表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖精とクマ  作者: さぁこ/結城敦子
第五章 椛島真白の不安。
29/60

5-5 パジャマパーティー

「それ、絶対、遊ばれているんだよ!」


 リサの部屋のベッドの上で、若社長の話をしたら、枕を投げられて、断定されてしまった。


 夜九時までの塾を切り上げて、彼女は私の待つファミレスに駆けつけてくれた。

 中華料理屋さんでは車を降りなかった井上さんが、ここでは一緒に席について、遅れた夕食を、若社長はコーヒーを、私は紅茶を頼んだ所だった。

 リサは、若社長が丁寧に挨拶して、名刺を渡すと「うそ、妖精の騎士だ。本物の」と口の中でつぶやいた。


 私としては、父が旅行に行くから、お泊り会をしよう! と言う軽いノリで電話したのに、若社長にすっかり事情をバラされてしまった。


 私の隣にどっかりと座りこんだリサは、メニューの中で一番高いステーキセットとチョコレートパフェを頼み、若社長に詰問した。

 その上で、あっさり連絡先を交換し始めたので、なんだか羨ましくって、いじけてしまった。


 でも、リサは私のことをものすごく心配してくれた。

 若社長の車で、自分の家まで送らせると、警戒しながら、自宅へと私を連れて行ってくれた。

 彼女の家は、下はガレージとして使い、玄関までは階段を登る必要があった。

 階段の両脇には花のプランターが置かれたり、掛けられていたり、暗くてよく見えなかったが、右手奥には緑がたくさんある庭がある素敵なお家だった。

 私達が、その階段を登りきって、玄関のドアの前に立ち、後ろを振り返ると、中に入るまで見守ってくれるつもりの若社長と井上さんの姿があった。


 もうこれで安心だ。


 その時はそう思って、リサのご両親に挨拶し、若社長が持たせてくれたゴマ団子でお茶をし、お風呂を借りて、すっかり合宿気分で浮かれた気持ちになっていた。

 こういうことをするのは初めてだったのだ。

 憧れていたと言ってもいい。


 ただし、若社長とのことをあれこれ聞かれるのは、成り行き上、仕方が無かった。

 小野寺出版の若社長が、私となぜ知り合いなのか、なぜ、いろいろ配慮してくれるのか、知りたくなって当然だ。

 話せない部分を除いた、大分省略した話をした途端、リサがさっきのセリフを言ったのだ。


「会った時は、立派な信頼出来る男の人かもしれないと思ったけど、週刊誌が書いてるように、結局は女好きの遊び人じゃない」


「そんなことない!」


「あるわよ! 告白したのに、断る訳でもなく、付き合う訳でもなく、ただただ甘やかされるなんて、おかしくない?」


「おかしいけど……」


 投げつけられた枕を抱きしめ、私はリサを説得する言葉を探したけど、見つかるはずがなかった。

 だって、おかしい関係なんだもの。


「でも、それでいいの。今は、それが幸せだから……」


「やだ! 私は嫌よ、真白がそんな風に扱われるなんて!

それって、絶対、遊ばれている。弄ばれているのよ!

このままじゃ、真白……えーっと、何というか、小野寺冬馬が家柄のいい娘と結婚した後も、ズルズルと手元に置かれてしまうわよ。

――はっきり言うと、愛人扱い……」


「それはない! そこまでは付き合えないもの」


 リサったら、一体、何を考えているのかしら、枕を投げ返す。


「そこまで惚れ込んでるのに?

もしも、引き留められたら? 一度は逃げ切れなかったんでしょ?」


「若社長は、次はそんなことしないと思う。

この間のことは……私がまだ子供だから、可哀想に思ってくれただけよ」


 本当にそうだったかしら?

 一度、去ろうとした私の腕を掴んだ時、若社長は自分がどんな顔をしていたか知らないだろう。

 私は、思い出した。

 当時は涙にかすんだようにおぼろげだった若社長の顔が、今は、まざまざと思い出せた。

 あの時、若社長は捨てられる寸前の仔熊みたいだった。

 あれはどういう感情だったのだろうか。


「子供ねぇ……」


 リサが枕を投げ捨てると、勢いよくベッドから降りて、雑誌ラックを漁った。


 出てきたのは数冊の週刊誌だった。


「何、これ?」


「妖精の騎士さんの記事が載っている雑誌よ」


「リサだって、若社長のこと、好きじゃないの!」


「嫉妬? そうやって、雨宮のお姫様と喧嘩したの?」

 

 姫ちゃんとは喧嘩なんてしていない。

 喧嘩するような接触をしていないから、出来ないのだ。

 けど、リサの本題は、ひとまずそちらではないようだ。


 突き出された週刊誌の一番上に載っているのは、最近のものだった。


「真白、私に隠していることあるでしょう?」


「な、なんのことかしら」


「これ、真白でしょう?」


 何度も開かれたのだろう。すっかり癖がついたそのページは、迷うことなく開かれた。

 そこには、エレベーターに乗る若社長と顔の見えない女の人。

 ガラス越しの隠し撮りだから、はっきりとした写真ではなかったけど、黒いミニのドレスを着た女性は、腰にしっかりと手を回され、若社長に身を寄せているように見えた。

 恋人同士にしか見えない二人だ。

 あの時、見えなかった若社長の表情を、初めて知った。


「う……わぁああああああ、なんで、どこで! どうやって!? 全然、気が……」


 そう言えば、ラウンジの入り口で何か揉め事があった。

 その時、この雑誌の記者が入って来たのを、誰かが、おそらく店員さんが気づいて止めてくれたのだ。

 だから私がそちらの方に顔を見せない様にしてくれたんだ。

 エレベーターに乗っている時もそうだった。若社長は巧みに、私の顔をカメラから隠してくれていた。


「小野寺冬馬、またも新恋人か? 今度も美人モデル?

最近、世界的なモデルのエリィと付き合っていると報じられている小野寺冬馬氏が、新たな女性を連れている姿が目撃された。

エリィとは、一度は破局との情報が流れたものの、今でも付き合っていることは間違いなく、二股交際の疑惑が浮かび上がってきた。

新恋人と思われる女性は、セクシーな黒いドレスを身にまとい、美しい足を惜しげもなく晒して、いかにも親しげに冬馬氏の胸にもたれかかり、エレベーターでラウンジに向かった。

二人は、ホテルのラウンジで情熱的に見つめ合い……」


 なんて、事実無根の記事なんだろう!

 全体的に若社長のことを、わざと悪い印象になるように操作している書き方だ。


「リサ、違う。違うからね!」


「何が違うのよ?」


 私から雑誌を取り上げ、記事の内容を朗読したリサは、仁王立ちになって問いただした。


「夜のホテルに男の人と二人で居るなんて。それも女好きで有名な男と、こんな記事にまで書かれて!

学校や他の子たちにバレたらどうするつもり?」


「こんな記事、出鱈目だもの! こんな悪意に満ちた記事をリサは信じるの?

その日は、父の受賞記念パーティーの日で、若社長は仕事で来てて、私は娘として招待されていて……それで、とにかく、夜の十時には父と一緒に家に帰ったんだから!

証人も呼べるわよ!

井上さん、あの、車の運転手さんが送って行ってくれたんだから!」


 あのホテルのクリーニングサービスは実に優秀だった。

 染みは消えてなくなり、綺麗にアイロンがかけられた乾いた制服が迅速に届けられ、パーティーの後半には来た時と同じ服で会場に戻っていた。


「この恰好は?」


「それは言えない。

強いて言うなら遊ばれた。

若社長にじゃなくって、エリィによ!」


「エリィ!?」


 リサが私の隣に座って、雑誌のページを広げて例の記事を見せた。

 そこには、若社長と付き合っていることになっているエリィの写真も載っていた。

 荒い印刷上でも、消えることのない美貌の女性。


「そうよ、このエリィが私の制服に赤ワインを零してしまったの。クリーニングしている間に、この洋服を着せられて……見ての通りの丈の短さで、とてもパーティー会場には戻れなくて……それで」


「それでなんで、小野寺冬馬とラウンジに行くのよ?」


「私も分からない」


 本当だ、信じて欲しい。

 若社長とこんなことになったのは、エリィと東野部長の画策で、こっちも訳が分からないままだったんだから!


「いいわ。信じてあげる」


 あっさりリサが引き下がったのが、余計に怖い。

 案の定、次に出てきたのは、あの『妖精の騎士』の発端となった記事だった。


 これは、実は初めて見た。

 こんな風だったんだ。

 ああ、若社長の燕尾服姿はやっぱり素敵。

 それに、なんだか、とても大事にされているように見える。


「これも真白でしょう?」


「……黙秘を……黙秘権の行使を。

リサ、お願い、それだけは言えないの」


 手を合わせて祈ってみたけど、その行動自体が「そうです」と言っているようなものだった。


「つまり、真白ってことね。

貴女が『妖精』さんとは……私、特集号買うほどファンだったの、知ってるわよね?」


「知ってた」


「だよね?知ってたよね?」


 肩を掴んで揺さぶられた。


「ごめん、でも、でもね」


「分かってるわよ! 極秘なんでしょう! それくらいは分かるわよ!

真白が何か隠しているのは知っていたけど、まさか、こんなことだとは……」


「よく気が付いたね…」


「黒子」


「へっ?」


「真白、知ってた?背中に近い首筋に黒子があるのよ」


 パジャマの襟をぐいっと広げられ、その場所を押される。


「ちょ……っ! くすぐったいから駄目って言ってるじゃない!」


 弱い首筋を触られ、亀のように首をすくめた。

 それなのに、リサは容赦なく、責めた。


「もう一個、そのすぐ下にあるのよ。結構、特徴的な並び方。だから分かった。

最初は分からなかったし、実は今日まで半信半疑だったけど、確信したの。

なんでだと思う?」


 またリサに攻撃されないように、襟をしっかり閉じて聞いた。


「なんで?」


「小野寺冬馬の顔が、表情が……『妖精』さんを見る目が、『新恋人』を見る目が、そして、真白を見る目が、同じだったからよ!」


 そりゃあ、同じ人間だもの。


「分かってないわね」


 リサが週刊誌を盾に迫ってくる。


「この目が妹を見る目? 娘? 孫娘ですって? 冗談でしょ?

これは女を見る目よ! 自分の女を見る目なの!

なんで気が付かないかな。

このままぼーっと側にいると、その内、ひどい目に合わされるわよ」


「まさか……それに、リサったら、なんでそんなに詳しいの?」


 私とリサは同級生なのに、彼氏だって居た事ないのに、そんなこと分かるんだろうか?


「分かるわよ!

本能で危険は避けるべきものなの!

真白は、森でオオカミに騙される赤ずきんちゃん並に、警戒心が無さすぎる!」


「わ、若社長は……オオカミじゃなくって、クマだもの!」


「はぁ???」


「優しい森のクマさんだから、私にひどいことなんて、しないもの!」


 今の私に、心配する友人を説得する力はなかった。

 自分自身ですら、若社長の気持ちが分からないのに、どうして、他人に分かってもらえると言うのだろうか。

 

 リサは呆れてしまったらしい。

 「そんなにクマが好きなら」と自分のテディベアを貸してくれ、ベッドから降りると、その下に敷いた布団に寝ころぶ。


 借りたクマは可愛い顔をしていた。

 若社長っぽくない。

 でも、それでいいかも。

 似ていたら、抱っこしながら手足をもてあそぶなんて出来ない。


「妖精の騎士は正直、素敵だった。

だけど、そこまで信じられるって要素がどこにあるの?

いろんな女と短期間しか付き合えないって、何か問題があるとしか思えないわよ」


 若社長は以前、「誰かを本気で愛することが出来ない」と私に語ってくれた。

 長く続かないのはそのせいなのだ。

 あんなに優しい人なのに、誰も愛せないなんて不思議な人だ。

 けど、そのことをリサに教えたら、また若社長の印象が悪くなるに決まっている。

 誰も愛せない人を愛しても不毛だ。何も生まれはしない。

 なのに、どうして私はこんなにも若社長が好きなのだろうか。


「あのね、最初はただの憧れだったの。

その時は、『モデル喰い』とまで呼ばれるほどの女好きの若社長とは知らなかったの」


「騙されたの!?」


 リサが起き上がって、こちらを見る。


「ちがーう!

誰なのか知らなかっただけ!

ただの社員さんかと……。

だって、見た目、女好きそうじゃないでしょ?」


「確かに、女の子が好きそうな顔でもガタイでもない」


 微妙に会話がかみ合ってない気がするけど、無視して進めることにしよう。


「そのうち、若社長が若社長だと知って、でも、憧れるだけならいいかな、と。

私と若社長じゃ、年も立場も違いすぎる。

アイドルに憧れるみたいに、遠くから見ているだけで幸せだったの。

それから、ちょっと事件があって、知り合いになって、『妖精』のお仕事をするようになって……」


「憧れから好きに変わった?」


「ううん。反対」


「えっ?」


 驚く友人の声に、私は頷いて、続けた。

 一時、とても冷たい酷い人だと、嫌いになったことを。

 でも、それは誤解だったことも。


 あの人は、いつも私のことを心配して、助けてくれていた。

 毎日、ココアを差し入れしてくれていたのも若社長だったし、足が痛くて辛い思いをしているのもちゃんと知っていた。

 『妖精』の表現に悩んでいたら、社長自ら資料室で資料を漁って来てくれた。

 私と同じ、もしかしてそれ以上に、悩んで考えてくれていた。

 そして、美味しいものを一緒に食べてくれる。


「やめてー。食べ物に釣られるなんてー、簡単すぎるー」


「若社長の食べる姿はとっても恰好いいんだから!

今日知ったんだけど、男の人って、あんな風にご飯を食べるのね

すごく美味しそうに食べるのよ」


 思い出すだけでうっとりしてしまう。


「……真白、それって……いや、なんでもない」


 何を言いたかったのか、ベッドの下の友人が、天井を見やった。


「それだけじゃないの。

きっと若社長にとっての幸せは、お腹が満たされていることなんだと思う。

小さい頃、苦労したから。多分」


「つまり、ご飯をご馳走してくれるのは、真白を幸せにしたいからってこと?」


「そう! ……うぬぼれかな? ……痛っ!」


 勢い込んでリサの顔を覗き込んだものの、不安になって聞いてみたら、デコピンされた。


「やっぱりあの男、気に入らないわ!」


「どうしてよ!」


 額を押えながら、抗議する。


「真白のこと捨て猫か犬みたいに扱ってるじゃない。

しかも、お腹が空いている子を拾って、餌付けして、可愛がるだけ可愛がって、飽きたら、勝手に次の飼い主を探して出ていけって態度にしか思えない。

言われたんでしょ? 人魚姫さん。

王子が駄目なら、他の男を探せって。

そこまで言われて、まだ好きだなんて……好き……なのよね?」


「……うん。好き」


 出会った去年の春から、記憶を遡ってみたけど、どうあがいても嫌いになれなかった。

 若社長に失望したあの日々ですら、心のどこかで、ずっと追い求めていた。


「私、若社長のことが好きだわ。好きになってしまった。大好きよ。

飽きられるまで、一緒に居たい。

猫だったらいいのにね。

そうしたら、ずっと一緒に居られたと思わない?

人間の女の子だから、いけないんだわ」


 もし、魔法使いが居たら、猫にしてもらおう。

 そして、若社長の膝の上に乗って、喉をゴロゴロ鳴らして、優しく頭を撫でてもらうの。

 誰も愛せない若社長も、人間ではなくって、猫なら、その愛情を惜しみなく注いでくれるかもしれない。


 自分の想像に、思わず、満足して、借りたクマを猫に見立てて撫でているとリサが頭を抱えて呻いた。


「……ダメだこの子……どれだけ盲信的なの?

これはもう、いち早く、他の王子を見つけるべきだわ。

ねぇ、同級生で気になる男子はいないわけ?」


 リサは野球部やサッカー部のなんとか君とか、同じクラスのなんとか君とか、数人の男子生徒の名前を挙げたが、全くピンとこなかった。

 同じクラスの男子の顔は分かるけど、運動部とは接触が少なすぎて顔すら分からない。

 まして今は大学に進学した先輩や、後輩の名前と顔なんて分かるはずがない。


「もぉ、この中の数人は、真白のことを好きな男子なのに、認識もしていないなんて……可哀想すぎて涙がでるわ」


「そう言われても……」


 一年の時は、母を亡くした生活に慣れるのに精一杯だったし、特待生になった以上、勉強はしないといけないし、お金の不安もあった。

 とても色恋沙汰なんて、考えられなかった。

 今でも若社長に出会わなかったら、誰かに恋をするなんて、無かっただろうに。

 そして、出会ってからは、私の中には若社長しかいないのだ。


「私の知っている男の人の中で、若社長よりも素敵な人はいないし」


「大人だから頼りがいがありそうに見えるだけよ。

大学生になったら、合コンするわよ!

いい男なんて、世の中にはいくらでもいるんだから!

……ま、今回に限っては、気に入らない相手でも頼りにするしかないみたいだけど」


 ふぅっと息を吐くと、リサは私に言った。


「小野寺冬馬よりも、ずっと私の方が真白を心配してしているんだからね!

窮屈かもしれないけど、週末はどこにも出掛けない方がいいわ。

何する? 数学? 化学? それとも、楽しいぶ・つ・り?」


「え……そっち?」


「当たり前じゃない。私達、受験生。夏が勝負の、受験生なのよ。

愛だの恋だのにうつつをぬかして、受験失敗したいの?

あの小野寺冬馬は厳しそうだから、そうなったら百年の恋も冷めるかもね」


 そうだ、リサは自分の塾の時間を私の為に割いてくれたんだった。

 お礼を言うと、「それはそれ、よ。私も真白とこういうことしてみたかったし! 変なおまけはついちゃったけどね」と返された。

 リサの為にも、私自身の為にも、勉強はしないとね。

 折角、大学に行くお金を自分で稼いだのに、落ちたら意味が無い。

 リサに数学を教えてもらえるのは心強い。

 私は理系は苦手なのだけど、受験には必要なので、やらざるを得ないのだ。

 でも、物理は使わないわよ。そして、楽しくないから。


「はい、リサ先生! 数学でお願いします!」


「はーい、あ、メールだ」


 リサのスマホが短く着信を告げた。

 それから、数秒後、私のスマホにも着信があった。


「若社長からだ!」


『ゆっくり休んでね。おやすみ。ご飯美味しかったね(^−^)』


 女子高生相手だからなのか、必ず文末に顔文字を入れてくる。

 心遣いは嬉しいけど、たまに文面と一致しないような無理やりな顔文字がついてきて、判断に悩む時もあるのがご愛嬌だ。

 いつものように短いメールにうきうき返信しようとしたら、リサの声が聞こえた。


「私も小野寺冬馬から」


 そうして、スマホの画面をスクロールする。


「なんで! なんでリサの方が文章が長いの!」


「真白、あんたって、結構、嫉妬深いのね」


「えええ! 嫌な感じ?」


「わりと……」


 ショックで若社長への返信が遅れてしまったら、スマホがもう一度鳴った。


『今日は疲れたからもう寝ちゃったかな?』


『いいえ。今から寝ます。おやすみなさい。

明日もお仕事頑張って下さいね』


『俺も明日から休日。連休だよ。おやすみ』


 う……そうだった。

 若社長はいつも仕事をしているイメージがあったから、つい。

 少しでも文章を長くしようとすると、いつも余計なことを書いてしまう。


「ああ〜、また失敗したー。私の馬鹿ー。気が利いたメールって何〜?誰か教えてー」


 恥ずかしさで、ベッドの上で身悶えていると、今日は下から反応があった。


「もしかして、毎晩、そんな面白いことやってる?」


「……やってます」


「重症ね。あ、私のクマを苛めないでね」


 なんのことかと思ったら、どうやら、スマホを持っている手でクマをボスボス叩いていたらしい。


「ごめんね、クマさん。

今日は仲よく一緒に寝ようね!

リサも、おやすみ!」


「おやすみ、真白」


 そう言って、電気を消した後も、ベッドの下からは青白い光が漏れていた。

 若社長に返信をしている?

 寝返りをするふりをして、様子を伺ったら、目があってしまった。


「嫉妬深いのは嫌われるよ」


「ごめんなさい」


 気まずくなったので、リサに背を向けて眠った。

 私って、嫉妬深い性格だったのね。

 でも、恋ってそうじゃないの?

 気持ちが強くなればなるほど、誰にも渡したくなくなる。

 姫ちゃんのことを売り込んでいたあの頃は、まだ『恋』ではなかった。

 少しだけ、ただ憧れているだけだった自分を懐かしく羨ましく思った。

 姫ちゃんや、リサまでにも嫉妬するなんて、まるで私じゃないみたいだもの。

 こんな感情は知りたくなかった。

 だけど、後戻りは出来ない。

 恋心は突き進むか、諦めて別の道を選ぶしかない。


 今の所、道はずっと長く続く一本道にしか見えない。

 もう少し進めば別の道が見えてくるかしら?


 その夜、夢の中で、一本道の脇から出てきたオオカミに追いかけられた。

 怖くて、怖くて、走って逃げていたら、茂みからクマが出てきて、オオカミを一撃で倒してくれた。


 強くて優しいクマさんとお礼に踊っている所で目が覚めた。

 カーテンの隙間から、朝日が覗いていた。


 久々に気持ちのいい朝を迎えた……と思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ