六等艦ブレイク
現代日本において大手商船会社の航海士をしていた杉浦航平。
逆恨みによって殺された後、色々あって、エルフに転生し再び海に出るべく、僅か十歳で士官候補生として海軍に入隊する。初めての配属艦フォーミダブルへ乗艦するが暫くして、海賊討伐の為に人員を移すこととなり、フリゲート艦ブレイクへ転属となる。
転属の辞令を受けたエルフ士官候補生カイルは翌日、フォーミダブルからブレイクに向かってボートで移動した。
「あれが私たちの艦、ブレイクね」
カイル・クロフォードと同じ候補生の赤髪紅目少女レナ・タウンゼントが指差す方向には三本マストの一層甲板艦が停泊していた。
六等艦ブレイクはフォーミダブルに比べて半分程度の大きさしかない、砲数二八門の小型フリゲートだが、足の速い船だ。
「うん、海賊を追いかけるにはもってこいだよ。凄く早そうだ」
レナの声にカイルが答える。
軍艦との戦いでは小さすぎて攻撃力が低く心ともないが、機動力があり、海賊船の追撃には、もってこいの艦だ。
「余り動くな。転覆するぞ」
ボートを指揮する候補生のエドモント・ホーキングがレナを注意する。艇指揮、ボートの操舵を任されておりエドモントは神経過敏だ。
艇指揮は候補生にとって憧れる任務だ。小さなボートとはいえ、十数人の水兵が乗り込み彼らを指揮して動かす。何より自分の意志で指揮が出来ると言うことが何よりの快感である。戦列艦の艦長を目指す候補生達には、非常に小さくても初めて自分で指揮出来る瞬間であり、心地よいものだ。
だが、同時に試練の場であり、操舵の上手いか否かを見られる場所であり、上手いと引き抜かれるが、下手だと敬遠される。
なので喜んでばかりはいられず、真剣に操舵しなければならない。
そんな自由に指揮できる快感と、見られているという緊張感で神経過敏となり怒りがレナに向けられてもある意味仕方なかった。
ボートは、エドモントの指揮宜しく無事にブレイク接舷し、彼らは乗艦していった。
「あれ、誰もいないわね」
甲板に上がると殆ど誰もいなかった。
フォーミダブルも予備艦で乗員数が少なかったが、ブレイクは輪を掛けて少ない。
「乗員はどれくらいなの?」
「砲数は二八門だから二〇〇名近くだよ」
各軍艦は海軍の条例に基づいて、大砲の搭載数に応じて乗員の数が決められている。二八門艦だと二〇〇名ほどが適正と定められていた。
「でも少なすぎない?」
「ドックから引き出したばかりだろうしね」
予備艦はいくつかいくつか等級があり定員に対して乗員の数が削減されている。一種なら八割の乗員が乗っているが、二種は六割、三種は四割、一番下の四種だと二割のみだ。
更に保管艦となると艤装を外されて更に少ない数で管理される。
「艤装の一部が取り外されているから保管されていた艦みたいだね」
「じゃあ、艤装を取り付けないといけないの」
「その通りだ」
その時厳つい男性士官が現れた。
カイル達、候補生とは違い金縁に太線一本の肩章を付けている。
「ウィリアム・サクリングだ。当艦の艦長を務める」
男性が自己紹介すると、カイル達は大急ぎで整列し敬礼した。
「失礼いたしました。フォーミダブルより転属しましたエドモント・ホーキング候補生以下候補生二名、下士官水兵二〇名。只今乗艦いたしました」
「乗艦を歓迎する」
サクリング艦長はカイル達に答礼した。
「一応少数の准尉、下士官、水兵が乗艦しているが、しばらくは乗員集めを行う事になる」
「はい」
「ねえ、海軍から乗員が来るんじゃないの?」
レナが小声でカイルに尋ねる。
「乗員の募集、確保は各艦の艦長選任事項だよ。あてが無ければ、士官クラスなら海軍省が紹介したり転属させたりしてくれるけど、准尉以下は艦長が伝手や知り合いを採用したり、新たに任命したりする。水兵は完全に募集だよ」
当時の軍艦は国から任命された自営業者に近い存在で、国から命令を受けるが、どのように運営するかは艦長の自由裁量に任される事が多い。
元々、商船や私掠船を雇い入れて海軍を作り上げた歴史的伝統が続き、艦長の裁量が大きくなっている。中世の傭船の制度に現代の海軍の制度が入り始めて、ごちゃ混ぜになっている、と考えれば解りやすいか。
艦長の権限は大きいがそれだけ責任も大きいし失敗する確率も大きい。正に一攫千金の大舞台といった感じだ。
「乗員を集めるって大変じゃないの?」
「そこは艦長の腕による」
「おい、そこ何を話しているんだ!」
カイルとレナを見てサクリング艦長が怒声を浴びせてきた。
「失礼いたしました!」
姿勢を正してカイルが謝罪した。
「艦長が話している前で二人でコソコソ話とは歓迎せんぞ」
「済みません。解らないところがあったので聞きました」
レナが少々脳天気な声で答えると、サクリングは話しを続けた。
「女性候補生か。艦は陸と違ってピーチクパーチクおしゃべりする場ではない」
「失礼いたしました」
「以後気を付けろ。副長と海尉達が君達を指導する」
「副長のウィリアム・ブレイクニー海尉だ。諸君らを指導する」
びしっと士官服を着こなした士官が、硬い口調で自己紹介した。どうも規則や規律、時間通りを良しとする官僚タイプに見える。融通が利きにくそうで少し窮屈になりそうだ。
「一等海尉のスコット・ビーティー海尉だ。宜しくな」
少々粗暴な口調で自己紹介してきた。サクリング艦長の言動を真似しようと背伸びしてるように見える。すこし子供っぽい人だ。
ちなみにアルビオン海軍では最先任の海尉を副長として任命し、次席以下の海尉を順に一等から任命する。そのため士官の数が英国海軍に比べて少し多めだ。
「二等海尉のクリス・クリフォード海尉。候補生指導の担当です」
最後のクリフォード海尉は女性だった。それも若く、カイル達と殆ど変わらない年齢で、レナは驚いた。
「あのミス・クリフォードは何歳ですか?」
「女性に年を聞くのは、エチケット違反よ」
茶化すようにレナに言ってからクリフォード海尉は答えた。
「十六よ。先日任官したばかりだから新米だけど、厳しく指導させて貰うわ」
「はい、お願いします!」
クリフォードの言葉にレナは強く応えた。
自分の二歳年上の女性士官、しかも海尉がいる。自分の目標となる人物が見つかってレナは嬉しくなった。
「では、面接だ。各自準備しろ」
砲列甲板の最後尾にある艦長室へ行きカイル達はサクリング艦長の面接を受けた。
珍しいことではない。新たに艦に配属された乗員は艦長の面接を受けて適正に合った配置につく。
「ミスタ・クロフォード。君は中々優秀らしいな」
「まだ未熟です」
「謙虚だな。リドリー艦長の推薦状には絶賛の嵐だ。いずれ提督になるであろうと書いてあり、格段の配慮、多くの経験の機会を与えて欲しいと」
そしてサクリングはカイルを睨み付けるように上から下まで観察した。
「他人の評価など私は、参考にしかしない。自分の目と耳で評価する。もし、私の目に適わないようであれば、海にたたき込む。それだけだ。なお、本艦はフリゲート艦であり、海賊討伐では最前線に赴く。戦闘となれば君らも最前線で戦う。安全な場所など無い。覚悟をしておけ」
「はい!」
「ミス・タウンゼント、本艦は見ての通り非常に小さい。女性専用の区画は無いも同然だ。十分覚悟するように」
「勿論です」
「ミスタ・ホーキング。現在君は最先任の候補生だ。二人をキチンと纏めろ」
「はい」
「三人には移ってきた乗員をそれぞれ指揮して貰う。部下の把握に努めたまえ」
「はい」
「細かいことは二等海尉のミス・クリフォードに聞きたまえ。彼女が君たちの担当だ。最下層甲板の区画に君らの住処を用意した。私物を纏めた後、各自配置へ向かえ」
サクリング艦長が解散を宣言して、カイル達は指定された場所に向かう。
「そうそう、ミス・タウンゼントは私と同室よ」
「え? 良いのですか?」
候補生は下士官待遇のため、士官室を使うことは出来ない。まして士官の部屋に同居するなど、そんな事は普通しない。
「フリゲートだから区画が狭くて女性専用区画なんて無いの。幸い、今女性の乗員は私たちだけだから。使わせてあげる。もしほかに女性の下士官が来たら移って貰うけど」
「いえ、ありがとうございます」
自分の憧れの人と同室になれてレナは喜んだ。
「ミスタ・クロフォードはどうする? 一緒に来る」
「いえ、結構です候補生区画に行きます」
「えーつまんない。いっそ連れ去ろうかな」
と言った瞬間、クリフォード海尉はカイルを抱き寄せた。