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妖精とクマ  作者: さぁこ/結城敦子
第八章 小野寺冬馬の秘密。
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8-5 言えない行先

 フランス行きという、重大な決意をしたこと、早く真白ちゃんに言わなければいけなかった。

 けれども、内容が内容すぎて、伝える日時に悩んだ。

 受験が終わってすぐは、卒業式が間近で、そんなハレの日を前に、悲しませるようなことはしたくなかった。

 その後は、風邪をひいていて、外に呼び出すことは出来なかったし、父親の目が厳しくて、お見舞いにも行けなかった。

 電話口での報告では、真意が伝わらず、誤解させてしまうかもしれないから、直接、会って話したいとは思っていたが、一度、気勢が殺がれると、勇気を出すのは時間がかかる。

 それでも、決心して、電話した二度目。


『明日、父と旅行に行くんです!

受験勉強から解放されたお祝いだって。

一泊だけだけど、母と昔行った場所に連れて行ってくれるんです』


 弾んだ声に、挫折した。

 楽しい旅行の前に、こんなことを言うべきじゃない。


 高校を卒業させたら、娘を手放す約束をしていたらしい父親は、その必要がなくなり、約束を破棄出来た嬉しさで、これまでの分を埋めるように可愛がり始めたらしい。

 これまた、身に覚えがある反応すぎて、心が痛む。

 真白ちゃんは俺からも、父親からも、こっちの都合で突き放されたり、一転、執着されたり、振り回されてばかりだ。


 そうすると、真白ちゃんの第一志望の合格発表の日が目前となってきた。

 その後でもいいのではないか。


 俺の方も、突然決まった移動に、残務処理や引き継ぎ、関係者への挨拶、フランスでの生活の確保などで、寝る暇もないくらいに忙しく、平日は会社を抜け出せず、土日も以下同様。


 などなど。

 要は、すっかり言い出しにくくなっていたのだ。

 先延ばしにすればするほど、事態は悪化していく一方なのに、いろいろと理由を付けて、真白ちゃんに会うのを避けてしまっていた。


 迷っている間に、彼女の方から俺に会いに来てくれた。


「え? 真白ちゃん……大学生になるの!?」


「はい、大学に合格したので。

みなさんにご報告に来ました!」


 久々に真白ちゃんが会社にやって来たと聞き、社長室まで追ってきた東野部長が拍手をした。


「ありがとうございます」


 真白ちゃんは、合格の知らせに来たからか、黒の細身のパンツを履き、胸元に細かいプリーツの入ったシャツの上に、短めの丈の淡いさくら色のジャケットというカッチリとした服装をして、手には白いスプリングコートと例のマフラー、濃い目のピンクのミニボストンバッグを持っていた。

 足元が千鳥格子と黒のバイカラーの、かなりヒールの高い靴なのが、高校生だった時とは違う大人っぽさを見せていた。


 そう見ると、顔立ちにも幼さが消えたようにも見える。

 ……いや、待て、自分。

 高校生は卒業式をしても、まだ高校生だ。

 三月いっぱいは高校生の身分であって、たとえ合格していても大学生じゃないからな。


 と言うか、真白ちゃんは高校生の印象が強すぎて、大学生になるのが信じられなかった。

 そうか、あと一か月もすれば、彼女は大学生になるのか……。


「若社長は、何を今更驚いているんですか?

真白ちゃんが大学受験に間に合うように送っていったと聞きましたよ。

合格したら大学生になるのは当たり前です。

それを、なんですか『え? 真白ちゃん大学生になるの!?』って、意味不明すぎます」


 俺がもう社長じゃなくなるのを知っている東野部長は、このところ、ますます厳しい。

 そう言ったら青井部長も、戸田部長も、秘書室も、みんな、こんな突然、見捨てるように会社を去る俺に、何かしら言いたいことがあるようで、遠巻きにされている。

 次期社長に内定している井上常務だけが親切という、以前とは真逆な状況だ。


「そう……だよね。

大学生になるんだよね。

おめでとう、真白ちゃん」


「ありがとうございます。

……お仕事中、押しかけて申し訳ありません」


「いいや、気になっていたから、かえってありがたいよ。

わざわざ、報告に来てくれてありがとう。

自転車で来たの? 送って行こうか?」


 ついでに美味しいものでもご馳走するよ。

 その時に、大事な話もするよ。

 そのつもりで、誘ってみたら首を振られた。


「すみません。

本当は今日、以前のバイト先のみなさんに卒業と合格の報告をしに来たのです。

みなさんには、バイト中、すごくお世話になったので。

途中で篠田さんに会って、ここに連れてきて頂いたので、まだ、そちらに顔を出していないんです」


「ああ、そうなんだ。

それは大事だよね。

引き留めてごめんね」


「いえ! 若社長にもお知らせしようと……思っていたので……」


 なんだこのぎこちない会話は。

 母と東野部長がさぐるような目で見ているのも気になるけど、真白ちゃん自体も、何か隠し事をしているみたいだ。


「良かったら……嫌じゃなければなんだけど、挨拶が終わるまで待ってるよ。

だから……」


 だから、一緒に居てくれないかな? と続けたかったのに、真白ちゃんが慌てたような申し訳なさそうな顔になった。


「あの、私もそうしたいのですが……でも……その、実は私、アルバイトを始めたんです。

それで、今から仕事に行かないと―――」


「えええええーーー!!真白ちゃん、バイト決めちゃったの? 

なんで! どうして!

うちで働いてもらおうって、人事にも働きかけてたのに!」


 東野部長が彼女の言葉に驚いて叫んだ。

 俺も、母も、声は出さなかったけど、気持ちは同じだった。

 どうりで、やけにカッチリした服装で、隠し事をしている様子だった訳だ。

 「別に彼氏が出来たの」とかいう理由でなくて良かった。


「ねぇ、編集の仕事をしたいって言ってたわよね?

そしたら、小野寺出版でのバイト経験は大きいわよ。

インターンになればいいじゃない。

それで、そのまま就職しちゃえば?」


 すごい縁故採用だな、と東野部長に呆れかけたが、それは、いきなり社長に就任した俺も変わらない。

 真白ちゃんは、小野寺家の正当な血筋の女の子な上に、『妖精』として、小野寺出版に多大な利益をもたらした救世主だ。

 その業績だけでも、採用の価値はあるかも。

 去年の冬のボーナス増額は真白ちゃんのおかげだし、今年の夏のボーナスの増額は父親の椛島真中の稼ぎと知れば、誰も文句は言えまい。


 フランスに行くのを止めて、真白ちゃんとここで働けたらいいのに。

 そして、東野部長の企画・戦略部ではなく、牧田の秘書室で雇って貰えば、毎日、あの子のコーヒーが飲めるのに。

 そんな夢のような、実現不可能なことを考えていると、母が真白ちゃんに問いかけた。


「どこでアルバイトをするの?

お父上はご存知なのかしら?」


 その答えに、東野部長はさらに驚くことになった。

 驚きをちょうど、「真白ちゃんが大学合格の報告にやって来たと聞いて、青井部長がいらっしゃいましたよ」と牧田に案内されて入ってきた青井部長にぶつける。


「青井部長!! 聞いた!

真白ちゃん、あの『真崎企画』でアルバイトするんですって!!」


「げぇ! ……いや、失礼。

でも、なんだってあんな人の下で働こうなんて酔狂なこと思いついたんですか。

止めた方がいいですよ。今すぐ断って来た方が身の為です。

あの人の部下になって、社員だったから我慢してましたが、バイトだったら三日で逃げ出してましたよ」


「そ、そんな……悪い人には見えませんが」


「悪い人ではないよ。でも、仕事には厳しい人だ。

作るものは素晴らしいんだけどね」


 東野・青井両部長の剣幕に押されて弱気になったような真白ちゃんに、少し優しい言葉をかける。

 実際は、真崎さんの下で働こうなんて、蟻地獄に自ら身を投じる蟻みたいだと思っていた。

 なのに、彼女は嬉々として言った。


「そうなんです! 私、真崎社長の編集した『晴嵐』も読んだことがあって、気付かなかったけど、あの方、ここの社長だったんですね!

フリーペーパーも面白いし、尊敬しています。

合格発表の日に、海東さんが、新入生向けのフリーペーパーを配っているのに出会って、あの時のお礼をしないとと思って、会社に訪ねたら、新年度のバイトを募集しているって」


「あの会社が学生バイトを募集したことなんかないわよね? 青井部長!」


「ええ、絶対、うちに取られる前に囲い込んだんですよ」


「真崎社長に先んじられたわね……小野寺清掃も狙ってたのに。

大学生活が落ち着いてから、と思ったのが仇になったわね」



「す、すみません。勝手に決めてしまって」


 年上の大人達の圧倒的な反対に、大人になったばかりの真白ちゃんは、再び意気消沈した。


「勝手に決めてもいいじゃないか。

君の人生は君が決めることだ」


 そうだ、真白ちゃんはこういう子だ。

 俺や、周りの大人たちの思惑なんて関係ない。

 自分で自分のことを決断できる、可愛くて強気な子なのだ。


 俺は褒めたつもりだったのに、真白ちゃんはさらに落ち込んだ。

 なんでだ? 不安なのかな?


「でも、もし、キツくて、嫌だったら辞めてもいいからね。

大学生の本分も勉学なんだから、それに支障があるようなら、無理して続けるものじゃない。

真崎さんに何か言われても気にすること無いよ。

辞められそうになかったら……俺に……いや、もう、面倒だから義父に言いつけてやればいい。

真崎さんも義父には逆らえないからね」


 真白ちゃんから遠く離れたフランスに居る俺に、この件では、力になってあげられないかもしれない。


「若社長は相談に乗ってくれないんですか?」


「言っただろう。俺もあの人には頭が上がらない。

てっとり早いのは義父だ。

あの人は――」


 君の祖父なんだから、協力は惜しまないよ。


「『若社長』は? 相談に乗ってくれないんですか?」


 彼女には俺の態度が及び腰、もしくは、突き放しているように感じさせてしまったようだ。

 一転、強気に振れた真白ちゃんに、『若社長』は? と強調されてしまった。

 言い淀む俺に、母、両部長、そして、牧田の「まだフランス行きを伝えてないのか! この男は!! 馬鹿じゃないのか!!」という視線が突き刺さる。

 視線が現実化したら、俺は血みどろになって、そこら辺に転がっていそうだ。


「俺は……真白ちゃん、実は俺……!」


 やおら立ち上がり、フランス行きを伝えようとした。

 伝えようと……したんだけど。


「俺……」


「はい?」


 小首をかしげる真白ちゃんは可愛いな。

 本当のことを話したら、この晴れやかな顔がたちまち曇るのかと思うと、言葉が詰まる。


「俺――真崎さんのこと、苦手なんだ」


 椅子の上に崩れ落ちて、机の突っ伏してしまった。

 なんだってこんなに意気地が無いんだ、俺は。

 真白ちゃん以外の人間から、呆れ声が漏れた。


「だから、力になれない……と思う。

ごめんね、真白ちゃん」


「いいえ! バイトを決めたのは、私ですから!

そんな……若社長にご迷惑を掛けないように、頑張りますね」


「あーー、真白ちゃん?」


「はい?」


「話しておきたい事があるんだけど」


 真白ちゃんの顔を見ないようにしながら、言った。


「あ、そう言えば! 何度かそんな話をお聞きしましたね。

すみません、なかなかタイミングが合わなくって。

あの……急ぎますか?」


「急ぐと言えば……急ぐかな」


「どうしよう」


「バイトの時間があるの?」


「それもありますが、もう、小野寺清掃の休憩時間なんです。

それに合わせてここに来たものですから」


 時間を気にして見た腕時計は、あの日、俺が彼女に『貸して』あげたものだ。

 真白ちゃんもそれに気づいてか、顔を赤らめて、「お返しします」と申し出てくれたのだけど、「合格祝いに」と押しつけてしまった。

 元から返してもらうつもりなんか無かったし。


「もう休憩に入ってから五分も経っているよ。

早く行って、嬉しい報告をしてあげるといい。

みんな待ってるだろうし」


 俺は今回も、フランス行きの一件を伝える気がそがれ、彼女を元・バイト先の事務所に送りだした。

 母が険しい目で俺を一瞥し、真白ちゃんを連れていき、両部長も「仕事がありますから」と、それに続いた。


 一人残った牧田が、「まさか黙って行くつもりじゃないですよね」と咎めた。


「自分がこんなに意気地なしだとは思わなかった」


「真白ちゃんを悲しませたくないから?

それって優しさじゃないよ。自分が傷つきたくないだけだ。

別の誰かから聞かされてもしてみろ、そっちの方がもっと可哀想だと思わないか?

自分でフランス行きを決めたくせに、真白ちゃんには言えないなんて。

お前がやっていることは、ただの自己憐憫だ」


 牧田の言うとおりだ。

 何度目かの決心をして、立ち上がり、廊下に出る。


 母と真白ちゃんは、エレベーターに乗り込む寸前だった。


「ましろ……」


 ちゃん、と言い終わる前に、反対側から別の男の声が、彼女を呼びとめた。


「椛島真白さん!」


 あいつは知っている。

 東野部長の部下で、自転車置き場で待ちぼうけをくらった男。

 受験の日に、椛島真中の原稿を預けた男だ。


 振り向いた彼女に、若い社員は続けた。


「やぁ、こんちには!

受験の日以来ですね。聞きましたよ、合格したんですって!?

おめでとう!!」


「ありがとうございます」


 向こう側で東野部長の渋い顔が見える。

 俺に気がついてか、その顔を、さらにしかめた。


 真白ちゃんは、相変わらず、目の前の男には興味がなさそうで、お祝いには丁寧にお礼を言ったものの、母に促されるまま、エレベーターに歩を進めた。


「あ、待って!

君、高校を卒業して、大学生になるんだよね?」


 閉じかけるエレベーターの扉を、男が半身で止めた。


「……はい」


「突然、こんなこと言うの、あれなんだけど……」


 すでに社員の注目の的になった男が、首まで真っ赤になって次に言うセリフは容易に想像出来た。

 真白ちゃんも察したようで、怯えた顔になり、母に身を隠すように寄り添った。

 怖いのか? 告白されるのが? なぜ?


「あの、初めて会った時から、ずっと可愛いなぁって気になっていて……良かったら、付き合ってくれませんか!!」


 周囲がどよめいた。下品な口笛を吹いたものも居たが、青井部長の視線に黙った。

 ただ軒並み、祝福ムードなのが、真白ちゃんを追い詰めるようだった。


 俺は息苦しくなって、その場に棒立ちになった。

 「この子は俺のものだから!」と言って、その場から連れ出してしまいたい。


「ごめんなさい! 私、あなたとは付き合えません」


 見た目、儚げで可愛らしい子だけど、いざとなったら強気に振れる真白ちゃんは、勇気を出し、周りの人間からのプレッシャーも撥ね退け、告白相手にわずかの期待も残さぬように、きっぱりはっきり断った。

 縋り付いていた母からも離れ、一歩踏み出して、これまたなぜか自信満々に男の前に立つ。


「えっ……」


 寸暇もなく断られた若い社員は、驚いたようだ。

 逆に、なんでそんなに自信があったのか、知りたいよ。


「なんで? 彼氏は居ないって聞いたけど」


「はい、今は居ません。

でも……」


「でも?」


 一縷の望みにすがるような男に向けて、彼女は誇らしげに宣言した。


「予約が入っているんです!」


「よ、よやくぅうううう??」


「はい! 取り置き済なんです!

だから、他の男の人を近づけちゃ駄目だって」


「とっ……とっとっ……」


 憧れていた大学の合格を告げた時よりもはるかに嬉しそうで、幸せそうな笑顔で真白ちゃんは言った。

 その微笑みと、内容に、男は鶏のような声を上げた。


 母の顔は引きつり、東野部長は胡乱な目で俺を見た。

 集まった社員達も、「誰だ、そんな果報者は?」とか「予約? 婚約じゃなくって? どういうこと?」と口々に言いだした。


「何をやってるのかな、我が親友殿は」


 後ろからは、牧田からの冷たい声が浴びせられる。


 けど俺は、そんなことは気にならなかった。

 そんな周囲の反応よりもずっと、真白ちゃんの曇りの無い幸せに怯えた。


 客観的に見て、彼女は『恋人』にひどい扱いをされている。

 女性社員の反応はそれを示している。


 たとえ理由があろうとも、「君を置いて、フランスに行くんだ。でも、君は俺のものだから、予約してあるから大丈夫だよね。これからも、他の男の告白は、そうやって断り続けるんだよ」などと言えるだろうか。


 世の中の男が、真白ちゃんを放っておくはずがないのに。

 大学生になったら、合コンも行くだろう。

 サークル活動で新たな出会いもあるだろう。

 バイト先には海東も居る。

 ――雨宮一も居るのだ。


 その可能性の全てを、俺との約束が奪うのだ。

 俺は彼女にその全てを補って報いてあげることが出来るのだろうか。


 彼女が俺が居るのに気付く前に、自分の部屋に戻った。


 逃げたのだ。

 けれども、そんなことをしても何の解決にもならない。

 そして、しっぺ返しは必ずやってくる。


 真崎さんからバレた。


 真白ちゃんが小野寺出版に訪ねた日の夕方、珍しいことにひどく慌てた真崎企画の社長から電話が入った。


『お前! なんでまだあの子にフランス行きのことを伝えてなかったんだよ!!』


『……言ったんですか、あの子に?』


『言ったさ! あれから何日経っていると思っているんだ?

普通、もう知っていると思うだろう?

だから、つい……』


『言ったんですね』


『俺を責めるのはお門違いだぞ!!』


『分かっています。

ご迷惑をお掛けしました。

……あの子は……真白ちゃんは……』


 言葉が詰まったが、動揺しきりの真崎さんは、揚げ足も取らずに、素直に話した。


『あの子は大丈夫だよ。

とりあえず見た目は。

図々しい子で良かったよ。

あれで、泣かれたりしたら、たまらんからな』


『そうですか。ありがとうございます。

これからも、あの子のこと、よろしくお願いします。

――苛めないで下さいよ』


『そんなことするはずないだろうがっ!!

あの子は、あの子の娘なんだ。

守ってやりたいよ。

お前みたいな男にやるのはもったいないが、あの子が好きだと言うなら仕方がないと思っていた。

だけど、こんなことをするなら、もう応援するのは止めるぞ』


『真崎さん。俺のことを近づけさせないように、あいつも近づけさせないで下さいね。

その為に、真白ちゃんを真崎企画に呼んだのでしょう?』


『……俺を見くびるなよ。ただ単に人手不足だっただけだ。

あの子は頭がいいし、真面目そうで、やる気があるように見えたからスカウトしただけだ』


『そうでしたね。真崎さんが、そんなこと、する訳ないですよね』


 虚ろな声で、そう言うと、電話を切った。


 これでいよいよ早く真白ちゃんに会わないといけない気持ちが高まったが、今度は彼女の方から拒否されてしまった。

 新しい生活の用意をしないといけないから、まだバイトに慣れないから、姫ちゃんのお家にお呼ばれしたから……。


 電話でなく全てメールで返ってくる答えに、俺を責める様子はなかった。

 むしろ、会えずに申し訳ないという文体なのが、余計に辛い。


 真白ちゃんの普段の様子が気になって、彼女の知り合いに片っ端から連絡を取り、ことごとく素気無い返事をされた。

 俺のフランス行きを黙っていたことを、みんな怒り狂っているのだ。

 リサなどは、『あんたより、雨宮兄の方がよぉぉぉぉぉっぽど真白にふさわしいわよ!』というメールに雨宮家に彼女と一緒に招待された時の写真を添付してきた。

 雨宮一が真白ちゃんの隣に座って、なにか楽しそうに話している写真だった。


 『雨』の匂いがする。


 なのに、俺はなにも出来ずに、手をこまねいて見ているだけだった。


 さすがに、その遠因を作った椛島真中、こと小野寺文好からだけは、まともな返事が返ってきた。

 あの苦手な父親にまでメールを出したなんて、俺も焼きが回ったものだ。


『間抜けへ。

真白は一日目の夜は、一晩中泣いていたが、次の日からは普通の顔をして朝ごはんを作って食べてバイトに行った。

バイト先の様子は知らないが、帰って来てからも、普通の顔で夜ごはんを作って食べて、その次の日も同じだ。

もっとも、普通の顔というよりも、能面みたいに見えなくもないがな。

泣き言は言わない。

あの子は強い子だから、お前が居なくても平気だ。安心してとっととフランスへ行けばいい。

そうすれば、真白も諦めるだろう。男なんてものは、当分、あの子の心の中には出入り禁止にする。

勝手に入ってくる奴がいたら、不法侵入で訴えてやる』


 いろいろ気になる文言が並んでいて、とても安心してとっととフランスに行く気にはなれなかった。


 とにかく一目だけでも会いたい。

 そう思っていたら、真白ちゃんからメールが来た。


『小野寺邸のみなさんが、私の入学祝いと、それから、誕生日のお祝いをしてくれることになりました』


 その日は、真白ちゃんの誕生日の前日だった。

 俺がやきもきしている間に、桜が咲く季節になり、フランス行きが目前となっていた。


『俺も行ってもいい?』


『勿論です! 若社長のお家じゃないですか』


 あれから何度もメールしたけど、真白ちゃんに俺のフランス行きは決して言及されなかった。

 何を考えているか、全然、分からない。


 分からないけど、俺は真白ちゃんに会いたかった。

 本当に馬鹿な真似をしたと、後悔していた。

 もっと早く自分からフランス行きを告げて、春休みの間だけでも、楽しく過ごせれば、少しは不安も薄れて、彼女を残していけるのに。

 こんな有様では、心残りがあるばかりだ。


 彼女の誕生日会だけでも、楽しい思い出にしてあげたかった。

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