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哨戒行動

 ブルトンでトラブルがあったもの合同艦隊が編成され、指揮系統の調整と補給が終了した六月上旬に目的地であるザ・ロックに向かった。

 ザ・ロックは、エウロパ大陸とカルタゴ大陸が最も接近する場所、現代のジブラルタルに位置する。

 巨大な岩があるためザ・ロックと呼ばれアルビオンの支配下にある。

 合同艦隊となって各国一列縦隊、三列の編隊を組んで航行していた。

 カイルの乗るフリゲート艦ブレイクは、側方の警戒にあたっており、三か国の艦隊を見渡すことが出来る。

 カンカーン、カンカーン、カンカーン、カンカーン

 艦上に置かれた鐘が二回ずつ四回叩かれる。八点鐘、当直交代の合図である。

 それまで当直に出ていた乗員達が甲板下の寝床に向かい、逆に甲板の下で寝ていた連中が出てくる。

 当直を終えた乗員はグロッグ――ラム酒を水で薄めた物――の支給や食事を受けて一時の団らんを過ごした後、ハンモックを吊して寝床に入った。

 ただ一人マイルズだけは別の場所に向かった。


「失礼します」


「おう、良く来てくれた」


 自室に迎え入れたサクリングは、机の上に置いていた酒瓶の蓋を開けると、二つのグラスに注いだ。


「まあ呑んでくれ」


「しかし」


「手酌というのは味気なくてな。付き合ってくれ」


「はい」


 そう言って二人は、グラスの酒を飲み干した。


「で、どうだ。君たちの上官は?」


「ミスタ・クロフォードですか?」


「そうだ」


 サクリングが尋ねる意味を理解したマイルズは答えた。


「優秀の一言と言って良いでしょう。出港準備の手際も、航海計画の策定と実施、極めつけはブルトンでの一件。どれも完璧と言えるでしょう」


「そうか」


 サクリングは無表情に言ったが、内心驚いていた。辛辣な評価を下すマイルズが、これほどまでに評価することは滅多に無い。

 勿論カイルの才能が高いというのは、サクリングも一目見て解った。何処までか計りかねたので、マイルズを下に付けて見定めていたのだが、予想以上だったのだ。

 だが同時にマイルズが言っていないことに気が付いた。


「何か気がかりがあるようだな?」


「は、ミスタ・クロフォードはミスが少なすぎます」


「どういうことだ?」


「はい、候補生なら最初、任務をこなしていくうち必ずや失敗を犯します。初めての艦上勤務なのですから当然です。しかしその失敗から学び成長します。ですがミスタ・クロフォードは違います。彼はまるで熟練の士官のように自分の為すべき事を知っています。これは教科書を読んで実行していれば到達できるようなレベルではありません。それが心配です」


「失敗しないように慎重に動いているのか?」


「いいえ、積極的です。そして何処に穴があるか解っていて避けて通っています。これは異常です」


「確かに。だが、それは別に我らにとって不都合な事では無い」


「ええ、ですが、どこか大きな穴がありそうで怖いですな」


「追い出せと?」


「いえ、それさえ越えれば良い士官、いえ今までに無い素晴らしい士官になれるでしょう」


「そうか。ありがとう。下がって良し」


「ありがとうございました」


 そう言ってマイルズは艦長室を出ていった。


「あのマイルズがな」


 エルフは災厄の種と言っていたが、今はクロフォードの元で働こうとしている。


「奴の能力は本物か」


 少し気が強いマイルズだが人を見る目は本物だ。指揮を続け自分の能力を示す士官に限りマイルズは認める。

 新人士官の見極めに配属するのだが、予想以上の成果だ。


「さて、あとは実戦で上手く行くかだな」




 ここはエウロパ大陸とカルタゴ大陸が狭まる海峡に面した滄海の入り口であり、アルビオンの軍港と要塞がある。

 そこで合同艦隊に参加するイスパニアとルシタニアの艦隊が合流する予定だったが、イスパニアの艦隊はやって来ていない。

 かつてのザ・ロックはかつてはイスパニア領だったが戦争でアルビオンに占領されて以来、返還を求めている。

 イスパニアの艦隊がザ・ロックに入港するのは、アルビオンの支配を認める事になるので入港することは出来ない、といって合流を拒否していた。

 ちなみにザ・ロックの対岸のカルタゴ大陸の岬はイスパニア領だ。

 そんな混乱もあったが、七月には入港して、補給を終えた艦から出港する予定だったが、イスパニアの艦隊が入港拒否しているため、調整が付かず出港出来ない状態が続いた。

 しかし、苛立ったサクリング艦長はライフォード司令長官に直談判し、警戒と哨戒のために出て行った。

 そして、七月ザ・ロック東方洋上をブレイクは航行していた。




「絶対許さん」


 強制徴募されたジョージが、ストレスを溜めていた。来る日も来る日も短い睡眠と当直。不味い食事。上陸できず、ずっと船の上。


「奴のせいだ」


 甲板に立つカイルを睨み付けて呟く。あのエルフが強制徴募しなければ自分は今でも丘の上だ。奴のせいでこんな所に来てしまった。最早、脱走することも不可能だ。

 だが、この恨みは絶対に晴らしたい。

 磨いていた砲弾を持って物陰に隠れる。そしてあのエルフ士官が近づいて来た。ジョージは足下を狙って砲弾を転がした。


「!」


 次の瞬間、後頭部を蹴られて物陰から砲弾と共に転がり出した。


「何をしている」


 見張っていたウィルマに蹴り飛ばされたのだ。砲弾はゆっくりと転がり、カイルの手前でカイルが拾った。


「どうしたんだ?」


 カイルが砲弾を持ちながら尋ねる。


「こいつが砲弾を転がそうとしていました」


 そう言ってウィルマがジョージを突き出す。

 砲弾を持ちながらカイルは考えた。


「いや、砲弾を誤って落として転がしてしまっただけだろう」


「確かに転がそうとしていました」


「次からは気を付けろ。ウィルマ、ジョージがドジをしないように見ていてくれ」


 ウィルマの意見をねじ曲げるようにカイルは言い聞かせる。


「……はい」


 ウィルマはカイルの言うことを聞いて、それ以上、何も言わなかった。

 そしてカイルは、ウィルマに押さえつけられたジョージを立ち上がらせた。


「今度やったら上官への暴行で縛り首だからな」


 小声でジョージに釘を刺したあと、カイルは前方のマストに向かった。




「砲弾が転がってくるとは、まだ不満な人間がいるようだな」


 周りに人がいない事を確認してカイルは呟いた。

 水兵達は士官に不満、仕事がきつい、刑罰が多すぎる、上陸させろ、といった思いを募らせるが、面と向かっていっても聞き入れられないし、下手をすれば反逆と言われて刑罰の対象になる。そこで、砲弾をムカつく士官の足下に転がして不満を表明する。彼らの少ない抵抗手段だ。

 ただ、明らかに上官への暴行であり、砲弾が誤って転がしてしまった様に装う。それでもジョージのように失敗する奴もいる。

 本来なら軍法会議にかけて死刑にしなければならないが、水兵の補充は難しい。特に本国を離れているときは余計に難しい。

 商船を停船させて強制徴募という方法もあるが、運良く商船と出会う可能性は少ない。

 そのため死刑が行われる事は滅多に無い。

 ああやって事故と言うことで誤魔化すこともある。もっとも釘を刺すことは忘れない。

 カイルは配置に付くと、状況を確認する。

 現在、ブレイクは東に向かって航行中、進行方向右側にはカルタゴ大陸。一部はイスパニアの植民地だが、大半は異教徒の勢力圏だ。他の宗教を信仰する連中を捕まえ奴隷とすることを良しとしている連中が多い。なので間違っても座礁しないように注意しなければ。

 幸い、今の風は南風、大陸から離れる風だ。

 陸に近づく可能性は少ない。


「ミスタ・クロフォード!」


 その時、トップ、マストの上の見張り台から声が聞こえた。


「船が見えます! 来て貰えますか!」


 見張員が船を見つけたらしい。

 カイルは直ぐにマストへ登るシュラウド――網状の縄ばしごを掴み登って行く。


「どうぞ」


 ラバー・ホールから見張員が手を差し伸べた。だが、カイルはあえて頭上のシュラウド、見張り台の端へ行く反り返ったシュラウドを掴み上り始めた。

 見張り台に行くシュラウドの先にはキチンと穴があり、安全に登れるのだが、熟練水兵はラバー・ホール――臆病者の穴と呼びそこを通るのは新米のみ。熟練は時間短縮とかの名目で見張り台の端へ行く、反り返って危険な方を通って行く。

 水兵に舐められないように、カイルもあえて、ラバー・ホールを使わずに反り返ったシュラウドを登って行く。


「何処にいる」


 見張り台に上ると、恐怖心を抑えて何事も無かったかのように話しかけた。


「右に船影が有ります」


 カイルは望遠鏡を伸ばして確認した。

 確かに、ブレイクの右に船がいる。


「ありがとう」


 そう言うとトップから降りて甲板に向かう。シュラウドを降りると後甲板にいる当直のクリフォード海尉に報告した。


「右舷に船影を発見。確認のため接近します!」


 カイルはこれからの行動を報告した。

 他は知らないが、この艦と航平の所属した船会社では予め自分の行動を申告する「無声指揮」が基本だった。

 士官は、状況と自分の権限を勘案して行動を起こす。上官には報告をするだけで良い。

 上官は、それを聞いて認めるか止めさせるかだけだ。

 それに船は動きが鈍い。先々を考えて舵を握らないと座礁してしまう。

 今のような行動を取れば、命令を下す時間を省略できるので素早く動けて都合が良い。戦闘時なら尚更だ。

 独断専行に見えるが、結構合理的だ。

 それにこれなら状況に応じて予め自分なりの対処を決めておき実行する事で自立心が養われる。

 ただ、その反面、了承を求めたら叱られる、「どうしますか?」と聞いたら怒鳴られる。そんな暇があったら考えて行動しろというのだ。

 転生前の現役航海士の時も良く怒鳴られた。だから、カイルは自分の権限内で行動を行う。


「了承します」


 当直長のクリフォード海尉は、すんなりと了承してくれた。

 彼女も怪しいと思ったのか認めてくれた。あるいはカイルに好き勝手に動くことを許してくれたのか。

 カイルはどちらでも良かった。兎に角動いて確認できる。 


「面舵! 進路東南東へ」


 カイルは操舵手に命じて艦首に向かう。ブレイクは舵を切って商船の方へ接近する。

 そして、国旗が見えるところまで接近して、マイルズに確認させた。


「国籍が解りました。アルビオンの商船です」


 確かに艦尾に国旗が見えた。


「どうします?」


 マイルズはカイルに尋ねた。カイルは命じた。


「総員戦闘配置! 砲撃用意!」

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