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海戦 後編

 ある漫画の表現を借りれば、帆船の戦闘は互いに鉄鎖に繋がれて動けないボクサーが、ノーガードで倒れるまで殴り合うことだ、と表現した。

 確かに戦闘になったらそうだが、重要なのは戦闘前の敵の性能分析と位置取りだ。

 船同士の戦いは、船のスペックで決まる。大砲の門数が三〇門足らずのフリゲートと一〇〇門の戦列艦では勝負にならない。勿論タイプ毎に長所短所の差や船の運用能力の差があり、一概に勝敗は決まらない。だが、相手と自分のスペックを見て勝敗を予見できる。

 そのため、事前に相手を観察し、勝てる相手か、負ける相手か、見極める事が大事だ。

 もし自船が敗北する可能性が高いなら、逃走することが出来る。海での戦いが少ないのは、戦闘前に相手が逃げてしまう事が多いからだ。


「勝負を挑む気だな」


 今、目の前の海賊船はブレイクを同等か格下と見なしており、進路を東南東に変更してきた。確かに相手は大きめで三〇門、下手をすれば四〇門搭載しており、二八門のブレイクより大きい。だが、こちらは正規の軍艦であり大砲の威力もあるし機動力も良い。

 俄然、カイルも気合いが入る。

 互いに好戦的で戦闘を決意するなど滅多に無い。そのため次の位置取りが問題になる。

 帆船の戦闘は少々特殊で風向きの位置で長所短所が出てくる。

 一般的にアルビオン帝国海軍は風上側に付くように指導している。

 帆船は風を受けて移動するため、風が吹いてくる風上側への移動はほぼ不可能だ。

 そのため、風上側に位置していれば自由に風下側へ行けるが、風下側は風上側への移動を制限され、受動的な立場に置かれる。

 なので行動の自由が大きく、好きな位置へ移動して攻撃できる風上が良いとされていた。


「向こうもこちらに合わせて風上か」


 向こうも風上を取ろうとしているのなら、操船の腕の勝負となる。

 風の吹く方向から左右六ポイント――約七〇度の範囲へ進路を取ることは出来ない。その数値は各船の性能や腕で微妙に差が出る。

 如何に相手より風上に出るか、相手より切り上がりの角度――風上へと進路の差を如何に小さくするかが勝負だ。


「くそっ」


 見ていてカイルは小さく舌打ちした。

 向こうの方が有利だ。風は南風だが、少し西寄りだ。そのため、海賊船の方が風上にいる。このままでは、風上を取られそうだが、微妙に海賊船が進路を風下に変えている。

 どういう事か疑問だったが、合点がいった。


「あいつら、俺たちを逃がさない気なんだ。こちらが逃げると思っているんだ」


 風上側は何処にでも移動できるが、唯一の弱点として逃走するとき風下の敵の近くを通らなければならず、逃げにくい。

 向こうはこちらを弱腰と思い、風上に進んでいるのを攻撃の為では無く、風上に行くことで自分たちから逃走を図っている、と考えて風上に向かっている。

 そして、風下側に付いたのは、風上に逃れる事が出来ないと判断して、風下へ逃走されないようにするため。


「舐めきっているな」


 サクリング艦長もそのことに気が付いて毒づく。


「艦長。フェイントを掛けます。風下へ向かうと見せかけて連中に下手回しをさせて、進路を戻し、風上側から砲撃を行います」


「よし、やってしまえ!」


「下手回しをするように偽装する。面舵の後、取舵を取り、風上に向かう!」


 位置取りの際の操船は、腹の探り合いだ。相手の動き、船の針路、帆の操り方で相手の次の動きを予測して対応する。そして相手の意志と目的を勘案して、こちらの目的に合った動きを命令する。

 相手がこちらが逃げ腰とみているなら右に動くと見た瞬間、進路を塞ぐように動くはず。

 逆にそれを利用して風下に向けさせ、こちらは風上に出て行き、有利に立つ。

 これで完璧だ。

 下手回しをする振りをして少し船の針路を変える。

 向こうは風下に逃げると思って、下手回しを行った。


「掛かった! 取舵一杯!」


 相手が下手回しを始めるとカイルは再び風上に向かって切り上げ始めた。

 海賊船はこちらの動きについて行けず、まだ船首がこちらを向けている

 そしてこちらは海賊船に向かって舷側を向けている。

 帆装軍艦は、正面より横に大量の大砲を搭載できる。そのため、舷側には大砲が幾つも並んでいる。つまり、舷側に敵を置く事が最終目的だ。

 そして、海賊船はブレイクの右真横にいる。

 そのチャンスを見逃すサクリング艦長では無かった。




「右舷砲撃用意!」


「さあ、来なすったぞ」


 自分たちの配置にサクリング艦長からの声が届き、マイルズは照準を合わせる。相手の船体が見えてきた。


「チョイ右、少し砲身を上に向けてくれ」


 マイルズの指示で、砲員達は左右を梃子で、上下をくさびの移動で調整して行く。そしてマイルズは船の動揺を勘案しながら、照準を整え、命令を待った。


「撃てーっ!」


「撃てーっ!」


「撃てーっ!」


「撃てーっ!」


 艦長の号令で副長、海尉、候補生の全員が砲手に向かって砲撃を命じる。

 砲手達は、照準を合わせて引き金を引いて点火、一斉に大砲が火を噴く。一二ポンドの砲弾が勢いよく飛び出して海賊船の船首に集中する。船首から入った砲弾は船尾間で突き抜けて行く。その間にあった、索具、大砲、構造材、家具、食器、人間、全てをそのスピードと重量で押し退け、破壊をほしいままにする。

 一方撃ち出した大砲も、勢いよく後退。

 勿論大砲はロープで船体に繋がれており、途中で止まる。だがロープを引き千切らんばかりの大砲の勢いにジョージは恐怖で顔を引きつる。


「装填!」


 副長から再装填の命令が下って、砲員達は再び砲弾を詰めて行く。砲口から清掃用具を入れて火の粉を抑え、再び火薬の包をいれ、砲弾を入れて押さえを入れる。

 ほんの数分で装填作業を終えて再び砲撃の準備を整えた。




「敵艦! 逃げて行きます!」


 こちらを追いかけようと上手回しをしていたが、その最中に砲撃を喰らって、上手回しに失敗。帆が裏帆――普段風を受ける方向とは逆方向から風を受ける事――を打ってしまい速度を落とし後退までしている。


「追撃せよ!」


 カイルは更に舵を切らせて海賊船の追撃に入る。

 海賊船は、帆装艤装を一部壊されて動きが鈍っている。後は接舷して拿捕するだけのハズだった。

 海賊船はステイスル――マストとマストの間にある三角帆――に風を受けて風下に回頭している。


「不味い」


 カイルは、更に舵を切って下手回しを行う。

 海賊船は、上手回しに失敗し、後退した。その力を利用し、更にステイスル、船首に風を受ける事で回頭、船の向きを変えている。

 こちらに自分の左舷を見せる、大砲を向けて攻撃しようとしていた。

 そのことに気が付いて、カイルは予定より右へ舵を切ってその射線から逃れようとする。

 一瞬、射線の中に入るが、一瞬だけ。逆に切るより短い時間で射線から逃れる事が出来る。


「来るぞ!」


 サクリング艦長が叫んだとき、海賊船が発砲した。

 砲弾が正面からやって来て、ブレイクの側面をかすめてゆく。

 カイルの思い切った操艦で、射撃のタイミングをずらされて砲弾は空を切っただけだ。


「やった」


 回避しきったとカイルが確信したとき、船に衝撃が走った。


「左舷側に被弾!」


 海賊船の艦尾に付いていた大砲が火を噴いて、ブレイクの舷側に命中した。


「負けるな! 左舷! 撃て!」


 サクリング艦長の命令で、左舷側が砲撃を開始。

 海賊船の船尾へ砲弾が集中する。船尾は船の構造上特に弱い部分だ。そこから入った砲弾は、船尾から船首まで一直線に進むことが出来る。そのため海賊船は大損害を受けた。


「いよいよだな。接舷! 斬り込んで捕獲する!」


「アイ・アイ・サー! 取舵一杯!」


 カイルは取舵に切って海賊船へ接近する。

 甲板上に海賊が溢れているが、こちらの砲撃で損害を受けているらしく人数は少ない。


「砲撃して一掃しろ!」


 船首の小型旋回砲が火を噴いて海賊船の甲板を掃射する。更にマストのトップに登った海兵隊が狙撃を行い撃ち減らして行く。

 やがてブレイクは海賊船に接舷した。


「斬り込め!」


 サクリング艦長自ら先頭に立って海賊船へ突入していった。


「さあ、私たちも行くわよ!」


 後に続くのは、血気盛んなレナだ。彼女は海賊船に乗り込むと自前のサーベルを大きく振り、海賊を切り伏せて行く。その光景を見て勇気づけられた海兵隊や水兵達も銃やカトラス、斧を持って乗り込んで行く。

 激しい白兵戦が繰り広げられたが、砲撃で人員を失っていた海賊船は頭数が足りず、数で圧倒するブレイクの前に降伏した。 

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