決着
「私は興味があることには全力を尽くす癖があるものでね」
男はそう言って槍をウットリとした目で眺める。
今回俺がこいつに狙われたことは間違いないだろう。こいつの目的は分からないが、能力者である俺を襲撃する程に彼女達を欲したのは事実だ。
俺の探偵が導き出した答えはおよそ人がたどり着くことは出来ない領域に達する。
俺自身が理解していなくても探偵スキルは答えを探し出すのだ。最初から答えがわかっているかのように。
導き出した答えの中に真実があれば、その可能性の大小関わらず直感的にそれが真実だと分かってしまう。
「俺を襲った理由は何だ?」
つまり、こいつが襲撃犯だと確定している訳だ。
「そんなことは君が一番分かってるんじゃないのか?」
男は俺が襲撃犯だと確信している部分はどうでもいいのか、さして気にした様子を見せない。
「生憎と恨まれるようなことはした覚えがなくてね」
俺は真面目に生きていた人間だ。他人に嫌われるようなことはあっても恨まれるようなことはしたことがない。
「君自身にも興味があるのは否定はできない」
キッモ!!
「だけど、それ以上にあの2人は貴重な存在なのだよ」
やはり、このクズの目的は彼女達だった。
「へぇー、そこし興味が湧いてきた。特別に発言を許そう」
この男がそれほど興味を引かれるような物を彼女達は持っているのだろうか。
「それを言ってしまってはつまらないし、知ったところで君はなにかするのかね?」
俺の挑発はどこ吹く風と澄ました顔で男は淡々とそう言い放った。
「特に考えてないな。強いて言うならお前のようなやつをボコボコにすることだけは考えてある」
「…彼女達は能力者程ではないが、身体と同じ大きさの金と比べると、彼女達の方が貴重なのだよ」
少しは俺の言ったことに反応しろよ。
「金は作れるんじゃないのか?」
「需要と供給さ。科学の発展が幸せを生むとは限らないだろう?」
確かにそうだな、と内心つぶやく。
「彼女達を得るためにマスターを殺したのか?」
この男は能力者の方が貴重だと言っていたが、どういう事だろうか?
マリーだかメアリーだか忘れたけど、そのマスターを得るために襲ったのではないのか? 証拠も残さず、行方不明となるような形にして。
その上この子達まで得ようとは目の前の男を見る限りとてもではないが信じられない。
こいつは研究を始めたら他のことなど無頓着になるタイプだ。
「2人のマスターが行方不明であることは偶然だよ。私はなんにもしていない。流石にギルドに楯突くつもりはないよ」
当たり前だろう。部外者がマスター本人に危害を加えることはギルドに楯突くことと同意だ。もし、危害を加えたということが判明した瞬間「レジェンダ」の連中が飛んでくるはずだ。
厄介なことになった。
この男の話が本当だとすると、彼女達のマスターは違う要因で行方不明になったということだ。
「『職業』と言う能力らしいね、君の能力は」
突然、男がこちらへと話しかけてくる。
「ああ、それがどうかしたか?」
「いや、ただ珍しくてね。君のような万能タイプがこの都市に居ることが」
男の言うことは的を得ている。
俺のような能力者はこの都市では随分と生き辛いに違いない。
「都市内部では戦闘系能力の使用を全面禁止。これは君も例外ではないはずだ」
おっしゃる通りで。
「人間って慣れれば意外に苦にもならないものだ」
「君の能力はイマイチ掴みづらいけど、攻撃的な能力の使用は制限されててもおかしくはない」
イグザクトリー。
っと言うべきであろうか。
「だったらどうする?」
「いや、都合がいいなと思った迄だよ」
確かに、俺の能力使用は制限されているが、俺の能力は受動の部分も大きい。
「試してみるか?」
言うと同時に踏み込み、男へと距離を詰める。
先程の衝撃がそれた場所へと拳を振り下ろす。そこにバリアのようなものがあるはずだ。
衝突した拳とナニカは軋むような音を立て、割れるような音を鳴らして拳が打ち勝つ。次元歪曲であろうか? どちらにしろ能力者に通用するものではない。
間髪入れずにさらに距離を詰める。踏み込んだ足は地面を砕きながらも足場魔法によりギリギリ沈まずに前進し、それによって生まれる衝撃波が部屋という狭い空間で走り回る。
──!?
しかし、男まで後少しというところで剣山の中にあるほかとは違う槍がこちらへ向かって射出されていた。
仕方が無いので足先を槍へと向け柄を先ほどと同じようにつかむ。
「!? これは?」
しかし、いや、やはりと言うべきであろうか、今までの槍とは違う事があった。
「私は能力同士の衝突がどのような結果を生むのか大変興味がある。話では能力の練度の差でその結果も異なると言うが、やはり目で見ないことにはね」
さも愉快そうにこちらを見つめながら、このエセ医者はそう言い放った。
男の言うように、その槍からは能力者か相応の実力者にしか感じ取れない異質な力───能力──が秘められていた。
「それはとある人の貰い物でね、私はその槍を元に沢山のレプリカを作ったんだよ。まあ、残念なことに消滅の機能しか再現できなかったのだけどね」
神剣と言うのは能力者によって作られた武器全般を言う。つまり、その形状が槍であれ、ナックルであれ神剣と一括りにされる。
武器に宿る力は様々だが、大体はその能力者の力と考えていい。
槍をつかむ手に異常はないが、何が起きるか未知数なので、すぐにやつの元へと返す。もちろん殺す気で。
「言い忘れていたが、その槍には転移装置も搭載しているそうだ。逆探知もされない不思議な機能だよ」
爆ぜる大気が熱となり辺りへと散り、赤熱した槍がまるで流星の様に男へと突き刺さる──かと思いきや、俺の背後にやりが飛びしてくる。
危うげなくそれを回避すると、また転移を繰り返す。
槍が飛んでくる方向はxyzの全てに対応しており、とても嫌らしい。
次第に上から下へと降るような形で転移を繰り返し、重力により加速度的に速度を増していく。
本来ならば空気抵抗が物体の重さと釣り合った時に加速は止まるのだが、その様子は全くない。誠に嫌らしいことこのうえなき。
「そしてもう一つの機能として、空気抵抗を無視することが出来る。この機能が消滅を利用していることは分かったのだが、私にはこの消滅のメカニズムを再現することが出来なくてね」
お前の再現できたできなかったの情報は超どうでもいいから死んでもいいぞ。
「それと最後の機能として、狙った相手は心臓を貫くまで止まらないそうだ」
いつの間に取り出したのであろうか、男は右手に『せつめいしょ』と大きく書かれた本を持ってこちらに話しかけていた。
そうこうしているうちにも槍の速度は耐えられる限界に達したのだろうか、上下に繋がった穴は一つの光り輝く線のようになっており神々しささえ感じる。
その一擲一擲が俺を狙うものなのでいとわろし。俺が避ける範囲を広げると何本もの光の柱が乱立し、素晴らしくナイスでエクセレントな景色なシーンとなった。
まあ、景色も楽しんでいる暇もないのでそろそろ本気で男をぶん殴ろうとすると──
『限界点に到達。ゲイ・ボルグ_ghost_起動』
シャベッタァァァアアア!!??
突然槍が人語を発し出した、何を言ってるかわからないと思うが俺もわからん。
『エネルギー保存。対象特定』
俺がそんなふうに困惑していると、槍は急に動きを止めてこちらに穂先を向けてきた。
『対象のロックオン完了、当行動による被害は推定半径五キロにわたる消失をともないます』
おいちょっと待て、なんちゅうもんだすねん。
槍が放った言葉は焦って関西人でもないのに関西弁が出てしまう程だった。
「私の心配は良いから好きにしたまえ」
被害の事など大した問題ではないのか、槍の無機質なシステムボイスに対して男は平然と答える。
下にいる人や病院にいる人たちはどうでもいいのか?
俺が来るとわかっていたようだし、既に大事なものは粗方運んでしまったのか?
『射出』
相も変わらず感情のこもっていない平坦な声が槍の射出を無常にも告げた。
最低限の人工知能しか搭載していないのか、槍は被害が何をもたらすのか真の意味では理解していないのだろう。
料理に使われる包丁のように、この槍も使い方によっては人に多大な恩恵をもたらしたに違いない。しかし、それは同様に凶器として使われた場合の危険性も大きくなることを意味しているのだ。
気に入らないな。
この槍もそうだが、今目の前にいるくだらない男のせいで発明品が単なる凶器となっていることが。
そして、この男がこんな槍で能力者達をどうにか出来ると思っているその考えが。
俺も大概なので他人に対して道徳心を説くつもりはない。人の命の価値なんて人の尺度でしかないし、そんなことを言ってもこの男には響くはずもないだろう。
だがしかし!!
その半径5キロには俺の家が含まれるのではないか?
家賃をたまに延滞してしまうが、立派なマイホームがその被害範囲に余裕で含まれていないか?
果たしてこの槍が起こした被害は国から補償が出るのであろうか?
たとえ出たとしても家の中にある大切な性書や叡智な書や積もりに積もってしまったがやる予定ではあるゲームは帰ってくるのだろうか?
ましてや被害の復興のために俺が働かないという状況が有り得るだろうか? いや絶対にタダ働きされるに決まっている。此処はそういう国だ。
足場魔法で足元の崩壊を防ぎ、来る衝撃に備える。
光の速度を超えたものを人─いや生き物全般的に言えることだが─はどうやって知覚することが出来るのであろうか?
物質が光の一部を吸収、残りを反射することによって物を見るということができる。
こんなこと小学生でも知ってる人がいるだろう。
それゆえに、光の速度を超えたものはどうすることで見ることが出来るのだろうか、答えは気配だったり、心の目だったり、魔力感知だったり、能力感知だったり様々だ。
目を閉じて集中する。この間わずか0が途方も無い程つく時間が経った。
『心眼』などは制限によって使うことが出来ないが、何の問題もない。
大丈夫きっと成功するはず。そう自分に言い聞かせる。
辺りの音が鋭敏に聞こえ、神経が鋭く研ぎ澄まされていく。
すると音は消え、世界は急に灰色に色づき始める
世界に取り残されたかのような錯覚とともに自分の中に刻まれていくリズムだけが変わらず、一定にあり続ける。
さらに集中する。
やがて感覚すらも置き去りにし───
そう、このタイミングだ。
「ちぃぃぃいいいえぇぇぇすとおおおお!!!!」
掛け声と共に腕を前へと突き出す。
何の変哲もないただのパンチだ。
拳と槍の衝突は世界を割るような衝撃を伴い、生まれた衝撃は辺りに暴力の塊として放出される。
音もない、光もない世界で衝突したそれはやがて拳が競り勝つ形で崩壊を告げた。
槍は終ぞ壊れることなく形を保ち、白い光の線となり、天井を突き抜けて、そのまま雲を貫いて宇宙へと旅立った。
そして同時に世界は音と光を取り戻した、悲鳴を伴って。
振り抜いた拳は空気の原子崩壊を導き、プラズマとなって拡散していく。
腕にあった服の一部は焼失し、跡形もなく、纏った電気だけがバチバチと木霊する。
「能力どうしの衝突は、より練度の優れた方が打ち勝つようになっている」
音を取り戻した世界に愉快そうな男の声が一人響き渡る。
「能力の種類によってそのベクトルに違いはあれど、能力の違いによる戦闘能力の優劣は指標に過ぎない。と学会では言われていたけど、まさかこれ程とはね」
男の頭部は先程の衝撃で半分に欠け、中の機構が丸見えとなっている。
つまり、やつは最初から存在しなかったのだ。
何者かが遠隔操作によって言葉を紡ぎ、俺に対応して、観察していたに過ぎない。
奴の溢れ出る余裕はこれが原因だったのか。
「では私は見るものも見終えたのでここら辺で失礼するよ」
「おい!!」
急いでその機体に駆け寄るが、時すでに遅し、文字通り抜け殻となっていた。
最新式のアンドロイドだったのだろう。人工皮膚と眼球は人のそれとそっくり精巧に作られている。
「クソッ!!」
どうしてくれようかこの状況。
「絶対に何が起こったのか聞かれた後に、修理させられる」
戦闘で起きた被害は甚大で、当然のように壁が吹き飛んでいて、前衛的な吹き抜けとなっている。
孤立するように建てられていたため上の階の被害はないだろう。
更に幸いなのは足場魔法で守っていたおかげで─地下に誘拐された人たちには衝撃は伝わったはずだが─崩壊には至っていない。
しかし、これだけの物音を立てて誰も来ないはずもないだろう。
「はあ、正義の味方なんてやるもんじゃないな」
次回のAS!
「深くお詫び申し上げるとともに二度とこのようなことが起きないように肝に銘じ、改めて社会への貢献を意識し、公共の福祉に配慮した行動を心がけようと思う次第でございます」
「私としても若気の至りという他なく、慙愧に堪えなく遺憾の極みでございます」
「寛大な措置に感謝の言葉もありません」
「俺が働かないことで有効需要が生まれて、それが国に返って利益を齎すんじゃないか?」
「こんなのやっぱりダメです!」