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下士官マイルズ

「な、なにをやっているんですか!」


 いきなりカイルに抱きついたクリフォード海尉に、レナが驚きの声を上げる。


「いや、カイルが可愛くて」


「可愛くって、いや、どうして名前で呼んでいるの」


「大切な人だからよ。カイルが居るからこそ今の私が有るのよ。だから離れられない」


 思わぬ声に、レナとエドモントが固まる。

 そんな二人にカイルが説明した。


「ミス・クリフォードが候補生として海軍に入る時、船の事を一通り教えたんだよ」


 クリスと呼んでと言う言葉をカイルは無視して続けた。


「どうして教えることになったの?」


「ミス・クリフォードは、フォード五公爵家の一つクリフォード公爵家の子女だから。フォード本家の集まりで何度か会っているんだ」


 若いフォード一族の男子の間でクリスは人気だった。

 ただカイルの場合は、六歳も年の差があったし、エルフと言うこともあり、浮いていたので接点は無かった。

 が、ある事件を切っ掛けに候補生となったクリスが乗艦前にカイルの元に自らやって来た。


「船の事ならカイルが一番という話しを聞いていたから」


 転生前の意識が戻った頃から、カイルは文字を覚え、屋敷にあった航海術の本を読みあさった。そして外に出られるようになると、昼は身体を鍛えるかボートに乗り込んで航海術、操船術の練習、夜は船関係の資料の読み込みを行った。

 転生前の高専での授業、日本丸への乗船経験、商船航海士としての実務経験などにより基本的な知識は習得済みであり、船の事はよくわかっていた。

 アルビオンでの読み方や綴りを覚えるのに苦労したが、七歳の頃にはどうにか遠洋航海が出来るレベルになっていた。

 クリスが話しかけてきたのはその頃だ。


「いきなり船の操り方を教えてくれと言われたんだよ」


 流石のカイルも最初は戸惑ったが、自分の知識が何処まで役に立つか試そうと承諾した。


「乗艦が数日後だったから、基本的なことを教えると共に、必要な事を書いたメモと有用な航海術の本とかを渡して、乗艦して勉強するように言ったよ」


「一部古いのがあったけど、本当に助かったわ」


 カイルの渡したメモは、的確に船の構造と操舵方法、船のタイプの識別、海軍の条例、国際法など、多岐に渡ったが、上手く纏めていた。


「手紙も参考になったしね」


 クリスが乗艦した後は手紙での遣り取りで、クリスが体験した事や失敗談、疑問にカイルが答える形で教えていた。

 カイルとしても海軍の現状を知るのに便利なこともあり、手紙での遣り取りは有用だった。


「お陰で三年ほどの候補生勤務で任官試験も余裕だったわ」


 そうした遣り取りを三年間続けた結果、クリスは最短の二年で海尉心得に任命され、半年後の最初の任官試験で合格し海尉として乗艦していた。


「ねえ、カイル。あなたも私の部屋に来ない? マスコットとして置いてあげるわ」


 海軍士官にはいくつかの特権があるが、その一つに召使いを一人乗艦させる事が出来ると言うことだ。その枠で入らないかと言ってきていたのだが。


「候補生として乗艦したいのでお断りします」


 クリスから抜け出すことに成功したカイルはそう言って答えた。


「えー、候補生より楽なのに」


「四六時中撫で回されるのは勘弁です」


 海尉任官祝いの席に招待された時、恩人だと言って祝いの席で、撫で回された事にカイルは軽いトラウマを負っていた。


「もー真面目なんだから。何かあったら遠慮無く私の所に来てね。あと、他の候補生の教育も頼むわ」


「海尉の役割では?」


「私より知識豊富なんだから適役よ。私には海尉としての任務もあるし」


「微力を尽くします」


 カイルは、やれやれと言った表情で答えた。


「あのー、私の立場は?」


 蚊帳の外に置かれたエドモントが、怖ず怖ずと尋ねてきた。だが、誰も相手にしなかった。




 候補生区画に私物を置いたカイルは、制服を整えるとクリスいやクリフォード海尉に頼み込んで艦内旅行を始めた。

 と言ってもフォーミダブルより小さい一層砲列甲板のフリゲートでは艦内に見るところは少なく、直ぐに終わってしまう。

 仕方なくカイルは上甲板に配置されて当直を行うことになった。

 その時、一隻のボートが水兵や下士官を乗せてやって来た。


「乗艦する」


 許可を得る前に、彼らはそう宣言すると甲板に上り整列した。


「おい、待て乗艦許可を」


「エルフが生意気を聞くな」


「私は士官候補生カイル・クロフォードだ。君らは下士官兵だろう。士官に対する行動はどうした。それとも君らはアルビオン帝国の下士官兵では無く海賊か」


 カイルがそう言うと、彼らは不承不承で整列しカイルに対して敬礼した。


「申し訳ありませんでしたミスタ・クロフォード。下士官マイルズ以下一六名乗艦許可と艦長への面会を求めます」


「乗艦を許可する。だが艦長への面会は」


「どうした」


 カイルが艦長に尋ねようと考えていたとき、当のサクリング艦長が甲板に上がって来た。


「やけに騒がしいな」


 そう言ってサクリングは周りを見渡す。そしてサクリングと目が合ったマイルズは、姿勢を正し敬礼して申告した。


「申告します! 下士官マイルズ以下一六名、フリゲート艦ブレイクへの乗艦を希望し乗艦いたしました。許可を願います」


 後ろにいた一六名も姿勢を正し、胸を反らして無言で許可を求めた。


「許可する。だがマイルズ、来るのが遅い」


 そう言ってサクリングは手紙の束を上着から出して言った。


「お前らへ乗艦を求める手紙を書き終わったところだ。もう少し早ければ書く手間が省けたぞ」


『申し訳ございませんでした!』


 全員が一斉に唱和しする。

 その姿にサクリングは笑顔で答えた。


「全員、良く来てくれた。歓迎する」


 各艦の乗員は艦長が集める事になっている。そのため人望が少なかったり名声の少ない艦長には集まりにくいが、長年活躍し有名になると自らやって来る水兵達も出てくる。

 更にかつて同じ艦にいて艦長に心酔した下士官だと、マイルズのように自らかつての艦長の下にはせ参じる者もいる。


「配置は追々伝える。各自、甲板へ荷物を運べ」


「はい、ただ艦長一つ宜しいですか?」


「何だ?」


「エルフを乗艦させるのはどうかと思いますが」


 いきなりの上官批判に、カイルは驚いた。

 一部の船乗りの間ではエルフは災厄の種と考えられており、縁起を担ぐ古参兵の中には、強く信じている者がいる。

 マイルズもその一人のようだ。しかしサクリングは子飼いの部下であっても許さなかった。


「お前の言いたいことは解る。だが、ミスタ・クロフォードは本艦の士官候補生だ。以後の無礼は許さん」


「しかし」


「士官に対する敬礼はどうした!」


「……申し訳ございませんでした!」


 そう言ってマイルズはカイルに敬礼したが、不承不承と言った感じだった。


「よろしい。ミスタ・クロフォード。君が担当する班にマイルズを配属させる」


『え』


 カイルとマイルズが驚きの声を同時に上げた。


「しかし」


「マイルズは熟練の下士官だ。彼の経験は君にとっても必要だ。マイルズ、この士官候補生に船での事をしっかりと教え込んでやれ」


「アイ・アイ・サー」


 マイルズは喜んでと言う表情で答えた。

 一方、一癖も一癖もありそうな、下士官達の指揮をしなくてはならないカイルは溜息を付いた。

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