2-6 カレーと過去と、彼女との出会い
今朝と同じように秘書室を出てエレベーターに向かう秋生の足音が怒っていた。
それはそうだ。
世界のジャン・ルイ・ソレイユを接待するのに、自社の社食を使うなど、考えられない。
社食が三ツ星レストランならともかく、だ。
しかし、うちの社食はなかなか美味しいと思うし、なによりも、当の本人の希望なのだ。
今だって、鼻歌……なんとなく富士山の歌のように聞こえる……交じりで、エレベーターが上階につくのを待っている。
夏樹も面白そうにしている所を見ると、当たりだろう。
ただ心配していた通り、扉が開くと、社員達で混雑している社食が現れた。
だからもう少し早く動けと言ったのに……と一瞬思ったが、その場に居た社員達の動きを見て、自分が連れてきた人間が誰かを思い知る。
ジャンの姿を見て、周りの社員達は色めき立ったが、駆け寄ったり、サインや写真を求めたりする人間はいなかったは評価すべきことだろう。
社員達の自制心に感謝しつつ、波が引いたように、そこだけ開いたレーンに進む。
いつもこうなら楽なのに。
社長と言っても、腹を満たす社食では、皆平等。
明示されていないが、それもまた社訓だ。
『普通のカレーと言うと……これでいいか?』
俺はメニューの中の一つを指差した。
『待て!』
『なんだよ……カレーが食べたいんだろう?』
『そうだが、いろいろあるぞ』
外国人の社員も多くいるので、英語も併記されている。
あ、こいつ、英語も出来るな。
母親が英国人だし、世界を股に掛けるデザイナーなら、英語が出来ないはずがない。
しかし今更、英語で話しかけるのもおかしい気がするので、そのまま黙って、メニューを覗き込む。
カレーだけでも、なんと十種類ほどあった。
こんなにあったのかと、今更ながら驚いてしまう。
本格的なインドカレーが二種類、日替わりのハラルカレーが一種類、チキンカレーに、カツカレー、欧風カレーに、季節限定の夏野菜トマトカレー、そして、所謂『普通』のカレーであるレギュラーカレー。
それから、家の名前が付いたカレーが二種類だ。
これは、主に社食で働いている人たちの家の自慢のレシピで作られたカレーで、週替わりである。
母親が作る『普通』のカレーなら、こちらもそうだ。
なんの偶然か、うちの母がレシピを提供したカレーが含まれていた。
『これはトーマの家のカレーか?』
『そうだね』
正確に言うと、母が再婚する前に作っていたカレーなので、『小野寺家のカレー』ではなく『篠田家のカレー』だが、それを説明する必要はないだろう。
「うわ! 懐かしい!
今日は、このカレーなんだ。
俺、これにしよう!
秋兄もこれにする?」
夏樹が嬉々として言ったが、秋生はチキンカレーの大盛りを選びかけた後、「妻に叱られるから」と、サイズをダウンし、その代わりにサラダを食べると言った。
「結婚すると大変だね」と下の弟に揶揄されたもののどこ吹く風だ。
「可愛い娘達に腹が出た恰好悪いお父さんなんて嫌いだ、って言われたらどうする? 病気になったら誰があの子たちの面倒を見るんだよ。
成人式の振袖姿を見るまでは……」
「分かった! 分かった、ごめん!
サラダでもなんでも食べて下さい。
ごめんなさい」
あっさり白旗を上げた弟に、「お前も野菜を食べろ」と説教し始める。
『で、決まった?』
『トーマはどうする?』
『俺?
俺は……じゃあ、カツカレー大盛りかな。
チーズトッピングで』
『兄さん、三十過ぎてその食生活……メタボまっしぐらですよ』
『トッピング!?
トッピングも出来るのか?』
『そうそう、ジャン。
俺のお勧めは~フライドニンニク!』
「やめろ! 午後からの社長室をニンニク臭くさせるつもりか!!!」
なんだか弟が三人に増えた気がする。
とにかく、昼の忙しい時間帯に、いつまでもレーンを占領する訳にもいかない。そんなにいろんな種類が食べたければ、とカレーをミニサイズにして、四種類選ばせた。
この社食のミニサイズは、俺の想像を絶する。一口で食べられるんじゃないかと思うほど小さい皿に、薄く盛りつけられたご飯。心ばかりのルー。
社食で、一番人気なのは、カロリーと栄養が計算された日替わりヘルシー和定食なのだが、無性にカレーが食べたい、でも、体重が気になると言う女子社員達のギリギリの要望に応えたサイズなのだ。
大盛りは、その反対で、ちょうど社食の窓から見える富士山のようだった。
ジャンが俺の大盛りを羨ましそうに見るから、『気に入ったカレーがあったら普通サイズを注文すればいいい』と言ったら、『その上に載っているカツが欲しい』とむくれられた。
心底、面倒な男だと思ったが、口にしたことは全て叶えられるこの男の望みは、勿論、実現するのだ。
夏樹を経由したそのご要望に、どこからともなく、とんかつの皿が差し出される。
ようやく満足してくれた太陽王陛下は、社食の中でも最もいい席へと着座した。
十五階から同行してきた、ジャンの付き添い、東野・青井両部長、秘書室長も、それぞれの昼食を選んでやってきた。
「「「いただきます」」」
「いただきます」
俺たち三兄弟に続いて、そこそこ発音の良いジャンの声が聞こえた。
手まで合わせていたその男は、俺を横目で見て、ニヤッと笑い、カレーを頬張った。
聞きたいことがたくさんあったが、敢えて黙殺した。
朝も途中だったし、いい加減、お腹もすいた。
何よりも、フランス語を話すのに、疲れたこともあった。
黙々とカレーを口に運んだ。
幸いにもジャンも会話よりも、初めて食べる日本の普通のカレーとやらに夢中のようだ。
四種類を見る見る間に平らげると、うちのカレーのお代わりを注文した。あの、肉の代わりに竹輪が、量を増すためにこんにゃくが入ったカレーだ。
少しでも子供達のお腹を満たす為に、母が考案した苦肉のカレーは、多分、美味しい。
ルーは改良してあるし、使っている具材も良質になっているがずだ。
俺も秋生も、そのカレーを懐かしいと思いつつも、忌避してしまうのは、味と共に昔を思い出すからだろう。
だが、竹輪とこんにゃくはカロリーも低く、食物繊維も豊富と言うことで、女子社員に人気が高いのは、皮肉な現実だ。
あの頃は、本当にお金がなく、仕方がなく肉の入っていないカレーを食べていたと言うのに。
***
小学生高学年になると、少しでも腹を膨らませる為に、近所の新聞配達所に頼み込んで、内緒で手伝いをさせてもらうようになった。
最初は徒歩で配っていたが、もっと効率を上げるため、自転車を使いたいと思うようになった。
しかし、自転車を持っていなかった自分は、まず乗る練習から始めなければならないという有様だった。
新聞配達の人のお古を借りて、なんとか配達をし始めたが、慣れない運転の上に、欲張って多くの新聞を載せたせいで、バランスを崩し、転んでしまった。
道中に新聞が散らばり、俺は焦って、それをかき集めた。そこに、早朝のジョギングをしていた人が通りかかり、手伝ってくれた。
大分、根性が擦れてきた俺でも、素直にありがたかった。
全てを自転車に乗せ直して、お礼の言葉を述べた時、その人は、頷いて励ましてくれた。
そんな記憶が呼び起されたのは、カレーのせいだけではなく、直近にも同じ記憶を、同じ場所で思い出していたせいだ。
秋生の肩越しに、あの子と初めて言葉を交わした切っ掛けとなった自販機が見えた。
あの時、俺は確かに、彼女に自分の姿を重ねていた。
似ても似つかぬ容姿だが、新聞を拾ってもらった時、俺はきっと、この子と同じように感謝に満ち溢れた表情をしていた。
俺じゃない俺が、何かを失う前の自分が、もしくは、小野寺に引き取られなかった場合の弟達の姿が、そこにあるような気がした。
彼女の姿を認識したのは、それよりも少し前だ。
最初は制服姿だったので、どこのお嬢様が紛れ込んできたのかと思った。
ちょうど三十を過ぎて、そろそろ身を固めるように、暗に迫られはじめ、雨宮との縁談が持ち上がった頃だったせいで、誰かがいらぬ気を回したのかと、不快になったのを覚えている。
あの子が着ている制服が、いわゆる名家の子弟が通う、志桜館学園のものだったせいだ。
次に見たのは、母の清掃会社の制服を着た姿だった。
随分、手の込んだ仕掛けをすると疑った。
それほど、あの子はお嬢様然としていたのだ。
しかし、よくよく観察してみれば、そうではなかった。
まずセーラーの制服のスカーフの色がお嬢様が多く在籍する外国語科ではなく、特別進学科のものだった。
志桜館学園は私立の金持ち学校で、学費はそれなりに高く、制服や小物一式にいたるまでも高い。
ただし、特別進学科……通称・特進科では事情が異なる。
特進科は学校の偏差値を、名声を上げる為に新設された学科だった。
また、将来、企業や財団を担う御曹司達やその親にとって、特進科に通う生徒は、自分たちに利をもたらす優秀な人物と思われていた。
若くて優秀な人材を、早いうちから見つけるのは、未来への投資であった。
それゆえ、学園側も寄付金を募り、成績優秀な子供たちを勧誘しては、学費その他免除の特待生として特進科に入学させているのだ。
小野寺の義父は、学園側の思惑とは少し外れた考え方かもしれないが、概ねは同意していて、奨学金に用いて欲しいと、多額の寄付をしていた。
特にここ数年は、寄付金の額がかなり多くなっていて、一度、総会で問題になったほどである。
そのせいで、特進科の生徒の半分は、特待生だった。
彼らは、男子生徒は詰襟の袖に黒いライン、女子生徒は黒いスカーフをしていて、特待生であることを示す蜜蜂をモチーフとしたバッチをつけている。
さりげなく見たあの子の胸元にも、そのバッチがあったので、彼女もまた、特待生のようだった。
お嬢様で特進科の子もいるだろうが、その場合、特待生の資格は持っていないだろう。
他の学校ほど資金繰りが楽とはいえ、実家の資産が豊富な子に、わざわざ奨学金を与えるほどの余裕はないはずだ。
おまけに、彼女にはお嬢様とは程遠い生活環境を伺わせるものがあった。
志桜館学園では、アルバイトは厳しく禁じているのだ。
違反すれば退学もありうる。
かつて志桜館に通っていた夏樹が、反抗期のせいもあってか、こっそりバイトをしたことがあった。
すぐにバレて、義父と、留学先のアメリカから休暇のため帰国していた俺が学校に呼び出された。
とにかく、必死で頭を下げた。
俺達には知らせなかったが、義父は例年払う以外の寄付金も包んだようだ。
結局、夏樹は反省文と一週間の停学処分を受けた。
表向きは学生の本分は勉強と言うものだが、実際は、良い家柄の子息を大勢預かっている学校としては、バイトによる悪影響を恐れているのだ。
それがよほどの理由がないかぎり、特待生にも、数少ない一般生徒にも平等に適用されている。
あの生真面目そうな様子と、下手したら退学処分というリスクを考えると、あの子が学校に黙っているとは思えないから、その『よっぽどの理由』で許可されているのだろう。
それとも、退学覚悟でバイトをしているのか……。
海老沢所長に確認すれば、すぐに分かることだったが、ずっと躊躇していた。
俺はなぜか、自分があの子を知っていることを、他人に知られたくなかった。
と言うか、実は恥ずかしから、今まで認めたくなかったが、俺は、あの子が現実に存在している人間ではないのかもしれないと思っていた節がある。
もし、問い合わせて、そんな子はいませんよ、と言われたらどうしようと恐れていたのだ。
俺にしか見えない、妖精……嗚呼、まったく! ちょうどジャンとのプロジェクトを進行していている最中に会ったせいだな、妖精のようなものだとすら思っていたのだ。
自分は妖精に化かされているのだ、と。
妖怪も妖精も、俺の中ではほぼ同じだが、彼女の風情を考えると、妖精の方が聞こえが良さそうだ。
志桜館学園の特待生であり、バイトをしているという、妄想ではありえない現実的なものも、色白と言えば聞こえはいいが、いつも血色が悪い顔色も、かつての自分や弟達を思い起こさせ、重ね合わせるために、妖精が仕掛けた幻想なのだ、と。
だから、あんなに頑張って、いつか倒れてしまうのではないかと心配したり、守ってあげたいと望んでしまうのだ。
だから、あの子が幸せそうな顔をしていると、心が安らぐのだ。
長男として、母を、弟達を、守ると誓ったのに、果たせなかった思いが生み出した幻に違いない。
でなければ、こんなにもたった一人の少女を気になったりはしないはずだ。
そんな我ながら馬鹿な警戒をしていたせいで、彼女のことを深く調べようとはしていなかった。
海老沢所長に聞くのが躊躇われるなら、義父の元には志桜館学園から定期的に発行物が送られ、寄付金で賄われている奨学金制度で学んでいる生徒達の動向も報告されていたはずだから、それをちょっとのぞけば済む話なのに。
知っていることと言えば、バイト先の制服につけられた名札に書かれた『椛島』と言う苗字と、志桜館学園の特進科に通っている特待生で、制服の胸ポケットの線の数から、高校二年生だということくらいだ。
それくらいしか知らない。
ペットボトルを拾った時を除いては、近寄った事も、挨拶以外の話をしたことも、何か具体的に手助けしたこともなかった。
それで良かった。
昨日、一昨日までは。
まずは一昨日だ。
夏樹が学生時代、大騒ぎしていたせいで、志桜館の試験時期は大体、知っていた。
おまけに、あの子の様子を見れば、いつにもまして根を詰めているのは分かっていたので、試験勉強中なのは想像がついた。
寝ているのを見かけて、起こすのが可哀想で躊躇われたが、遅刻させる訳もいかず、背中を軽く叩いた。
触れたら消えそうな妖精は、ちゃんと肉体を持っていた。
掌があの子の熱で、熱くなった。
そう、彼女は確かに存在しているし、名前もある。
昨日など、抱き寄せたら、温かくて柔らかい感触を全身に感じられた。
抱き上げれば、しっかりとした重さもあった。
肩に押しつけられた部分にはそれなりに脂肪がついていて、掴んだら折れそうな腰にまわせばいいのに、と思うほどだったけど。
……って、何を思い出してるんだよ、俺は。
可哀想に、俺や美園みたいなおっさんに、ベタベタ触られたり、あんな姿を見られるなんて。
あの子は妖精のようだけど、そんな見かけに反して芯が強くて、頑固で、やはり放ってはおけないような弱さも持つ、一人の人間……女の子なんだぞ。
当たり前だけど、俺以外の他の人間も、あの子のことが見えるし、知っていた。
母に至っては俺よりも詳しく知っているようだ。
世界のジャン・ルイ・ソレイユまで知っていて、これから会おうとしている。
カレーの上のカツをスプーンですくおうとして、的を外してしまったらしい、皿に当たって、甲高い音が響いた。
「兄さん、大丈夫?」
「うん、なんかぼーっとしていたみたいだけど……」
弟達がまた、心配そうな顔で覗き込んできた。
「大丈夫だよ。
ちょっと考え事をしてたんだ。
これからのプロジェクトの事とか……考えるだろう?普通?」
先ほど逃したカツを、今度はしっかりと捉え、口に運ぶ。
「ならいいのですが。
牧田秘書室長が心配していましたよ。
最近、うちの社長がたまに、心ここに非ずになることが多いと」
「なんか悩み事があるなら、聞くけど?」
余計なことを家族に吹き込んだ友人に、一瞥をくれると、やはり弟達と同じ顔で、こちらを見ていた。
そればかりか、部長職二人も、怪訝そうな中に、好奇心をにじませた視線を、こちらに向けてくる。
全く自覚のない悩みなんか相談できるはずがない。その上、心配されるのはどうも性が合わない。
つい同席しているメンバーで、唯一、平然として見えるジャンに助けを求めてしまった……。
『カレーはどうです?気に入りましたか?』
『ああ!とても美味しいぞ』
彼は最後の一口を食べ終わり、優雅にナプキンで口を拭うと、それを無造作にも見える仕草でテーブルに置いた。
『とても満足した。
シェフを呼んでくれ』
シェフ?
ここは社食だぞ?
責任者を呼べばいいのか?
勤続三十年。
かつて一度も来客に呼ばれるなんて考えたこともなかっただろう食堂長が、おずおずとやって来た。
俺はこんな茶番に付き合わせて申し訳なく思ったが、ジャンは丁寧に味の評価と礼を述べた。
社食だろうが、三ツ星レストランだろうが、よい意味で、態度が変わらない男だ。
変わった奴のはずなのに、とてもスマートだし、誠実に見える。
これが生粋のお坊ちゃまと言うものなのだろうか。
さらにデザートが食べたいと望むお坊ちゃまに、カフェの例のレモンメレンゲパイを出したら、これまた絶賛された。
さきほど思いついた時、社長命令で、カフェに取り置きさせておいたのだ。
周りで見ている社員には恨まれそうだが、社運がかかっていると理解してもらおう。
どさくさにまぎれて手に入れることが出来たテイクアウト分の箱を横目で眺めながら、俺は心の中で誰ともなく謝った。
『それは誰の分だ?』
俺の視線を追ったジャンが聞いてきた。
『貴方の分じゃありませんよ』
『知ってる。だから誰の分?』
答えを聞くまで、引き下がりそうになかったので、しぶしぶ答える。
『……昨日、ちょっとしたことがあって、そのお詫びに……』
『真白ちゃんにか!』
でかい声でその名を叫ぶな。それもパイの箱を指しながら。
フランス語を解さない人間も、大体の内容が理解出来るだろうが。
『美園に聞いたのですか?』
昨日の事情を知っていると言うことは、奴に先手を取られたかと思った。
それにしては、ジャンの態度がフレンドリーなのは妙だが。
『いいや、真白ちゃんから聞いた』
『えっ?
話をしたのですか?
彼女と? いつ?』
フランス語の疑問形だけは得意になりそうだ。
『いいや! 会ったことも話したこともない!』
秋生と夏樹が、それぞれ東野と青井部長に話の内容を伝えている。
夏野菜トマトカレーを食べ終わり、自家製プリンを食べていた東野部長がスプーンを運ぶ手を止め、ソワソワしている。
どういうことか知りたいのだろう。
俺は……――。
『知りたいか?』
『別に知りたくはありません』
即答してしまった。
語尾にかぶるほど、即座に否定してしまった。
『そうか……ふーん、知りたくないのかぁ』
ジャンはもったいつけているけど、交渉する余地は残している。
それを拒絶しているのは俺だ。
けれども、今更、気になるので教えてください、とは、どうしても言えなかった。
こっちの気持ちに気づいているくせに、それでいて、これ見よがしにチラチラしてくるから腹が立つのだ。
今も上着の胸ポケットから綺麗に畳まれた紙を取り出し、うっとりと眺め始めた。
うっすら透けて見える茶色います目は原稿用紙のようだ。
しかし、そのます目を無視して流麗な横文字が書かれていた。
品があって優雅で、それでいて力強い筆跡に心がざわめく。
『早く会いたいなぁ、真白ちゃんに』
そう言って、ジャンはその原稿用紙に、軽く口づけをした。
秋生の言う通り、この歳でカツカレー大盛りは反省すべきかもしれない。
胃がムカムカしてきて、吐きそうになった。