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妖精とクマ  作者: さぁこ/結城敦子
第三章 椛島真白の挑戦。
17/60

3-5 特訓!

「痛っ……」


 恐る恐る履いていた靴を脱ぐと、血まみれの足が出てきた。


 今日で、モデルの訓練を初めて二週間が経つ。

 これまで履いたことがなかったヒールの靴は一週間前から履き始めた。

 それも、かなり高いヒールの上に、全体的に細くて華奢なデザインも相まって、とにかく歩きづらいし、靴擦れがひどい。

 毎晩、足に出来たマメをつぶし、絆創膏を貼ってしのいできたけど、もう一歩も歩ける気がしない。


 ジャン・ルイ・ソレイユのプロジェクトに私が関わることは、社内外で極秘扱いになっていて、知る人は少ない。

 訓練するにしても、人目についたり、他社やマスコミに嗅ぎつけられないようにしないといけないのだ。

 話し合った結果、十五階なら人の出入りの制限がしやすい、ということで、そこの一室が臨時にプロジェクトの中枢兼私の訓練場所になった。

 私は毎日、普段通りに小野寺清掃の方のバイトにやって来て、その制服姿でここまで上がってくる。

 特別にエレベーターを十五階で止めることが出来るカードも貰った。

 でも、掃除はしない、するのはウォーキングの練習だ。


 海老沢所長と篠田さんが協力して、他の社員さんたちに気が付かれないようにシフトを組んでくれているから可能になったのだ。

 その為に、結局、所長は本社から人を派遣してもらうことになった。

 会ったことはないけれども、篠田さんに言わせると、すごく出来る人らしい。

 その人と、篠田さんのどちらかが、私と組んで仕事をしていることになっている。

 訓練が終わった後、いかにも仕事をしてきましたと言う顔で事務所に戻らないといけないのが辛い。


 しかし、プロジェクトがこうして動き始めた以上、優先順位はあくまで、私がモデルとしてなんとか使えるようになることと、秘密を保持し続けることが第一位なのだ。

 すべては若社長の、ひいては小野寺グループの命運がかかっているのだから。

 その重さを思うと、足が痛いくらいで弱音は吐けない。


 それに加えて、私には負けられない相手が出来た。

 小野寺夏樹。

 若社長の末の弟さんだ。


 父が目を通し、手直しした契約書は、会社の顧問弁護士の人に「お父上は法律と商業にお詳しいのですね」と苦笑交じりに評価された。

 なんだか重箱の隅をつつくかのような細かさに、私は持っていって見せるのを躊躇したのだが、小野寺側にはすんなりと了承された。

 ジャン・ルイ・ソレイユの『妖精』ともなれば、これくらいの要求は当然、らしい。

 すぐさま準備してあったプロジェクトチームの人たちに顔見せが行われ、この訓練場所になった部屋に連れて行かれた。

 そこで、身長をはじめとして、身体のあらゆる場所を測られた。

 自分でも初めて知ったサイズさえある。そのサイズは必要なの? と喉まで出かかったのもあった。

 女性ばかりだったとはいえ、ほぼ裸になって測定されるのは、恥ずかしかったし、下着が安っぽいのも気が引けた。

 案の定、サイズが合ってないことを指摘されて、新しいのを用意されることになった。

 断る余地はなかった。

 プロジェクトチームの人たちはその道のプロばかりなのだから、何も知らない私は従うしかない。

 ただ、私のサイズの詳細とか、経費で落とすという下着の話が若社長にまで伝わっているかと思うと、次にどんな顔で会っていいのか分からないほど恥ずかしい。

 あと、脱毛の話も黙っていて欲しい。

 想像しただけで、今でも顔から火が出るほどの羞恥心を感じる。


 もっとも、若社長とは契約書を交わして以来、会ってないのだけど。

 そう、あの人は、あれから一度もここにやってこない。


 他のみんな、東野・青井両部長や牧田秘書室長、永井秘書、そして井上常務だって、朝と夕方の訓練時間のどちらかには必ず顔を出して様子を見ていくというのに、プロジェクトチームのトップである若社長は来ないのだ。


 自分から無理を言って、この仕事を受けたのだから、若社長が来ないとか励ましてくれないと言うのはお門違いなのは十分、分かっている……だけど。


 いつかの若社長のようなため息を付き、会議室の片隅に置かれた椅子に座り、足を眺めた。

 今では衝立が立ててあって、小さいけどプライベートが確保されたスペースになっているこの場所も、最初はそうではなかった。


 嵐のようなサイズ測定が終わり、再び服を着せられ……脱がされるのもあっという間だったけど、着せられるのもあっという間だった……茫然とここに座っていると、夏樹さんがやって来た。

 彼はプロジェクトチームの現場責任者のような立場になったと言ったが、顔つきには明らかに険があった。


 見下ろすように私の前に立つと、突如、ポツポツと話し始めた。


冬兄ふゆにいは昔から、俺たちの為に、いろんなものを犠牲にしてきた。

しなくてもいい苦労もしたし、嫌な思いもたくさんしてきた。

俺は子供だったから、助けになるどころか、そんな兄に守られて生きてきた」


 若社長の話をする夏樹さんは、悲しそうでいて、誇らしげだった。

 思わず「素敵なお兄さんですね」と同意したのだけど、私の言葉は歓迎されなかった。


「利いた風な口をきくね。

君に何が分かる?

中途半端に冬兄に関わって、面倒をかけさせないでくれ。

これは子供の遊びじゃないんだから」


 刺々しい言葉だった。

 これがあの陽気で明るいと評判の小野寺家の三男の姿なのだろうか。


「君は賢い子だから分かるだろう?

なにせあの志桜館の特待生をやっているんだから。

俺も卒業生だけど、ごく普通の生徒だったよ。

勉強は嫌いでね。

だから秋兄あきにいみたいに、仕事で手助けもすることも叶わなかった。

それが、今回、思わぬ所で俺も役に立てそうになったと言うのに。

君のせいで台無しにされかけている。

もし、下手な仕事をして冬兄の顔に泥を塗ったら、何があっても許されると思うなよ。

それが嫌なら、今すぐ帰れ」


 お兄さんを思う気持ちは痛いほど伝わるし、こんな素人に任せたくない気持ちも分かる。

 けど、若社長に出会ってまだ半年しか経ってないけど、役に立ちたい私の気持ちにだって嘘偽りはなかった。

 ただ、先ほどの一件が頭に残っていた。

 私のサイズを測りながら、目の前で怒涛のように改造プランが協議されいく様に及び腰になったのも事実だったのだ。

 これが最後の帰り道かもしれない、そう思ってしまった。

 夏樹さんはそれを見越していたのかもしれない。いっそ、甘えてしまおうか、出来ませんと言ってしまおうか。

 誘惑に駆られてしまった。

 次の言葉がなかったら、きっと断っていただろうが、夏樹さんの憤りが若社長に向いた時、私は引くに引けない道を突き進む決意を新たにした。


「本当、冬兄は馬鹿だよ。

優しすぎるから、君を突き放せない。あんなに条件を付けられても受け入れてしまう。

門限が八時だって? そんなんで、間に合うと思ってるの?

優しさは美徳だけど、時にとても愚かなことだと思うよ」


 門限の話は耳が痛かった。

 でも、私を受け入れたのは優しいからではなく、ジャンが無理を言ったからじゃないの。

 若社長は最後まで抵抗した。

 それを説き伏せたのは……そうか、私か。

 にしたって、やっぱり若社長への非難は間違っていると思う。


「……馬鹿じゃないですよ」


「えっ?」


「若社長は馬鹿じゃありません!

優しいのの何が悪いんですか?

そんな風に言わないで下さい」


「これくらいの悪口でそんなにムキになるんだ?」


「ムキになんかなってません。

本当のことです」


「言っとくけど、君が失敗したら、こんなもんじゃないからね。

冬兄への悪口を聞きたくなかったら、頑張り続けるしかないんだよ。

出来る?」


「出来ます!」


 今思うと、夏樹さんは私の気持ちを見越していたのだ。

 私が弱気になったのも、それを奮起させるために何を言えばいいのかも。


 なんだか乗せられた気がして悔しい。

 何が悔しいって、若社長がダシにされたことだ。

 私が勝手に憧れを抱いていただけなのに、弟さんにこんな風に言われるなんて。

 多分、夏樹さんの本意でもないんだろうな。

 そこまでして、私を奮起させた夏樹さんの想いにも、負ける訳にはいかない。


 もっとも、最近では若社長への憧れも大分、ぐらついてきている気がする。

 だって、全然、会いに来てくれない。

 不満は言わないと言ったけど、やっぱり悲しい。


 なんで私、こんな心配して見に来てもくれないような人の為に、頑張っているだろう。

 ほんの少しでもいい。顔が見たいのに。

 これじゃあ、前の方がよっぽど良かった。

 ああ、ココアが飲みたい。

 朝に、若社長を眺めながら飲んだあのココアのなんて美味しかったことだろう。


 筋肉痛になったふくらはぎをさすりながら、恨めし気に部屋の反対側を見る。

 そこには、差し入れの飲料が置かれていた。

 毎日、決まった数が差し入れられるのだが、必ずココアの缶が一つ入っている。

 しかし、誰も飲まないせいで、ココアの缶ばかりが、テーブルの上に放置されているのだ。


 私はすごく飲みたいのだけど、禁止されているせいで、ただココアの缶が増えるのを傍観するしかなかった。

 ココアだけではない、甘い物は一切、禁止された。


 私への訓練の第一番目は美容と健康だった。

 私の身体はすでに私のものではなく、小野寺グループ全体のものとされた。

 食べるものも制限され、今では会社が用意した、カロリーと栄養が徹底的に管理されたお弁当を食べている。

 これまでも、そんな贅沢な食事をしていた訳ではなかったし、そのおかげで、カロリーがやや不足しているものの、栄養面では良質のたんぱく質を摂っていると褒められたほどだ。

 安いから食べていたおからのおかげなんだけど。

 とにかく、甘いものが禁止以外は食生活は大幅に改善された。

 当初は私にだけ用意されていたお弁当も、いつの間にか父の分も加えられた。

 厳しい訓練の後、父の夕食や次の日のご飯を準備するのが大変になってきたので、正直、とても助かっている。


 それから、エステも受けた。

 高級なエステ店に連れていかれ、文字通り、頭の先から爪の先まで磨き上げられた。

 本当はもう少し回数を重ねたかったらしいが、なにしろ時間が無いので、まずはウォーキングの訓練になったのだが、それでも、食事の質とも相まって、髪の毛は艶々だし、肌も綺麗になった。

 唇だって、かつてないほど潤っている。

 脱毛はもう何回かいかないといけないのが憂鬱だけど、モデルの仕事が終わっても、手入れが楽になりそうだ。


 もっとも、それに比例して責任も重い。

 この間、うっかり虫か何かに刺されて、首筋を赤く腫らしてしまったら、夏樹さんに注意され、例によって若社長の悪口を言われた。

 この身体に傷をつけてはいけないのは知っているけど、いつもよりもひどく厳しく問い詰められてしまい閉口した。


 それならば、この足は……知られたら、どんなことを言われることか。

 何度見てもひどい有様だ。虫刺されの比ではない。

 次のエステの予定の日まで、治さないと、きっと夏樹さんに報告される。


 汗と血で絆創膏が剥がれかけている。

 休憩の間に、次の一時間をやり過ごせるくらいにはなんとか回復させないと。

 この頃は、そんな風に訓練に臨んでいるから、集中出来ずに効率が悪いことになっている。

 そのせいで、チームのみんながうんざりし始めているのも知っている。


 なんで若社長は来てくれないのだろう。

 頑張っているね、と一言もらえれば、こんな足でも羽が生えたように歩けるのに。


 優しくなんかない。

 あの人は優しくなんかない。


 歴戦の女ったらしなんだもの、私の気持ちに感づいていないがずがないじゃないの。

 なのに、わざと無視しているのだ。

 ……多分、迷惑に思っているからなんだろうけど。

 そりゃあ、綺麗な大人の女の人といくらでも恋愛出来る人だから、こんな小娘の想いなんかこれっぽちも汲む必要がないだろう。

 期待させないのが優しさなのかも。

 となると、やっぱり優しい人?

 すごい……徹底的に優しいんだ。

 びっくりするくらい優しくって笑えてくるわ。


「……っく……」


 私は今、泣いているんじゃないの、笑っているの。

 こんな薄いパーテションでは泣いたりなんかしたら、絶対にバレてしまう。

 なにがなんでも笑いに変えないと。


 それなのに……。


 「やっと泣いたわね」パーテションの向こうから現れた人に言われてしまった。


「泣いてなんかいません」


「貴女ってホント、頑固で自分本位で可愛くない子ね」


 もう一つ、泣きたい理由を思い出した。

 夏樹さんの反感が伝わったのか、チームの人たちが一様に厳しい。

 面と向かってエリィと仕事するのを楽しみにしていたのに、と言った人もいた。

 目の前にいる人だ。


 名前は里崎小夜子さとざきさよこさん。

 夏樹さんの直属の部下であり、私のマネージャーになった人だ。

 小野寺出版でよく見る、モデルと見分けがつかないくらい細くて可愛くてファッショナブルな女性。

 ただ、ちょっと個性的で、色遣いが派手……すぎる気がしないでもない。

 今日のアイシャドウは黄色と緑で、オレンジのワンピースを着ていた。

 ハイヒールは黄緑色。

 上司が極楽鳥なら、部下はインコみたい。

 でも、不思議と彼女には似合っていて嫌味がない。


 そんな彼女は私の足を一瞥する。

 慌ててひっこめたけど、隠しきれるものではない。

 と言うか、多分、前々から気が付いていたはずだ。


「その顔で? 説得力なさすぎ。

足が痛いんでしょう?」


 まぁ、そう言うことにしておこう。

 独り相撲の失恋寸前なんて知られたくないし、実際、足はひどく痛い。


「ええ……でも、頑張れます」


 履きたくないけど、やっと解放されたハイヒールに足をいれる。

 うう、これは痛い。

 物理的な痛さと精神的な痛さに涙が溢れる。

 唯一の救いと言えば、これさえ履いていれば、泣く理由を説明しなくても済むことだ。


「そういう所が可愛くないって言ってるのよ」


 里崎さんが、怒ったように言って、手に持っていた箱を投げたので、私は怖気づいてしまった。

 でも、それは間違いだった。

 それだけじゃなく、このところの私の考え方と態度全部が間違いだった。


 箱の中身は靴だった。

 相変わらず高いヒールの靴だけど、促されて恐る恐る履いたら、吸いつくようにぴったりだ。

 魔法で出したシンデレラの靴みたい。

 思わず、安堵の声が出た。


「いいでしょう?

貴方の足に合わせて特別に作らせたのよ。

急いでもらうようにお願いはしたけど、作る方も職人だからね、なかなか出来上がらなくて」


「そんな……」


 高そう……思わず言いそうになったが、里崎さんにぴしゃりと封じられた。


「いい加減にしなさいよ! 本気で怒るからね!

と、その前に靴を脱ぎなさい。汚れるから」


 言われたとおりにしたけど、すでに血の染みがついていて焦る。


「いいのよ。

これは練習用だから。

まだ分からないけど、あと何足かは作るはず。

本番用にね。

ジャン・ルイ・ソレイユのデザイン画が出来たら衣装と同時進行で作ってもらうわ。

今度は超特急でね。

写真撮影の時は、靴が合わないくらいは我慢してもらうわよ。

本来なら服に身体を合わせるのが貴女の仕事なんだから」


 「出来るわよね。これまでそんな足で歩いてたわけだから」と、里崎さんが私の前にしゃがみこみ、頬杖をつきながら嘆息した。


「なんでこうなるまで誰にも相談しなかったの?」


 上目遣いで問いかける里崎さんに、刺々しさはなく、どちらかと言うと、呆れたような感じだった。


「だって、頑張らないといけないと思って」


 約束したのだもの。

 若社長に、絶対にやり遂げてみせるって。

 あと、夏樹さんにも。


「頑張り方が間違ってると思わない?」


「ええっ!? ……痛っ!」


 里崎さんが足を突くから、反射的に蹴りそうになった。

 それをまた私の足を掴んで止めるものだから、激痛が走る。


「なんの為に私たちがいると思っているの?

一応、この道のプロ揃いなんですけど。

それを一人で勝手に頑張ちゃって。

なんにも相談してくれないから、私たちが上から怒られるのよ」


 それはどういうことなのかしら?


「全然、分かってないって顔してるわね」


「わ、分かりません」


「そう? それは良かった」


 ますます分からない。

 取り合えず、足を離して欲しい。

 ズキズキする。


「貴女が私たちを通り越して上に言いつけてなくて良かった、と言うことよ」


「そんなことしません!」


 何かあった時に、と携帯電話は貸与されている。

 若社長が用意してくれた所謂『キッズ携帯』が。

 ああ、もう、嫌になる。

 ありがたいけど、なんでキッズ携帯?

 インターネットの閲覧制限が出来て、GPSが付いていて、防犯ブザーもついているのがいいらしいって、まんま子供扱いだ。

 通信料が会社持ちだから変なサイトにアクセスされたら困るのは分かるけど、そもそも私用に使うつもりはない。

 渡された時に、すでに電話番号が登録されていたけど、それがどこに繋がるかも知らないくらいに使っていないんだから!

 多分、東野部長か、牧田秘書室長か、そのあたりの人の電話番号だとは思うけど、名刺に記載されていたのとは違っていた。

 プライベートの携帯電話の番号なのかしら?

 つまりいつでもどこでも連絡してきて下さい、と言う好意なのだろう。


 そんな訳で、連絡がとれなくもないけど、真実、誓って、私は自分の苦境を誰かに話したりしたことはない。


「ふーん……そう。

でも、お偉いさんたちのお気に入りなのは確かよね」


 内容が内容なせいか、里崎さんが声を潜めた。


「やれ、なんで食事を父親の分まで用意しないのか、とか、休憩する場所が開けっぴろげすぎる、とか、あんなに足が痛そうなのに、なんで何も対策を取らないのか……とか、貴女が学校に行った後のミーティングで上層部から散々、注意される身になってみなさいよ。

それもこっちは全く関知しようがないことまで!

足の件はともかく、貴女が父親の食事の準備から家事全般しないといけないなんて、報告書には書いてなかったし、言われてないから知らないもの。

休憩する場所だって、オープンにした方が相談し易いと思わない?

私たちに何にも言わないのは若社長だけよ。

それだけでもありがたいわ。

うちの若様は依怙贔屓はしない人なのよね。

あら、ごめんなさい、足、痛いのに……」


里崎さんは私が顔を顰めているのに気が付いたようだ。


「そんなに顔しないでよ。

私たちも悪かったわ。

あんまり頼りにされないから、ちょっとムカついて意地悪したのも確かな訳だし。

でも、私たち、チームなのよ。

ジャン・ルイ・ソレイユに見初められたからって、自分ひとりでなんでも出来ると思ったら大間違いよ」


「わ、私……そんなつもりじゃ。

頑張ろうと思ったんです」


「知ってるわよ。

だから泣きを入れるまで黙ってたんじゃないの。

まさか、ここまで頑張るとは思わなかったけど。

おかげで賭けに負けちゃった。

あーあ、夏樹さんの一人勝ちとはね!

いろいろ気に入らない所もあるけど、その根性だけは認めてあげる」


 「すみません」最後の方の事態はよく呑み込めなかったけど、自分が勝手に想いを暴走していたせいで、迷惑をかけていたことは分かった。

 だから、謝らないと、と思った。


「あ、それも駄目。

すぐにそうやって謝るのもちょっとねー」


「ええっ??」


 私の反応が面白かったのか、里崎さんはクスクス笑った。


「頑固なのか素直なのか、分からない子ね。

まぁ、いいわ。

足を見せなさい。

手当してあげる。

今日は靴は履かなくてもいいわ」


「ありがとう……ございます」


「うん、そういう所はとても可愛いわ。

痛むけど我慢しなざいよ。

ここまで悪化させた貴女が悪いんだからね」


 そう予め言われなかったら、やっぱり里崎さんは私のことを嫌いなんじゃないかと思うところだった。

 容赦のない治療が終わったあと、彼女は「さ、これで今日から本当のチームになれると思うんだけど、どうかしら?」とニッコリ笑った。

 勿論、私に異論はなかった。


 若社長のことはしばらく忘れようと思った。

 優しい人だけど、なんだかよく分からない人で、考えると疲れるし、とても辛い。

 今はこの仕事を成功させることだけに集中しないと、本当に失敗してしまいそう。

 一度引き受けたからには、中途半端なことはしない。

 こうやってチームの人とも打ち解けられたし、きっとうまくいくはず。

 そうしたら……もっと自信をもって、あの人の前にも立てるだろう。

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