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思惑

「絶対に認める訳にはいきません」


 エルフであるカイルを士官として認めないマリーとあくまで正規士官と言い張るサクリングの間で舌戦が起きたが、結局の所、決着は付かなかった。


「失礼します」


 その時、一人黒髪で口髭を生やした黒服の士官が出てきた。


「バタビア共和国海軍のマールテン・ロイテルです。この度の合同艦隊の連絡将校としてやって来ております」


 ロイテルと名乗った士官は大声で、自己紹介すると仲介を始めた。


「双方とも議論は平行線を辿っております。片や士官として認めぬ、片や士官として認めろ、と。問題なのは彼、カイル・クロフォード氏がアルビオン海軍の士官か否かという点が最大の争点であります」


「そ、そうよ」


 マリーは、意を得たとばかりに、責め立てる。


「エルフを士官として認めるなんて出来ないわ」


「お待ち下さい」


 だが、ロイテルはマリーを制止した。


「彼はアルビオン士官と言っています。アルビオン士官か、否かを決めるのはアルビオン帝国のみ。彼がアルビオン海軍の士官か、否か、サクリング艦長に証言して貰いましょう」


 そう言ってサクリング艦長の方を見る。サクリングは、一切の動揺を見せず静かに力強く伝えた。


「彼、カイル・クロフォードは私の艦ブレイクの士官候補生であり、アルビオン帝国海軍の士官名簿に記載された正式な士官であります」


「ば、ばかな」


 一方、マリーは狼狽えながら否定しようとしたが、サクリングはその隙を与えず、まくし立てる。


「お疑いとあらば最新の士官名簿でご確認を。最新号に彼の名前はキチンと記載されています」


「そ、それでもエルフを使者になんて認めないわ」


「それについてはいかがですか? 何か使者と証明する物は?」


 ロイテルはサクリングに尋ねた。


「ここにライフォード司令長官の任命状があります。彼は正式にライフォード中将から任命された士官です」


 そう言ってライフォード中将の任命状を見せた。


「そ、そんなの出鱈目よ」


 任命状を見てもマリーは認めなかった。


「お疑いとあらば、ライフォード中将にご確認を。間もなく、中将の艦隊が到着する予定です」


「解ったわ。その時決着を付けましょう」


「……では、私マールテン・ロイテルがこの場の証人となりましょう。では、ここは双方ともお引き取りを」




 ロイテルの仲裁により、両者共に引き返した。

 一度ブレイクに戻ったサクリングの説明によりレナが憤り、海兵隊を連れて上陸しようとしたが、クリスによって止められる場面があったが、とりあえずブルトンに停泊していた。

 数日後、待っていたアルビオンの艦隊がやって来た。

 ブレイクと同じく商港地区へ入港した後、旗艦ロイヤル・ソブリンにマリーとカイルが乗艦してきた。先日のトラブルについて話すためである。

 二人は、事の詳細を話すとライフォード中将は証人としてバタビア共和国海軍のロイテル海尉からも話しを聞き、断言した。


「間違いなくカイル・クロフォード候補生は、アルビオン海軍の士官であり、私が出した先触れの使者である」


 その宣言と共に、カイルの勝利が確定した。


「き、気は確かなのですか。エルフを士官になど」


「マリー海尉。カイル・クロフォード候補生は歴としたアルビオン帝国海軍の士官です。これを認めず彼の存在や権利を否定することはアルビオン帝国を否定するのと同じです宜しいですか」


 いくらか遣り取りがあったが、ロイテルもバタビア共和国としてアルビオンの立場を支持した。そのため、マリーは渋々ながら謝罪し、カイルを士官として受け入れる事に同意した。




「やったわねカイル」


 旗艦での騒動のあった翌日、ブルトンの陸で合同艦隊の結成式が行われ、その後艦隊の懇親会が行われた。


「あの生意気な小娘に一泡吹かせてやれたわ」


 そういってレナはこちらを睨み付けるマリーを見下すような目で見る。


「あまり、失礼な事をしないでよ。一応彼女は王族なんだから」


「ふん、あんなのが王族では、この国の先は長くないわ。まあ、その前にまた戦争があるだろうから、その時はたっぷりと可愛がって上げるわ」


「平和が一番だよ」


 カイルもレナも戦争に行ったことはない。十年以上前に終わっているので、産まれたときには平和だった。精々、海賊退治ぐらいで、戦争を知らない。

 戦乱が続いた暗黒時代や百年戦争時代に比べれば奇跡と言っても良い。

 これが続くかどうかは、今後の国々の動きに掛かっているが、一海軍士官には過ぎた事だ。


「災難だったね」


 レナが憤っている所へ、仲裁に入ったロイテル海尉がやって来た。


「いえ、証言をありがとうございます」


「気にするな。こちらも士官としての義務を果たしただけだ」


「ご立派です。それとありがとうございます。このちんちくりんの候補生を助けていただいて」


 姉気取りでレナがお礼を言うとカイルとロイテルは苦笑した。


「どうしたの?」


「いや、レナは良いなと思って」


 ロイテルは士官としての義務、祖国の為に行動した。国際法を遵守させることにより法の効力を確固とし自国の利益にする。

 バタビアはガリアの北方にある小国で貿易によって成り立っている。国際法が成立しなければ安全に洋上を航行することが出来ない。エウロパ条約の中には公海上の航行の自由があり、自由に何処にでも行けなければ、バタビアは立ちゆかない。だから国際法を擁護する立場だ。

 また、小国である上に隣国が大国ガリアで強力なガリア陸軍が攻めてきたとき、バタビアの援軍となるのはアルビオンである。ガリアが強力になりすぎるの防ぐ為にもアルビオンが少し優位である事がバタビアの国益になる。

 そのためにロイテルは今回はアルビオンに肩入れしたのだ。

 そのことをカイルも解っており、その上で礼を言った。

 一方のレナは純粋にお礼を言っており、その無邪気さが二人には羨ましかった。


「しかし、災難だったね」


「まあ、想定されたことです」


 ロイテルの気遣いをカイルは感謝した。


「一寸待って、あなたこうなることを知っていたの?」


「まあ、前にも同じような事があったから」


 海軍入隊前に父ケネスに連れられガリアの親戚に挨拶に行くために入国したことがあった。入国の際に同じようにトラブルとなりひともめした経験があった。

 その時は父ケネスと親戚の仲介があったし、私的な旅行ということで丸く収める事が出来た。

 だが、今回は公式な使者という形のため、揉めた。


「そんな事が解らないなんてライフォード中将はバカ?」


「上官の批判は良くないよレナ。ライフォード中将は知っていたんだよ。それであえて僕を派遣したんだ。トラブルを起こすためにね」


「どういうこと?」


 カイルはレナに説明した。


「今回は合同艦隊で各国に独立した指揮権があるけど、連絡調整のために司令部組織が出来る。だが、他国の指示や要請を受けるなどまっぴらゴメン、だが他国にゴリ押しをしたい、と言うのが他国の考えだ。下手をすれば、自分の国の艦隊を擂り潰されて美味しいところだけ他国に持って行かれる可能性がある」


 それを避けるために重要事項は合議制で決めて、あとは各国の艦隊がその命令に従って自由行動。細かい調整は各国から派遣された連絡官同士で話し合う。

 今回の合同艦隊の上部組織はそんな組織になる。

 そのような組織では自国の発言力を確保する必要がある。

 そこでライフォード中将が打った手がカイルを使者として派遣することだ。

 アルビオンの最大のライバルであり宿敵であるのがガリアだ。このガリアを黙らせて、優位に進める。そのためにはガリアの発言力を削れば良い。

 使者が士官候補生というのも、相手を怒らせる原因に出来る。

 そこでカイルを送ってトラブルを起こさせ、国際法を守る気が無いような態度をガリアにとらせる。その非礼をバタビアと共に攻めて発言力を削ろうというのだ。

 そしてライフォードの目論見は成功した。


「つまりカイルは、ダシにされたの」


「そうなるね」


「でも良いの。そんなの」


「こうなる事は覚悟していたよ。けど、良いよ」


「何でよ」


「少なくとも正式な士官として認められたんだ。それが嬉しいんだ」


 入隊すれば士官になれるが、カイルの場合はエルフと言うこともあり、他から簡単に認められることは無いだろう。

 だが、今回の一件で、カイルがアルビオン帝国の正式な士官であるとガリアもバタビアも認めた。何よりアルビオンが宣言したのだ。これは、非常に大きい。

 カイルが、士官である事を良く思っていない連中がアルビオンの中にもいたのだ。

 しかし、正式に国際的に宣言してしまったのだから彼らも黙るしか無いだろう。アルビオンの見解と異なる事を言うことは出来ないからだ。


「その意味では勝利だよ」


「大変だね」


 ロイテルがカイルにねぎらうように言う。


「そうですけど、他人にとっては取るに足らないことでも、私にはかけがえのない大勝利に思えるという利点があります」


 転生前の小学校、中学校の頃、雁字搦めだった自分がいた。朝から夕方まで学校に拘束され、虐めに遭った。放課後も習い事や塾、日曜は体験講座や実力テスト。派遣社員の方がまだ守られていたと今では思える。

 だが、一歩、自分で自分の事を決める、自分は航海士になると決めて動き出して変わった。誰もが持つ自己決定の権利を活用するだけで全てが変わった。だれもが自分を押さえつけ抑圧し自分の権利を侵害してきた。それを守り、権利を行使しただけで変わったのだ。

 誰もが行使できても自分は使うことを許されなかった事。

 それが出来たときの喜びは今でも覚えている。

 こうして、世界的に自分が海軍士官だと認められたことをカイルは心から喜んでいた。

 その言葉にロイテルは一瞬驚いたが、カイルの顔を見て直ぐに笑顔になった。


「済まないがミスタ・クロフォード。私の友人になってくれないか?」


 思わぬ言葉に今度はカイルが驚いた。


「良いんですか? 私と居ると周りから白い目で見られませんか?」


「そうなるね。でも君と友人でいる方がよほど楽しい。それもお釣りが出るくらいに」


 ロイテルは片目をつぶって答えた。


「では、喜んで宜しくお願いしますロイテル海尉」


「マールだ。マールテンの略で皆そういう」


「では、私の事はカイルとお呼び下さい」


 カイルとマールはグラスを掲げて乾杯をし友情を確かめた。

 こうして、カイルに外国の友人が出来た。

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