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妖精とクマ  作者: さぁこ/結城敦子
第七章 椛島真白の選択。
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7-1 『弟』と服選び

「私はこの人を知っている」


 薄暗い部屋に浮かび上がる白い服を着た女性の絵を見て、私はそう思った。

 父が唯一持っていた『母親』の写真と同じ顔、同じ服を着ている。


 紅子べにこちゃんと緑子みどりこちゃんが『妖精のお姫様』が居る、と言われ、連れてこられた部屋に、なぜ、私の父の母、つまり祖母の絵が飾られているのだろうか。

 答えはとても簡単だ。

 でも、納得するのは難しい。


 最初に思ったのは、このことを若社長は知っていたかどうかだった。

 もし、知っていたのならば、これまでの親切の意味が変わってくる。

 若社長は優しいから、私の境遇に同情と申し訳なさを感じたのだろう。

 信じたくないけど、これまでの若社長の不可解な行動の全てに納得出来る理由ではある。

 つまり……つまりだ、私に優しくしてくれたのは、愛情からではないのは勿論の上、純粋な親切心すらなかったのかもしれない。


 自分たちの思うような反応をせず動揺する私をおかしく思ったのか、立ち入ってはいけない場所に居ることに気が咎めているのか、二人の幼子はスカートの裾を引っ張って促した。


 大急ぎで、布をかけ直し、紅子ちゃんと緑子ちゃんの手を引いて、その部屋から逃げ出す。


 考え方をまとめたいけど、夏の間で息継ぐ暇もなく、遊び相手をせがまれて、その暇はなかった。

 とりあえず、禁止されている場所に勝手に入ったら、どんな目に合うかについて書かれている童話を読んで聞かせた。

 でも、最後はなんとかなるものばかりを選んでしまったようで、あまり意味がなかったかも。


 それから、昼食の時間になり、今朝の流れで、子供達と一緒にサンドウィッチを作って食べた。

 朝から出かけている若社長が、もしかして戻ってくるかもしれないと思い、ハムと胡瓜のものも作ったのだけど、帰ってくる様子はなかった。

 退院してきたばかりなのに、どこに行っているのだろう。

 お見舞いも、結局、一度しか行けなかったし、もっと会って、話したかった。

 会話をしなくても、若社長が無事な姿を見ていたかったのに。


 昼食後、双子達がお昼寝をするからと、お屋敷の西翼にある部屋に戻って行ったので、受験勉強を口実に、今度こそ、一人でゆっくり事態を把握しようとしたら、今度は、夏樹さんが、大量の服を持って仕事から抜け出してきた。


 私に持って来たのだと言う。

 混乱した気持ちを引きずったまま、私は夏の間で夏樹さんと対峙する。


「どういうのが好きなの?」

 

 夏の間の中央に置かれているテーブルは子供達が存分に絵を描いたり、勉強が出来るようにとかなり大きい。

 その上に、様々な洋服を並べて行く。


「服なら、用意してもらったものが十分にありますから。

これ以上は……お心遣いは嬉しいのですけど」


 色彩の渦に、目が回りそうになる。

 夏樹さんが舌打ちをした。


「俺は別に君が、どんな服を着ていようが、白ばっかりだろうが気にしないんだけどさ。

そういうことがすごく気になる人が、昨日帰って来て、うるさいんだよ」


「若社長が?」


「そうだよ。

君の好きな服を着せてあげたいんだって.

遠慮する必要ないよ」


 そう言われても、遠慮するものだと思った。

 いきなりこんなお屋敷に連れて来られて、天蓋付のベッドに、素敵な洋服を用意されて、掃除も洗濯も、料理もしなくていい、ただ笑ってお姫様のように暮らしていけばいいだなんて、夢のような話だけど、なんの根拠もなく、そんな状況に置かれたら、とても怖い。

 小野寺の人達は、みんないい人だけど、なにか裏があるのではないかと勘繰ってしまう。

 そして、裏はあった。


「ちょっ……なんで泣くわけ?」


「泣いて……なんかいません」


 かろうじて、涙は抑えていた。

 でも、今にも泣きそうだ。

 夏樹さんは、さもうんざりした顔になった。

 この表情を見ると、かつて若社長が私に見せたうんざり顔は、実は別の感情の発露だったのかもしれないと感じるくらいだ。


「冬兄に優しくしてもらって嬉しいのは結構なことだよ。

早く選んでくれないかな。

仕事抜けて来たから、戻りたいんだよね」


 私はその言葉に首を横に振った。


「はぁ? ふざけてるの? それとも、気に入って服がないとか?

ちょっと可愛いからって、調子に乗ってると、冬兄ふゆにいに嫌われるよ」


「私、今、誰の親切も受けたくない気分なんです。

特に、この家の人たちのは……」


 そう思うと、夏樹さんの態度はありがたいのかも。

 しかし、この態度もまた、同じ原因から発生していることには変わりない。

 なにもかも、私のあずかり知らぬ所で、いろんな人の思惑が巡っていたのに、気が付かずにいたなんて。


「それどういう……」


 夏樹さんが、苛々した様子で聞きかけて、押し黙った。

 しばらく気まずい沈黙が流れた。


「ちゃんと理由を教えてくれないかな。

冬兄に頼まれたんだ。

真白ちゃんに似合う可愛い服を選んであげるって。

冬兄が帰って来て、まだ白い服を着ていたら、ガッカリするよ。

もしかしたら、力になれるかもしれないし」


 いつもながら、夏樹さんは私を発奮されるのがうまい。

 大体は若社長のことを持ち出せばいいと思っているのだ。

 そして、その通りだ。


 私は意を決して、夏樹さんに事情を打ち明けることにした。

 子供達に例の部屋に連れていかれる件で、彼はそれより先の展開と私の心の内を読んだが、最後まで遮ることなく聞いてくれた。

 話し続けた私は、感情の波が襲ってきて、ついに耐え切れず、顔を覆って泣き出してしまった。


「若社長がどうして私に親切だったか……それが理由だとしたら、耐えられません。

あの後……私が若社長に好きだって伝えた後、突然、優しくなったのはそのせいなのですか?

罪悪感ですか? 義務感ですか?

そんなものの為に、あんな酷い目に合うくらいなら、あのまま放っておいて欲しかった。

私の父はこの家を捨てたんだもの。

だから私だって、この家とは何も関係ないわ。

そんなんで、優しくして欲しかった訳じゃない!」


 いくら考えがまとまっていなからと言って、自分の発する内容に恥ずかしくなった。

 若社長を疑うなんて。

 それなのに、溢れ出す不信感は止まらない。

 若社長は私に優しさを与えてくれたけど、信頼感は与えてくれなかった気がする。

 いつも何を考えているか分からない不安を与えられていた。

 不満なんかないと、良い子ぶっていたけど、本当は違う。

 確証が欲しくて堪らなかった。

 それでも、こんな理由でなければ、側に居ることに、まだなんの疾しさも持たなかっただろう。

 いっそ、拾った子猫と遊ぶ程度の気持ちでいてくれた方がマシだった。

 その方が理解出来るし、納得も出来る。

 

 いつの間にか椅子に座って、服の山を挟んで向かい合うような形になった私に、夏樹さんは冷やかな顔と声で断じた。


「君のこと見損なったよ」


「それは違います。

夏樹さんは最初から私に意地悪でしたもの。

見損なうほど評価が高かったとは思えません」


 自分が笑えば、相手も笑い、自分が攻撃的になれば相手も攻撃的になるから、苦手な人にも笑っていなさい、と母はよく言っていたのに、その約束を守れなかった。

 反対に、夏樹さんが私に笑いかけた。


「冬兄が君を想うほどに、君が冬兄を想っていれば、そんな風には絶対に思わないはずだ」


「はい?」


 私が若社長を想うくらいに、若社長が私を想うなんてありえない。

 すっごく、すっごく好きなこの気持ちの強さは、若社長相手でも勝ちを譲る気はしないほどだと言うのに、夏樹さんはまるで、私の気持ちの方が劣っているように言う。


「冬兄だって、昨日今日知ったばかりなのに、君に対する態度は変わらないよ。

なのに、君はそんなに動揺して、冬兄の気持ちを疑うなんて。

正直、ガッカリ。

真冬ちゃんだったら、冬兄のこと任せられると、俺も信じていたのにね」


 だから私の知らない所で物事が進むのは、気分の良いことではない。

 これこそ弄ぶってことなんじゃないのかしら?


 目の前に置いた服の感触を、縫い目を、検品するかのように夏樹さんは両手でそれを持ち上げて返す返す眺めた。

 その視線のまま私も見る。


「本人からちゃんと事情を聞かない内に突っ走るのは良くないよ。

話し合おうとか思わない?

今朝の一件で分かっただろう?

あの人、人が良いばかりに、誤解されやすい所がある。

……まさか、卵サンドが嫌いとはね。

おかげで、俺は助かったけど。

結果的とは言え、兄さんの嫌いなものをせっせと食べてあげていたんだから」


 その通りだ。

 こちらの都合で勝手に若社長の気持ちを推し量るなんて、危険なことだ。

 あんな好き嫌いが激しく分かり辛い人、見た事ない。

 若社長のことだけは、見誤りたくない。絶対に、間違った選択をしたくない。


「聞いたら教えてくれるでしょうか?」


 自分もどんな服があるのか、取り上げながら言った。

 手にしたのは網みたいな、服とも言えない形状のもので、腕を通す場所すら分からないものだった。


「さぁ。

君には理解出来ないかもしれないけど、冬兄みたいな立場になるといろいろと問題があるんだよ。いろいろとね」


「いろいろ……って?」


 口ごもる夏樹さんに、恐る恐る聞く。


「とにかく、君が子供すぎるってことが一番の問題だね。

君が小野寺の正当な後継ぎの娘だとか、君の父親と祖父の仲が悪いとか、一族や社内の権力争いだとかは、大したことじゃない。

なんとかしようと思えば出来る。秋兄なんて、利用する気満々だよ。

けど、如何せん、年だけはね。下手すると犯罪だから」


 次に手に取ったのが、シンプルなペールブルーの半袖サマーセーターだった。

 首回りが広いボートネックだけど、後ろに濃い青のリボンがついていて可愛い。


「でも、結婚出来る年齢は越えていますし……その、私は好き……ですから」


 話の流れであり、あくまでも法律上許されている年齢についての指摘だったけど、『結婚』と言う単語を口に出すと、身体が熱くなり、気に入ったサマーセーターを握りしめる。

 夏樹さんが服の山から白い刺繍のついたスカートを取り上げたものの、また置きなおした。


「そういえば、告白したんだ、冬兄に。

てっきり、そういうのには奥手だと思っていたけど。

純真そうな顔をして、油断ならない女だよね、君って」


「そ、それは! 違うんです。

もう二度と会わないって決めたから、それだったら、どんな恥ずかしい姿を見せても平気かな?って」


 青に白は似合うと思うけど、白は禁止なのだ。

 私は別の服を探そうと、山の中を探すふりをして、夏樹さんの視線を避けた。


「こちらとしては、君が立場を明確にしてくれているのはありがたいよ。

冬兄の一方通行だったら、痛すぎて目も当てられない。

よりにもよって、女子高校生って、あり得ないよな」


「……いつまでも、高校生じゃありません。

私、受験生ですから。来年は大学生です」


 受かれば、だけど。

 この所、勉強したのはリサが遊びに来た時だけかもしれない。

 本腰を入れなければいよいよ危ない。


「そうか!

そうだよね。うん。

時が解決することもあるか……今は痛い年齢差も、その内、それほどでもなくってくるだろう」


「そうですよ!

……それまで、若社長が私のこと……あれ?」


 私はすっかり若社長も自分のことを好きだと言う前提で話していた。

 まだ確かめもしていないのに。

 これで、私と夏樹さんの早合点だったら、一生、立ち直れない。

 それなのに、夏樹さんは上機嫌になって、すっかり私よりも服の方に興味を移していた。


「そう、それまでしっかり捕まえて離すなよ。

少なくとも、冬兄に相応しい自立した相手くらいにはなって欲しいよ。

すぐにピーピー泣くんじゃなくってさ。

自分の好きな服くらい、自分で選べる、大人の女にさ」


 与えられるまま、服を着ていた私に対する批判だった。

 あくまで服についての非難だったけど、それは私自身の行動全てにおいての指摘でもある。

 自分でなんでも決めなければならない。それも、正しい選択を選ばなくてはいけない。

 それには、だけど、私は経験も知識も無さすぎる。

 お昼のサンドウィッチだって、食べたことのない具材ばかりだった。

 そして、ピーナッツバターを押しのけて、初めて食べたハニーナッツとクリームチーズが好きという結論に至ったのだ。


 ついに立ち上がって、ハンガーに掛かった服を物色し始めた後ろ姿に助けを求める。


「どんな服があって、何が好きか分かりません!

だから、いろんな服を着てみたいです!」


「男は試着無しで一目で決めたくせに、服はあらゆるものを試してみたいなんて……面白い子だね」


 嫌味を言われている気がするけど、気にしないことにした。

 それよりも、服だ。

 自分の意思を示す為にも、さっきから気に入っていたペールブルーのサマーセーターと、その場にあった細身のジーパンを掴むと、夏樹さんに突き出した。


「却下。無難。安易。

それに君、この家でジーパンが履けると思ってるの?」


「じゃあ、なんで持って来たんですか!?」


「手当たり次第持って来たから。

そういう服が好きなの?

なんか冬兄が心配するまででも無い気がしてきた。

この家の趣味に合ってるんじゃない?」


 これも嫌味なのかしら。


「確かに、この家に居る以上、そして、冬兄の好きそうな服となると、大人しくて従順なひたすら可愛い服を着てればいいだろうけど、それでいいの?」


 良くない。

 若社長の選んだあのベビーピンクのワンピースはいただけなかった。

 今、着ている首の詰まったワンピースも、リボンは可愛いけど、少し窮屈だ。

 昨日、着ていた服は好みだったけど、もう少し、若々しくて、でも、大人っぽい服の方を着たい。


 その旨を告げると、夏樹さんは首を傾げて私を見た後、紺地に白い水玉模様のワンピースを手渡した。

 所々、フリルが付いていて、その部分の水玉は細かいドットだ。

 丈は膝上で、袖なし、襟はボートネック。

 リボンが付いているといいのに、と思ったら、濃い目のピンクのリボンがついたベルトが投げられた。

 それから、ベルトと同じ色味の半袖カーディガンだ。


「面白味はないけど、妥協点を探ると、これくらいしか出ないよ。

取りあえず、白からは脱出出来たから合格点はもらえるかな。あとは……」


 それから、夏樹さんは次々と服を選び出し、私はそれを着替え続けた。

 世の中にはいろんなファッションがあるものだ。

 もう何着目か分からない試着に疲労感を出しながら夏樹さんの前に立つ。


「方向性決まった?」


「着れば着るほど、分からなくなりました」


 ぐったりして、しゃがみこんでしまった。

 服を着るって、意外と体力を使う。


「俺も疲れた。

大分、ストックも出来たし、今日はもうやめて、お茶にでもしようよ。

もう一回着替えてね、最初の水玉のワンピースに。

今日はそれでいいんじゃない?」


「はい」


 着替えるのには、隣の部屋を使わせてもらっていた。

 その上、夏樹さんは、「変な噂を流されると、君の名誉にかかわるし、俺は冬兄に恨まれるから、念の為にね」と言って、島内さんと言う女性の使用人を一人、呼び寄せていた。

 その人に着替えを手伝ってもらい、水玉のワンピース姿になって、夏の間に戻ると、夏樹さんが居なかった。


 お茶の場所を変えたのかしら?と思ったら、別な女の人がティーセットを持ってやって来た。

 なぜか慌てた様子だったので、着替えを手伝ってくれた島内さんが事情を尋ねると、若社長が戻ってきたと言う。

 それも、「傷が開いたようで、とてもお辛そうな様子で、自室に運び込まれた」と。


 私は驚いて、若社長の部屋に駆けつけようと思ったのに、やんわりと止められてしまった。

 夏樹さんの持ち込んだ服を、要・不要に分け、それぞれの場所に持って行ってもらえるように処理した後、島内さんとお茶をした。

 彼女は、お母さんと同じくらいの年で、穏やかで優しそうな人だった。


 昔、この家で働いていたと言う、私に気性が良く似た、それは素直で可愛い女の人の話をしてくれた。


 名前は言わなかったけど、母の話だと分かった。


 夏樹さんにピーピー泣くのは止めろって言われたけど、やっぱり泣いてしまった。

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