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妖精とクマ  作者: さぁこ/結城敦子
第九章 椛島真白の忍耐。
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9-2 手紙

『若社長へ。


お元気ですか?

真白は元気です。嘘じゃありません。

若社長が居ないのも、連絡がないのも、とても寂しいですが、元気でやっています。


文芸同好会に入りました。

文芸サークルではなく、同好会の方です。


ひょんなことから知り合った佐保南さんに、文芸同好会のことを教えてもらい、自分で訪ねて、自分で入会を決めました。


同好会で使っている建物は、大学創立以来のものらしく、外観は少し怖いですが、中はとても居心地良く改装されていて、本もたくさんあって、素敵な場所です。

南さんは副会長ですが、文芸同好会には会長と書記の三人しかいませんでした。

しかも全員四年生で存続の危機なのです。


そこで、南さんはボッチの新入生勧誘大作戦なるものを立てて、毎日、学食で一人飯をしている学生を探していたらしいです。


あ、若社長、ごめんなさい。

一通目の手紙では、私、嘘をついていました。


そうです、大学に馴染めないでいました。

最初に躓いたせいで、内気になってしまっていたのです。


でも、もう、心配しないで下さい。

今は、楽しくやっていますから。


副会長の南さんは「もったいない」が口癖で、いつも何かを利用しようとしています。

私のことも、「その可愛い顔で、同好会の加入者を増やし、学祭で発行する部誌を手売りしたら、大儲けすると思うのよね!」と利用する気満々です。

けど、新しい人は一人しか増えませんでした。

女の子です。この子のことは後から書きます。


南さんは、とにかく学祭で部誌を売りたいらしく、いろんな企画を考えています。

私は、なんとしてでも部誌が売れればいい、という態度に疑問をもっていましたが、真崎さんに話したら、「その子の気持ちも分かるよ」と同意しました。

とにかく、手に取ってもらえなければ、読んでもらえないだろう、と言うことです。

ただし、その加減は難しいです。

真崎企画でも、父の原稿を載せた雑誌を、フリーペーパーではなく、値段を付けて売ることになりました。

なにしろ、欲しい人はたくさん居て、膨大な数を印刷するのに、元手はほぼ変わらないのですもの。

刷れば刷るほど赤字です。広告を申し出る企業も多くなりましたが、ずっと大事にしていたフリーペーパーを昔から支えていた企業やお店を切り捨てたくないと言います。

そういう所は、小野寺の大社長に似ていますね。

なので、新しい形の冊子を作ることになったのです。

有償になると、無料の時よりも手を出し渋る人も出るし、椛島真中目当てで買った人に、他のページも面白いと思ってもらわなければ、継続的な購読に繋がらない、人寄せパンダが居るのも大変だ、と真崎さんは楽しそうにぼやいています。


若社長は覚えていますか? 私が受験の朝に持って来た原稿のことを。

あれは父の新しい小説でした。

経済界を舞台にしたお話は、これまでの女性だけでなく、男性にも好評で、新機軸を打ち出した、と高く評価されました。

前作の映画化よりも先に、ドラマ化されて、秋にも放送されることが決まりました。

私はまた、父が小説を書くようになって、とても嬉しいのです。

だから、真崎さんに指名されて冊子の編集を一任された、大変そうな海東さんを助ける為に、私なりに出来ることを探して頑張って働いています。

父の小説を、もっとたくさんの人に読んでもらいたいからです。


南さんも同じなのだ、と分かりました。


南さんは会長の赤沢さんの書いた文章を読んでもらいたいのです。

赤沢さんと南さんは、幼馴染、腐れ縁とお二人はいいますが、長い付き合いで、赤沢さんが文芸サークルの部長に指名されたのを面白く思わなかった人に、サークルを追われた時も付いて行って、同好会を立ち上げたのです。

多分、南さんは赤沢さんが好きだと思います。

なのに、赤沢さんの方は、全然、気が付いていません。

人間観察の鋭い、凄まじい小説を書くのに、現実の人間関係は不得手みたいなのです。

それを南さんが補っている感じです。


ちなみに、その赤沢さんを追い出した人が、今の文芸サークルの部長になっています。

新歓コンパで、私の隣にずっと座って、ひたすら話しかけて来た人です。


ごめんなさい。新歓コンパは合コンとは違うと思って、参加したのですが、もう懲り懲りだと思いました。

ただ、南さんが言うには、その人は、上昇志向が強くて、椛島真中の娘と縁付いて、自分も有名になりたかったらしい……のです。

私は色目なんか遣ってません!

変な噂が立って困っていたら、南さんが骨子を作り、赤沢さんが壮大な物語をつけた、別な噂を流してくれました。


「椛島真白には行方不明の恋人が居て、いつまでも、その男を想って、いつか帰ってくると信じて待っている」


怒らないで下さいね。

もう一案の「椛島真白の恋人はものすごく束縛が強い、嫉妬深い男で、合コンどころか、男と目を合わすだけで、難癖をつけられる」というのは絶対に嫌だったのです。


赤沢さんのお話はドラマティックで、人間描写が真に迫っているので、やけに説得力がありました。

その噂のおかげで、女の子たちは私に同情してくれて、合コンを断っても、あまり嫌な顔をされなくなりましたし、誘われることも稀になりました。

私も身構えないで、話すようにしたら、ポツポツと普通の会話をしてくれる人も出てきました。

お休みした時、ノートも貸してくれるようになりました。

「いつまでも音信不通の男に義理立てすることはない」とは言われますけど。


本当に、どこに居るんですか?

この手紙を読んだら返事を下さい。

一行だけでいいんです――』



 文芸同好会の部屋で手紙をそこまで書くと、後ろに人の気配を感じた。


「真白ちゃん〜! お疲れ!

もしかして、小説を書いてくれているのかな?」


 南さんだ。

 便箋を隠すと、振り返った。


「まさか! 私は小説家志望じゃなく、編集者志望なんですよ。

私は文化祭で出す部誌の、巻頭カフェ特集の記事を書くって、決めたじゃないですか!」


「も〜う、怒らないの。

せっかくの可愛い顔が台無し……でもないか。可愛い子ってどんな表情でも可愛いのね。ズルい。

でもさ、あの椛島真中の娘の初めての小説! なんて、話題になると思うのよね」


「それで大したことのない話を読まされる読者の気持ちになってみて下さいよ。

南さん達は、売り逃げして卒業するかもしれませんけど、私たちは、次の年もあるんです。

いい本を作って、新入生を勧誘しないと、同好会、潰れちゃいます」


「そうね、小説を書くのが、桐子とうこちゃんだけじゃねぇ〜。

ジリ貧よね。

だからこそ! 真白ちゃんも何か書けばいいいじゃない。評論とか、グルメリポートじゃなく小説を!

それが嫌なら、真白ちゃんのセクシー水着グラビアとか、真白ちゃんと握手出来る券を付けるとか……」


「それこそ! 全っ然、文章関係ないじゃないですか!!」


「ああ、怖い。

可愛い子をスカウトしてきたと思ったら、意外に強気で怖いわぁ〜」


「可愛くない後輩ですみません。

今日のおやつはスペシャル版なんですが、南さんには、あげません」


 南さんの話はどこまで本気か冗談か分からない。

 多分、ほとんど冗談なんだろうけど、うっかり同意したら、ここぞとばかり押し通されそうでもある。

 私は押しに弱い所があるから、これ以上の会話は避けるのが吉だ。

 強引に話題を変えると、のってきてくれた。


「ヤダヤダ! 真白ちゃんのおやつは美味しいから、おやつ抜きはヤダ!

それもスペシャル版って?」


「雨宮家の秘伝のオレンジチョコレートケーキですよ。

もうすぐみなさん揃うので、コーヒーを淹れますね」


「やった! 真白ちゃんのコーヒーも美味しいから、嬉しい!

……って、ちょっと待った! 雨宮って? あの色男のお家……お屋敷に行ったの?

ついに、行方不明の恋人から乗り換える決意をしちゃった?」


「一さんのことですか?

違いますよ。妹の姫ちゃんと友達なんです。

昨日、遊びに行ったとき、文芸同好会のみなさんにって、ワンホール頂いたんです。

――ここだけの話、ケーキ自体、門外不出とのことです。

なので、学祭の足しにはならないんですが」


 椅子から立ち上って、コーヒーを淹れる準備を始める。


 学祭に合わせて出す本のテーマは『カフェ』。

 私が提案したのを受け入れてもらったのだ。

 女の子はカフェが好きだから、大学周辺のお店の情報があれば、手にとってくれるかな、と思ったのだ。

 真崎さんには安易だな、と鼻で笑われたけど、奇をてらうには技能が足りない。

 そういう時は正攻法で攻めるのも手じゃない、と南さんが笑って賛同してくれた。

 私がカフェのリポートを、それから南さんと一緒に、カフェが出てくる本の評論を書くことになった。

 他の人達は、それぞれ、カフェを舞台にしたり、それに絡んだ小説を書く。

 ついでに、学祭の模擬店でカフェもする。

 カフェ尽くしである。


 その為に、授業とバイトの合間を縫ってカフェ巡りをしているのだ。

 「あんな不実な恋人の為に、よくやるよ」と真崎さんと海東さんに、しょっちゅう、からかわれるが、どうせやるなら、若社長の日本での出店計画の足しにしたい。

 こうして大学生の生の意見を聞ける場所にいるのだから、それこそ「利用しなければもったいない!」だ。

 そのおかげで、太らない様に、毎日必死でピラティスなどの運動に励むことになったんだけどね。

 若社長が帰ってきた時、まんまるになっていたら困るもの。


***


「いい香りだね。真白ちゃんのコーヒー?」


「正解〜! 赤沢あかざわ! 今日のおやつはスペシャルらしいよ」


「――それは楽しみだね」


 シャツにジーパンという、毎日、同じ組み合わせの赤沢さんが入って来た。

 続いて、もう一人の四年生、成田さん。

 そして、最後に、私と同期の桐子ちゃんだ。


 成田さんは、見た目も言動も軽薄そのもので、うさん臭い印象だけど、根はいい人だ。

 なにしろ、文芸サークルを追い出された赤沢さんを追って、南さんと一緒に同好会を作った人なのだから。

 書く小説は、見た目を反映して、軽い感じの話ばかりだけど、読み易くて、読後感が良い。

 特に赤沢さんの、朴訥な外見に反して、鬼気迫る内容の小説の後では、ホッとする。

 南さんとは違った意味で、赤沢さんと成田さんもいいコンビなのだ。

 ただし、どうも成田さんが南さんを好きな風なのが気になる。

 私と桐子ちゃんが加入する前、この三人で、よく波風を立てずに活動してきたなと思わずにはいられない。

 三人とも大人なのか、奥手なのか、自分以外の人間の気持ちに気づいていないというか……そのうち、なんとかしてあげたいね、と桐子ちゃんとお節介なことを考えている。


 桐子ちゃんは、私が同好会に入った後にやって来た、唯一の部員だった。

 後の希望者は南さんが断ったらしい。

 理由は不明だけど、あの先輩は口で言うほど、私を利用しようとはしていない。


 瑠璃子さんと同じ服の趣味で、中でも『ピンクムーン&ブルースター』というブランドが大好きな桐子ちゃんは、私がたまたまそのスカートを履いていたのを目に留めていた。

 けど、一度しか履いていないことを責められ、もし、週一回、『ピンクムーン&ブルースター』で全身をコーディネートしなかったら、同好会を辞めると言い出した。

 彼女の『ピンクムーン&ブルースター』好きは、ほぼ信仰だ。

 私はそれに同意した。

 『ピンクムーン&ブルースター』は服の山の中に一式持っているし、嫌いじゃない。どちらかと言うと好きだ。

 桐子ちゃんは小説を書く。それも、かなり面白い。

 こんな貴重な戦力を失うくらいなら、週一、マネキンなっても構わない。

 それくらいは「利用しなければもったいない!」……なのだ。


***


 五人揃うと、ホールケーキは微妙に余った。

 男性陣は、一切れ食べると、私たちにもう一切れずつ譲ってくれた。


「あと三人くらい部員が居てもいいよね?」


「南ちゃんが断るからだろ。

せっかく、今年度の学祭、ミス確実の真白ちゃんを餌に呼び寄せたっていうのに。

同好会に入れたの、女の子の桐子ちゃん一人だぜ」」


「――あんなに大勢、人が来たら、ここに入らないよ。

それに、真白ちゃん、男の人、苦手みたいなのに可哀想……」


「「「「え?」」」」


 赤沢さんの言葉に、私を含めて、その場の人間が驚いた。


「私、男の人苦手……ではないと思います。

のべつまくなし好きでもないですけど」


 チョコレートケーキの載った皿を持ったまま、反論した。


「――そう?私の思い過ごしかなぁ?」


「うーん、言われてみれば、真白ちゃん、赤沢と成田しかいない時は、ここに近寄らない。

成田はともかく、赤沢なんて、無害なのに」


「南ちゃん、俺も無害だよ。

でも、そうだね、話す時も、一歩引くっていうか、構えるっていうか」


 先輩方三人の意見に、桐子ちゃんも思い出したように加わる。


「同じ授業を受けている時も、男の人が隣にくると、逃げるよね。

真白ちゃんって、可愛いのに無自覚なようでいて、自意識過剰で、入学当初、ヤダ、何この女?って思ったもん。

『ピンクムーン&ブルースター』のスカート履いてなかったら、絶対、仲良くなりたいと思わなかった」


 四人の瞳に問いかけられて、戸惑う。


「大学に入る時に忠告されたんです。

私って、警戒心が薄そうに見えるから、自意識は過剰な方がいいって」


「フランスで行方不明の恋人に?」


 南さんは、若社長のことを、そう呼ぶ。

 本名どころか、若社長という身分さえ教えていないので……今や『社長』でもない……呼び方に困るのは分かるけど、もう少し、爽やかに呼んで欲しい。

 『朝日の君』とか。


 久々に思い出した、その異名を私は口にした。


 「『朝日の君』って呼んでください。高校の時の友達と、そう呼んでいたんです」


 ひとしきり『朝日の君』という名前の恥ずかしさに盛り上がった後、成田さんが言う。


「でも、その人の警告は確かだね。

そんなに清楚で可愛い見た目だと、その内、変な男に付きまとわれそうだ」


「……」


 ある出来事を思い出した。

 黙り込んだ私に、成田さんが気まずそうな顔をする。


「もしかして……そういう経験……あり?」


 頷いた。


「うわぁ、やっぱ可愛いって大変!

南さん! 良かったですね、私達、ほどほどの可愛さで」


「あら、桐子ちゃんも可愛い部類に入るわよ。

性格悪いけど」


 そう言いつつも、なぜか南さんは桐子ちゃんを横から抱きしめ、頬ずりまでしている。

 それを横目に赤沢さんが聞く。


「――被害に遭ったことあるんだ」


「でも、わっ……『朝日の君』がいつも助けてくれたんです!

人の弱みにつけこんで私を愛人にしようとした男とか、ナイフで脅して拉致監禁しようとした男とか!

そのせいで、自分が傷ついたのに、私のこと、助けてくれたんです!」


「――想像以上に大変だね」


「嘘、真白ちゃん、思った以上に可哀想」


「同じ男として、気分が悪いよ」


「自意識過剰って言ってゴメン!

そりゃあ、なるわ。あり得ない。

おまけに、父親の名声目当ての男に言い寄られた挙句、その彼女に泥棒猫呼ばわりされる災難だもんね」


 一斉に同意されてしまった。

 美園も、ストーカー男も、全部、若社長が身を挺して防いでくれた。

 いつでもあの人が側にいると思えば、何も怖くなかった。

 小野寺出版で衆人環視の前で、社員の人に告白された時も、断ったらどうなるんだろう? とか、怖くて怯えてしまったけど、目の端に、若社長の姿を見て、勇気を貰った。

 でも、今は居ないのだ。

 新歓コンパの時、泣きそうになって若社長を心の中で必死に呼んだけど、彼は来なかった。来るはずがないのだ。

 だから、私は怖気づいてしまい、以降、男の人に過剰に反応するようになってしまったのだろう。

 何かあっても、助けてくれないから――。


「私、本当に男運が悪いんです。それで、また変なことに巻き込まれたくなくって」


「男運が悪いって言うか……ねぇ、赤沢?」


「――うん。君に好意を寄せている人間は多いけど、直接何かしようと思う男は少ないよ」


「うんうん、見るからに高嶺の花だもん、真白ちゃん。

そういう変な男じゃないと、ちょっかいかけようとは思えないよ。

だから、世の中の男を、みんな怖いと思う必要はないよ。

俺も! 怖くないからね」


「うわー、成田さん、うさん臭い」


「……桐子ちゃんって、ホント、情け容赦ないよね」


「――でも、恋人……居るから、他の男は必要ないもんね」


「そうです! 赤沢さんの言う通りです!

男の人なんて、朝日の君だけで十分です!!

朝日の君は、優しくて頼りになって、大人だけど、ちょっと子供っぽい所もあって、笑い顔がすっごく素敵で――」


「「「「ごちそうさまでした」」」」


 一日一度はしてしまう恒例の若社長自慢を始めたら、私を除く文芸同好会一同は、空になったケーキ皿に手を合わせて、三々五々、それぞれの作業に向かってしまった。


「リア充爆発しろぉ!」


 今日の片付け担当の南さんが、洗い場で叫んだ。


***


 バイト先に向かう途中で思った。


 考えてみたら、男の人の中で、一番危険なのは、若社長じゃないの?

 あの人は手慣れていて、あっという間に間合いに入ってきて、私を見つめるだけで思考を停止させ、なすがままにさせてしまうのだ。

 どんな男の人よりも危ない。

 私が男性が苦手になったのって、もしかしたら若社長のせいかも。


 そっと唇に触れる。


 怖くて恥ずかしかったけど、それを上回る甘美な感覚が蘇る。

 私は周りが思うほど、清純な女の子ではないのだ。

 あのまま噛まなかったら、どんな目に合っていたのだろうか――。


『―――若社長。

真白はいい子で待っています。

どうか無事に帰って来て下さいね。

そうしたら、いい子にしていたご褒美をいっぱい下さい。


貴方の恋人になる予定の真白より。


追伸。

雨宮一さんが、私が望めば、プライベートジェットを出してくれると申し出てくれましたが、断りました。

でも、もしも、必要なら呼んで下さい。

一さんのご厚意を利用しても、私は若社長の元へ参りますから


追伸。

ご褒美って、ドレスとかバッグとか香水とかじゃないですよ!』



『真白ちゃんへ。


手紙をありがとう。

長く連絡をしなくてごめん。

俺も元気でやっているよ……と言いたいけど、真白ちゃんが側に居ないと、元気が湧いてこない気がする。

それでも、健康的には問題ないから安心して。


フランスはいい所だよ。

でもね、真白ちゃんが居ない場所は、どこを見ても色を失った灰色の景色にしか見えない。

コーヒーも、真白ちゃんが居ないと、美味しくないよ。

一刻も早く、真白ちゃんの所に帰りたい。

毎日、どの瞬間も真白ちゃんのことを想っているよ。


もう少しだけ、俺を信じて待っていてね。


小野寺冬馬』



『真白ちゃんへ。


俺から手紙が来たことを、君は母やみんなに伝えるだろう。

みんな心配しているだろうから、きっとそうするに違いない。

だから、内容を聞かれたら、一枚目の手紙を渡すといいよ。


二枚目の、この手紙は、真白ちゃんだけに宛てて書いているから、他には見せないでね。


君が元気でやっていると知って、嬉しいと思うべきなのに、俺が居なくても楽しい暮らしをしていることに、勝手なことに寂しく思う。

けれども、君が元気じゃないと、不安で仕方が無い。

一通目の手紙と二通目の手紙は、一緒に読んだけど、一通目を読み終わった後、すぐさま、日本へ帰ろうとしかけたよ。

君は嘘吐きのくせに、嘘が下手すぎる。

困ったら周りの人間に相談するのを、忘れないで。

遠くに居て、音信不通だった俺がいう資格はないのは分かっているけど、君が一人で悩んで、それにつけこまれたら……と思うと気が気じゃないよ。


君を鳥かごに入れてフランスに連れ去りたいくらいだ。

でも、俺は君が大空で自由に羽ばたいている姿を見たいんだ。

幸せを運ぶという燕が、南の国に帰っても、同じ場所に戻ってくるように、君が俺の懐で羽を休めてくれるといいなと思う。


文芸サークルの件は残念だったけど、同好会の人達が良い人ばかりで安心した。

カフェの企画も良いね。

学祭なら、俺もきっと間に合うはずだ。

ただ、真白ちゃんがミスコンに出たり、カフェで給仕をする姿は見たくないかも。

ほら、俺は束縛の強い、嫉妬深い男だから。

副会長が流そうとした噂の一案の方が、相応しい男だよ。

君のことだから、俺が悪く言われるよりも、自分に非があるようにしただろう?

困った子だね。

そんな風にされると、君をフランスに呼び寄せたくなる。

そして、抱きしめたくなるよ。


いい子で待っていたら、お望み通り、いっぱいご褒美をあげるからね。

……って、いつからそんなこと言う子になったの?

本当に困った子だね。

俺のせい? それとも、君は純粋にご褒美を望んでいて、俺が一人で突っ走ってるだけ?

どっちにしても、帰ったら君の側にずっといよう。


愛をこめて、冬馬。


追伸。

雨宮家のプライベートジェットなんて、わざと言っている?

それを使わせるくらいなら、俺が帰ってくる。

そして、二人で小野寺を捨てて駆け落ちしよう。

俺はどこでも生活出来る。君さえいればね』

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