6-2 病院内ではお静かに
真白ちゃんに会いたいと思っていたせいで、すっかり秘書の恰好と顔の牧田が来客を伝えた時、彼女が来たと思ってしまった。
牧田も牧田で、「可愛い子が面会に来ましたよ」なんていうのもだから、誤解してしまったじゃないか。
まぁ、嘘は言っていなかった。
確かに『可愛い子』がやってきた。
東野部長に手をひかれて、五歳の娘・岬ちゃんが、花束を持ってお見舞いに来てくれたのだ。
入院直後から続々と見舞いの品が各所から届き、部屋中、花やら果物で、甘い香りが充満していた。
しかし、誰も初日の夜中に、椛島真中が見舞いに来たことは知らなかった。
あれが見舞いと言うのなら……だけど。
一応、ベッドの脇に、旅行の土産らしきものが置いてあったので、それなりに気を遣ったのは分かった。
が、あれが切っ掛けで、夢見が悪くなってしまったので、やっぱり苦手だ。
「わざわざありがとうございます」
「いいえ、若社長、リハビリも始まったと聞き、早速来てしまって申し訳ありません。
娘がどうしても行くと聞かなくって」
「わかしゃちょう、おなかいたいのなおった?」
お見舞いの花を差し出しながら、岬ちゃんが舌っ足らずに言った。
素直に可愛いなぁ、と思う。
「来てくれてありがとう。ずっと良くなったよ」
花を受け取って、頭を撫でようとしたら、ドアが乱暴に開けられた。
「「ふゆおじさま、こんにちは〜!!」」
元気に挨拶した二つの小さな人影は、別の小さな女の子の存在に気付き、癇癪を起こす寸前のような顔になった。
「「ちょっと! べにこと、みどりこのふゆおじさまに、かってにさわらないでよ!!」」
二人がかりで、岬ちゃんを俺から引き離そうとする。
対して、彼女も負けてはいなかった。
「いやぁ、じゃましないで! ……べにこちゃんとみどりこちゃんのいじわる!」
「ぬけがけしないってやくそくしたのに、うそつき!」
「そうよ! ……みどりこ、しっているのよ、あなたみたいなの、どろぼうねこっていうのよ!」
パーマにもカラーにも縁遠い、天使の輪っかが浮かぶ、綺麗な長い髪を三人で引っ張り合ったり、押しあったりしながら、互いをののしりあう。
おいおい、五歳児がどこで『泥棒猫』なんて言葉を覚えるんだ。
秋生、お前の娘の教育はどうなっている?
状況を説明すると、すぐ下の弟、秋生の二人の双子の娘、紅子と緑子が見舞いにきたのだ。
この二人は、俺に懐いてくれている。俺も、初めての姪っ子の存在に、それはそれは力一杯、甘やかしてきた。
それがこの結果かと思うと、改めて教育方針を考えないといけないと思った。
それなのに、当の娘たちの母親である瑠璃子さんと、もう一方の母親である東野部長は面白そうに笑っていた。
「笑いごとじゃないでしょう?」
「ごめんなさい、冬馬さん。だって、いつものことじゃないの。この間のクリスマスパーティーの時も、ねぇ」
「若社長が女の子にモテモテだからいけないんですよ。
うちの娘も誘惑したんですから、仕方がありません」
瑠璃子さんと東野部長は、同い年の子を持つということで、顔見知りであり、仲が良い。
娘たちも、バレエ教室で一緒らしく、仲が……良いはずなんだけど。
とりあえず、俺の目の前では、いつもいがみ合っている。
そして、東野部長にからかわれる。
モテるとか、そういう次元の話なのか?これは。
五歳児だぞ? 女子高校生よりもあり得ないだろう。
「あ……」
「はい? どうかしましたか、冬馬さん?」
秋生が選んだ女性は、聡明で察しが良かった。
俺は変に隠した方がよくないと思い、素直に聞いてみた。
「……いや、真白ちゃん、あの、預かってもらっている女の子。
どうしているかなって。
ちゃんと、ご飯食べてる?」
まだ泣いていたらどうしよう、などとあり得ない不安を感じる俺に、瑠璃子さんは思い出したように叫んだ。
「そうだ! 真白ちゃん!
あれ、さっきまで居たのに?どこに行ったのかしら?」
牧田が閉めたドアを開けるが、そこに姿はなかった。
代わりに廊下中に響き渡る声が聞こえた。
「真白ちゃん! ……ごめんなさい、真白ちゃああああんん!!」
「姫ちゃん!? 姫ちゃん!!!」
「ごめんなさい! 私を許してくれる?
私が冬馬さんのことで、意地悪したせいで、真白ちゃんが大けがする所だった!
そうでしょう? だって、私の家に避難して、おじい様に相談していれば、あんな恐ろしい目に合わなくても済んだはずよ!
私、私、おじい様に真白ちゃんが暴漢に襲われたって話を聞いた時、気が遠くなったくらい驚いたわ。
もしも、真白ちゃんに何かあったら、私は自分を許せない! 許せないわ!!
先に冬馬さんを好きになったのは真白ちゃんなのに、応援するって言った挙句、後から横恋慕して、意地悪するなんて、本当に最低だわ!」
「私こそ、姫ちゃんをずっと無視してた!
ちゃんと話したら、姫ちゃんは分かってくれるに決まっているって知っていたのに、なのに、それが出来なかった。
姫ちゃんのこと、ズルいって……仲良くしてくれなくてもいいって!
ごめんなさい! 私、すごく嫉妬深いの。自分でも知らなかったけど、嫌な人間なのよ。
だから、姫ちゃんが私に失望するのは当然だわ。
ごめんなさい。ごめんなさい」
「真白ちゃん!」
「姫ちゃん!」
どうやら廊下で麗しい友情が復活したようだ。
目出度いことだよ。
真白ちゃんが友達と仲直り出来たのなら、俺も怪我をした甲斐があったと言うものだ。
俺の精神はズタズタだけどね。
頼むから、そういう事は、人気のない河原とかでやってくれ。
少なくとも喧嘩の原因になった張本人の聞こえる所でやることか!?
俺は究極に居たたまれない気分になった
お茶会の時の修羅場以上に、気まずい。
あの時は、まだ、自分に非がないと思っていたけど、現状では、有り余るほど思い当たることがあった。
どっちの女の子にも、告白されているのに、どっちつかずのまま放置しているのだ。
雨宮家の方には、正式に断りの返事をしたはずなのに、なぜかなあなあにされてしまった。
真白ちゃんに関しては……深く考えたくない。
まずいよなぁ、これは。
さっきまで同じようなことをしていたくせに、意味が分かっていない様子の幼子三人はともかく、母親二人の見る目が痛い。
そこに来て、さらに面倒なことに、仲直りした女子高校生二人を連れて入ってきたのがエリィときたものだ。
とりあえず、廊下で感動のシーンを演じている二人を部屋の中に入れてくれたのは、人目を避ける、と言う点でありがたかったが、明らかに面白がっている。
「もう、冬馬さんは、本当にモテモテね〜。
こんな可愛い子二人と取り合いになるなんて!
……って、二人どころじゃないの?
人妻から女子高校生から、幼稚園児まで……いくらなんでも、守備範囲広すぎ」
病室を見渡して、唖然といった様子でエリィは言った。
「わざわざ来てもらってなんだけど、エリィ、帰ってくれないかな?」
「怒らない、怒らない。傷に響くわよ。
にしても、真白ちゃんのストーカーに刺されたんですって?
なんて間抜けなの!
下手したら一大事だったのよ。自分を過信しすぎ」
「分かったから、今、ここで言わないでくれないか?」
真白ちゃんが泣きそうになっていた。
「あちゃ〜、ごめん、真白ちゃん。
でも、真白ちゃんが悪いんじゃないのよ。
世の中、変な男が多いから。
そういうのって、こっちが気を付けても、勝手に暴走してくるから、ホント、迷惑千万!
そんな奴らは、市中引き回しの上、道々で石でも投げつけられらてしまえばいいんだわ!」
過激な発言をしつつ、牧田に見舞いの花を渡す。
それを見た、雨宮姫は俺に花束を差し出した。
おそらく、さっき真白ちゃんと抱き合ったのだろう、押しつぶされてグシャグシャになってしまっていたが、まったく頓着した様子はなかった。
「これ、お見舞いです。真白ちゃんを助けて下さってありがとうございます」
憑きものが落ちたように、さっぱりとした顔だった。
ただし、以前のような表情の乏しいものではなかった。
今頃、病院中に野火のように広まっているであろう廊下での一件のことは気にしていないようだ。
二人っきりの世界の出来事だと思っているに違いない。
真白ちゃんも同様だ。
指摘したら、真っ赤になってうろたえるだろうし、こちらにも反動が大きそうなので、敢えて知らんぷりを決め込むことにした。
それにしても、真白ちゃんが嫉妬深いって本当なのかな。
それはちょっと確認したい。
悪気のない純粋そうな顔で佇む彼女を見ると、大事そうにステンレスボトルを持っていた。
「これ、井上夫人から預かってきました。
きっと若社長が恋しがっているんじゃないかって」
それで中身は推測出来た。
「コーヒーだ」
押し頂くように受け取った。
花も果物も嬉しいけど、井上夫人が淹れてくれたコーヒーは何よりもありがたい。
「ありがとう、真白ちゃん」
「いいえ、井上夫人からですから。
でも、お医者さんに聞かないで飲んでもいいんでしょうか?」
「いいんじゃない、ちょっとくらいなら。
食事制限されるような病気じゃなくって、怪我なんでしょ?」
エリィが適当な意見を言ったが、俺はそれにのっかることにした。
あの味が恋しい。
「本当にちょっとにして下さいね。
後で叱られても知りませんからね」
「分かってるよ、牧田。
そうだ、お見舞いにもらったお菓子とか果物とか、食べてもらおうよ。
こんなにいっぱいあっても、食べきれないし」
ある程度貯まったら、小野寺の本邸に持って帰ってもらっていたが、それでもひっきりなしにやってくる。
これが小野寺家の力だと思うと、時々、花に押しつぶされそうになる。
「そうですね」
***
そんな訳で、女子八人のかしましいおしゃべりを聞きながら、俺は久々のコーヒーの味を堪能した。
「エリィさんもストーカーに?」
「そうなの、高校時代にね」
高級青果店のメロンを味わいつつ、エリィが語りだした。
「最低だったわよ。警察にはこっちが誘惑したとかなんとか難癖つけられるし。
そんな訳ないじゃない。
小さい頃から村一番の小町娘と讃えられた、このエリィ様が、あんな垢ぬけない貧相な男なんか相手にすると思う?
天地がひっくり返ってもあり得ないわ。
そう言ったら、しぶしぶ納得したけど、でも、好かれるのはいいことだって、訳分からないこと言ってくるし。
私はあんたみたいに、モテない可哀想な男じゃないの。
どうでもいい男の一人二人に想いを寄せられたくらいで喜ぶような女じゃないっていうの!」
「それで、どうなさったんですか?」
「夜に勝手に家の敷地内に入って来たから、八郎丸と辰子丸をけしかけて、さんざんに追いまわして、弟たちが肥料用に作っていた牛フンの穴に誘い込み、這い上がってくるところを棒で突き落としてやったわ。
極めつけに祖父が杖を突きつけて今後私に付きまとったら、クマの餌にするって脅したら、二度と現れなくなった」
エリィの話に、お嬢様も幼稚園児も魅入られたように聞いていた。
現実離れしていて、ある意味、おとぎ話……日本昔話のようだから、そんな気持ちで聞いているのかもしれない。
母親二人組は、日本屈指のモデルのワイルドな一面に、目を見開いていた。
ちなみに、八郎丸と辰子丸と言うのは、エリィの祖父が北海道で貰ってきた猟犬の孫犬で、クマと戦って勝ったと言う祖母犬の血をひいて、それはそれは賢く猛々しい、見事な体躯の猟犬らしい。
祖母犬の素晴らしい名犬っぷりは、知る人ぞ知るもので、その系統に仔犬が生まれれば引く手数多。番犬に、と東京の名家が大金を積んで買っていったこともあったそうだ。
その話に「それうちの犬です!」と、嬉しそうに宣言したのは、雨宮のお姫様だった。
奇しくも、犬同士でつながったエリィと雨宮のお姫様は、犬談義で意気投合した。
なんだか、俺の周りで、包囲網が出来ている気がする。
なんの包囲網か知らないけど。
「わんちゃん、あいたい!」
「べにこも!」
「みどりこもよ!」
「まぁ、じゃあ、是非、私の家にいらして下さいな。
エリィさんも、真白ちゃんも、良かったらご招待させて下さい」
「本当!? 八郎丸の子供に会えるなんて嬉しいわ。
実家にも教えてあげよう!」
「この間は、ゆっくりお庭を見られなかったから、私もまた行ってみたかったの」
雨宮のお姫さまが、あんなに楽しそうに笑うのは初めて見た。
もう人形には見えない。
真白ちゃんも一緒になって笑っていた。
エリィの若干過激な話も役に立つ。
そんなことを思いながら、笑う真白ちゃんの横顔を見ていると、心地よい眠りに誘われてきた。
あの夢を頻繁に見ていたせいで、不眠症気味だったのに、突然の睡魔に、動揺した。
ここで寝てしまって、またあの夢を見たら、みんなが居る所で何か口走ってしまうかもしれないと思うと、恐ろしい。
いつもはその恐怖で目が覚めるのに、今日は睡魔に引きずり込まれる。
***
「社長? ……申し訳ありません、お休みでしたか」
牧田に声を掛けられて、覚醒した。
寝てた。
でも、夢は見なかった。
あんまり眠すぎて、夢を見る余地もなかったのかもしれない。
牧田は俺があまり眠れないのを知っていたので、俺を起こしてしまったのを、ひどく気に病んだ顔をしていた。
「起こしてくれてありがとう。どうかした?」
「もう一人、面会の方が」
見ると、あの警官のお兄さん改め、刑事のおじさんがドアから覗き込んでいた。
「やあ、どこのハーレムに迷い込んだと思ったよ」
「やめて下さい。そんなんじゃありません」
「君は真面目だな。
……そして、君、いくらなんでも私誅はいかんな。
この国は法治国家だぞ」
後半はエリィに向けてらしい。
俺がまどろんでいる間も、話は盛り上がっていたらしい。
「まぁ、刑事さん、仕方がなかったんです。
あの年は、夏の気候が不順で、不作だったのです」
エリィがぶりっ子して答えはじめた……が、内容は相変わらず過激だった。
「里も山もその有様で、山からは餌を求めてクマがやってくるし、人里からは米泥棒が横行していましてね。
クマと米泥棒が鉢合わせして、襲われた、という事件があったのです」
「それは……危険だね」
「そう、あの男が夜中にうろついて、クマにでも会って刺激したら一大事。
人を襲ったクマは退治しなければなりません。
会わなくてもいい人間に出会ったばかりに、そんな目に合ったらクマが可哀想でしょ。
父が獲って来たら食べるけど、そうそう無益なことはしません。
クマは怖い生き物だけど、人間だって同じこと。
共存するには、お互いに領域を侵さないようにしなければね」
「そっちですか」
「そっちですよ、勿論
それに、父は精根込めて大切に育てた米と娘にちょっかい出す奴は犬畜生にも劣ると烈火の如く怒り狂ってました。
散弾銃を持ち出して、父が犯罪者になる前に、なんとか穏便に済ます必要もあったんですよ」
うふふふふ、と笑うエリィに、刑事は引きつった笑顔で返した。
と、「クマさんかわいそう?」俺がクリスマスにあげたぬいぐるみを抱きしめながら、東野部長の娘さんが不安そうに言った。
「そうね、可哀想ね」
真白ちゃんが同意した。
そう言えば、彼女はクマ好きだったな。
もっとも、歌の中のクマだけど。
それを見越してか、エリィは忠告した。
「本物のクマはぬいぐるみみたいに可愛くはないわ」
「それは同意するよ」
刑事のおじさんは賛同し、俺は心の中で「クマに似た人間の男もね」と付け加えた。
刑事さんは松井さんと言った。
彼が来たのをきっかけに、まず東野部長が立ち上がった。
「まだ本調子じゃないのに、長居してしまいましたね。
社員一同、社長のお戻りをお待ちしておりますわ。
去年のプロジェクトから働き続きでしたから、この機会に、お休みになるといいですよ。
それまでの間、仕事の方はお任せを……でも、これは目を通して下さいね」
バッグから書類入れを取り出して、枕元に置いて行った。
それに続いて、瑠璃子さんも、娘を急かす。
彼女は帰ると言うことは、当然、真白ちゃんもだ。
「子供達がうるさくしてしまってごめんなさいね。
……真白ちゃんを外に出してはいけないのに、こっそり連れ出すのには、この子たちも連れてこないといけなかったの。
あの子がここに来ているのを知っているのは、井上夫人だけよ」
小声で言われた上に、双子たちが「まだ帰りたくない」と大騒ぎしていたおかげで、瑠璃子さんとの会話は周りから遮断されていた。
「いえ、見つからない内に帰って下さい。
真白ちゃんを連れてきてありがとうございます。
一人で来るよりは、よほどいいですよ」
「早く退院して下さいね。
ほら、紅子! 緑子! 帰りますよ!」
両手で双子の娘を引きずる姿は逞しい。
それに急かされながらも、真白ちゃんが俺に向き直った。
今日の彼女はやたらフリフリした白いワンピースを着ていた。
紅子と緑子が着ているのと、色味は少ないが似ている所を見ると、瑠璃子さんの見立てのようだ。
全体的にボリュームがあって、東野部長が選ぶ服よりはいいけど、髪型が複雑な編み込みでアップされていて、首筋がすっきりと露わになっている。
首筋が弱点のくせに無防備だと、見ている方が不安になった。
この時期、暑苦しいけど、長い髪の毛を下したほうがいいんじゃないかと思う。
それに、普段は自分の好きな服を着て欲しい。
「早く良くなって下さいね」
「ありがとう。
小野寺の本邸はどう?
不便なことや不満なことはない?
ずっと邸内に籠っていて、嫌になった?」
彼女を閉じ込めたくはなかったが、『小野寺の若社長』であり『妖精の騎士』であり、『モデル喰い』とまで言われた女癖の悪い俺が、『女の家の前で』暴漢に刺されたとあって、マスコミの恰好の餌食になってしまっていたのだ。
真白ちゃんは、事件直後に小野寺邸に匿ったこともあり、マスコミは手は出せないでいるが、いつその火の粉が降りかかるか分からないので、事態が沈静化するまでは怖くて外に出せない。
それなのに、こうやって、抜け出して来て、あまつさえ廊下で雨宮家の令嬢と大騒ぎするのはいかがなものかと思う。
そりゃあ、俺も顔を見て安心したかったけどさ。
「みなさん親切にしてくれます。
外には出してもらえませんが、お庭もお屋敷も広いので気になりません。
私も若社長が退院するまでは、自主的に謹慎しているつもりなんです。
これ以上、心配をおかけしたくありません。
……嘘じゃないですよ!」
うわごとで俺に嘘吐き呼ばわりされたのを、気にしているようだ。
ムキになる姿が可愛いので、ついからかってしまうのは、悪い癖だ。
「でも、今日は出歩いているじゃないか」
「……それは、別です。
見逃して下さい。
若社長のことが、心配だったんです。
今は、私よりご自分の身体を心配すべきです」
「俺は大丈夫……」
そう答えたら、泣きそうな顔で『嘘吐き』と言われた。
眠れないでいるのを、知っているのだろう。
本当に、この悪い癖は直さないといけない。
結局は真白ちゃんを追いこんで、自分が辛い気持ちになるだけだ。
「じゃあ、おあいこだね」
「私は本当のことを言ってます!
リサも遊びに来てくれるので、まったく外界と遮断されている訳でもなく、寂しくもありませんから」
「そう。君のお友達にも迷惑をかけたから、くれぐれもよろしく言っておいてね」
事件の現場となってしまった真白ちゃんの友人宅にも、勿論、マスコミはやって来たようで、本当に申し訳ないことになってしまった。
もしよければ、旅行でもと秋生が提案したらしいが、「悪いことをした訳ではないので、逃げも隠れもしないし、そちらも気にしなくていい」と断られていた。
それどころか、お見舞いまでいただいてしまった。
「はい。
リサも若社長にお会いしたいそうですので、いずれまた」
もう少し話していたかったけど、雨宮のお姫様が『友達』の単語に反応した。
「ええ! 姫も遊びに行きたいわ!
おじい様にお願いする。
いいでしょう?真白ちゃん!」
即答できない真白ちゃんに代わって俺が答えた。
「そうするといいよ。
君の友達を呼ぶのに、気を遣うことはないからね。
ねぇ、瑠璃子さん」
「ええ、そうよ。
ただでさえ、邸内から出してもらえないんですもの、それくらいは……ああ、紅子! 病院内を走らないで!」
緑子を片手に抱きかかえて、瑠璃子さんが大変そうなので、真白ちゃんが慌てて紅子を捕まえに行った。
それを見て、瑠璃子さんは感心したように俺に言った。
「私はあの子が居てくれて助かっているわ。
真白ちゃん、紅子と緑子の面倒をよく見てくれているの。
二人とも初めて会った時から、真白ちゃんの言うことは素直に聞くのよね
まるで、冬馬さんみたい」
真白ちゃんは病室を出て、そのまま瑠璃子さんたちと雨宮のお姫様と一緒に帰って行ってしまった。
最後に残ったエリィが真剣な顔で言った。
「あなたそっちのけで、一人で調子に乗って話してしまったわね」
「いいや、みんな楽しんでいたよ。
ありがとう」
心から感謝の言葉が出た。
エリィのおかげで、彼女のような気の強い、しっかりした女性でも、勝手な思い込みの見知らぬ男に目を付けられることもある、という不条理を真白ちゃんが知ることが出来た。
自分を責める気持ちが軽くなったはずだ。
「そう? 良かったわ。
また何かあったら力になるわよ。
私達、友達でしょ?
……ホント、友情って美しいわね」
廊下で復活した友情を思い出した。
「君は最後まで真面目に話すことは出来ないの?」
「照れ隠しよ。
私、こう見えて、繊細なの。
あの時だって、本当はそこの刑事さんが言うように、警察に任せたかったのよ」
「分かっているよ」
エリィが神妙になったので、松井刑事も慌てたようだ。
「すみませんね。
今度は頼りになれるように努力しますから」
「今度とか言わないでよ。出来れば、あなた方とは一日警察署長とか以外では関わりあいたくないわね」
「まことに、その通りです」
「そう?知らせがあったと思うけど、来週、私、あなたの上司になるから。よろしく」
やっぱり真面目になりきれない来週の一日だけの警察署長を、松井刑事は敬礼をして見送った。