナが艦内を走り回って状況を確認してくる。
「艦長! 被害状況の集計が終わりました」
「どうだ?」
「はい、海賊側は二一三名中、死者五四名、負傷者一二四名です。我が方は死者六名、負傷者一四名です」
人数的には圧倒的にブレイクが勝利だ。
死者は砲撃で一名と、切り込み時に出たものだ。同等か格上の相手に勝利できたのは良かった。奪った商船に回航要員を割いていて、人数が少なかったのも優位に働いたようだ。
誰を海賊船の回航要員にするか考えているとき、レナが最悪の報告をした。
「ただ、当方の死者の中に軍医がいます」
「何だと」
負傷者の治療に当たる軍医が亡くなったのは、非常に痛い。
どうするか考えているとき、サクリングはカイルの方を向いた。
「ミスタ・クロフォード。君は医学の心得があるな」
「多少ですが」
「開放骨折した乗員の骨を繋いだ上、皮膚を縫ったのが多少か?」
先日、事故でマストから落ちた乗員数名が医務室に運び込まれた。治療に当たれる人材がいなかったので、カイルも手伝ったが、その時開放骨折した乗員の骨を繋いで皮膚を糸で縫っていた。
「結構な心得だと思うが」
「まあ」
乗船するために医学的な知識と実践を、学院時代にカイルは自ら希望して行っている。
大学で行われる解剖ショーにも進んで参加したり、助手役をやったりしていたし、解剖された遺体の縫合で技術を磨いたりした。
これは船に乗ったときに必要と考えて準備していたからだ。
「君が軍医代行を行い給え」
「助手の方が居ますが」
「彼より君の方が上だ」
「大工長にやって貰っては?」
「君は大工長に治療して貰いたいのか?」
「謹んで拝命いたします」
船医と船大工の違いは、相手が人か船の違いだけ。
アルビオン船の冗談の一つにこのような言葉ある。馬鹿馬鹿しいが、ある意味事実だからだ。
「うわ、酷いな」
カイルは医務室に行くと、うめき声を上げる水兵や海兵隊員を見て、呻いた。
そこでは、軍医の助手が泣きそうな顔をしながら、ぐちゃぐちゃになった水兵の右足を、のこぎりで切断している最中だった。
この時代の船の治療は、基本的に切断だ。それも度の強いスピリッツやウィスキーを飲ませて麻酔代わりにするならマシな方、時にはそれもなしで切断する。
やり方はノコギリと鑿で骨を切断、切断面は、熱してドロドロにしたタールを塗って、塞ぐ。後は、簡単な義手か義足を付けて、治療完了。
まるで船の損傷分を削って整形し接ぎ木して、タールで穴埋めをする船大工の如くだ。
その船大工は医務室に空いた穴を塞いでいる最中だ。栓をして木槌でたたき込んで固定して周りにタールを塗りつける。素早い行為だ。彼らのお陰で、砲撃で沈没する船は非常に少ない。船が浮かんでいられるのも素早い修復技術を持つ彼らがいてこそだ。
故に先の冗談は誇張であっても虚偽では無い。
そして、今のような治療を受けなかった患者より受けて手術痕からバイ菌が入り敗血症になって死ぬ奴の方が多いのでは、というとんでもない状況。
カイルが、必死になって学院時代に医学を学んだり、転生前の記憶から医療知識を必死で思い出し確認したのは、こんな雑な治療を受けずに済むようにするためだ。
医学部研究室の研究費稼ぎの解剖ショーを見に行き、手伝いをしたのも、そのためだ。
船医になりたくて習った訳では無いのだが、技術があるために治療に当たるはめになるとは。
とはいえ腐っている前に命令を遂行しなければ。
「おい、臨時に軍医代行になったクロフォードだ。宜しく頼む」
「み、ミスタ・クロフォード。ありがとうございます」
軍医助手は涙目でカイルを迎え入れた。軍医が戦死して、自分一人でやらざるを得ない状況で必死になっていたのだ。
周りの患者も目に見えて明るくなった。
カイルの医療技術を知っていて生きる希望を持ったのだ。
「とりあえず、その患者の足を切断するんだ」
「やってくれないんですか?」
「そこまで行ったら、もう切断するしか無い。ただ、切断するのはもう少し上にしておいてくれ」
と言ったら、手術台に乗せられていた水兵が気絶した。自分の足が切り落とされずに済むと思ったら、結局切断されることに絶望したためだ。
その間にカイルは、他の患者の様子を見る。
「よし、誰か。主計長にブランデーとラム酒の支給を頼んできてくれ。ミスタ・クロフォードが必要だといっていた、と言え」
とりあえず、軽傷の者から順に消毒し、傷口を縫って行く。切れた血管も出来るだけ縫合し、細かい血管は焼いた鉄の棒で止血してから縫う。
そうして軽傷者を片付けると手術中の患者に入った。
「散らかっている、ももと手羽を片づけろ」
「は、はい」
手術台の周りに散らばっている、切断した手足――乗員達は冗談半分でももと手羽と呼ぶ――を助手に片付けさせ、手術できるようにする。
「で、できました」
「さて、上手く行くかな」
準備が整うとカイルはメスと針を確かめて、切断面を見た。
カイルは、切断面をウィスキーで洗った後、縫合に入った。下手にタールで塗るより安心だと判断したからだ。
患者が気絶しているのを良い事に、傷口をメスで整形し骨を包み込むようにしてから縫合して行く
「よし、終わり」
とりあえず、最初の負傷者の治療は終わった。
既に、治療済みの重傷者もいたが、彼らのほうも術後の経過を見る必要がある。
さらにまだ治療を必要とする負傷者が、ごまんと居る。
「はあ、苦労しそうだ」




