マスター
レバーポーションはこの国の栄養ドリンクの一種です。ポーションには約108種類の香料やハーブをブレンドしています。
「マジかよ」
少女の言葉に絶句した俺はそんな言葉しか返せなかった。もちろんなんでこんな時間に迷子に?
という思いはあったが、それよりもこのどうしようもない迷子の処遇に頭を悩ませての一言だった。
「何よその目!いいじゃない迷子くらいなったって、さっさと案内しなさい!」
さっきまでの恋愛劇とは打って変わって強気な態度でわめきたてる少女。うるさいな。何時だと思ってやがる、近所迷惑で通報されても知らんぞ。
「案内ってどこにだよ?」
これが職務のうちに入るかどうかは甚だ疑問だが、ここでずっと騒がれては苦情が事務所にいって減給されかねん。
「そうね、取り敢えず中心街の3番地のa地区までで十分よ」
「バリバリ住宅街じゃねえか、何が十分だ」
「家までとは言ってないんだから感謝しなさい」
そんな生意気少女に言われるがままに案内をして30分ほどすると、遠方からこちらへ声が掛かる。
「ソラァー!どこいってたの探したんだからね!急にいなくなって…。って!?どちらさまですか?」
これまた同じ少女がこちらに駆け寄ってくる。
このあたりでは見ない服装に白く揺れる髪、頭から生えている角。羊人とは珍しい。それにしても
なんだか今日は大声をよく聞く。セミがまだ鳴いているのに大したものだ。
「おねーちゃん!?じ、実はこれはカクカクシカジカで」
どうやら迷子のお姉さんらしい、確かに1,2ぐらいは年上に見える。でもマテ、なんだその説明は、幾ら何でもそんなんで通じるわけ───
「ふむふむなるほど、それそれは。このたびはソラがお世話になりました。私からもお礼を言わせていただきます」
うん、なんとなくこんな展開は予想していた。
今の一言でこの狐娘との愛の闘争まで伝わったかは定かではないが、事情は把握したらしい。
でも意外だ。この娘はソラとかいう迷子の少女よりも礼儀正しい。姉に似なくて残念だ。
「いや、これも仕事だ(多分)。気にするな」
そうは言っても申し訳なさが先立つのか。彼女はなにかお礼をしたそうにこちらを見ている。このまま仲間になったりしないか心配だ。
「あの、お礼の意味も兼ねて喫茶店で話をしませんか?」
俺の心配をよそに、そう言って彼女は身を乗り出して顔を近づけてくる。だが、彼女の目線は俺の顔ではなく、俺の首元、つまりカードに向いている。
ソラもだったが、この娘もカードになにか思うものでもあるのか?
「せっかくの申し出は嬉しいが、生憎と勤務中でね。仕事から離れる訳にはいかないよ」
若い娘に誘われるのは嬉しいが、見つかった時が怖い。この国は障子にメアリーだから下手なことは出来ない。
「私からあの男のことを聞くのも仕事でしょう?」
そこで急に狐娘から助け舟が出される。
ここでいうあの男とは先程の路地裏での奴だろう。確かに一理ある。これは休める予感がする。
じゃなくて仕事の予感がする。決して休みたい訳では無い。事情聴取も立派な治安維持の活動だろう。
咎められる事は何も無い。
場所は移って喫茶『気まぐれキャット』。
夜中なのにそこそこの客がいるのに驚くべきか、こんな時間にやっている喫茶店に驚くべきか、判断に悩む。
俺はここにあまり詳しくないからこの店には来たことがない。
知らない店での注文はなかなかに期待が高まるものだ。
「ワタシは…カロピスにするわ」
「私は…お茶にします」
「俺は…この店主の気まぐれミキサーで」
「かしこまりました」
注文を終えた俺達に店員はお辞儀をして去る。
俺は気づいたらランダムオーダーをしていたようだ。
まるでガチャを回すかのように無意識に言葉が出て、
気づいたら店員が奥へ行っていた。
人を魅了してやまないランダムシステムに感慨深い気持ちが湧き上がらないわけでもない。
「では、何から話した方がいいでしょうか?」
そんなことを考えていると、羊人の少女が話を切り出してくる。しかし、切り出したはいいものの、何から喋ったらいいのか決めかねているのか、その言葉に勢いはない。
「おねーちゃん。私に絡んできた男のことだよ」
見かねた狐娘がフォローする形で言葉を挟む。
その言葉を受けた羊人の少女は、思い出したのか
絡まれていた男についての説明を始める。
「あれはギルド本部の関係者を装った詐欺師ですね。先日は幸運の壺やお金の貯まる石など紹介していました。」
っと羊人の少女はため息をつきながら、うんざりしたかのような顔をする。
それにしても、今どきそんな奴らいるのか?もう絶滅危惧種かと思ってたわ。子供だと思って舐めていたか、単なる馬鹿かそれとも両方かどっちかわからんな。
「ギルドに頼んで追っ払ってもらことは出来ないのか?ギルドの名前を詐称しているんだ。バレたらタダじゃすまないだろう?」
「それが……私達のマスターは今現在行方不明なんです」
「行方不明?マスター権限を持ってる人間が?いや仮に行方不明だとしてもなんか問題があるのか?」
俺がそのようにいうと2人とも言葉を失ったかのように沈黙する。なんだこの空気、俺がなにかまずいことを言ったのか?
「おじさんホントにマスター?」
狐娘の方が割って入るように物言いをしてくる。
俺のさっきの発言は彼女にマスターとしての存在を疑われるほどのものだったらしい。
「残念だが、見ての通りマスター権限の所持者だ」
そう言って俺は首に下げているカードを指す。
盗難、詐称は重罰が待っている。偽物を飾っとくメリットなどない。
「そのようですね。では…ギルドへの依頼はマスターまたはそれに準ずるサブマスター名義でないと通せられないのは知っていますか?」
羊娘はそういいながら確認をとってくる。
彼女も少なからず驚きがあったのだろう。
「そういうことか」
なるほど、確かにその通りならギルドを頼れない。
それを利用して騙す手口も存在するのか。
しかし、だからといってなぜあの男はギルドの職員を装ったのか?そのリスクは軽くない。相応の理由があったからか?いやそれにしても
「そういえば、どうしてお前たちはここに?見るからにこのあたりの住民じゃないだろう?」
そう彼女らの格好から予測すると、出身は──
「はい私たちは、『始まりの地』から来ました。
クランの本部がそこにあるんです」
始まりの地、そこにはギルド本部が存在し、強者たちが集まって競い合う場所。まさに人外魔境の国だ。
クランというマスターにのみ結成が許される団体が乱立し、マスター権限保持者がわんさかいる場所だ。
そしてマスター権限保持者……主人公たちが最も集まる場所といえよう。
「そして私たちはこの国にクランの支部を訪れるために来ました」
それは何故か?っと聞く前に狐娘が口をだす。
「この国にある支部の荷物を回収してたのよ」
それはつまり支部を切り捨てるということ。
荷物はどうか知らないが、支部を売り払うつもりなのだろう。マスターのいないクランの稼ぐ方法は限られてくる。彼女たちもそこまでしないと行けないほど追い詰められているということだろう。事情がわかったためか少し気まづく感じる。
自然と場の空気は重くなり、誰も口を開かなくなる。
「カロピス、お茶、レバーポーションでございます」
店員がタイミングを見計らったかのように注文の品をテーブルに載せていく。俺のテーブルには何の肝臓かわからないが、それをミキサーで液状化させたものに、ポーションを混ぜたものだろう。色がグロテスクな上にとんでもなく臭い。こんな空気じゃなくても飲めたものじゃない。
俺は取り敢えずこの空気をどうにかしようと口を開いた。
「ええと…そういえば名前も聞いてなかったな」
「ああ!そうでした私としたこと。こんなことを忘れるとは」
彼女もそのことを忘れていたのか、慌てた様子で席を立ちこちらに向かって頭を下げる。
「私!ソニアと言います!」
少し慌てた様子で名前をいう彼女に微笑ましい気分になる。わざわざ頭を下げて挨拶をするほど礼儀正しい彼女と、隣で届いたカロピスを音を立てながら飲む妹を見てもう少し似ればなあという思いが密かに湧く。
「俺は東真 静人。見ての通り、マスター権限保持者だ」
「ワタシはソラー」
ソラの気の抜けた声に少し先程の空気も払われた。
彼女を見ているとどうも昔飼っていたハムスターを思いだす。好き嫌いの激しいヤツだった。っとそこで疑問がひとつ浮き上がる。
「ところで、どうして関係の無い俺にそこまで話してくれるんだ?」
気になっていたことだ。あまり内情を知らせるわけにもいかないだろう。わけがあるのだろうか?
「それは……マスターについての情報が知りたいからです」
ソニアはそう答えた。
どうやら、こちらに事情を話し、知ってもらうことで
行方不明のマスターについての情報が知りたいらしい。俺が悪人だったら一発アウトなやり方だな。信頼しているのか、考えが足りないのかわからないが取引には向いてないのは確かだ。
「東真さん、お礼ついでで申し訳ないですが、私たちのマスター『濃霧のアリー』のことで知っていることがあれば教えていただけませんか?」
ソニアはそういうと身を乗り出して、瞳を揺らして俺のことをじっと見つめる。
そんな純粋な目で見つめられるとおじさんの心が浄化されてしまいそうだ。ここでなにかを要求するようなことも可能だが、ただでさえ厳しい状況にいる彼女たちの弱みに付け入るほど俺も悪魔じゃない。
ソニアが言っていたマスターの名前に思考を向ける。
アリーか、アリーがちな名前だが聞いたことがない。
名前からしてきっと女性だということしかわからない。二つ名がついているという事は6レベル以上の強者、クランもなかなかに盛強していたに違いない。
「アリーねえ。…すまないが力になれそうにない」
そもそも俺は他のマスターについて詳しい方ではない。この国のマスターはともかく『始まりの地』のマスターの数は膨大だ。その中のひとりと言われてもピンと来ないのは当たり前だ。しかし、少なくとも俺が知らないという事は『レジェンダ』ではないという事は言える。
「いえ、気になさらないでください。もともと荷物回収のついでに聞き込みをしようとしていましたし」
彼女は明るく振舞っているが、その明るさもどこか悲しげだ。それもそのはず、マスターがいなくなったクランは解体、後に登録内容を削除されるはずだ。登録の削除は同時にギルドの庇護を失うことを意味する。失踪の場合は幾らかの期間が設けられるはずだが、ソニアの様子からあまりのんびりしていられない状況らしい。
『始まりの地』ではマスターがいなければろくな就職先もない。だからといってクランを捨てる事はすなわち故郷を捨てること。足りなくなった金を借金して、やがて首が回らなくなって、差し押さえられた後に─
「みんなが奴隷になるような事は避けなければなりません」
「奴隷落ち…か」
マスター失踪による稀に聞く悲劇だ。もちろん大体の国は奴隷を認可してないが、すべての国が認めてない訳ではない。販路があるなら流通があり、需要が存在する。
「そうならないためにも早くマスターを見つけなければなりません」
ソニアはそういったあと、ふと視線をレバーポーションに向けて頬をひきつらせる。
せっかくのお礼なのだから飲みたいが、これを飲むのには少々覚悟がいる。
俺はコップを手に持ち液体を見つめると、気色の悪い色をした液体がテカリと光り、飲みたい気持ちを遠ざける。
仕方がない、飲むか。
「っ!?不味くない…。というか美味い」
意を決して飲むと、意外にまろやかな口触りにポーションの爽やかさが合わさって絶妙なコラボーレションを繰り広げている。ペロッ青酸カリ!?みたいな展開を予測していたが、美味しいならそれでいい。
次回のAS!
「なんだ、欲しいのか?」
「あ、あの触ってもいいですか?」
「まだ大丈夫〜」
「終わったんですね?」
「潔く死んでもらおうか」