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妖精とクマ  作者: さぁこ/結城敦子
第六章 小野寺冬馬の幸福。
33/60

6-3 告白

 敬礼を下しながら、松井刑事はこちらに向かう。


「また取り調べですか?」


 刑事さんは一度、すでに病室に来て、俺に話を聞いていた。

 もっとも、俺がいろいろ問いただす方になってしまったのは仕方が無いことだった。


 なにしろ、犯人に階段から落とされてからの記憶がないのだから。

 あの後、逃げた犯人をその場に居た人間は誰も追えなかった。

 しかし、警察が駆けつけた時、真白ちゃんの友人が、例の中華料理屋の話をした。

 実は俺は、彼女の家に真白ちゃんを迎えに行く前、その店に居た。理由は、真白ちゃんを追い回す人間の情報を得る為だった。

 近所でも椛島家が注目されてから、不審な人物の話はよく話題に上がっていたようだ。

 真白ちゃんとご飯を食べに行った時、彼女を追い回す男が居る話をしたら、その場のみんなが協力を申し出てくれた。

 それによって、ある一人の男の名前が挙がっていた。

 けれども証拠はない。

 一民間人が出来ることにも限界がある。とにかく、真白ちゃんを安全圏に匿ってから、話をしようとした矢先だったのだ。


 犯人はまっすぐに家に帰り、部屋に閉じこもっていた。

 自分のやったことに、恐ろしくなったと言う。

 尋常ではない様子の犯人を見かけた近所の人が、中華料理屋の大将に報告し、逃げない様に見張っていたらしい。


「まったく危ないことをする! 興奮した犯人は危険だし、人違いだったらどうするんだ!」と、犯人逮捕への協力に感謝を述べつつ、松井刑事は怒っていた。


 結果的に、犯人は間違っていなかった。

 現場に居た井上さん、真白ちゃん、彼女の友達のリサ、犬の散歩をしていた通行人、それから俺の証言のすべてが同じ人間を指した。

 玄関前に設置されていた防犯カメラの映像にもしっかり映っていたし、凶器についていた指紋も一致し、わずかだったが付着していた返り血は俺のものだと特定された。

 警察に捕まった犯人は、素直に白状した。


 「真白ちゃんが欲しかったんだ」と。


 彼が初めて椛島真白と言う存在を知ったのは、やはり父親の椛島真中がきっかっけだった。

 近所に有名な作家が居ると聞いて、興味本位で家の前を覗きに行った時、ちょうど真白ちゃんが学校から帰ってきた時だった。

 その時は、それほど気にしなかったらしい。

 ただ、可愛い子だなぁ、という印象はあったそうだ。

 だが、偶然、別の日に図書館ですれ違った時、突然、運命を感じたと言う。

 出会うべくして出会ったのだ、と。


 彼は運命を大事にした。

 付け回すのではなく、たまたま出会うことを重要視した。

 もっとも、運命ではない以上、偶然は起きない。

 よって、彼は頭脳を駆使して、真白ちゃんの行動を予測して、自ら運命の出会いを演出した。

 予測が当たるのは運命だから、だそうだ。

 椛島真中を追い回す女性ファンが警察に指導や警告をされるようになって、家の周囲にはなかなか近寄れなくなった。

 彼は自宅と椛島家の先にあるコンビニに行くふりをして、数分だけ立ち止まるようになった。

 それでも、一度、職質にあったらしい。

 しかし、コンビニの袋と財布しかもたず、身分もしっかりした大学の学生であり、堂々とした様子だったので、それ以上、追求されなかった。


「写真とか、撮ったりしていなかったんですか?」


 俺は、奴の部屋に真白ちゃんの写真が大量にあったら嫌だな、と思いながら尋ねた。

 松井刑事は手帳を見ながら答えた。


「そういうことはしていなかったらしい。

写真は一枚だけ。彼女が児童館でボランティアをしていた時に、子供達と撮ったのが一枚だけ、部屋にあった。

もともと児童館の中に飾ってあったのを、盗んだらしい。

児童館に顔見知りの先生がいて、自分の大学の課題の一環で、話を聞きたい、と入り込りこんだ時に、壁から持っていったと思われる。

先生たちは、飾ってあった写真が一枚、無くなっているのは気づいていたが、子供が走りまわって、ひっかけて飛んでいったり、落ちたりするのこともままあり、他の写真と同じように、そのままゴミ箱に入ったか、大掃除の時に出てくるだろうと、あまり気にしていなかったそうだ。


 たった一枚の写真、わずかに見る姿だけで満足していたのなら、俺が余計な刺激を与えて、凶暴化させてしまったのかと思った。

 そう、エリィが今日話したクマのように。


 だがそうではなかった。

 たった一枚の写真も、わずかに見る姿も、いずれ好きなだけ見られるから、と言う前提あってのものだった。

 それまでは、怪しまれない様に行動するのは当たり前だと。

 その時点で、すでに自分が怪しい人間だと、なぜ気づかない。


 捜査して分かったのは、犯人が山間の別荘とレンタカーの手配をしていたことだった。


 連れて行くつもりだったのだ、真白ちゃんを。

 自分だけのものにすれば、写真も撮り放題だ。

 隠し撮りする必要はない。


 危ういところだった。


「よく気づいたね。被疑者は礼儀正しく、物腰柔らかい好青年という評判な上に、賢く狡猾で、君が気づいて注意してなかったら、尻尾は出さなかったよ」


「得意なんです。そういう表向きいい顔をして、陰でコソコソしている奴を嗅ぎつけるの」


 うちの父親もそうだったから、とは口にしなくても、松井刑事は分かってくれた。 


 そんなやり取りが、つい先日あったばかりだったのだが、今日は何の用だろう?

 また新しい事実が判明したのだとしても、あまり聞きたくないと思った。

 俺は事件の大まかな話を聞いただけで、とても悲しい気持ちになったのだ。

 怒りに打ち震えるのではなく、悲しい気持ちだ。

 男に対してではない、なぜか自分が悲しくやるせない気持ちになって、その感情の置き場所が、まだ見つかってなかった。


「大丈夫かい? 出直そうか?

今日は個人的にお見舞いに来ただけだ。

ほら、一人で来ているだろう?」


 松井刑事は両手を広げてみせた。

 なるほど、いつも一緒に居る若い刑事がいない。


「俺も冬馬くんが心配でね。

……俺は、いわば通りすがりの人間だ。

昔、ちょっとばかり関わりがあったけど、今はほとんど他人だ。

だからこそ、話せることもあるんじゃないかな、と思って」


「特にありません」


「そうか、良かったよ。

俺は君が、昔のことに捕らわれすぎて、父親とあの男を自分と重ね合わせているんじゃないかと心配していたんだが、杞憂だったようだね」


 松井刑事の顔を見られなかった。

 頭では、そちらの方を見て、「そんなこと、ある訳ないじゃないですか」と冷静に、答えるべきだと思っていた。

 しかし、俯いたまま、声すら出せなかった。

 松井刑事は、そんな俺に意を決したように、語り始めた。


「俺は君が小野寺家に入ったことを知っていた。

君のお父上に会ったことがあるんだ。

君の為に、わざわざ訪ねてきてくれたんだよ」


「……あの女の話をしたんですね」


 視線を下げたまま、声を絞り出した。


「気づいていたんだ」


「あなたと会うの、三度目でしたね。

一度目は、あの男が病院に運ばれた時、二度目は……」


「君が高校生には相応しくない場所で、あの女と歩いているのを見た時……だ」


 思い出したくないことを、思い出させる松井刑事に、激しい憤りを感じる。

 今の傷でも十分痛いのに、過去の傷まで新たに血が出るほど生々しく明らかにされていく感覚に、恐怖を覚えた。


「約束したのに」


 駄々をこねるように言った。


「ああ、母親には言わないとは約束したよ。

でも小野寺守に言わないとは誓わなかった。

詭弁だけどね。

でも、あんなことは良くないことだと君も分かっているはずだ。

まさか、本気で……」


「そんなこと!」


 シーツごと拳をきつく握る。

 頭の中で、あの女が笑っていた。

 気分が悪い。


「嫌だったんだろう。

なのに、君は優しいから、突き放せなかった。

いい機会だと思ったよ。

もう、あの女とは会っていないね」


「ええ、あの後、すぐにアメリカに行かされました。

御曹司になるための修行だと、俺も、みんなも思っていましたが、実際は、俺からあの女を引き離すことが目的だったんだと、後々になって気づきました。

義父ちちは知っていたのだと。

俺があの女と付き合っていたのを知っていたのは、あなたと牧田だけです」


「牧田?」


 恐る恐る見た松井刑事の顔は、平常と変わらなかった。

 もっと軽蔑した目で見られていると思った。


「刑事さんを案内した俺の秘書です。

高校からの友達で、やっぱり、一緒に歩いている時に、見られたことがあって。

ただ、牧田は知りません。あの女が……」


 あの女が、俺の父親が死んだ時、その場に居た女だと言うことを、牧田は知らない。

 同い年の友人に、年上の美人がしな垂れかかって歩いているのを見て、その年頃らしい興味でもって、問いただしてきたが、俺は何も答えなかった。

 答えなかったが、牧田は友人のただならぬ様子に、口を噤んだ。

 以来、あの話題は一度も出たことがなかった。

 その女の正体を知っているのは、あの時、俺たちの後から病院に来て、パニック状態になっていたあの女を任された当時警官だった松井刑事と、彼から話を聞いた義父だけだ。


「週刊誌に売りますか?」


「そういうことを言うんだ。

じゃあ、言わせてもらうけど、事と次第によってはそうするかもしれない」


 信じていた人の、まさかの言葉に、絶句した。


「君が今、一番、その事を知られたくない人は誰だい?

母親? それとも……あの嘘吐きの女の子?」


「あなたまで、そんなことを」


「そんな怪我までして守った女の子だぞ。

なんの感情もない訳ないだろう?」


 牧田がドアの外で待機している。どれも聞かれたくない話だ。松井刑事も分かっていて、声を潜めていた。俺が声を荒げることは出来ない。

 黙っていると、さらに松井刑事は話始めた。


「週刊誌で初めて君の醜聞を読んだ時はおどろいたな。

そんな子じゃないと思っていたから」


 改めて言われると、恥ずかしい。


「言い訳できません。

家の財力をたてにして、女遊びをしていました」


 素直に認めたら、松井刑事が深刻そうな顔になった。


「もしかして、あの女との出来事が関係している?」


「いいえ、ただの好きものです」


「君はあの女の子を、よく嘘吐き呼ばわり出来たね。

冬馬くんの方が、よっぽど、自分を偽っている」


「いちいち、真白ちゃんのこと持ち出すの、止めてくれませんか!?」


「なぜ?」


「なぜって……」


 俺は言い淀んだ。

 これは取り調べだと思った。

 凄腕の刑事に、白状させられる。

 認めたくないこの感情を、白状しろと迫られている気がする。


「俺は怖いんです」


 松井刑事の追求から逃れるために、認めやすい事実を告白した。


「何が怖いのかい?」


「誰かに執着することです。執着されることも。

だから、誰とも長続き出来なんです」


 以前、秋生にも指摘されたことだ。

 言われた時は、はぐらかしたけど、分かっていた。

 そして、それを克服した秋生を、尊敬している。


「君は父親とも、あの男とも違うよ」


「同じですよ。同じなんです、刑事さん」


 さっきまで、きつく握っていたシーツを離した。

 力が抜ける。

 皺になった白いシーツを凝視しながら、俺はこみ上げてくる感情を飲み込む。


「事件の報告を受けている君の顔を見て、なんとなくそれも感じていたよ。

どうして、そういう思考にたどり着くかな。

普通の恋愛感情と、あいつらの執着心は違う」


「分からないじゃないですか。

純粋な愛情が、いつ、狂気に変貌するか分からないんですよ。

実際、父と母が仲良くしていた頃もあったんです」


 それは、俺の記憶の最下層にあるものだ。

 両親に手を繋がれ、俺はピョンピョン飛び跳ねながら、三人で笑って買い物に行った。

 秋生が生まれる前の、弟二人は体験することの出来なかった、家族の姿だった。


「いつ頃から、父が豹変したのかよく覚えていません。

気が付いたら、あんな有様だった。

俺も分かりませんよ。

善意で接しているはずが、あいつと同じように束縛するようになるかもしれない。

だって、俺、あの男の息子ですから」


「やってみなければ分からないだろう!?」


 励ますように言われた言葉が、俺の心に火をつけた。

 そんなこと、出来たらとっくにやっている。

 そうしたら、自分の感情を無視して、あの子を突き放して、悲しませることなんかしなかった。


「やってみて駄目だったらどうするんですか?

傷つくのは真白ちゃんなのに!

あの子が傷つくくらいなら、俺は刺されて、あのまま……あ」


 感情が高ぶりすぎて、つい自白してしまった。

 こんな傷を負って、睡眠不足でなかったら、もっと自制が効いたのに。

 一度、言葉に出してしまうと、歯止めが利かない。

 胸に秘めていて、自分自身でも認めたくない気持ちが溢れ出す。


「あの子が欲しいんです、刑事さん。

あの子を自分のものにしたい。

誰にも見せたくないし、触らせたくないんです。

あいつと同じだ。同じこと言っているでしょう?

逮捕して下さいよ」


 涙が流れていた。

 誰かを好きだと認めるのが、こんなに辛いことだとは知らなかった。これが恋なのかも分からない。あいつらと同じ醜い執着と変わらない感情にしか思えなかった。


 身震いするほどのこの辛さを、誰かに訴えたかった。

 そして、ちょうど、事情を把握している「通りすがりの他人」が居た。

 俺は滔々と語りだした。


「それから、あの女の件もその通りです。

実は、あの女のことは忘れていた。

それが真白ちゃんに出会ってから、頻繁に思い出すようになりました。

同じだからです。

手練手管の大人が、何も知らない高校生を騙して、それが正しいのか、自分の意思なのかを判断させないようにして、意のままにするなんて、間違ってますよ」


 俺の自白を受けて、松井刑事は途方に暮れてしまったようだ。


「相当、こじらせてるね。

でも、認めるんだ。

あの可愛い子のことが好きなんだね」


「可愛い……ですよね、真白ちゃん」


 そうだ、彼女は可愛い。

 姿形だけじゃなく、仕草も、ちょっと頑固な性格も可愛いのだ。

 あの子の姿を思い浮かべると、あの子の名前を口にすると、こんな自分も許された気がする。


「こじらせすぎてる……。

思ったよりも、問題だよ」


「やっぱり……犯罪ですよね」


 呆れ始めた聞き手に俺は、自らの罪を問うた。

 罪なら罪で、まだ間に合う内に断罪して欲しい。

 彼女を本当に傷つける前に、間違った感情は正さないといけない。


「まだそこまで踏み外してはないよ」


 松井刑事は俺の肩を掴むと、ゆっくり言い聞かせるように言った。


「君が父親のようになりたくないと思っている間は大丈夫だ。

君は幸せになれるし、ならなくてはいけない。

あんな父親のせいで、幸せを掴み損なうなんて馬鹿らしいだろう。

悔しいだろう、いつまでも過去に捕らわれるなんて」


 俺は頷いた。

 父親に未だに拘っているのは俺なのだ。

 いつまでもあの男と、そしてあの女に振り回されるのは、もううんざりだった。


「ところで、女の子の方も君のこと好きだと思うんだけど、それは知ってる?」


「はい、告白されてます」


 思わず照れてしまう。

 人に想いを寄せられて、こんなに嬉しいと思ったのは人生で初めてだ。


「相思相愛なら、あの被疑者とまったく違う立場じゃないか!」


「いや、でも」


「ああ、分かってる。

逡巡するんだろう?

それでいいんじゃないか?

なにせ、相手は両想いとは言え高校生だ。

なんだって面倒な相手を好きになったとは思うが、彼女しか君の心を掴めなかったのなら、もう運命として諦めるしかないね。

よって、可哀想だが、しばらくは、そのトラウマ、克服しなくてもいいかも。

あの子が高校卒業するまでは、このまま、大事に守っているといい」


「やっぱり、犯罪だと思いますよね?」


 断罪してもらいたいあまりに、刑事さんに詰め寄る。


「もし、君がそう思うようなことをしたら、俺がちゃんと逮捕してやるから、まぁ、そんな思い悩むな」


 豪快に肩をたたかれた。


「腹に響いて痛いです」


「でも気分は大分晴れただろう」


「そうでもないですよ」


 自分の気持ちに気づいた以上、言い訳は出来ない。

 真白ちゃんにどう接していいか、また分からなくなる。

 執着しないで、なおかつ、愛情を注ぐって、どういうことなんだ。

 ただ優しくするのとは、違う気がするけど、全く見当もつかない。


 愛なんて存在するのか、とまで思ったが、秋生と瑠璃子さんは幸せそうにやっているし、義父ちちと母もそうだ。

 松井刑事の左手にも指輪が光っている。

 意外と簡単なものなのかもしれない。


「頑張ってみたいと思います。

頑張れると思います。

真白ちゃんの為なら……」


 夜中にやってきた彼女の父親を思い出した。

 あの人にひどい事を言ったな。

 真白ちゃんの為なら、書けない小説も書けるはずだ、と怒鳴ってしまった。

 椛島真中は俺が、人を愛する才能がないことを見抜いていたんだ。

 だから、「お前は自分の出来ないことを、人にやらせるんだな」と怒ったんだ。

 でも、今は違う。

 やってやろうじゃないか。

 真白ちゃんの為に、本当の意味で、真白ちゃんの為に、彼女の望み通りの俺になろう。


「そうか、良かった。

その言葉が聞きたかったよ。

週刊誌には、売らないでおいてあげよう」


「ありがとうございます。

あ、それと、他の人には……まだ」


 真白ちゃんが俺のことを好きで、俺も憎からず思っていたことは、おそらく、周囲にバレていると思う。

 久々に再会した松井刑事にまで見抜かれているのだから。

 東野部長とエリィには散々、面白がられた。

 どうやら、応援してくれているらしいが、やり方が挑発的で、こちらの理性を試されるから迷惑だ。

 エリィはともかく、東野部長は娘がいるのに、よくあんなことが出来るよ。

 それとも、自分の娘がこれ以上、誘惑されないように予防線を貼っているのだろうか。

 ともかく、二人に、他の人間に、俺の決意を知られるのは良くないことだった。

 若様派は俺の結婚に神経質になっているし、若社長派も、そうなったら、なるべく早く身を固めろと詰め寄るはずだ。

 俺はともかく、真白ちゃんが困るに決まっている。

 高校生は普通、恋愛感情と結婚を繋げないと思う。

 そこが、三十過ぎと十代の大きな違いだ。


 ……うわ、我ながら、改めて年の差にどん引くよ。


 やっぱり椛島真中は嫌いだ。

 なんで、あともう数年早く彼女をこの世に生み出してくれなかったのだろう。


 それに、必ず俺との間を反対してくるだろう。

 何しろ「君に私の全財産を与えたとしても、真白だけは与えられない」と言われたほどだ。

 母にも許可を得ないといけない。

 道は険しいが、登るのも、真白ちゃんが高校を卒業するまで待たなければならない。

 長い道のりだ。


 それに―――。

 松井刑事を見送った俺はぐったりとベッドに身を委ねた。

 古い方の傷跡が、身体ではなく心に刻まれた傷の方が痛んだ。

 切開して溜まった膿を絞り出した気分だ。

 膿はなくなったが、傷は新たに口を開けて、俺を苛んでいた。

 この傷が綺麗に治った時、俺は幸せになれるかもしれない。

 が、もしかすると、もっとひどく膿むかもしれない。


 俺は怖いよ、真白ちゃん。

 君は、怖くない?

 

 もう、後戻りは出来ないんだよ。

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