4-4 お披露目パーティー
「雪が降ってきたな」
窓の外は朝からどんよりとした空だったが、ついに、チラチラと小さな雪が舞い始めた。
「交通が乱れたら厄介だな」
さほど激しい訳ではないが、とにかく雪には脆弱な都会だ。これ以上、強くなれば、混乱が起き始めるかもしれない。
「大丈夫ですよ。
今回の招待客は、何がなんでも会場にやってくるはずですよ。
たとえ帰れなくなってもね。
なにしろ……あの『妖精』に会える唯一の機会なんですから」
俺の不安に、牧田が答えた。
クリスマス目前の今日、ついに、ジャン・ルイ・ソレイユの日本初上陸を記念するパーティーが、このホテルで行われるのだ。
真白ちゃんの写真撮影の日、俺の代わりに現場に立ち会ったのはジャンだった。
こちらになんの連絡もなく、それまで、ずっと真っ白な衣装だった為、背景も小物も、すべて白をイメージして準備してきた、その日、その場所に、真紅のドレスを持って現れたのだ。
「やっぱり赤がいいかな、って思って」
そんな簡単な理由で、今すぐ全てを変えろ、と言われたと思ったプロジェクトチームの一同の、混乱と驚きに同情を禁じ得ない。
しかし、そんなチームに、ジャンは「別にそのままでいい」と言った。
ジャンが良いと言ったら、誰も反論出来なかったし、彼の感性は正しく世論に沿った。
白い世界の中に真紅のドレスはよく映えた。
ブランドロゴを金色にしたせいで、クリスマスの雰囲気に急速に傾く街中で、その『妖精』のポスターは時宜にかなったものになった。
よくもここまで、やり遂げられたものだ。
俺はこの眩暈がするほどの期間を思い出して、嘆息せずにはいられなかった。
もともと、ジャンとの交渉、美園の嫌がらせのせいで、決して順調とは言えなかったプロジェクトの進行は、遅れに遅れ、広告を掲載する場所の確保や、その他、諸々の準備を考えると、一旦、全てを解約し、仕切り直して、来年の春か初夏に延期するしかないと思われていた。
そんな中、真白ちゃんが現れた。
ジャンは俄然、乗り気になり、プロジェクトチームも、その余勢を駆って当初の予定に間に合わせる為に奮闘した。
写真撮影で少し、足踏みがあったものの、その後は問題もなく、怒涛のような勢いで進行していった。
自社の印刷工場ですぐさま印刷された『妖精』の巨大なポスターはまたたく間に話題になり、TVや雑誌にも取り上げられ、先行で開店した一店舗で限定配布したカタログは取り合いになった。
問い合わせが相次ぎ、メインターゲットとしていた二十代、三十代の女性だけでなく、年代性別を問わない人々の興味関心の的となったのだ。
小野寺出版は、その声に応え、かつ、その利を活かして、宣材用にたくさん撮った写真で使わなかったのを、特に選び、直近に発行するファッション誌の特集にねじ込んだ。
それが爆発的に売れ、別冊で特集号を作るまでになる。
年末進行に加え、プロジェクト本来の印刷物でいっぱいいっぱいだった印刷工場には、かなりの無理を言ったが、出せば売れると分かっているのに、やらない訳にはいかなかった。
けれども、印刷の品質を落とさずに増刷することには限度があった。
『妖精』のイメージ、ジャンがこだわる発色を維持するには、自社工場が責任を持って取り掛からなければならなかった。
かと言って、これまで自社工場が担っていた仕事を他に回すことは、義父が難色を示した。
小野寺出版の発行物は自社工場が印刷発行するべきものであり、他から委託された仕事は大口であれ、小口であれ、信頼して任されたものである以上、自分たちが大変だからと言って、断っては、信義におとると言うのだ。
印刷会社は他にもある。目の前の利益に惑わされるものではない、という義父の考えは間違ってはいないと思うが、結果として、情報が圧倒的に枯渇し、需要と供給のバランスが著しく不釣り合いになった。
一部では、品薄商法と叩かれ、グループ内でも、もっと情報を開示すべきだとの声があがったが、それに同意することは出来なかった。
ジャンも後押ししてくれ、もし、『妖精』の秘密が明らかにされたら、手を引くと言い切った。
契約を交わしている以上、口ではそう言っていても、やってしまえばなし崩しに許されるだとうと思った幹部もいたが、真白ちゃんの父親、椛島真中が手を加えた契約書を見て沈黙した。
椛島真中の文章は、一切の誤読や憶測を許さないものであり、付け込む隙のないものだった。
小説を書くよりも、契約書を書く方に才能があるとしか思えない。
昔、誰かにこっぴどく騙されたことがあるのではないか、と穿ってしまいそうになるほど、徹底的だった。
勿論、正体がバレた時のことも抜かりなく書いてあり、それが偶然だろうと、故意だろうとも、情け容赦がなく責任を問われ、賠償を請求されることになっていた。
こんな契約を交わして、と非難されたが、元から、絶対に正体を明かさないと決めた以上、それを守るのは当然だ。よって、制裁事項はあってもなくても同じことだろう。
世間の関心が高まれば高まるほど、真白ちゃんの存在を隠すのは、大変だった。
それも、今日で終わる。
過熱する一方の『妖精』ブームの行き着く先が、今日のお披露目パーティーなのだ。
今日の僅か一時間が過ぎれば、『妖精』は消え去るのだ。
もう二度と、世間にも、俺の前にも姿を現さない。
それを思うと、不思議な安心感が生まれた。
激務が終わることと、プロジェクトが成功しているからだろう。
時々、心拍数がおかしくなることすらあったので、年明けに、検査に行こうと思う。
働き盛りの若さに甘んじて、自分を酷使しすぎたようだ。
久々に着た、正装の燕尾服も、身体にぴったり合っているはずなのに、首回りが苦しく感じる。
「ところで、社長、『妖精』の支度が整ったそうです」
牧田の報告には、言外に俺が真白ちゃんに会いに行かなければならないことを含んでいた。
プロジェクトの責任者の一人なんだから、当たり前なのだけど、行きたくない。
このところ、お馴染みになってしまった動悸がする。
本気で病院に行かないと、まずいかも。
真白ちゃんに会う前に、病院に行かせて欲しい。
自分で決めたことなのに、彼女に直接会わないでいたせいで、いざ、必要な時に会い辛くなってしまった。
どんな顔を、どんな態度をしていいのか、もう分からないのだ。
真白ちゃんは、あのあとすぐに、ちゃんと『妖精』として仕事をしているから、それほど落ち込んだり、悲しんでいる訳ではなさそうだ。
軽い憧れ程度の相手にすぎなかったとすれば、喜ばしいことだ。
俺は思い上がった男になるけど。
もしかしたら、それが恥ずかしいのかもしれない。
または、話題をさらったあのポスターがいけないのかもしれない。
それまで後ろ姿だったのに、最終稿は前向きだった。
顔の半分は隠れていたけど、唇は見えていた。
車から見えるビルに、視察に行った先行店のショーウィンドウに、つけっぱなしのTVに、置いてある雑誌に、あらゆる場所で、俺は『妖精』に出会う。
その度に、あの柔らかい口元の感触を思い出してしまう。
もう一度、からいたくなる。
だから、あの子に会いたくないのに。
「仕事ですよ」
「分かっているよ」
動かない俺に、秘書室長が焦れたように言った。
もうすぐパーティーが始まるのだ。
牧田がよく似合っている燕尾服を着ているのを見たように、真白ちゃんの姿も見て、最終確認をしなければならない。
「お腹が痛いから、行きたくありません」、なんて、小学生の時も言ったことがなかった台詞が頭をよぎる。
実際には、痛いのはお腹ではなく、心臓なんだけどね。
廊下を出て、真白ちゃんの待つ最上階に向かう。
秘密を守るために、その階は、フロアごとジャンが貸し切っていた。
エレベーターと階段、裏の非常階段にも警備員が配置され、『妖精』の正体を嗅ぎ回る者達を拒絶していた。
パーティー会場はすでに受付が始まっていて、華やかに着飾った人々が出入りしている。
その中に、雨宮家の姿もあった。
あとで挨拶に行かないと、と思っていると、待っていたかのように、エリィが近寄ってきた。
「冬馬さん、こんにちは。
ご招待、ありがとうね。
この私に、『妖精』さんを見せびらかしたいなんて、とっても悪趣味」
おそらくジャンのブランドであろう、全体にキラキラ光る石が縫い付けられた白いドレスを着たエリィは、楽しげに言った。
真白ちゃんがジャンの『妖精』に指名されたことを、エリィに伝えた時、彼女はひとしきり憤ったが、後を引くことはなかった。
「自分の力不足を他人のせいにはしないわ」
毅然として言った彼女に、俺は再度、独立を勧めた。
エリィも、とっくにその気だったらしく、準備をしている段階だった。
ジャンとも顔合わせしていた。
すっかり、日本に入り浸りになったジャンは、こちらが忙しいと言うのに、断れないのをいいことにしょっちゅう、居酒屋に誘ってくるので、ついでにエリィに会って欲しいと頼んだのだ。
おもしろい店を紹介してくれるなら、という条件に、エリィは応えた。
横丁の常連客で溢れるかえる地方色の強い居酒屋に、ジャンも俺も唸った。
しかも、その庶民的な店に、明らかに浮いている真っ赤なワンピースでやって来た世界的モデルは、裏メニューだと言って、鳥の骨付き肉を注文し、かぶりついた。
なんでも、売れる前にバイトしていた店らしく、店主とも常連とも顔見知りだったらしい。
「私のとっておきのお店なのよ。誰にも教えていないんだからね」
長くて綺麗な指についた油を拭きながら自慢げに語るエリィは、かなり魅力的だったし、鶏肉は美味しかった。
そこからなぜか、エリィが小さい頃、ドラマで見て憧れ、クリスマスに食べようと飼っていた鶏がクマに襲われ、かつて『またぎ』だった祖父と猟友会の父親が退治したものの、クリスマスのご馳走はクマ鍋になってしまった話になり、思わず俺も、かつて逃げ込んだ小さな山間の町で、山菜を採ろうと、勝手に人の山に入ったらイノシシに襲われかけ、所有者にこっぴどく叱られたが、あんまりやせ細っているから可哀想に思われ、後からボタン鍋をごちそうになった話をすることになった。
ジャンはジャンで、対抗して、英国人の母方の祖父のマナーハウスで行われる狩猟の話をし始めた。
生まれも育ちも違う三人が、なぜか野生の鳥獣の話で盛り上がった飲み会は、ゴシップ誌の記者に写真を撮られていたと言うのに、あまりに健全に楽しげな雰囲気だったせいで、ただの仲良し三人組にしか見えず、下手すると、大学生のサークル的ノリにしか見えなかったので、まったくスキャンダル的扱いにされなかった。
ただし、ジャンと仲が良い、と言うのはエリィにはかなりの追い風になったのは確かだった。
ジャンもそれ以来、エリィへの評価を上げたようで、年明けに行われる自身のコレクションの仕事を、直接、申し込んだほどだった。
美園をすっ飛ばしたその行為は、エリィの独立をジャンも支持していることの表明となった。
「今日は、クマ鍋は無いですが、チキンはありますよ」
「あら、残念ね。ところで……」
エリィが突然、声を潜め、身を寄せてきた。
「気を付けてね。
美園が良からぬことを考えているわ」
「と、言うと?」
「さぁ、詳しくは知らない。
なにせ、私、すっかり美園には裏切り者扱いですもの。
でも、考えてみれば、想像はつくでしょ?
美園が考えていることだし、『妖精』さんは秘密の存在」
なるほど、美園がやりそうなことだ。
「私もなるべく気を付けてあげるわね」
「ありがとう。頼むよ」
「いくら世間体があるとはいえ、美園を呼ばないといけないなんて」
エリィの指摘した通り、自ら災難を呼び込むようだった。
もう一度、気を付けると、礼を言って、今度こそ、俺よりもクマっぽい警備員の敬礼を受けながらエレベーターに乗った。
一瞬、忘れかけていた動悸が、警告するように、また高鳴った。
***
部屋の真ん中に、今回の為に用意された真っ白い衣装を着て座っていた真白ちゃんは、緊張で青ざめた『人間』の女の子に見えた。
と言っても、ギリギリ『妖精』に見えなくもないのが救いだった。
おそらく、ジャン以外は納得させられるくらいには、『妖精』めいていた。
「真白ちゃん」
近くによって声を掛けると、彼女がこちらを見た。
思ったほど悲観的な表情ではない。
むしろ目の輝きは決意に満ちていた。
それが、気負いすぎて、『人間』臭さを感じさせるのだ。
真白ちゃんが悪い訳じゃない。
けれども、頼みの『甘い物』でも、緊張は解けなかった……と言う以前に、とても何か口に出来る様子でもなかった。
隣のテーブルに、小野寺出版のグルメ担当者達が総力を挙げて集めたケーキやなにやらが山となっていた。
普段なら美味しそうと思うだろうが、そのバターとか卵とか砂糖を考えると、こちらの胃もムカムカしてきた。
俺は身をかがめると、言った。
「吐きそう?」
「えっ?」
「冬兄ぃいいいい! 他に言い方ないの?」
隅で打ち合わせしていた夏樹がすっ飛んできた。
「てか、まず他に言うことあるよね?」
そうか、忘れていた。
俺は部屋を見回し、スタッフ達にねぎらいと、これからのことに関しての励ましの言葉を口にした。
プロジェクトチームの里崎と言う女性が、これに対して感謝を述べながら、「真白ちゃん、どうですか?」と聞いてきた。
「どう?」と聞かれても答えられない。
「ジャンはなんと?」
「トーマ……いえ、若社長に聞け、と。
若社長が良ければ自分も良い、と」
あの野郎。
思わず毒づく。
この状態で、OKを出せば、ジャンは俺を軽蔑するだろう。
しかし、はっきり『妖精』には見えない、と言ったら、真白ちゃんは傷つくだろう。
無言で見つめていると、不思議なことに段々と『妖精』に見えてきた。
おかげで、またもや『自分』を思い出した。
「吐きそう?」
「だから冬兄……」
「俺もお披露目される時は、吐きそうだったよ」
夏樹が黙った。
それどころか、部屋中の人間が息を詰めてこちらを注目している。
この人目さえなかったら、真白ちゃんが望む言葉を、いくらでも掛けてあげるのに。
でも、『可愛い』とは言えないかな。
今日の真白ちゃんは、衣装と化粧も相まって、今にも咲き誇りそうな花のように『綺麗』だった。
「しまったな。
薄荷飴を持って来れば良かった」
唐突に、飴の話題になったので、真白ちゃんが聞き返した。
顔色が良くなっていた。
「薄荷飴? ミント……」
「そう、アメリカに留学していた時にね、ルームメイトがラテン系で、普段は陽気なんだけど、あがり症で、人前で発表がある時とかになると、やっぱり吐きそうになるんだよ。
そいつが、そういう時はミントキャンディーがいいって、いつも持ち歩いていてね。
俺が二十歳になって、小野寺の後継ぎとしてお披露目される為に一時帰国する時に、絶対、役に立つからって、持たせられたんだよ」
「役に立ったんですね」
真白ちゃんの顔に笑みが浮かんだ。あ、前言撤回、やっぱり可愛い。
「だから、若社長はミントの香りがするのですか?」
「え……? そういう訳じゃないけど」
そんなにひどく匂うほどつけていたかな、と自分で確かめてみると、いつもの香りがしなかった。
そうだった、今日は燕尾服に着替えるから、後からつけようと思っていたんだ。
「あっ……、そうだ。
真白ちゃんはミントは好き?」
いつも何個かは持って歩くようにしている薄荷飴がなくって、忘れがちで、つけない時も多い香水のアトマイザーを持ってきているなんて、今日は変な日だな。
変と言えば、ミントが好きかどうか聞いただけなのに、真っ赤になっている真白ちゃんもおかしい。
ミントに何か隠された意味とかあるのか?
女子高生の間で、なにか流行っている隠語とか?
そうなると、まったく予想出来ないぞ。
困惑する俺に、強気に振れたような目の輝きをした真白ちゃんが答えた。
「好きです。最近、特に好きになりました」
ここで、なぜ強気になるのかも、よく分からないけど、元気になって何よりだよ。
「良かった。飴はないけど、香りはあるんだよ」
もはやミントの力は要らないかもしれない、と思いつつ、ポケットに入れたまま忘れていた香水を出すと、真白ちゃんが右腕を差し出した。
「でも、すっかりミントじゃないから、ハンカチか何かに……」
香水として調香してあるから、ミントの他にもいろんな香りが混じっているはずだ。
もし、嫌いな香りだったら、余計、気分が悪くなるかも。
そう思って、直接肌につけるのを遠慮したのだが、真白ちゃんは「分かります。その香りが……好きです」と言った。
あまり凝った香りは好きになれずに、探して見つけたものだから、気に入ってくれるのは嬉しいけど、いつ、この香りを嗅ぐ機会があったのだろう。
お茶会の時か?
……いや、そうじゃない。
あの時だ。
あの、美園から真白ちゃんを助けた時。
俺も真白ちゃんの香りを嗅いだじゃないか。
香りの記憶は、腕の中に彼女がすっぽり納まった時の感触の記憶まで蘇らせた。
同時に、真白ちゃんに自分の香りをつけるという行為に、背徳感と激しい誘惑を感じた。
右腕を差し出したまま、子犬のような従順さで俺を見つめている真白ちゃんが、『妖精』を通り越して『妖怪』に見えてきた。
しかし、周りが見ている。
必死にいろんな感情を押し殺して、彼女の手首に軽く香水を吹き付けてあげた。
香りを確認し、嬉しそうに笑う真白ちゃんを直視出来ない。
本当に、それでいいの?
聞きたいけど、聞けない。
俺は彼女の気持ちに気が付いていないし、気がついていたとしても受け入れられる訳ないし、手を出すなと言われている。
どうせ今日一日、どころか、あと一、二時間の付き合いだ。
このまま知らないフリをしよう。
動悸が激しくなりすぎて、俺の方が吐きそうだ。
いつもと違って、真白ちゃんの方から微かに香る、ミントの香りも、何の助けにもならなかった。
そんな俺の気持ちが伝わったのか、真白ちゃんの完全復活に、他のスタッフと一緒に喜びながらも、末の弟である夏樹だけは複雑な表情でこちらを伺った。
ただ、真白ちゃん個人への感情で心配されるのは嫌だったので、注意を他に向けた。
夏樹を先ほどまで居た隅に引っ張っていくと、「夏樹、美園が動く。くれぐれも気を付けるように、周囲にも徹底してくれ」と頼んだ。「勿論、真白ちゃんには、気づかれない様に」
せっかく、『妖精』の本領を発揮した真白ちゃんに、余計な心配はかけさせられない。
「分かった。
でも、なんで美園なんか呼んだんだよ」
「呼ばないで、押しかけられるよりもマシだろう?」
夏樹はしぶしぶ納得したが、言った俺自身は、実は不満だった。
美園なんかに、真白ちゃんの姿を見せたくない。
あいつは、かつてうちの十五階で絡んだ女の子と気が付くかもしれない。
何がなんでも、守り切らないと。
その瞬間だけは、周囲の視線も、後からの評価も、かなぐり捨ててでも、真白ちゃんを守ろうと決意した。
そして、実際、その通りにやった。
俺は、自分を褒めてやりたい。
――純粋にその件に関してだけは、だけど。