士官の義務
ブルトンは、カイルが転生前の世界においてフランスのブルターニュ半島の先端の町ブレストにあたる、軍港だ。
アルビオンの目と鼻の先にあり、幾度も戦火を交えた間柄でもあるため、この近海で両軍は何度も激戦を繰り広げている。
入港に少し手間取ったのは、ガリア側が先導する船が遅れたためだ。
戦争の度にアルビオン海軍が封鎖しに来るため、アルビオンにもかなり正確な海図が残っているが、それでも詳細は不明なので、案内が必要だ。
海図、特に軍港地帯の物は、軍の機密情報なのでガリア側も慎重になっている。
案内されたのは軍港地帯から少し離れた商港地区だった。
軍港だが彼らに物資を提供するために商船が訪れたり、乗員を相手にした町が出来ているので、商船の出入りも多く、そのための港が整備されていた。
既に合同艦隊を構成するバタビア共和国の艦隊が入港していた。
その中にブレイクは入港し錨を降ろした。
「ボートを下ろせ!」
艦長の命令で艦載艇が下ろされた。
「ミスタ・クロフォード。司令長官の命令により、先触れの使者として行ってくれ。私も後から向かう」
「アイ・アイ・サー」
ガリアの港に入るので、何の問題も、遺漏の無いように自分の目で見たいようだ。
そのためカイルは艦載艇にアルビオン国旗を掲げて、埠頭に向かった。
埠頭にはアルビオン艦を一目見ようと市民や兵士が集まっており、人混みが出来ている。そこにカイルは向かった。
「貴官の所属を答えよ!」
埠頭に近づくとホストオフィサー、ガイア側の受け入れ担当士官が声を掛けてきた。
「アルビオン帝国海軍所属フリゲート艦ブレイク、士官候補生のカイル・クロフォードです」
そう言ってカイルが帽子を取って挨拶すると、相手は目を大きく広げて叫んだ。
「エルフ!」
その言葉に埠頭に集まっていた人々が驚き慌てた。
まあ、そうなるよな。
カイルは心の中で嘆いた。
アルビオンは大陸に近く影響を受けやすいが島国なので、その度合いは少ない。
だが大陸は違う、エルフと激戦を繰り広げたのは大陸なのでその恐怖はアルビオンの比では無く、恐怖はアルビオンより強く、嫌悪はより酷い。
人々が逃げ出すのも致し方ない。
「直ちに接岸し、我らの指示に従え!」
担当士官の横にいた、士官服を着た金髪の女性がサーベルを引き抜いて叫んだ。
「あなたは?」
「私はマリー・メロヴィング! ガリア海軍海尉よ!」
メロヴィングという性にカイルは、舌打ちしかけた。
ガリアの王家の名前だ。
たしかマリーは現国王の次女だったはず。気が強くて男勝りと聞く。
おまけにガリアは特にエルフに対する嫌悪が強く王家ほどより強い。
だが、こうなっては仕方なく、カイルは堂々と答えた。
「自分は、カイル・クロフォード。アルビオン帝国フリゲート艦ブレイクで士官候補生を務めております」
「両国の先触れの使者にアルビオンは士官候補生を送るのか」
マリーは怒っていた。
確かに士官待遇とは言え、士官候補生を送るなどアルビオンの方が非礼とはいかなくてもマナー違反だ。普通は双方のバランスが取れるように、同階級か一階級下の者にするのが普通だ。
簡単に言うと社長が相手の会社を訪問したのに、出迎え対応したのが、この春入ったばかりの新人だったようなものだ。そんな事をされたら誰でも軽く見ていると思う。
しかし、カイルも引く訳にはいかない。
「私はライフォード司令長官より任命され、親書も持っております。お受け取り下さい」
「断る! そもそもエルフの士官など認めない! 私が直々に捕らえてやる! 接岸し上がってこい!」
「断ります!」
カイルは声を大にして答えた。
「私は、アルビオン帝国海軍の士官名簿に正式に記載された士官です。ガリアに否定される筋合いはありません」
「黙れ! ここはガリアの港だ。ガリアの指示に従え!」
「確かにガリアの港ですが、ガリアの法に従う義務はありません」
「何だと逆らうのか」
「違います。私の服と艇尾を見て下さい」
そう言ってカイルはボートの後ろに掲げられたアルビオン国旗を見せた。
「所属国家の旗を掲げ、名簿に記載された士官が指揮する船は、その国に属します。アルビオンの旗を掲げ、アルビオン海軍士官名簿に記載された私が指揮するこのボートは、アルビオンの法が支配します。例えガリアの港に浮かんでいてもガリアの法に従う義務はありません」
「屁理屈を」
まあ、エルフを認めないガリアにとってはエルフの人権や存在自体を認めていないので、そういう論理になる。その頂点の王族の一員であるマリーは、それを絶対に認める訳にはいかない。
だが、カイルも退く訳にはいかない。
「屁理屈ではありません! これは国際条約によって認められたアルビオンの権利です。それをアルビオン海軍士官として守っているだけです。よってガリアに私に対して、このアルビオン領土の最先任士官としての処遇と権利を求めます」
「エルフを同等の存在と認められるか! 猿を士官にする方がよっぽどマシだ!」
「どうしたんだね」
カイルとマリーの論争がヒートアップした時、サクリング艦長がボートでやって来た。
「サクリング艦長」
「よくいらしました、サクリング艦長」
カイルとマリーは、揃って声を上げた。
「実は、そこのエルフがアルビオン士官だから代表者として扱えと、のたまいましてどうか成敗して貰えませんか」
「どうしたんだねミスタ・クロフォード?」
マリーの言い分を聞いたあと、サクリングはカイルに尋ねた。
「はい、私はアルビオン海軍士官として帝国の権利と名誉を守ろうとしただけです。簡単に言うと、先触れの使者どころか士官としても認めず、アルビオン帝国の効力も認めないと。そのような侵害を拒絶し、守り通しました」
「わかった」
そう言うとサクリングはマリーに向き直った。
「マリー殿下、このミスタ・クロフォードは、エルフですが士官名簿に載るアルビオン帝国海軍の士官候補生です。彼は正式な士官であり、使者としても正式に任命されています。これは純然たる事実です。よって、彼を士官として認めずアルビオンの権利を認めないというのであれば、断固抗議いたします」
「なっ」
サクリング艦長の言葉にマリーは驚いた。
「気は確かなのですか! エルフを海軍士官にするなど」
「エルフか否かは関係ありません。彼が正規の至難候補生であり、士官の待遇と権利そして義務を負っております。我らはそれを認め擁護し支援します」
「つまり、あくまでこのエルフを士官と言い切ると」
「はい。ガリアがそれを認めないのであればアルビオンに対する敵対行為と見なします」
サクリングは、淡々と力強く、何も譲ることはないと意思表示をした。